今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

重要文化財の三重塔<那谷寺・園城寺・総見寺・立石寺> その1

2014年04月21日 | 神社・仏閣
重要文化財の三重塔は40をこえているが、17県にわたっていてほとんど訪れていないことがわかった

1 那谷寺(重要文化財)
石川県小松市那谷町
寛永19年(1642年)建立
高さ11.6m













2 園城寺<三井寺>(重要文化財)
滋賀県大津市園城寺町
鎌倉時代末期から室町時代初期
高さ24.7m













3 総見寺(重要文化財)
滋賀県近江八幡市安土町
享徳3年(1454年)建立
高さ19.7m













4 立石寺(重要文化財)
山形県山形市大字山寺
立石寺三重小塔
高さ 2.5m







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国宝の三重塔<當麻寺・西明寺・法起寺> その2

2014年04月20日 | 神社・仏閣
国宝の三重塔は13、そのうち私が訪れた塔は7塔ほどある
昨年の車旅で残された6塔のある地域を訪れているのだが、そのときには残念だがこの知識がなかった

當麻寺 東塔・西塔(国宝)
奈良県葛城市當麻
東西両塔が残る日本唯一の寺(写真右 西塔、左 東塔)



4 東塔(国宝)
奈良時代末期  高さ24.4m















5 西塔(国宝) 
平安時代初期  高さ25.2m







6 西明寺(国宝)
滋賀県犬上郡甲良町
鎌倉時代後期
高さ20.1m













7 法起寺(国宝)
奈良県生駒郡斑鳩町
飛鳥時代建立(最古の三重塔)
高さ24m(特異な形式の薬師寺東塔を除くと日本最大)













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国宝の三重塔<明通寺・常楽寺・薬師寺> その1

2014年04月19日 | 神社・仏閣
これまで公開しているなかから三重塔にスポットをあててみる。というと格調高いが写真が尽きてしまったための苦肉の策である

1 明通寺(国宝)
福井県小浜市門前
文永7(1270)年上棟
高さ22.12m



















2 常楽寺(国宝)
滋賀県湖南市西寺
室町時代建立

























3 薬師寺 東塔(国宝)
奈良県奈良市西ノ京町
奈良時代(天平年間)
高さ34.1メートル

現在「東塔」は解体修理中、下記写真は「西塔」



平成25年秋 解体中の東塔一部を公開(以下の写真はその時のもの)


































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重要文化財の五重塔<興正寺・厳島神社・仁和寺> その1

2014年04月18日 | 神社・仏閣
重要文化財の五重塔は13塔ある
私が訪れたことのある塔は4つだが、石川県の「妙成寺」の写真をどうしても見つけることができない
厳島神社の塔が重文ということも今回調べていて初めて知った

1 興正寺(重要文化財)
名古屋市昭和区八事本町
文化5年(1808年)入仏
東海地区に現存する唯一の木造五重塔
高さ30m










2 厳島神社(重要文化財)
広島県廿日市市宮島町
応永14年(1407年)建立  












 
3 仁和寺(重要文化財)
京都市右京区御室
正保元年(1644年)建立
高さ37.1m
















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国宝の五重塔<羽黒山・法隆寺> その3

2014年04月17日 | 神社・仏閣
これまで①瑠璃光寺②室生寺③東寺④興福寺の五重塔を紹介してきた

5 羽黒山(国宝)
山形県鶴岡市羽黒町
承平年間(931年 - 938年)平将門の創建、応安5年(1372年)再建
高さ29.2m






















6 法隆寺(国宝)
奈良県生駒郡斑鳩町
奈良時代7世紀後半~8世紀初の建立(現存世界最古)
高さ31.5m
























あと訪れていない国宝の五重塔は醍醐寺(京都)、海住山寺(木津川市)、明王院(福山市)ということになる
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国宝の五重塔<東寺・興福寺> その2

2014年04月16日 | 神社・仏閣
調べてみると9つの国宝の五重塔がある
これまで意識はしていなかったが6ヶ所を訪れていた

3 東寺<教王護国寺>(国宝)
京都市南区九条町
雷火や不審火で4回焼失、現在の塔は5代目で、寛永21年(1644年)建立
高さ54.8m(木造塔としては日本一の高さ)



















4 興福寺(国宝)
奈良県奈良市登大路町
天平2年(730年)創建、現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建
高さ50.1m(日本で2番目の高さ)













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国宝の五重塔<瑠璃光寺・室生寺> その1

2014年04月15日 | 神社・仏閣
ブログを見ていただいている方から「城の石垣と櫓」の比較をしてほしいと依頼された
比較するほどの材料もなくお断りしたのだが、寺なら何かできるかも知れないと思った
すぐに頭に浮かんだのが大好きな「塔」だった
これから、数回にわけて「国宝・重要文化財」の塔を中心に紹介したい 

1 瑠璃光寺(国宝)
山口県山口市香山町
室町時代、嘉吉2年(1442年)頃の建立
高さ 31.2m  屋根は檜皮葺
















 
 




2 室生寺(国宝)
奈良県宇陀市室生
800年頃の建立
木造五重塔としては、法隆寺塔に次ぎわが国で2番目に古い
高さは16m(日本最小)



 




































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金龍山 浅草寺(東京都台東区浅草)

