今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

二荒山神社(栃木県日光市山内)

2018年12月27日 | 神社・仏閣
世界遺産 二荒山(ふたらいさん)神社
下野国一宮。ユネスコの世界遺産に「日光の社寺」の構成資産の1つとして登録されている
日光連山の主峰・日光三山を神体山として祀る神社で、境内は「本社・中宮祠・奥宮」からなる

鳥居
輪王寺側にある鳥居から参拝する。額には「二荒山神社」



神門
参拝者の多さに驚く。年配者に加え小学生の課外学習の場所にもなっていた



手水舎



目の前に見慣れぬものが。前の人の所作を真似てやってみる



「良い緑笹のくぐり方」とやらを読んでみると、どうも縁結びらしい
笑われているような気がしていたが、理由はこれだったか



拝殿(重要文化財)






日光三山は男体山(古名を「二荒山)」)・女峰山・太郎山からなり、二荒山神社ではそれぞれに神をあてて祀っている



拝殿内の様子



本殿は修復中であった。



神楽殿(重要文化財)
重層入母屋造り。毎年4月2日国家の興隆を祈願し神楽が奉奏される



「足尾の大国様」



「良い縁 狛犬」



末社 日枝神社(重要文化財)






「神話の絆杉」  高千穂神社の樹齢800年の御神木の枝を挿し木して育てたもの



「日光の高天原」



唐銅燈篭(重要文化財)
俗称:化燈籠



火を灯すと怪しげな姿に化けたといわれ、武士が刀で斬りつけた傷が無数に残されている



神輿舎(重要文化財)
素木入母屋造り。江戸時代初期の建造物



御祭神の神輿三基を収める



大国殿(重要文化財)



大国殿では中に入ることができる



「開運の大太刀(太郎丸)」



末社 朋友神社(重要文化財)
朋友(みとも)神社は学問、知恵の神を祀っているだけに、子供の姿を多く見かけた



「御神木胎内くぐり」  やれそうな気もしたが、お腹が…



「二荒霊水」



「良縁ハート投げ」



「良い縁の剣」  男体山山頂の御神剣の3/4の大きさ



「金運 良縁 麻掛け大国様」



この先には東照宮の参道があり向かうことに
東照宮参拝後に同じ道を引き返す



楼門(重要文化財)



銅製鳥居(重要文化財)
東照宮側からの方が趣きがあっていい






撮影平成30年10月12日
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日光山 輪王寺 その2(栃木県日光市山内)

2018年12月25日 | 神社・仏閣
世界遺産 輪王寺
輪王寺大猷院霊廟に徳川家光を祀る
その歴史は奈良時代にさかのぼり、近世に徳川家の庇護を受けて繁栄を極めた

二天門(重要文化財)
日光の境内で一番大きな門
「大猷院」の額は108代天皇の後水尾上皇により書かれた



「大猷院(だいしゅういん)」とは、家光の戒名「大猷院殿贈正一位大相国台霊」の最初の三文字をとったもの



「持国天」



「広目天」



階段を上がった途中から二天門を見る



団体参詣者に紛れ込みガイドの話に耳を傾ける



地震などでも崩れ落ちないようにつなぎ目に工夫がなされている



鼓楼(重要文化財)
大きな法要の際に釣鐘と太鼓が打ち鳴らされる



鐘楼(重要文化財)
釣鐘も太鼓も目視できず、同じような建物なので鼓楼・鐘楼の判別が難しい



夜叉門(重要文化財)
「夜叉門」を守るのが4人の夜叉神



阿跋摩羅(あばつまら)



毘陀羅(びだら)



犍陀羅(けんだら)



烏摩勒伽(うまろきゃ)
烏摩勒伽像は日本で唯一夜叉門で祀られている独立像
手にする金の弓矢は破魔矢。この破魔矢こそ烏摩勒伽仏が発祥と云われている



膝の小象に注目。説明によると破魔矢と膝小僧の語源は夜叉門の烏摩勒伽からきていると云う
この説明は、拝殿での破魔矢の販売(3000円)に絶大な効果をあげている






銅燈籠66基(重要文化財)



