今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

東香山 大乗寺 その2(石川県金沢市長坂町)

2019年03月17日 | 神社・仏閣
東香山 大乗寺
初めて訪れた時は「規矩大乗」の言葉が頭にあり境内には耐えられないほどの圧迫感があった
だが、10数年も経過すると人間が図々しくなったのか、あまり感じられなくなってきている

仏殿(重要文化財)
元禄15年(1702年)の建立



扁額には「大雄殿」、禅宗系寺院での本堂の呼称である
最初に訪れたときは、ここで引き返したという記憶がある



狛犬






隙間から堂内を覗いてみる
「無上尊」の扁額、釈迦または仏の尊称である



本尊は「釈迦牟尼仏」






法堂(石川県指定文化財)
元禄10年(1697年)頃の建立



鐘鼓楼



内部への入り口があったので入ってみる



歩いた順に撮ってみた。花が供えられている、石仏の如意輪観音



小さな石仏の不動明王



一円相は絶対の真理を表しているといわれている



曹洞宗の寺院で、常在の修行僧は20余名
午前4時15分から午後9時まで、厳しく、規則正しい修行生活を送っている



「ふれあい合掌童子」






「衆香界」の扁額



この辺りから(定かではないが)「法堂」の内部になる



曹洞宗は掃除も修行の一つだが、高所の額まで黒光りしている



修行僧の気配はあるのだが、姿を見ることができない






「椙樹林(しょうじゅりん)」は一番古い山号



この仏画も素晴らしい



仏足石



満足の大乗寺の参拝となった。



以前はこの近くに駐めることができたが、ここから駐車場まで1km以上歩かなければならない



撮影 平成30年10月20日
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東香山 大乗寺 その1(石川県金沢市長坂町)

2019年03月16日 | 神社・仏閣
東香山 大乗寺
北陸では「伽藍瑞龍・規矩大乗」という言葉がある
曹洞宗寺院の中で、伽藍の美しさは瑞龍寺、修行規則は大乗寺が天下一だという
「土曜日は古寺を歩こう」のブログ記事が刺激となり、10数年ぶりの参拝となった

寺号標
「勅願所 大乗禅寺」と鮮やかに刻まれている。駐車場は距離はあるが公園内のものを利用することになっている



石柱門の左は寺号の「大乗寺」、右はかつての山号「金獅峯(きんしほう)」



左から、「息災長命・子さづけ・薬師・世界平和・ぼけ封じ・招福」地蔵



長い参道を歩くと「古道場 大乗寺」の石柱。奥に門が見えてくる



戒壇石という石の柱に「不許葷酒入山門」(葷酒山門に入るを許さず)
くさいにおいのする野菜と、酒は、修行の妨げになるので、寺の中に持ち込んではならないの意



総門<黒門>(石川県指定文化財)
寛文5年(1665)の建立



扁額はかつての山号の「金獅峯」
東香山大乘寺は、山号を別に古くは椙樹林、金獅峯ともよんでいた






参道右側に3体の石仏が安置されている



写経塔(十一面観音像)
戦没者英霊の供養と世界平和祈願の写経塔



大聖不動明王
大日如来の化身と云われている



延命地蔵菩薩






山門<赤門>(石川県指定文化財)
江戸時代初期の建立。扁額は山号の「東香山(とうこうざん)」



十月下旬だが、鮮やかな緑に囲まれている



仁王像






金網や柵などの障害物がないのが嬉しい






山門の裏側に回る



右側下方に安置されている石仏



「しあわせの鐘」






撮影 平成30年10月20
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護国山 宝円寺(石川県金沢市宝町)

2019年03月14日 | 神社・仏閣
護国山 宝円寺
1583年、加賀藩祖・前田利家が創建した、前田家代々の菩提寺
「利家とまつの寺」であることを知り、興味を持って訪れた

