今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

太宰治記念館「斜陽館」(青森県五所川原市金木町朝日山)

2021年09月22日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年6月11日

太宰治記念館「斜陽館」(重要文化財)
明治40年(1907年)に太宰の父で衆議院議員であった津島源右衛門によって建てられたもの
和洋折衷・入母屋造りの建物は、米蔵にいたるまで青森ひばが使用されている



階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園など合わせて宅地約680坪の規模を有する大地主の豪邸である



太宰が中学進学に伴い大正12年(1923年)に青森市へ転居するまでこの家で暮らした






太宰はこの家を「苦悩の年間」の中で
「この父は、ひどく大きい家を建てた。風情も何も無い、ただ大きいのである」と書いている









欄間の透彫






襖絵









津島家仏壇






絵皿には興味はないが、金銭的にどの程度の価値あるものなのかには興味がある



柱時計
これもただの大きなのっぽの古時計ではないはず



「SEIKOSHA」の文字
文字盤の周りの装飾も普通ではない






「太宰治像(中村晋也 作)
芦野公園にある太宰治像の原型



文庫蔵展示室
この先は撮影禁止となる
展示室では多くの作品の中に「トカトントン」という懐かしい本を見つけた
若い頃に読み、印象に残っている本だった



数年前に「走れメロスの裏話」をTVで知った
走れメロスは太宰治の実体験が元になっている
<以下引用>
ある時、熱海の村上旅館で遊んでいた太宰の元に、彼の妻の依頼で檀一雄は金を持ち駆け付ける。
しかし太宰はあろうことか、檀一雄をひき止め遊び倒して、金を使い切ってしまう。
呑み代や宿代が払えないので、太宰は檀一雄を人質にし、師匠の井伏鱒二に金を借りに東京に駆ける。

「逃がした小鳥が帰って来るというのか」
「そうです。帰って来るのです」



しかし何日待っても帰って来ない太宰に、檀一雄は痺れを切らし、支払いを待ってもらい井伏鱒二を訪ねる。
すると太宰は呑気に井伏鱒二と将棋を指していたという。何でも迷惑をかけ続けた師匠に、金を借りるとは言いにくかったそうである。
激怒した檀一雄に太宰は「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」といきり立って反駁したという。

このような実体験が、あの感動小説になるのだから、太宰はある意味天才だ



庭園



金融執務室



2階に上がる



洋間






書斎・母の居室
子供達の勉強部屋・遊部屋でもあった
襖には4枚の漢詩(左から2枚目に注目)



太宰はこの漢詩の前に机を置き勉強していた
漢詩の最後の文字に「斜陽」と書かれていてる
太宰には見慣れた文字で小説「斜陽」との関連性をうかがえる貴重な部屋



主人室
全室で一番質素な部屋
貴族院議員になってから東京の別宅で過ごす事が多くなった



金襖の日本間
貴賓室として使われていた



西側和室
一般の来客や議員のお付きの人が通された部屋












昭和23年(1948年)農地改革によって津島家が手放すことになった
昭和25年(1950年)から平成8年(1996年)まで46年間は、旅館として太宰ファンに親しまれた



平成10年(1998年)から旧金木町が買い取り、現在の太宰治記念館となっている



平成16年(2004年)国の重要文化財に指定
平成17年(2005年)の市町村合併に伴い、五所川原市の所有となる



太宰治の代表作「斜陽」は、没落していく上流階級の人々を指す「斜陽族」という意味の言葉を生みだした
太宰治の生家である記念館は、本書の名をとって「斜陽館」と名付けられた



米蔵
小作人が納めた米俵を収納していた
2250俵の米を納めることのできる米蔵が全部で3棟あった



駐車場近くにある津軽三味線会館



撮影 令和3年6月11日
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土門拳記念館(山形県酒田市飯森山)

2021年09月08日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年6月8日

土門拳記念館
写真家・土門拳の写真作品を所蔵・研究・展示するための酒田市立の美術館



日本初の写真専門の美術館として、7万点におよぶ土門作品のすべてを所蔵している



入館料が以前に訪れた時に比べると、倍近く値上がりしていた
コロナの影響かと思い尋ねると、酒田市の条例改正でこのようになったとのこと



この日の最初の入館者だった



亀倉雄策と土門拳~時代を創った二人の仕事~
1964年の東京オリンピックのポスターをこの二人が担当していたということを初めて知った
オリンピックのポスターに写真を用いたのは東京五輪が最初のようだ









1964年東京オリンピックのポスターをはじめ日本万国博覧会のポスターなど数々の傑作が知られている



亀倉雄策と土門拳



古寺巡礼
私の旅で寺社の写真が中心になっているが元々興味があったわけではなかった
この記念館で感動した仏像や建造物を巡り、次第に興味を持つようになった



今回の旅で訪れた「室生寺」の写真が展示されていた












「大野寺弥勒磨崖仏」



「風貌」も大好きなシリーズ



館内の様子






土門拳愛用のカメラとレンズ






土門拳のメモ帖
土門は「メモ魔」だった
「報道カメラマンなら当然」が口癖で、酒席でも他人の話をメモした



すべてが鞄の大きさに見合った特注品で、仏像や器の特色・寸法などのほか
気に入れば図解、彩色までした



今森光彦「自然と暮らす写真のまなざし」



切り紙作品 7点、立体作品 7点、写真作品 29点を展示
(展示室内は撮影禁止)



休憩所だが絵になる空間



売店で「寺と仏像手帳(土門拳著)」を購入
土門拳は写真も凄いが文章も面白い



1時間ほど滞在したが入館者は私一人だった









撮影 令和3年6月8日
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新潟県立歴史博物館(新潟県長岡市関原町1丁目字権現堂)