唐門(重要文化財)




総金箔造り



玉垣にはたくさんの鳩、左右の壁には秋の七草が彫刻されている



軒下には丹頂鶴と白龍の彫刻
これより先は撮影禁止となる



拝殿・相の間・本殿(国宝)
大猷院の中心となる建物で、拝殿・相の間・本殿と連なる独特な建造物の構造を「権現造り」という



別名「金閣殿」と呼ばれている



内部には、狩野探幽の描いた唐獅子、天井には140枚の龍の絵、家光が着用した鎧などがある






皇嘉門(重要文化財)
奥の院の入り口に当たる門。明朝様式の竜宮造りで、別名「竜宮門」
この門の先に、家光の墓所がある



祖父「家康(東照宮)」を凌いではならないという遺言の「輪王寺」
もう一度訪れてみたいと強く思った



撮影 平成30年10月12日
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日光山 輪王寺 その1(栃木県日光市山内)

2018年12月24日 | 神社・仏閣
世界遺産 輪王寺 その1
日光山内の社寺は、東照宮、二荒山神社、輪王寺に分かれ、これらを総称して「二社一寺」と呼ばれている
輪王寺は天台宗の門跡寺院で、日光山中にある寺院群の総称である

日光開山 勝道上人之像
延暦3年(784)、南湖(中禅寺湖)に神宮寺を建て、中禅寺を開いた
四本龍寺(現輪王寺)や二荒山神社の創建にも関わったとする伝承がある。



拝観受付所と三仏堂(重要文化財)
初めて訪れた寺院で、どこに何があるのかわからないまま拝観料900円を支払う

覆いでお堂の姿を見ることはできないが、奥にあるのは日光山総本堂の「三仏堂(重要文化財)」である
三仏堂の内陣には、日光三社権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)三体の大仏が安置している



拝観券を購入した時には三仏堂の存在に気付かず、帰り際に人に聞いて知った
この日は朝から強い雨が降っていたが、青空が写っているのは午後に撮ったためである



黒門(重要文化財)
日光輪王寺の表門。通称「黒門」



皇族を門主と仰ぐ門跡寺の格式を示す門



相輪橖(重要文化財)
寛永20年(1643年)に徳川家光の発願によって天海大僧正によって造営された
三大相輪橖の一つ。他は比叡山延暦寺、小野寺山大慈寺



内部には、「千を越す経典」が納められている



護法天堂(重要文化財)



大護摩堂
内陣に、本尊の「五大明王」を中心に、「七福神」や「十二天」などが祀られている



光明院稲荷社
鎌倉中期弁覚僧正が光明院を建立し日光山の本坊とした
その守護神として稲荷社を勧請光明院稲荷社と称す



常行堂(重要文化財)
嘉祥元年(848年)に慈覚大師円仁よって、比叡山延暦寺の「にない堂」を模して建立



常行堂では、常行三昧という仏様の周りを歩きながら念仏を唱える修業が行われる



本尊は、宝冠五智阿弥陀如来(重要文化財)



徳川家光を祀った大猷院(だいしゅういん)霊廟に向かう。



仁王門 (重要文化財)
観光バスで団体参詣者が次から次へとやってくる



十数分待ってやっと誰も居ない仁王門を撮る。すぐ後ろに団体が迫ってきている



阿形 「密迹(みっしゃく)金剛」






吽形 「那羅延(ならえん)金剛」






徳川家に関係する寺院は細部に至るまで装飾されている






宝庫(重要文化財)



4代将軍家綱お手植え樹齢400年の「槙の木」



御水舎(重要文化財)
九州の大名 鍋島勝茂の寄進。御影石の御水舎(おみずや)
天井の龍の絵が水面に映る姿から「水鏡の龍」と呼ばれている



撮影 平成30年10月12日
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天開山 大谷寺(栃木県宇都宮市大谷町)