山門及び築地塀(登録有形文化財)
入口右手に「護国山 寶圓寺」の石柱。駐車場は左手にあり、私の白い車も見える



寺の歴史を頭に入れるが、数分後には記憶から抜けてしまう



本堂(登録有形文化財)
山門の正面に本堂がある



扉が固く閉められていたので、周囲を散策することにした



近くに境内案内図があったので参考にする



御影堂と御髪堂



利家が伏見で徳川家康と会見した際、死を決して自画像と髪を埋めた場所といわれている



利家の葬儀もこの寺で行われた



俵屋宗達墓碑



柳広司 著「風神雷神」を読んでいたので感慨深いものがあった



方形の地輪、円形の水輪、三角の火輪、半月型の風輪、団形の空輪からなり、仏教で言う地水火風空の五大を表す五輪塔



前田家の墓






鳥芻沙摩大明王



地蔵堂



庫裏と思われる場所から堂内に入る

扁額には山号の「護国山」



延命地蔵堂






台座に「護国山 延命地蔵尊像 寶圓寺」と刻まれている



右側の棚の上に並んでいる小さな仏様



賓頭盧尊者像






一番豪華な装飾をなされている場所がある



御本尊は「釈迦牟尼佛」



仁王像
山門にいる仁王像がなぜか堂内に安置されている






阿形の金剛力士像は、木造寄木造で鎌倉時代13世紀の作と推定されている
明治元年火災の時、一躰は焼失、一躰まさに火に包まれんとした時、小立野の力士亀坂の源八が抱え出して助かった



元の吽形は焼失したため、新たに阿形の作風に合わせて、高岡の佛師である本保喜作が彫ったもの



すでに訪れて数ヶ月経つが鮮明に記憶に残っているのが、この朱色の仁王像



堂内を出て、再び、本堂前に立つ

「南無観世音」の扁額と前田家家紋の梅の花びらをした「加賀梅鉢」






撮影 平成30年10月20日
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金龍山 天徳院(石川県金沢市小立野)

2019年03月13日 | 神社・仏閣
金龍山 天徳院
金沢に住んでいた知人から、地元では天徳院がとても有名という話しを聞いたことがあったので訪れることにした
電話番号でナビに入れると狭い道路を案内されるので注意が必要。広い通りから入ると大きな駐車場がある

寺号標
寺号の天徳院よりも「珠姫の寺」の文字が大きく刻まれている
予備知識もなく「珠姫って誰」から始まった参詣となった



参道
足元には本を開いた形の置物がある



「羅漢のみち 菩薩のみち 念じて通れば 安らぎと 幸福を招く 佛の道」
ここは、曹洞宗の寺院である



後方から念じて歩くことにした



山門
元禄6年(1693年)建立の二重門。屋根は当初は鉛瓦で葺かれていたが、瓦に交換された



仁王像






山門を背に真っ直ぐ先は本堂になる



途中、左に折れるとお堂がある



近寄ってみると天狗の面が置かれている



堂内を廻っていたときに巨大な天狗の面があったが、位置的に、このお堂の内部のような感じがする



本堂
珠姫は、加賀藩3代藩主前田利常の正室で、慶長4年(1599)2代将軍徳川秀忠の次女として生まれ、名前は珠子、幼名を子々姫といった
前田が徳川を討つという噂が流れ、家康は前田を攻めようとした
2代藩主利長は、前田家が徳川幕府に刃向かう計画は一切無いことを説明
その証として利長の母、お松の方(芳春院)を人質として江戸に送り、代わりに珠姫を嗣子利常の嫁として受けることを約束した



慶長6年(1601)珠姫3歳のとき加賀の国(金沢)へ輿入れ、14歳で結婚、その後10年間に3男5女を育てた
利常の妻として、秀忠の娘として前田、徳川両家の融和のために心を尽くした
元和8年(1622)春、夏姫出産後7月3日に亡くなった。御歳24歳であった