2021年08月30日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年6月4日

新潟県立歴史博物館
旅行中の雨対策として近くの博物館に立ち寄る

震災復興モニュメント「大地の女神(ビーナス)」



新潟県立歴史博物館入口






常設展示室に入る
新潟県の歴史展示を中心に縄文時代の文化や新潟県の歴史・民衆生活に関する資料などを展示している






入室して驚いたのは展示の仕方である



他の博物館でも縄文土器を観てきたがこのような展示は初めてで驚いた









照明の使い方やデザインなど立ち止まって観てしまうほど秀逸だ






「威奈大村骨蔵器」 
















「柿崎古墳」












「源頼朝による地頭補任状」 建久3年(1192年)



「奥山荘波月条絵図」 鎌倉時代
地頭の遺産相続争いの際に、証拠資料として作成されたもの



「長尾景虎書状」(上) 「上杉輝虎署判覚」(下)



 「上杉景虎感状」(左)「上杉政虎感状」(右)



「上杉謙信画像」 江戸後期






「川中島合戦図屏風」





















「北征将軍仁和寺宮御凱陣越後御通過図」 明治初期















「西巻開邪の男女同権演説」



「女株券師」



「大漢和辞典」を編纂した諸橋轍次の仕事場



「大日本地名辞書」を執筆中の吉田東伍



新潟県出身の「文学者」



「スポーツ・芸能」



「政治家・実業家」



「高田の雁木通り」の雑貨屋



下駄屋









縄文人の世界



異次元の世界に足を踏み入れたと錯覚するほどの展示物









想像の世界が目の前にある






動き出すのではないかと注視してしまう









立体的に見える仕組み






撮影 令和3年6月4日
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良寛記念館 その2(新潟県三島郡出雲崎町米田)

2021年08月29日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年6月4日

良寛記念館 その2

「風竹粛疎月一痕」 山岡鉄舟 書






「伝 老中土井利勝 宛」 伊達政宗 書









「村主蒼生有功大人」 上杉篤興 画・賛






「貞操嫁家鏡夫子」 上杉篤興 画・賛






「永保蒼創家」 朴 泳孝 書






「正蔵大権現」扁額






「山以鎭静容」 朴 泳孝 書






「双鯉如夢撫枕吟」 都知多 眞彦 書






「男兒至比是豪雄」 渡邊 國武 書







「良寛立像」



「桜花敬鳥」






「心如花酔」 長 三州 書






「大丈夫象意」 勝 海舟 書






「大賢緯變不倒崩」 勝 海舟 書






「雪中山水図」 洞雲(狩野益信)画






「中華仙人図」 長谷川 等益 画






「冷倣瀑布の図」 皆川 和堂 画






⑫ 沙門 良寛 書「あさづくし」






⑬ 良寛 書「十字街頭乞」










「普賢菩薩警世偈」 黄檗 悦山 書






⑭ 良寛 書「今日乞食逢驟雨」






「竹の図」 天民(大窪詩仏)画






⑮ 良寛 書「袖裏毬子直千金」






「小堀遠州政一図画詞書」 小堀遠州政一 画






展示されていた作品を観て、撮った



良寛に関する書籍



良寛座像



旅立ちの丘



佐渡からの金銀の陸揚げ港の出雲崎が見える
天気が良ければ佐渡が遠くに見えるという



撮影 令和3年6月4日
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良寛記念館 その1(新潟県三島郡出雲崎町米田)

2021年08月28日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年6月4日

良寛記念館 その1
朝から断続的に強い雨が降り、予報も終日雨
道の駅で美術館や博物館などを検索してみると近くに良寛記念館があった



出雲崎は、元和2年(1616年)佐渡からの金銀の陸揚げ港として、代官所が置かれた直轄地「天領」となった



良寛記念館は、良寛の遺墨と芸術を顕彰するため、生誕200年の記念事業として昭和40年(1965年)に開館



筆塚の詩碑






耐雪庵
耐雪とは、記念館生みの親・佐藤吉太郎氏の号




庵は良寛が仏道修行につとめ、独自の芸術を大成させた「五合庵」を模したもの



世界一の巨大硅化木
二千万年前に青森地方に生育していたオランダスギに近い樹種が硅化したもの



亀田鵬斎書 釧雲泉の碑






一部を拡大してみる



釧雲泉の墓



開館時間 午前9時から午後5時まで
受付にて写真撮影の手続きをする(住所・氏名の確認)



長い回廊の奥に展示館がある



展示館に入る
春の特別展「良寛ゆかりの土田家寄贈作品展」の開催中



撮影許可の連絡を受け、さっそく撮り始める



① 良寛 遺墨「欄風亭」<初公開作品>






作品を正面から撮ると照明の関係で変な人物が入る場合がある(笑)



「七月七日の夕月を見て」 山本由之 書






「鍾馗図」 有願 画






② 良寛 臨書「王義の詩」






③ 良寛 書「天上大風」<複製>






④ 良寛 遺墨長歌「あしひきの」






⑤ 良寛 書「そめいろの」






「雪月花」 川端康成 書






⑥ 良寛 書






⑦ 良寛 遺墨 九字名号「南無不可思議光如来」






⑧ 良寛「自然」



⑨ 釈良寛 書「雲白道」






⑩ 良寛 書「きてみれば」






⑪ 良寛 遺墨「このみやの」






土田家関係












「素蘤多蒙別艶欺」 巻 菱湖 書






次回に続く

撮影 令和3年6月4日
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伊賀流忍者博物館 その2( 三重県伊賀市上野丸之内)

2021年06月23日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年5月21日

伊賀流忍者博物館<忍者資料館・忍者伝承館>
からくり忍者屋敷から地下に抜ける場所に「忍者資料館」がある
忍術書に描かれた「忍具」を製作して展示している

「七方出(しちほうで)」
忍者は敵地に潜入するとき正体と目的を隠すために変装した
変装は「虚無僧・出家・山伏・商人・放下師(曲芸師)・猿楽師・常の者(農民や武士)」の七つとされた
忍術伝書では「七方出で立ちの事」または「七化(ななばけ)」と呼ばれた