2018年12月17日 | 神社・仏閣
大谷寺(おおやじ)
日本で一番歴史の古い磨崖仏があるということを知り訪れた
その途中にあった巨大な石仏「大谷平和観音」には驚かされた



「手水鉢」  日本人の几帳面さがでている



「大谷観音堂」  大谷石凝灰岩層の洞穴内に堂宇を配する洞窟寺院である



「観音堂と脇堂」  本堂右側から入り、脇堂から磨崖仏(史跡・重要文化財)を拝観できるようになっている



弘仁元年(810年)に空海が千手観音を刻んでこの寺を開いたと云う



「観世音」の扁額。本尊は岩壁に彫られた丈六の千手観音
初めての経験だが、磨崖仏(重要文化財)の撮影は禁止






「鐘楼(栃木県指定文化財)」 元禄8年(1685)、大谷寺中興の祖第4世応賢の依頼により鋳物師の戸室定国が鋳造した



「弁天堂と白へび」



写真中央右側の白い置物が白へび






弁天堂と石仏









観光コースに入っているのかバスによる参詣者が多い
画像が残っていれば記憶に残るのだが、日本最古の石仏もその印象は極めて薄くなっている

撮影 平成30年10月11日
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大谷平和観音(栃木県宇都宮市大谷町)

2018年12月14日 | 神社・仏閣
大谷平和観音
日本一古い磨崖仏がある「大谷寺(おおやじ)」を訪れるため、歩いていたときに目の前に巨大な石仏が現れた
 


太平洋戦争の戦死者を追悼するため、終戦後間もない昭和23年(1948年)から6年かけて大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた



像高27m、胴回り20mの石造観音菩薩立像である
平和観音は大谷寺のお前立ち観音になる






像の前は広場となっている。この日は雨が降っていたが、のんびり時間を過ごすのにはいい場所だ



大きさを認識してもらうために児童の姿を入れてみた



撮影 平成30年10月11日
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高田山 専修寺(栃木県真岡市高田)

2018年12月13日 | 神社・仏閣
本寺専修寺
数年前に三重県にある浄土真宗高田派本山の専修寺を訪れたことがある
親鸞(53歳)が、この地に専修念仏の根本道場(如来堂)を建立したのが起源
その後、戦乱などにより衰退し、中心は三重県に移っていった



史跡 専修寺境内
境内は「親鸞聖人の宗教史跡」として、国の史跡に指定されている



石橋を渡ると正面に総門が見えてくる



総門(重要文化財)



茅葺の棟門。柱は、親鸞聖人建立当時のものと伝えられる






「親鸞聖人御手植霊木」






「手水舎」



楼門(重要文化財)



総欅造り二間四方の山門(楼門)。如来堂の前に建つ



前天台座主一品公猷親王の筆になる「高田山」の扁額



如来堂(重要文化財)
本寺 専修寺の本堂で、嘉禄2年(1226)に親鸞が自ら建立した唯一のお堂と云われている



現在のお堂は、延享元年(1744)に再建されたもの



屋根は銅板葺きで千鳥破風には菊の御紋が付けられている






本堂の奥の金庫に本尊一光三尊仏が秘仏として安置されている。
一光三尊仏の御開帳は、特別の機会を除いては17年毎



「鐘楼」  鐘楼堂は嘉永2年(1849)の作



鐘は300余年昔、江戸の門徒から寄進されたもの



御影堂(重要文化財)
親鸞聖人はじめ、歴代上人像をお祀りしている



間口23.71m 奥行20.07m 単層寄棟造 向拝三間付



外廻りは派手な装飾を抑えた地味なお堂だが、中へ入ると一転して華麗な装飾






「太子堂」



親鸞聖人の聖徳太子への尊崇は非常なものであった
この太子堂も 聖人の建立と伝えられている



「忠魂碑」



「鼓楼」  弘化3年(1846)の建築で、二間四面袴腰付きの入母屋造り
楼上には直径1mの太鼓があり、重要な行事の開始を告げる



「涅槃堂」  平成12年(2000)に建立。寄棟造りの優雅な形をした五 間四面の建物



釈迦如来涅槃像(栃木県指定文化財)