遺骨を金沢と高野山に分骨、戒名の『天徳院殿乾運淳貞大禅定尼』にちなんで、いずれの寺院も天徳院と称した



堂内に入る
最初に寺の歴史の説明を受け、展示物を見学する。残念ながら堂内の撮影は禁止



また珠姫・天徳院物語を「映像」と「からくり人形」の舞台で堪能できる



この寺は係の人の応対も素晴らしく、寺を出るときには「珠姫」が好きになってしまうほどだ



私は前田利長、利常ファンであるが、そこに珠姫も加えたいと思う



本堂を背に山門を見る



実に居心地のいい寺だった



出世地蔵






撮影 平成30年10月20日
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国道249線を走る

2019年03月08日 | 名所・旧跡
国道249号線を走る
主目的の寺院が工事中ということもあり、気持ちが萎えた
寺社巡りを止め、能登金剛巡りをすることにした

赤神隧道
いつもは通り抜ける赤神隧道だが、今回は近くの駐車場に駐めた



岩の色に注目してみる



この辺りだけ岩の色が赤茶色になっている



鳴き砂海岸「琴ヶ浜」
「砂の鳴らせ方」の説明文を熟読し砂浜に下りる



数カ所で試してみるが、鳴らない
波の音に消されているのかもしれないが、まったく音が聞こえてこない



半島からの漂流物なのか、あまり美しいとはいえない海岸線だった



ヤセの断崖



10年程前、早朝に訪れたことがある
自殺者と間違えられ、一定の間隔でついてくる警察官を不審に思い(笑)、こちらから声をかけたことがある



松本清張の「ゼロの焦点」のロケ地としても、当時は自殺の名所としても有名
横からみるとこのようになっている。人の顔に見えるから不思議だ



義経の舟隠し



高所恐怖症の私にとっては苦手な場所だ



勇気を持って岩の方に近寄り、臨場感ある一枚を狙ったが無理だった



どこから下りたのかわからないが、釣り人が竿をふっている



世界一長いベンチ
世界一とか日本一の言葉に弱い私だ。どのようになっているのか気になってしまう



海岸線を前に右半分はこのようになっている



増穂浦海岸にあり、全長460.9メートルの世界一長いベンチとして、ギネスブックに掲載された



ベンチ付近は「サンセットヒルイン増穂」と呼ばれる夕日の名所らしい



老人には似合わない場所だった



機具岩(はたごいわ)



機織り(はたおり)の神様の伝説を生んだ夫婦岩






伊勢の二見岩によく似ていることから、別名「能登二見」とも呼ばれている



過去、能登半島で雨に当たらなかったことがなく、今回も雲行きが怪しくなってきた



旧福浦灯台(日本一古い木造灯台)



慶長13年(1608)、福浦の日野資信がこの地で篝火(かがりび)をたき、夜の暗い海を航行する舟を導いたことが「灯台」の始まりといわれている



現在の灯台は、明治9年(1876)年にかつての形状を残したまま建造した



撮影 平成30年10月19日
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新巻山 本誓寺(石川県輪島市門前町南)

2019年03月07日 | 神社・仏閣
新巻山 本誓寺(阿岸本誓寺)
真宗大谷派の寺院。五木寛之氏の「百寺巡礼」で存在を知り、最初の車旅で訪れた寺である
茅葺きの屋根が見たくなり再訪した

山門
門の脇の石碑に「能登阿岸 新巻山 本誓寺」とある
ここで嫌な予感がしてきた。青のビニールシートが視界にはいってきたのだ



文化財の一覧である



山門の彫刻



やはり工事中であった。しかも見たかった茅葺きの屋根を持つ本堂の



本堂(石川県指定文化財)
文永5年(1268)善了法師の創建と伝えられ、現存する本堂は、寛政4(1792)年に再建立されたもの



旧藩時代に触頭の格付をもった古寺で、前田藩からの通知を各寺院へ伝達するなど、重要な役割を果たした



アギシコギクザクラ(石川県指定天然記念物)






鐘楼






鼓楼



この日の寺社巡りのメインだっただけに残念だが仕方がない
青空が見えていた空も、私の気持ちのようにどんより暗くなってきた



門扉の家紋。徳川家の「三つ葉葵」、二条家の「二条藤」と言われる下がり藤の紋



撮影 平成30年10月19日
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海松山 松尾寺(石川県羽咋郡志賀町町居力)

2019年03月06日 | 神社・仏閣
海松山 松尾寺
先に投稿した松尾神社の社殿を探していたときに偶然見つけた寺である
開基は智海上人、創建は承和元年(834)の古刹である