「水蜘蛛」「水掻き」
足にかかる重さを分散して、(水上ではなく)泥の上を渡れるようにしたもの



「登器」
忍者は状況に応じて「巻梯子・竹梯子・縄梯子」を使い分けた
携帯に便利な金属製のくさび「六膳(りくぜん)」や五寸釘などを用いて石垣や岩を登った



「苦無(くない)」「坪錐(つぼぎり)」
土を掘ったり、土壁・土蔵などに丸い穴を開けるための道具



「くろろ鍵」「枢(からくり)鍵・万能鍵」「たたみのみ」
錠前を開けるための鍵



「忍び装束」
忍者が着ていたのは、伊賀・甲賀地方の農民が着る「クレ染め」という濃紺色の野良着
毒蛇よけ、虫除けにもなり、水をこして飲むのにも利用した



「仕込み杖」
杖や錫杖に剣を仕込んだ



「忍び甲冑」「鎖帷子(くさりかたびら)」
戦時中は一種の鎖帷子である「忍び甲冑」を衣裳の下に着ることもある
折りたためるため携帯に便利



「忍び刀」
角鍔のついた直刀。さやの先端を地面に突き立て、鍔に足をかけて塀をよじ登る



「手裏剣」
暗殺用の武器で、刃にトリカブトの毒汁を塗るのが定法
手裏剣に火縄を巻き付け中心に火薬を盛る
照明用や放火用に使用した






「まきびし」
ひしには「木びし・天然びし・鉄びし」の3種類がある



「鉄砲」「火矢」「百雷銃」
鉄砲は戦国大名に重宝された
火矢の先端に火薬を詰めた筒を付け、敵のかく乱を狙った
百雷銃は爆竹に類似した花火で連続的に轟音を発する



資料館を出ると目の前に米倉を改築した「忍者伝承館」がある
忍者の歴史や生活を紹介した施設になる(撮影禁止場所が多い)



「忍者の一日」「火術・火縄」



「忍者屋敷・武家屋敷のからくり」



忍者の生活が続くが参考になる事柄も多い





















「賀の道」というのは初めて知った






「忍者曼荼羅」
伊賀・甲賀の忍者が信仰した神仏を描いている
魅力的な歴史上の人物が並んでいる
忍者の奥深さを感じた曼荼羅(満足した)



実に充実した忍者博物館(忍者屋敷・資料館・伝承館)であった
雨が降っていなければ立ち寄ることはなかっただけに「恵みの雨」となった
足元を見ると歩道に「手裏剣」が刻まれている



芭蕉翁記念館
伊賀出身の松尾芭蕉に関する記念館



松尾芭蕉の正体は忍者で、奥の細道は幕府の密命を受けた隠密の旅だったという説がある
忍者の里で知られる伊賀国に生まれ、伊賀流忍術の祖とされる百地丹波の子孫ということも影響している



「芭蕉翁紀行足跡図」
芭蕉の足跡を辿る旅も面白いと思って本なども購入しているが決断できないでいる



撮影 令和3年5月21日
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伊賀流忍者博物館 その1( 三重県伊賀市上野丸之内)

2021年06月22日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和3年5月21日

伊賀流忍者博物館<からくり忍者屋敷>
幼い頃から忍者に興味を持っていた
漫画では横山光輝の「伊賀の影丸」や「仮面の忍者 赤影」
映画では市川雷蔵の「忍びの者」などに熱中していた



農家を移築・復元し忍者屋敷として開館した



忍者屋敷というより、茶室のような佇まいだ



忍者屋敷のような雰囲気がでてきた
入り口はかなり狭く、大勢の敵の侵入を制限しているようにみえる



「どんでん返し」
屋敷内に入ると桜色の衣装を纏った「くノ一」が説明をしてくれる
入館者は私一人で、仕方なく太った爺の下忍の役を担うことになった(笑)
右側の壁板だがある場所を押すと壁板が180度回転し、身を隠すことができる



「隠し階段」
見かけは普通の棚だが、紐を操作することにより



棚が床に下がるとあっという間に階段になり、2階に逃げることができる
これは、現代の建築技術にも活かされている



「地下道への隠し扉」
この扉も、ある場所を押すと開くようになっているとヒントを与えられた……
悔しいが、数カ所押しても全く反応しなかった



業を煮やした「くノ一」に扉の左端の上を押すように言われた
何とびっくり、簡単に扉が開き写真のようになった
敵が戸惑っている間に逃げ出すというからくりだ



「見張り」
これは、あっと驚くというより地味なしかけになっている



押し入れの3本の横木に隙間があり外の様子を見張るというものだ
閉所恐怖症で頻尿の私には絶対無理だと瞬間思った



「刀隠し」
忍者屋敷で一番驚いたのがこれだ。通常は床板で刀が隠れて見えないのだが……
「くノ一」が足でトンと床を押すと床板が外れ、居合い抜きのような速さで切られてしまった
太った爺の下忍の役と思っていたのだが、いつの間にか敵になっていた(笑)



縁側の床下には、今でいうこと隠し金庫があり、金品が甕に入れられている
紹介が遅れたが案内役の「くノ一」
刀隠しの実演でカメラも驚き動かなくなってしまったが、十数分の間、世間話をしながら待ってくれた
下忍の爺にも優しく親切に対応してくれたことが嬉しい



からくり忍者屋敷だがこのように眺めもいい
お茶でも飲みながらゆっくりしたい気分にさせてくれる



気配がしたので上を見ると、もう一人の「くノ一」に見張られていた
忍者屋敷にはあまり期待してはいなかったが、そうではなかった
案内役のお蔭で楽しい時間になった



撮影 令和3年5月21日
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2020 砂の美術館(鳥取県鳥取市福部町湯山)