「庫裏」



長屋門から総門を見る



撮影 平成30年10月11日
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大澤山 虎渓院 圓通寺(栃木県芳賀郡益子町大沢)

2018年12月12日 | 神社・仏閣
圓通寺
1402年(応永9年)良栄の開山により創建されたと伝えられ、当初は学問寺だった

表門(重要文化財)
道の駅で表門が重文に指定されていることを知り訪れた
駐車場を見つけることができず、路上駐車で拝観することとなった



室町時代の1402(応永9)年の建築と伝わる。唐禅風四脚門



表門の先に赤い屋根の建物が見える。赤い屋根の寺院は珍しい



「本堂」  浄土宗の寺院である。本尊は阿弥陀如来






扁額には山号の「大澤山」



「願かけ夢観音」



「観音堂」









雨が強くなってきたので車に戻ろうと思っていたところ、石段があったので上ってみた
そして、そこにあったものは…



一切経塔(重要文化財)
かつて金沢文庫や足利学校と並び、日本三大学府として名を馳せた大沢文庫がこの寺にあった



それにしても、この涅槃釈迦像は印象に残る。気持ちよく昼寝をしているような感じがした。



両脇にある石仏






「一切経塔」は江戸時代1809年に再興された趣深い建物だが、釈迦にはかなわない






扁額には「一切経塔」  貴重な書籍や経典を有し、38棟の学生寮が存在したという



本堂に戻る



本堂内部






撮影 平成30年10月11日
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独鈷山 善門院 西明寺 その2(栃木県芳賀郡益子町益子)

2018年12月11日 | 神社・仏閣
西明寺 その2
堂内仏像の写真を撮っていいと言われていたので、とても楽しみにしていた
それにしても係の人も配置せず、参詣者の良識を信じているという心遣いに感謝し、真心をもって応えたいと思った

本堂内厨子(重要文化財)
本堂より古い室町時代の作だという



堂内の仏像の撮影など経験がないもので内陣に足を踏み入れたときにはとても興奮した
夢中でシャッターを押したが、実際撮ってみるとかなり難しいということがわかった

准胝観音立像(栃木県指定文化財)












木造千手観音菩薩坐像(栃木県指定文化財)









木造千手観音菩薩立像(栃木県指定文化財)









勢至菩薩立像(栃木県指定文化財)






十一面観音立像(栃木県指定文化財)






不動明王



如意輪観音坐像(栃木県指定文化財)



延命観音立像(栃木県指定文化財)






馬頭観音立像(栃木県指定文化財)






毘沙門天立像(栃木県指定文化財)






「内陣天井画」









「外陣彫刻」



本堂(栃木県指定文化財)を斜めから



空海像と本堂



気になって撮ってしまった彫刻



「慈母観音」






「大師堂」



坂東三十三箇所札所の石仏






重要文化財の「楼門」



重要文化財の「三重塔」



ネットで知ったが、西明寺の御朱印は他寺とは一味違う
事前に知っていればお願いしていたと思う

撮影 平成30年10月10日
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独鈷山 善門院 西明寺 その1(栃木県芳賀郡益子町益子)

2018年12月10日 | 神社・仏閣
西明寺
天平年間(729年~749年)行基の開山、紀有麻呂の開基によって創建されたという
重文の三重塔があるということで訪れた。堂内にある仏像の写真を撮ることができると聞き、心がときめいた