寺号標
「高野山真言宗 海松山 松尾寺」と刻まれている



仁王像



階段を上りきった場所の左右に立派な仁王像が阿吽の呼吸で迎えてくれる



参道の正面に本堂が見えてくる



参道の左側には「不動明王」



右側には「空海像」が置かれている



本堂
本尊は阿弥陀如来。残念ながら拝観することができなかった






扁額には山号の「海松山(かいしょうざん)」



鐘楼



身代わり地蔵



閻魔堂






本堂を背に駐車場に戻る



撮影 平成30年10月19日
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松尾神社(石川県羽咋郡志賀町町居)

2019年03月05日 | 神社・仏閣
松尾神社
京都市西京区の松尾大社を総本社とする「松尾神社」。酒造の守り神として有名である
本殿が重文であることは朝に調べていたが、カーナビに入れる情報がなくあきらめていた
走行中に偶然案内標識を見つけて立ち寄ることにした

社号標
社号標には「松尾神社」と刻まれている



案内板の内容を記憶し、参拝することにした



鳥居
扁額には「松尾神社」
実は、ここから考えられない行動を私自身がとってしまったのだ



文化財に指定されている拝殿と本殿を探すため、周辺を歩き回ったのである
鳥居の目の前にあるということを知るまでまで、かなりの時間を要してしまった

拝殿(県指定文化財)
拝殿に関する資料がなく、本殿と同じ室町時代末期頃の造立と推定されるとのこと
宝永5年(1708)の他3度の修理の痕跡があるという



茅葺き屋根の拝殿はこれまで参拝した経験がなく、民家の物置と間違ってしまった



本殿(重要文化財)
承和元年(834)山城国の松尾神社を勧請し創立されたと伝えられる
覆屋により保護されているため、見ることはできなかった



幣殿・拝殿とつづく。祭神は、大山咋命、玉依比売命
本殿は正面柱間2m余り、一間社流造の形式



三猿



撮影 平成30年10月19日
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小嶋山 妙観院(石川県七尾市小島町)

2019年03月04日 | 神社・仏閣
小嶋山 妙観院
富山県側から能登半島に入る。いつも強い雨にあたるので、今が晴れていても注意が必要だ
道路地図にあった寺に立ち寄ることにした

寺号標と山門
「七不思議の寺」とは興味がそそる
この地が海中の孤島にあったというので「小嶋山」の山号になったようだ



山門
唐門造りの山門






山中の寺のような感覚になるが、道路沿いにあり、もちろん海も近い



七不思議 第六「底なし池」
底なし池の中央には龍に化けた女が引きずり込んだ釣り鐘が入るくらいの縦穴があいていて、そのまま七尾湾へ通じていると伝えられている



弘法水
大正5年(1916)、皇太子(後の昭和天皇)が軍艦「生駒」で七尾に行啓された折り、船の飲料水として寺の水が選ばれた



七不思議 第五「夫婦岩の不思議」
山門の横に左右から迫る岩が隙間をつくっており、左右の岩が相寄る姿を見ると家庭円満・子孫繁栄のご利益があるとされている



左側にある階段を上がる。山門の上部になる。扁額には「辨財天」



七不思議 第三「弁財天の不思議」
約300年前に敦賀の気比の宮大社の弁天堂が大波にさらわれ、弁天様がこの寺に流れ着いた



さらに階段があり、山門を見る



鐘楼



七不思議 第二「竹に虎の名鐘」
約300年前、願いがかなわず入水した女性が龍に化け釣り鐘を何度も海へひきずり込むので「龍虎相打つ」の故事にならい、全国にただ1つの竹に虎の釣り手の鐘になった






七不思議 第一「観世音霊告の不思議」
昔は海に囲まれた小さな島で、弘法大師がこの島に流れついた観音経の書かれた1本の流木で聖観音様を彫った



33年に1度の御開帳が行われる「観世音菩薩」は弘法大師が刻んだと言われている



本堂
高野山真言宗の寺院



堂内に入る

七不思議 第四「そうめん不動」
不動尊はお寺の忙しい時に住職に身を変えてお参りに来た人にそうめんをふるまったという言い伝えがある



快慶が作ったと思われる仏像






「不動明王」



本堂から山門を見る



七不思議 第七「獅子岩と鼓岩」
鼓岩を手のひらでたたくとボーンボーンという音が鳴り、手前の獅子岩が奥の鼓岩の音色に合わせて喜び舞うという
その音を聞くと頭痛が治るとも言われている