2021年01月16日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和2年9月30日

砂の美術館「砂で世界旅行・チェコ&スロバキア編」
*紹介文は配付資料から引用



総合プロデューサー:茶圓勝彦 世界10カ国17名の砂像彫刻家



この美術館を訪れるのが旅の目的の一つになっている
現在は今回紹介する砂像は既に壊されていて、新しい砂像つくりの準備に入っている



作品01 「チェスキー・クルムロフ」
制作者:ケビン・クロフォード/オーストラリア

展示室に入ると最初に目に入ってきたのがこの砂像だ



チェスキー・クルムロフ は、チェコ・南ボヘミア州の小さな都市



モルダウ川(ヴルタヴァ川)に囲まれた世界遺産の街



「世界で一番美しい街」と評されている






作品02「ボヘミアン・パラダイス」
制作者:セザンヌ・ルセラ/オランダ

風化や浸食により独特の地形に削られた奇岩の景勝地 ボヘミアン・パラダイス



広大な自然の中に人々の営みがあったことを伝えている



気になるのはこの三人の女性



「鳥取砂丘の砂」を水だけで固めて制作されている



表情や衣装まで見事に表現されている






砂岩の上に鎮座する14世紀建造のコスト城が立体的に造られている



上から見るとこのようになっている



光と影と遠近法を巧みに操り作品を完成させている



作品03 「スピシュ城とモンゴルの襲来」
制作者:ジョヘン・タン/シンガポール

スロベキア東部に位置する世界遺産の廃城スピシュ城
モンゴル帝国軍から国を守るための長城として建てられた



当時のモンゴルは持久力のある馬と小型で強力な弓を使用



圧倒的な戦力と巧みな戦術で世界最強と恐れられていた






作品04 「ヤーノシークの伝説」
制作者:エイブラム・ウォーターマン/カナダ

スロバキアの国民的英雄 ユライ・ヤーノシーク
18世紀初頭に実在した義賊



義賊とは裕福な家から金品を奪い、貧しい人に分け与える活動をしていた
ヤーノシークはその盗賊団の頭領だった



彼の活動は「世の中を平等にする」と評され、庶民を中心に歓迎されていた



彼は最期、殺人の冤罪を被り処刑されてしまうが、その人気は今なお健在だという






砂像を眺め調べても私には「チェコ&スロバキア」について全く知識が無いことが分かった



作品05 「天文時計とセドレツ納骨堂」
制作者:トーマス・クォート/アメリカ

作品01 「チェスキー・クルムロフ」の裏面にある作品



15世紀に完成したプラハ旧市街にある時計塔
上部には太陽や月の位置、時刻を示す天文図文字盤、下部には星座と農村における四季の作業分かる暦盤が作られている



時計盤の左右や上部にキリスト教の聖人や人間の大罪を擬人化した彫像が置かれたこの天文時計はプラハの名物となっている









チェコには人骨を装飾に使用している協会がいくつかある






大きな砂の塊の表面と裏面に2つの作品が制作されている



作品06 「ヤン・フスと火刑」
制作者:マリエレ・ヒーセルス/オランダ

チェコの宗教改革者ヤン・フス



彼は教会が政治においても絶対的な権力を誇っていた14世紀初頭に教会のあり方を批判



その主張を庶民にも分かるよう説教を行い民衆に歓迎されていた



教会のあり方を揺るがしかねないフスの主張とその人気を恐れ、教会上層部は異端として火刑に処してしまう



死を迫られても自らの主張を撤回しなかったフスの姿は……



その後、彼を慕う民衆がフス派と名乗り抗議活動を展開していく



作品07 「リブシェの予言」
制作者:イリヤ・フィリモンツェフ/ロシア

この作品の美しさにすっかり魅了されてしまった



かつてチェコは予言能力をもつ賢く美しい女性リブシェが治めていたと伝えられている



ある日、リブシェがヴァルタヴァ(モルダウ)川のほとりに出かけると……



丘に立派な城がそびえ立っている未来の様子が見えた



彼女はその場所を示して城を築くよう周りの者に伝え、城の名をプラハと名付けた



これがプラハの城と街の始まりの伝説であり、古くからチェコの人々に愛されている物語である



遠く離れた場所から望遠レンズで撮ってみた



作品08 「ルドルフ2世とルネサンスの影響」
制作者:ドミトリー・クリメンコ/ロシア




プラハの文化発展に貢献した神聖ローマ帝国皇帝ルドロフ2世



強大な権力を使いプラハに芸術家や科学者、錬金術師を集め活動を援助した
*背景にも注目



ルドロフ2世は彼らに作らせた物や世界各地から集めた珍品をプラハ城内の専用の展示部屋にコレクションしていく






こうした活動により、プラハにルネサンスが定着し芸術科学文化の都として名を馳せていった






コロナの影響で入館者が少ない時にしか撮れない写真



正面奥にはいつも大規模な砂像2つが配置されている



作品09 「カレル橋とヴァルタヴァ川の風景」
制作者:ディビット・ドウシャーム/カナダ
制作者:スー・マクグリュー/アメリカ

プラハ城と旧市街地を結ぶ世界遺産のカレル橋
現在のプラハの基礎を創ったカレル1世の命令で14世紀に建造された



左右の欄干には聖ヤン・ネポムツキーやフランシスコ・ザビエルなど30体のキリスト教の聖人像が並んでいる






橋が架けられているヴルタヴァ川はチェコ人にとって馴染みの深い川
チェコ出身の音楽家スメタナも交響詩「我が祖国(モルダウ)」の中にテーマとして取り上げた






作品10 「プラハ城」
制作者:レオナルド・ウゴリニ/イタリア
制作者:アンゲフォン・ディビット/ベルギー

世界で最も大きく古い城といわれているプラハ城



伝説によると870年頃、リブシェの予言に基づきヴルタヴァ川沿いの現在の場所に建てられた



度重なる戦争でも大きな被害を受けず、ゴシック様式やロココ様式といった
中世以降の多彩な建築様式を今に伝えている






かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であった
現在はチェコ共和国の大統領府のある場所である
ボヘミア国王の宝冠はここで保管されている