境内には多くの石仏があるが、最初に笑顔で迎えてくれるのは、とても嬉しい



寺院には石段が付きもの。最近は無意識で手すりに手が伸びるようになってきた



楼門(重要文化財)
入母屋造茅葺きの楼門。明応元年(1492年)の建立



歴史を感じる扁額には、山号の「独鈷山」



「仁王像」  手を伸ばしレンズを近づけてシャッターを押す






三重塔(重要文化財)
楼門横の狭い空間にある



天文7年(1538年)の建立。銅板葺きの屋根に違和感を覚えた



やはり、茅葺きの塔が似合う









「閻魔堂」  正徳4年(1714年)に建立、寛保3年(1743年)に再建された



堂内には5体の仏像が並んでいるというので、いつものように格子の隙間にレンズを突っ込み撮ってみる



「木造閻魔大王坐像・両脇侍像(栃木県指定文化財)」
中央に「閻魔大王(笑い閻魔)」、左は「悪童子」右は「善童子」
あの世も悪くないと思わせる表情がいい



「鐘楼(栃木県指定文化財)」



この建物が何かわからなかったが、今調べてみて初めて知った。梵鐘らしきものも見える



「本堂(栃木県指定文化財)」  本堂横の扉を開けて入って下さいと言われている。今、流行りで言うと「参詣者ファースト」か



扁額には(読めないが)寺名の「西明寺」か



本堂外陣にある彫刻









撮影 平成30年10月10日
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雨引山 楽法寺<雨引観音>(茨城県桜川市本木)

2018年12月07日 | 神社・仏閣
楽法寺<雨引観音>
朝起きて、この数日、訪れる候補にあげていた寺院。3日目で実現した

「薬井門(黒門)」  楽法寺の表門で、麓に位置していたものを移築したもの



「磴道(とうどう)」  厄除けの石段といい、「南無観世音菩薩」と唱えて登れば、145段を登りつめた時、厄が落ちるといわれている



水彩画を描いている人がいたので、同じ場所から撮ってみた



「仁王門(茨城県指定文化財)」  建長6年(1254) 宗尊親王の建立した門



扁額には山号の「雨引山」。豪壮華麗の彫刻は日光のそれと対比されるという



「手水舎」






「宿椎」  椎の木の巨木






「本堂<観音堂>(茨城県指定文化財)」  用明天皇2年(587年)法輪独守居士によって開かれた



天和2年(1682)第十七世文昭は十万人講を勧進して、現存の大本堂を建立した



扁額には「観音堂」



本堂外の彫刻は、無関堂円哲の刻んだもの















「多宝塔(茨城県指定文化財)」  730年 聖武天皇の后、光明皇后の造建が始まり



寺の歴史を読むと当初は三重塔を再建する予定だったものが、事情により多宝塔になったようである



多宝塔斜め前に立つ石仏



境内には雉やアヒルなどが放し飼いされている



近くで見たことがなかったので追い回したが大きく羽根を広げることはなかった



「鬼子母神堂」  建武2年(1335)、足利尊氏は京都に進攻するに当たり、当山にて開運を祈願した



足利尊氏を祠った堂であり、屋根には足利氏の定紋が輝いている



小さなお堂を覗いてみると小さな仏様がたくさん置かれていた









再び多宝塔へ



再び本堂へ



「地蔵堂」  建長6年(1254) 宗尊親王の御願によって建立された



絵画教室の生徒さんが、お堂の周辺で描いていたので、ローアングルから



お堂を廻ってみると、このような彫刻も



「鐘楼堂」  建長6年(1254)に建立、天和2年(1682)に再建。現在のものは、文政13年(1830)第24世元盛が再度建立したもの






絵画教室の(熟年)生徒に人気の仁王門



最近、石段を下りる際、痛みを感じるときがある。145段はきつい



撮影 平成30年10月10日
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椎尾山 薬王院(茨城県桜川市真壁町椎尾)

2018年12月06日 | 神社・仏閣
薬王院
薬王院と名の付く寺院は全国にいくつか見られる
先に水戸市の薬王院を紹介したが、今回は茨城県桜川市にある薬王院を訪ねた