牛塚
金沢藩は七尾に軍艦所を設け逸材の少年を教育した。語学教師のオスボン氏が食した牛肉の骨を飼い主が手厚く埋葬した
その事を知ったオスボン氏は「牛追善塔」を建立し、動物愛護の心に報いたという



弘法大師銅像
七尾に疎開していた、院展作家 田中太郎氏制作の銅像



骨格・内臓・皮膚・白衣・御衣・錫杖の順に塑像が造られた



撮影 平成30年10月18日
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朝日山 上日寺(富山県氷見市朝日本町)

2019年03月02日 | 神社・仏閣
朝日山 上日寺(じょうにちじ)
のんびりとした車旅を心がけているが、前日に続き、この日も6カ所の寺社巡りをしてしまった
車の距離計では道の駅「万葉の里 高岡」を出発し、参詣した6寺社全てを巡り30Km程であった

真言宗の寺院で、創建は白鳳10年(682年)
最盛期には境内には七堂伽藍が建ち並び18坊を有する大寺院だった



上日寺のイチョウ(国指定天然記念物)



樹高36m、幹回り12m、上日寺が創建された白鳳10年(681)に植樹されたと伝わる古樹



大小無数の気根が垂れていることから授乳祈願の対象になっているという



本堂



扁額には山号の「朝日山」



本尊は不動明王






「馬頭観音」が本堂柱の上部に掛けられている






薬師堂
本尊は薬師如来






梵鐘(氷見市指定文化財)
貞享5年(1688)の鋳造。氷見市内では蓮乗寺の梵鐘に次いで古いことから太平洋戦争時でも供出を免れた



地蔵堂



「法界萬霊供養能化地蔵」



観音堂









本尊は千手観音菩薩(秘仏とされ33年に1度御開帳)



絵馬


















新四国八十八箇所供養塔



石仏群(氷見市指定文化財)









焰魔堂



柵にレンズを突っ込み堂内を撮る






稲荷堂



行田池(龍神池)



如意輪観世音菩薩



撮影 平成30年10月18日
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摩頂山 国泰寺(富山県高岡市太田)

2019年03月01日 | 神社・仏閣
摩頂山 国泰寺
臨済禅の道場で、臨済宗国泰寺派の大本山
哲学者の鈴木大拙や西田幾太郎らが禅の修行をした寺でもある

総門
石柱には「臨済宗法燈派大本山」と刻まれ、門柱の木札には「本派専門道場」と記されている



扁額には、寺号の「国泰禅寺」



境内案内図は、帰宅し写真を整理するときに役立つことが多い



勅使門






鐘楼



観音堂



三門
観音堂側から三門を見る。「三門」とは「三解脱門」の略で、通常は禅宗の本山等に見られる二重門



両脇には「仁王像」の下半身が見え、その先には「龍渕池」「法堂」が見える



仁王像
第一印象は「でかい」






龍渕池と法堂



法堂



残念ながら扉は閉ざされていて、堂内の様子をうかがうことができない






法堂と大方丈の間に石庭がある



左奥には「禅堂」があ



大方丈



いくつかの部屋に区切られている



























禅堂






利生塔
三重塔ではなく「利生塔」との記載があり、耳慣れない言葉なので調べてみた



南北朝時代に設定された寺院制度の一つ
室町幕府開創後まもなく、元弘以来の争乱による戦没者の弔霊と天下太平を祈願するため、将軍足利尊氏と直義の兄弟の発願により、全国に寺院1宇と塔婆1基を建立することが定められた



幕府の要請によって、それらの各国の寺、塔に対してそれぞれ「安国寺」「利生塔」と称することが勅許された



利生塔は68基が設置され、形式は五重塔と三重塔で、仏舎利各2粒が奉納された
名称は違えども私にとっては大好きな塔には変わりがない



満足したところで駐車場に戻ることにする



参道から総門が見えたときのときめきを思い出しながら、余韻を楽しむ



撮影 平成30年10月18日
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