2階の見学通路を歩いているうちに背景が夜景になっていた



作品11 「プラハの錬金術」
制作者:アンドリウス・ペトクス/リトアニア

錬金術とは金属を変化させ黄金を作り出す試み
神聖ローマ帝国皇帝ルドロフ2世はこれに傾倒



首都プラハにヨーロッパ中から錬金術師を集め研究を行わせた






そこでは金の錬成にとどまらず、不老不死の薬や惚れ薬なども研究されていた






作品12 「ゴーレム伝説」
制作者:ヨーリス・キヴィッツ/オランダ

ユダヤ教の古い伝承に登場しヘブライ語で「胎児」を意味するゴーレム



主人の命だけを聞くこの土人形は宗教指導者ラビ・レーヴにより作られた






しかし彼が使役する上での約束を破ったことで暴走し、止む無く土に戻した



この土塊は今でもプラハのシナゴークの屋根裏部屋に眠っているといわれている



作品13 「中欧の野生動物」
制作者:ダン・ベルチャー/アメリカ




中央ヨーロッパには広大な自然が広がり、国立公園に指定され沢山の動物が生息している






作品14 「プラハ窓外投擲事件」
制作者:メイネイジ・ビュリガード/カナダ

プラハでは窓から人を投げ落とすという奇異な事件が度々起きている



この窓外投擲事件はカトリックによる弾圧に対するプロテスタントの抗議活動として行われた



1618年の2回目の事件はヨーロッパ全土を巻き込んだ30年戦争のきっかけとして有名



作品15 「文学 フランツ・カフカ」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ

チェコ出身の小説家フランツ・カフカ
ユダヤ人の家庭に生まれ、会社に勤めながら小説を執筆した



代表作の「変身」「審判」「城」などの作品で人間の孤独や不安、不条理をシュールな世界観で表現している



この作品は、朝起きると主人公が虫になっていたという「変身」の中で最も有名な場面を表現している






作品16 「民族復興運動の音楽家たち」
制作者:セザンヌ・ルセラ/オランダ
制作者:マリエレ・ヒーセルス/オランダ

1918年のチェコスロバキア独立の背景には18世紀後半から始まったチェコ人としての誇りを戻そうとする動きがあった
音楽家たちもチェコの情景や伝統音楽を取り入れた楽曲を発表し、この運動を鼓舞していった



ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」



スメタナ:「わが祖国」



ヤナーチェク:オペラ「イエヌーファ」






作品17 「ビロード革命と現代化」
制作者:ヨーリス・キヴィッツ/オランダ
制作者:ダン・ベルチャー/アメリカ




第二次世界大戦後ソ連の影響で社会主義国となったチェコスロバキア
1989年のベルリンの壁崩壊を受けチェコスロバキアでも政権交代を訴えるデモが活発化した



この改革は血を流さず穏やかに遂げられたことから「ビロード革命」と呼ばれている



ビロード革命の指導者ハヴェルを大統領とする民主主義国に生まれ変わった



作品18 「ドラゴン伝説」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ




ヨーロッパ各地の童話に登場するドラゴンはチェコのおとぎ話の中にも欠かせない存在



暴れていた3つの首を持つドラゴンが騎士に倒され、その栄誉により騎士は助けた娘と結ばれるという物語が有名



作品19 「人形劇とマリオネット」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ




2016年に世界無形文化遺産に登録されたチェコの人形劇



砂の美術館を出た後、先に進むか、戻るかいつも迷う
昨年は宮崎県まで走ったが、今回は車のサブバッテリーの調子も悪く戻ることにした



撮影 令和2年9月30日
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2020 砂の美術館 最終回(鳥取県鳥取市福部町湯山)

2021年01月15日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和2年9月30日

砂の美術館「砂で世界旅行・チェコ&スロバキア編」最終回
*紹介文は配付資料から引用

作品13 「中欧の野生動物」
制作者:ダン・ベルチャー/アメリカ




中央ヨーロッパには広大な自然が広がり、国立公園に指定され沢山の動物が生息している






作品14 「プラハ窓外投擲事件」
制作者:メイネイジ・ビュリガード/カナダ

プラハでは窓から人を投げ落とすという奇異な事件が度々起きている



この窓外投擲事件はカトリックによる弾圧に対するプロテスタントの抗議活動として行われた



1618年の2回目の事件はヨーロッパ全土を巻き込んだ30年戦争のきっかけとして有名



作品15 「文学 フランツ・カフカ」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ

チェコ出身の小説家フランツ・カフカ
ユダヤ人の家庭に生まれ、会社に勤めながら小説を執筆した



代表作の「変身」「審判」「城」などの作品で人間の孤独や不安、不条理をシュールな世界観で表現している



この作品は、朝起きると主人公が虫になっていたという「変身」の中で最も有名な場面を表現している






作品16 「民族復興運動の音楽家たち」
制作者:セザンヌ・ルセラ/オランダ
制作者:マリエレ・ヒーセルス/オランダ

1918年のチェコスロバキア独立の背景には18世紀後半から始まったチェコ人としての誇りを戻そうとする動きがあった
音楽家たちもチェコの情景や伝統音楽を取り入れた楽曲を発表し、この運動を鼓舞していった



ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」



スメタナ:「わが祖国」



ヤナーチェク:オペラ「イエヌーファ」






作品17 「ビロード革命と現代化」
制作者:ヨーリス・キヴィッツ/オランダ
制作者:ダン・ベルチャー/アメリカ




第二次世界大戦後ソ連の影響で社会主義国となったチェコスロバキア
1989年のベルリンの壁崩壊を受けチェコスロバキアでも政権交代を訴えるデモが活発化した



この改革は血を流さず穏やかに遂げられたことから「ビロード革命」と呼ばれている



ビロード革命の指導者ハヴェルを大統領とする民主主義国に生まれ変わった



作品18 「ドラゴン伝説」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ




ヨーロッパ各地の童話に登場するドラゴンはチェコのおとぎ話の中にも欠かせない存在



暴れていた3つの首を持つドラゴンが騎士に倒され、その栄誉により騎士は助けた娘と結ばれるという物語が有名



作品19 「人形劇とマリオネット」
制作者:ヤコブ・ジマチェク/チェコ




2016年に世界無形文化遺産に登録されたチェコの人形劇



砂の美術館を出た後、先に進むか、戻るかいつも迷う
昨年は宮崎県まで走ったが、今回は車のサブバッテリーの調子も悪く戻ることにした



撮影 令和2年9月30日
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2020 砂の美術館 その3(鳥取県鳥取市福部町湯山)

2021年01月14日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和2年9月30日

砂の美術館「砂で世界旅行・チェコ&スロバキア編」その3
*紹介文は配付資料から引用
コロナの影響で入館者が少ない時にしか撮れない写真



正面奥にはいつも大規模な砂像2つが配置されている



作品09 「カレル橋とヴァルタヴァ川の風景」
制作者:ディビット・ドウシャーム/カナダ
制作者:スー・マクグリュー/アメリカ

プラハ城と旧市街地を結ぶ世界遺産のカレル橋
現在のプラハの基礎を創ったカレル1世の命令で14世紀に建造された



左右の欄干には聖ヤン・ネポムツキーやフランシスコ・ザビエルなど30体のキリスト教の聖人像が並んでいる






橋が架けられているヴルタヴァ川はチェコ人にとって馴染みの深い川
チェコ出身の音楽家スメタナも交響詩「我が祖国(モルダウ)」の中にテーマとして取り上げた






作品10 「プラハ城」
制作者:レオナルド・ウゴリニ/イタリア
制作者:アンゲフォン・ディビット/ベルギー

世界で最も大きく古い城といわれているプラハ城



伝説によると870年頃、リブシェの予言に基づきヴルタヴァ川沿いの現在の場所に建てられた



度重なる戦争でも大きな被害を受けず、ゴシック様式やロココ様式といった
中世以降の多彩な建築様式を今に伝えている






かつてボヘミア国王や神聖ローマ皇帝の居城であった
現在はチェコ共和国の大統領府のある場所である
ボヘミア国王の宝冠はここで保管されている






2階の見学通路を歩いているうちに背景が夜景になっていた



作品11 「プラハの錬金術」
制作者:アンドリウス・ペトクス/リトアニア

錬金術とは金属を変化させ黄金を作り出す試み
神聖ローマ帝国皇帝ルドロフ2世はこれに傾倒



首都プラハにヨーロッパ中から錬金術師を集め研究を行わせた






そこでは金の錬成にとどまらず、不老不死の薬や惚れ薬なども研究されていた






作品12 「ゴーレム伝説」
制作者:ヨーリス・キヴィッツ/オランダ

ユダヤ教の古い伝承に登場しヘブライ語で「胎児」を意味するゴーレム



主人の命だけを聞くこの土人形は宗教指導者ラビ・レーヴにより作られた






しかし彼が使役する上での約束を破ったことで暴走し、止む無く土に戻した



この土塊は今でもプラハのシナゴークの屋根裏部屋に眠っているといわれている



次回に続く

撮影 令和2年9月30日
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2020 砂の美術館 その2(鳥取県鳥取市福部町湯山)

2021年01月13日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和2年9月30日

砂の美術館「砂で世界旅行・チェコ&スロバキア編」その2
*紹介文は配付資料から引用

作品05 「天文時計とセドレツ納骨堂」
制作者:トーマス・クォート/アメリカ

作品01 「チェスキー・クルムロフ」の裏面にある作品



15世紀に完成したプラハ旧市街にある時計塔
上部には太陽や月の位置、時刻を示す天文図文字盤、下部には星座と農村における四季の作業分かる暦盤が作られている



時計盤の左右や上部にキリスト教の聖人や人間の大罪を擬人化した彫像が置かれたこの天文時計はプラハの名物となっている









チェコには人骨を装飾に使用している協会がいくつかある






大きな砂の塊の表面と裏面に2つの作品が制作されている



作品06 「ヤン・フスと火刑」
制作者:マリエレ・ヒーセルス/オランダ

チェコの宗教改革者ヤン・フス



彼は教会が政治においても絶対的な権力を誇っていた14世紀初頭に教会のあり方を批判



その主張を庶民にも分かるよう説教を行い民衆に歓迎されていた



教会のあり方を揺るがしかねないフスの主張とその人気を恐れ、教会上層部は異端として火刑に処してしまう



死を迫られても自らの主張を撤回しなかったフスの姿は……



その後、彼を慕う民衆がフス派と名乗り抗議活動を展開していく



作品07 「リブシェの予言」
制作者:イリヤ・フィリモンツェフ/ロシア

この作品の美しさにすっかり魅了されてしまった



かつてチェコは予言能力をもつ賢く美しい女性リブシェが治めていたと伝えられている



ある日、リブシェがヴァルタヴァ(モルダウ)川のほとりに出かけると……



丘に立派な城がそびえ立っている未来の様子が見えた



彼女はその場所を示して城を築くよう周りの者に伝え、城の名をプラハと名付けた



これがプラハの城と街の始まりの伝説であり、古くからチェコの人々に愛されている物語である



遠く離れた場所から望遠レンズで撮ってみた



作品08 「ルドルフ2世とルネサンスの影響」
制作者:ドミトリー・クリメンコ/ロシア




プラハの文化発展に貢献した神聖ローマ帝国皇帝ルドロフ2世



強大な権力を使いプラハに芸術家や科学者、錬金術師を集め活動を援助した
*背景にも注目



ルドロフ2世は彼らに作らせた物や世界各地から集めた珍品をプラハ城内の専用の展示部屋にコレクションしていく






こうした活動により、プラハにルネサンスが定着し芸術科学文化の都として名を馳せていった






次回に続く

撮影 令和2年9月30日
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2020 砂の美術館 その1(鳥取県鳥取市福部町湯山)