2014年04月02日 | 神社・仏閣
泉岳寺から「靖国神社」に参拝しようと考えていたが、帰りの航空機の時間のこともあり「浅草寺」を訪れることにした

聖観音宗 総本山 金龍山 浅草寺
東京都内最古の寺  天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となった
観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」あるいは「浅草の観音様」と親しまれている

雷門(風雷神門)
現在の門は、慶応元年(1865)12月12日の田原町大火で炎上した
昭和35年(1960)、95年ぶりに松下電器創始者松下幸之助の寄進により、復興再建された
浅草の顔としても全国的に有名



宝蔵門(仁王門)
現在の門は浅草寺の山門として、内部三層のうち上部二層に近代的防災設備を施した収蔵室を設けた
浅草寺の什宝物収蔵の宝蔵門としてホテルニューオータニ創始者の大谷米太郎の寄進により復興再建された 



参拝者の半数近くは外国人と思えるほど国際色豊かな境内の風景である



本堂(観音堂)
昭和33年(1958)10月、全国ご信徒の力添えにより再建された



煙の奥が本堂だが、参拝者が多く顔を写らないように撮すことは難しい



五重塔
数度倒壊、炎上に遭ったが、その都度再建された






都内最古の石橋



元和4年(1618)浅草寺に東照宮(現存せず)が造営された際、参詣のための神橋として造られたもの



昭和23年(1948)文部省より重要美術品に認定



銅造宝篋印塔
明治40年(1907)、日露戦争凱旋記念のために再建された
宝篋印塔は区内に現存する銅造宝篋印塔の中でも最大のもの

 

六角堂(東京都指定有形文化財)
六角堂は、『浅草寺誌』(文化10年編)元和4年(1618)の建立とある



江戸時代初期の建築と考えられ、浅草寺内で最古の遺構



淡島堂
現在の淡島堂は、戦後の仮本堂であった旧影向堂を移築・改修したもの、本尊は阿弥陀如来
淡島明神のほか、虚空蔵菩薩、取子(とりこ)地蔵菩薩を祀る



増長天・持国天(慶安時代作・東京都重宝) 
本堂の東側、浅草神社の鳥居に向って右手の「二天門(重要文化財)」に祀られている

増長天



持国天






浅草神社



本堂とスカイツリー



最後の一枚は帰りの参道で出会った和服の女性の後ろ姿




撮影 平成24年1月23日 
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萬松山 泉岳寺(東京都港区高輪)

2014年04月01日 | 神社・仏閣
今日紹介する泉岳寺は40年程前に学生時代を東京で過ごした最後の日に訪れた思いでの場所である

萬松山 泉岳寺
慶長17年(1612年)に徳川家康が外桜田に門庵宗関を招いて創建
寛永18年(1641年)寛永の大火で焼失したが、徳川家光の命で、毛利・浅野・朽木・丹羽・水谷の5大名により、現在の高輪の地で再建された
浅野家と泉岳寺の付き合いはこの時以来のもの



山門
天保3年(1832年)に34世大道貞鈞和尚の代に再建された
二階部分には十六羅漢が安置され、一階部分の天井には「江戸三龍」のひとつ、銅彫大蟠龍がはめこまれている
「泉岳寺」の額は、晋唐の墨跡研究者であった大野約庵による書 



大石内蔵助吉雄銅像
浪曲の宗家・桃中軒雲右衛門の発願により鋳造されたもので、泉岳寺に寄進された



首洗い井戸



義士が本懐成就後、吉良上野介の首級をこの井戸水で洗い、主君の墓前に供え報告したところから「首洗い井戸」と呼ばれている



義士墓入口



元禄赤穂事件で有名な浅野長矩と赤穂浪士が葬られている



赤穂浪士は一般に「四十七士」と呼ばれるが、泉岳寺の赤穂義士墓地には討入り以前に自害した萱野重実(三平)の供養墓を含め48基の墓塔がある



史跡 浅野長矩墓および赤穂義士墓

写真右が浅野内匠頭奥方墓、写真奥が浅野内匠頭奥方墓



浅野内匠頭奥方墓
墓石の前には参拝者から花が手向けられている



浅野内匠頭墓



大石内蔵助良雄墓
浅野内匠頭の墓の横に配置されている



「忠誠院刃空淨劔居士」 浪士の戒名はすべて最初の文字が「刃」となっている



大石内蔵助の墓の横には細川家に預けられた17人の墓が並べられている



堀部安兵衞墓(右が大石内主税墓)



細川家、水野家、毛利家、松平家に預けられた浪士ごとに墓は区分されている






血染めの梅、血染めの石



浅野内匠頭が田村右京大夫邸の庭先で切腹した際に、その血がかかったと伝えられている梅と石



主税梅
大石主税が切腹した松平隠岐守三田屋敷に植えられていた梅



本堂
旧本堂は第二次世界大戦で空襲にあい消失。現本堂は昭和28年12月14日に落成した鎌倉様式の建築
本尊は釈迦如来、他に曹洞宗の宗祖である道元禅師・瑩山禅師、また大石内蔵助の守り本尊である摩利支天(秘仏)などが納められている



扁額の「獅子吼」は、釈迦の説法を指すが、私の母校の寮歌にもこの「獅子吼」の一節があり縁を感じる




撮影 平成24年1月23日
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