参詣順路の左右で迷うところだが、楽しみは後に残しておくことにした



「阿弥陀堂」  階段を上がると阿弥陀堂が見えてくる






堂内の様子






阿弥陀堂周辺にある石仏。穏やかな表情が心身を癒してくれる



「ふどうの水」



お馴染みの表情



こちらは小さな不動尊



椎の木の愛称「椎合(しあわせ)樹」  境内は茨城県指定天然記念物であるスダジイの巨木群生地



参詣順路の右側になる



「楼門(桜川市指定文化財)」  仁王門だと思うが仁王像のお姿はなし



しばし楼門の彫刻を愉しむ






「手水舎」



「本堂(桜川市指定文化財)」  本尊は薬師如来坐像



天台宗の寺院。延暦元年(782)最仙上人の開基、桓武天皇の勅願寺と称する古刹



堂内に入る。外陣には私好みのものがたくさんある



「臣大眼鏡」との記載があるが巨大ではないのか



彩色画






天井画






「最仙上人像」



本堂を出て三重塔に






「三重塔(茨城県指定文化財)」  大工棟梁桜井瀬左衛門安信により宝永元年(1704年)に完成した



安信はその後、成田山新勝寺の三重塔も建立している






いつものように周辺を歩いてみたが、良い場所が見当たらない



「鐘楼」






本堂の右側の方に移動する



「庭園」



石仏群






宝永八年と刻まれている



こちらは元文4年



急な石段なので用心をして下りる



入山するときは気付かなかった草履、旅の安全を祈念している






駐車場に戻る。山中にある駐車場は趣があっていい



平成30年10月9日
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施無畏山 宝樹院 小山寺<富谷観音>(茨城県桜川市富谷)

2018年12月05日 | 神社・仏閣
小山寺(富谷観音)
小山寺(おやまじ)は天台宗の寺院。「富谷観音」とも呼ばれる

場違いの駐車場に車を駐め十数分歩いたが、目的の場所から遠ざかっていくような気がする
登山者に寺の場所を尋ねると笑いながら教えてくれた。方向音痴は辛い、随分時間をロスしてしまった


「仁王門(茨城県指定文化財)」  道路沿いにある仁王門。運転中は気付かずに通りすぎてしまった
額には山号の「施無畏山」。仁王像が安置されている



「仁王像」



仁王像は筋肉質の逞しいイメージがあるが、スリムというより痩せすぎていて貧弱な感じがする






「倶利伽羅竜王」



不動明王の化身と云われて小山寺の守護神



三重塔(重要文化財)
大洗港に着いたときから、この三重塔の存在が気になっていた
私の車旅の大きな目的の一つは全国の国宝・重文の塔を巡ることだ



寛正6年(1465年)に多賀谷朝経が旦那となり、大工宗阿弥家吉とその息子によって建立された



塔を撮るのが大好きで周辺を歩いてみたが、なかなか良い場所が見つからない






周辺に障害物があるため、地面に這い蹲って撮っている



「鐘楼(茨城県指定文化財)」






「本堂(茨城県指定文化財)」   天平7年(735)、聖武天皇の勅命により行基菩薩が創建したと伝えられる



本尊は、十一面観世音菩薩で、不動明王毘沙門天を脇侍として安置



「縁結地蔵」  ついカメラを向けてしまう



「水子地蔵尊」



カメラの枠にやっと入るほどの大きさをもつ本堂



彫刻も見事である



扁額には山号の「施無畏山」



本堂の外壁に掲げられている額の画






本堂を斜めから



「小山寺の大杉」



山中の駐車場に駐まっているのは私の車だけ



撮影 平成30年10月9日
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妙福山 明音院 佐竹寺(茨城県常陸太田市天神林町)

2018年12月04日 | 神社・仏閣
佐竹寺
真言宗の寺院。本尊は十一面観音



「仁王門」  宝永年間(1704-1710年)に建てられた仁王門は、昭和14年に近火類焼した
現在の仁王門は、昭和15年(1940)に再建されたものである



扁額には山号の「妙福山」
印象に残る、五本骨に日の丸絵紋だが、史書「吾妻鏡」に記されているという佐竹氏の軍扇



「仁王像」  宝永年間の作



金網が障害となりこれが限界



「手水舎」



仁王門の先に本堂が見える



「狛犬」






本堂(重要文化財)