2021年01月12日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和2年9月30日

砂の美術館「砂で世界旅行・チェコ&スロバキア編」その1
*紹介文は配付資料から引用



総合プロデューサー:茶圓勝彦 世界10カ国17名の砂像彫刻家



この美術館を訪れるのが旅の目的の一つになっている
現在は今回紹介する砂像は既に壊されていて、新しい砂像つくりの準備に入っている



作品01 「チェスキー・クルムロフ」
制作者:ケビン・クロフォード/オーストラリア

展示室に入ると最初に目に入ってきたのがこの砂像だ



チェスキー・クルムロフ は、チェコ・南ボヘミア州の小さな都市



モルダウ川(ヴルタヴァ川)に囲まれた世界遺産の街



「世界で一番美しい街」と評されている






作品02「ボヘミアン・パラダイス」
制作者:セザンヌ・ルセラ/オランダ

風化や浸食により独特の地形に削られた奇岩の景勝地 ボヘミアン・パラダイス



広大な自然の中に人々の営みがあったことを伝えている



気になるのはこの三人の女性



「鳥取砂丘の砂」を水だけで固めて制作されている



表情や衣装まで見事に表現されている






砂岩の上に鎮座する14世紀建造のコスト城が立体的に造られている



上から見るとこのようになっている



光と影と遠近法を巧みに操り作品を完成させている



作品03 「スピシュ城とモンゴルの襲来」
制作者:ジョヘン・タン/シンガポール

スロベキア東部に位置する世界遺産の廃城スピシュ城
モンゴル帝国軍から国を守るための長城として建てられた



当時のモンゴルは持久力のある馬と小型で強力な弓を使用



圧倒的な戦力と巧みな戦術で世界最強と恐れられていた






作品04 「ヤーノシークの伝説」
制作者:エイブラム・ウォーターマン/カナダ

スロバキアの国民的英雄 ユライ・ヤーノシーク
18世紀初頭に実在した義賊



義賊とは裕福な家から金品を奪い、貧しい人に分け与える活動をしていた
ヤーノシークはその盗賊団の頭領だった



彼の活動は「世の中を平等にする」と評され、庶民を中心に歓迎されていた



彼は最期、殺人の冤罪を被り処刑されてしまうが、その人気は今なお健在だという






砂像を眺め調べても私には「チェコ&スロバキア」について全く知識が無いことが分かった



次回に続く

撮影 令和2年9月30日
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武石英孝展(北海道岩見沢市7条西1丁目7番地)

2020年09月04日 | 博物館・美術館・記念館
武石英孝展
岩見沢市絵画ホール・松島正幸記念館 2階展示室
(岩見沢市7条西1丁目7番地 電話0126-23-8700)
開催期間/2020年7月24日-9月26日
開館時間/10:00-18:00
入館料/一般210円 高校・大学150円 中学生以下無料

*経歴・展示作品リスト・説明文はパンフレットの内容から記載

武石英孝は小樽桜陽高校在学中に、学生美術全道展で文部大臣賞を受賞したことから、美術の道を進む決意をする



*すべての作品(技法・材質)は油彩・キャンバス

作品 1「休息」2002年 162×162 第77回道展・会友賞
モデルは武石の妻の祖父である



作品 2「刻」2003年 130×162 第78回道展・会員推挙
人物画の中に人生の一端を表現することができないだろうかとテーマを練りシリーズ化した



作品 3「ひととき」2006年 130×162 第81回道展
穏やかな日々を送る老人の人間としての気高さを感じさせる作品だ



作品 4「馴鹿」2000年 182×227 第75回道展・北海道美術協会賞
モデルは自身の娘である



作品 5「仮面」1999年 227×182 第74回道展・佳作賞



作品 6「冬の午後」2007年 130×162 第82回道展



作品 7「雪の日」2009年 130×162 第95回光風会展・奨励賞
光風会では2003年の初入選以降出品を続け09年奨励賞、13年会友賞の実績を重ね、14年光風会会員となる



1981年北海道教育大学札幌分校特別教科教員養成課程美術工芸科卒業後、高等学校の美術教師として活躍する



作品 8「舞台裏」2018年 193×306



作品 9「バレエ」2017年 65×53



(躍動感があり個人的にはとても好きな作品だ。一部を拡大してみた)



(武石氏とは7年間同じ職場に勤務し楽しい時間を過ごした。日展で入選したと聞くまで絵を描いていた事さえ知らなかった)



作品 10「理科室」2013年 130×162 第99回光風会展・会友賞



作品 11「陽射し」2012年 162×130 第43回日展・第6回北海道現代具象展
2006年に「具象の新世紀展」に招待されたことをきっかけに、「北海道現代具象展」の実行委員として名を連ね、活動に参加してきた

(モデルの娘 早代さんも芸術の道を歩み、9月13日-9月26日 同会場にて「武石早代写真展」を開催する)






作品 12「予感」2016年 130×162 第91回道展
人物は静けさの中に、いつもたった独りで、悩みに耐えていたり、物思いにふけったりしながらその空間に佇んでいる



作品 13「きこえる」2017年 162×130 第103回光風会展、第92回道展



作品 14「窓」2018年 130×162 第93回道展



人物そのものが放つ存在感とそこに着目した作者の優しさが作品の魅力になっている



作品 15「標本」2017年 130×162 改組第4回日展



作品 16「標本Ⅱ」2018年 130×162 第104回光風会展・会員賞、第94回道展



作品 17「NORTH43°」2019年 130×162 改組第6回日展



作品 18「草原」2015年 65×162



作品 19「夕暮れ」2015年 65×162



作品 20「遡上」2017年 65×162



作品 21「タコ公園」2018年 65×162



作品 22「ゾウ公園」2018年 65×162



作品 23「鰐」2016年 146×112



作品 24「三段滝」2005年 117×73




武石英孝展小作品展(同館1階展示室)

「蟹」



「冬の日」



「余市港」



「鮭(燻製)」



「林檎」



「skull」



「object」



「DIVE」



「如雨露」



「Crimson sea bream」



「Humpback whale」



「Podothcus sachi」



「唐辛子」



撮影 令和2年7月28日
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智恵子の生家・智恵子記念館(福島県二本松市油井字漆原町)

2020年03月26日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和元年11月6日
走行中「智恵子の生家」の案内板が突然目に入ってきた
「高村光太郎」との関係に興味をもっていたので立ち寄ることにした

智恵子の生家・智恵子記念館
明治19年(1886年) 福島県安達郡油井村字漆原の酒造業・斎藤今朝吉(後に長沼家に養子入り)とせんの二男六女の長女として生まれた
戸籍名は「チヱ」



長沼家は清酒「花霞」を醸造する酒造家で、使用人を多数抱えた資産家であった



明治の初期に建てられた生家、造り酒屋として新酒の醸成を伝える杉玉が下がっている



屋号は「米屋」、酒銘「花霞」



生家内に入る






「しろしき」 杜氏・酒男など男衆のたまり場



女衆の寝室



「帳場兼接客室」



「 酒林(さかばやし)」
酒屋の看板として、杉の葉を球形に束ねて軒先につるしたもの
「搾りを始めました」と新酒が出来たことを知らせる役割を果たしている。



「蓄音機」 智恵子は光太郎の影響を受けてか、ベートーヴェンの「田園」を好んで聞いていたという



「茶の間」



「奥座敷」






庭から生家を見る






二本松市智恵子記念館
生家の裏庭にある。当時の酒蔵をイメージしている



明治36年(1903年)福島高等女学校を総代として卒業して日本女子大学校へ進学
在学中に油絵に興味を持つようになった
卒業後は、女性洋画家の道を選び、太平洋画会研究所で絵画を学んだ



明治44年(1911年)、創刊された雑誌『青鞜』の表紙絵を描くなど、若き女性芸術家として人々に次第に注目されるようになっていった
柳八重の紹介で光太郎のアトリエで光太郎と出会った
光太郎との出会いは智恵子の心を揺り動かして絵画の創作を増進することとなった
その後結婚



長沼家の破産・一家離散、自身の絵画制作への閉塞感など心労が多く、昭和6年(1931年)8月に光太郎が取材旅行で留守中に統合失調症の最初の兆しが表れた
東京南品川のゼームス坂病院に入院。精神病には易しい手作業が有効だと聞いた光太郎は病室へ千代紙を持っていき、病室で紙絵の創作をするようになり、病床から千数百点の紙絵を生み出した



昭和13年(1938年)夏ごろから具合が悪化して10月5日、長らく冒されていた粟粒性肺結核のため死去
光太郎は智恵子が亡くなってから3年後の昭和16年(1941年)に、生前の智恵子を偲んで詩集「智恵子抄」を発表した
十和田湖にある 「乙女の像」は高村光太郎の最後の作品。モデルは愛妻「智恵子」



生家隣にあるお土産屋「戸田屋」に入店
笑顔で迎えられ、温かいお茶と甘い柿をご馳走になった
清酒「花霞」2本と詩集「智恵子抄」を購入。若女将が離れた駐車場まで送ってくれた
会津の人の親切は学生の時に初めて経験したが、今も変わっていないことに感動した

撮影 令和元年11月6日
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東京国立博物館(東京都台東区上野公園)

2020年03月07日 | 博物館・美術館・記念館
訪問日 令和元年11月2日
湯島天神から靖国神社も考えたが、東京国立博物館に足が向いた
週末ということもあり上野公園内は想像以上に賑わっていた

東京国立博物館
東京では私の観光の定番となっている博物館
常設展示の多くは写真撮影が許可されている
今回は一眼レフではなく、不慣れなポケットカメラでの撮影になる




黄釉銹絵海樹図大瓶(重要文化財)



「執金剛神立像」



矢の根五郎図額(重要美術品)



大好きな浮世絵が展示されていた。





















太刀 福岡一文字助真(国宝)



伝源頼朝坐像(重要文化財)



「聖徳太子立像」



「菩薩立像」



飛鳥時代前期の木彫。頭体幹部をクスノキの一材から彫り出している



「聖観音菩薩立像(模造)」



埴輪 猿(重要文化財)



「火焔型土器」



「貴賓室」



「四天王立像」






不動明王立像(重要文化財)



十二神将立像(重要文化財)



「阿弥陀如来立像」



企画展会場にて拝観後、休憩していると、すぐ横に室生寺の「十一面観音立像(国宝)」が展示されていた
個人的には全仏像の中で最も美しいと思っている仏像で、時々顔が見たくなり室生寺へ行くことがある

東洋館に移動する

クメールの彫刻



偶然だが、水野敬也著「夢をかなえるゾウ3」を読んでいる最中だ












仏頭



独特の表情






日本の仏像とはかなり違うが魅力的だ



























国立西洋美術館周辺の彫刻





















撮影 令和元年11月3日
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