唐破風の日の丸絵紋が光り輝いている



驚きの千社札。隙間なく貼られている



お堂の左右に丸窓があり、面白そうだったので撮ってみた






自分の名前を残すことで、ご利益をいただこうとする風習だという



茅葺き、桁行五間 梁行五間。単層裳裾付き、寄棟造り、大唐破風造りである



本堂前にある「観音像」



足元には石仏群



「布袋尊(佐竹七福神)」



再び本堂。茅葺きの屋根は魅力がある









撮影 平成30年10月9日
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村松山 虚空蔵堂(茨城県那珂郡東海村村松)

2018年12月03日 | 神社・仏閣
虚空蔵堂
正式名は村松山 日高寺。真言宗の寺院である
日本三大虚空蔵堂の一つとされる(他は三重県の金剛證寺と福島県の圓蔵寺)

明治33年(1900年)、近隣民家の火災から堂塔伽藍すべてが類焼するが本尊は焼失を免れた
その後、堂塔伽藍が再建され現在に至る



「手水舎」



「仁王門」



昭和45年(1970)の再建



扁額には「村松山」の山号



「仁王像」  



仁王尊像には「正和4年(1315)謹刻」「文禄3年(1594)塗りかへ」との記載



境内案内図は寺巡りには欠かせないものだ。三重塔の場所も確認できた



「鐘楼堂」



「開運堂」 (十二支守り本尊) 虚空蔵菩薩以外の七尊が祀られている



「本堂(大摩尼殿)」



ここでは「丑と」「寅」が守り神となっている






大摩尼殿ともいい、大正6年(1917)の再建



大同2年(807年)に空海によって創建されたとされる(円仁開基の説も)



本尊は空海作の伝承をもつ虚空蔵菩薩
御前立本尊の両側には不動明王、毘沙門天王が安置されている



外陣の天井画






「鍾馗霊神堂」  鐘馗霊神の絵馬が祀られている



「鍾馗霊神」の扁額。延宝3年(1675)に伝染病が大流行した時、鐘馗霊神の絵を奉納したところ、大流行が治まったと伝えられる



「安産地蔵尊」



「奥之院(多宝塔)」



50年に一回の開帳記念として、昭和9年(1934)に建立された



本尊の大満虚空蔵菩薩が安置されている



「三重塔」  この寺を訪れるきっかけとなった三重塔、平成10年(1998)の再建である



再興百年記念事業として享保4年(1716年)建立の塔を再建した



古塔の趣を感じた理由がわかった



塔の高さが21m、大日如来が安置されている



「水戸八景いわれ書」



「村松晴嵐」  水戸八景とは、水戸徳川家藩主斉昭が、天保4年(1833年)に領内を巡視し八つの景勝地を選定したもの



「晴嵐の碑」  烈公(徳川斉昭)が書いた「村松晴嵐」の自然石



「出世稲荷堂」



茶吉尼天尊を祀る



高い場所から見える本堂



本堂横を通り



鐘楼堂を通り



仁王門に一礼して寺を後にする



撮影 平成30年10月9日
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大神宮(茨城県那珂郡東海村)

2018年12月01日 | 神社・仏閣
大神宮
隣にある寺院を目指し境内を散策していた時に偶然「大神宮」を発見
案内板を見ると由緒ある神社ということがわかった。旅をしていると、こういう良いこともたまにある

「二の鳥居」  神明鳥居の右横にある「茨城一の宮 大神宮社務所」の石碑は政治家 梶山静六の揮毫



和銅元年(708)の創建。 水戸藩主徳川光圀や斉昭の崇敬が厚かったことでも知られている






参道の奥に拝殿が見える



「義公お腰掛けの石」  「義公」は徳川光圀の諡号



「烈公お手植えの白梅」  「烈公」は徳川斉昭の諡号。江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜の実父である



「拝殿」  






「本殿」



神社界最高尊「天照皇大神」を祀る



「なで犬」






拝殿・本殿周辺



「晴嵐神社」  呼吸器の守り神






神輿社の戸を開けると見事な神輿が置かれていた

「関東型神輿」



「天狗」



「水戸徳川家縁の神輿」






撮影 平成30年10月9日
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