今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

吉田山 薬王院(茨城県水戸市元吉田町)

2018年11月30日 | 神社・仏閣
薬王院
初めての寺院を訪れる際、国宝・重要文化財の建築物があることを優先している
薬王院は本堂が重文ということで選んだが、駐車場を探すのにかなり時間を要した

「仁王門(茨城県指定文化財)」  寄木造り、茅葺きの八脚門



仁王像が安置されているが、この状態では撮ることができないので諦めた



「松平亀千代丸五輪塔」  水戸藩初代藩主 徳川頼房の次男。二代藩主光圀の異母兄にあたる



四脚門から見た回向堂



「回向堂」  右手に書院・客殿がある



本堂(重要文化財)
平安時代の大同2年(807年)桓武天皇の勅願によって伝教大師最澄が創建したと伝えられる

立派な本堂というより、大きすぎて24mmのレンズでも後方からでかければ枠にはいらない
カメラを構えていると、本堂前を清掃していた4・5人の係の人が休憩に入ってくれた。道具が…



本堂は、大永7年(1527)焼失、享禄2年(1529)年再建、貞享3年(1686)年光圀が大修理、昭和43年(1968)解体修理という歴史を持つ









本堂右手には樹齢500年の銀杏の木がある



「聖天堂」  歓喜天を祀っている



廾三夜の額






撮影 平成30年10月8日
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涌石山 日院 仏性寺(茨城県水戸市栗崎町)

2018年11月29日 | 神社・仏閣
仏性寺(ぶっしょうじ)
駐車場から歩いていくと山門の前で仁王像に迎えられた



「石造金剛力士立像(水戸市市指定文化財)」



仁王像は建物の中で本尊を護っていると思っていたので、この像を見たときには正直驚いた



石造りなので、これでもいいのかと考えながら、しばらく眺めていた



お墓の前にあるのは六道地蔵



「鐘楼堂」



「水子地蔵」



「仏性廟」






左右に道が分かれるが、もちろん右の建物の方を選択



本堂(重要文化財)
天長年間(824年~834年)に慈覚大師円仁によって創建された



説明書きの最後に、東日本大震災の被害に遭い解体保存修理を行ったとの記載があった



工事の際、本堂正面が東側だったのを、創建当時の南向きに復元された。



高さ11mの全国唯一の八角円堂。周囲を歩いて扉のある面はここだけ



茅葺きの屋根は魅力がある



本尊は「大日如来坐像(茨城県指定文化財)」、脇侍に三十日仏坐像(茨城県指定文化財)」






扁額には山号の「涌石山」



「客殿」



「東日本大震災之碑」



「十二支守り本尊」



辰年生まれの私は「普賢菩薩」






最後に石造金剛力士像に別れを告げ寺を去る



撮影 平成30年10月8日
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大洗磯前神社(茨城県東茨城郡大洗町磯浜)

2018年11月28日 | 神社・仏閣
大洗磯前神社(おおあらいいそさきじんじゃ)
フェリーが到着した大洗に戻ってきた。気になっていた神社があったからである

「随神門」  参拝者が多い神社で大きな駐車場も満車状態、離れた場所の片隅に駐車する
随神門の前も参拝者が絶えず数分待ってやっと撮ることができた



「福の神様」  大洗磯前神社の大神である大国様と恵比寿様



「手水舎」



拝殿前に参拝者が並んでいたので、周囲を歩いてみる



参拝者の多くが足を止め、絵馬を眺めていた。その数も凄いが、他の神社とは少し変わっている



『ガールズ&パンツァー』というテレビアニメのキャラクターに関係しているようだ



他人の願いを読むのは気が引けるが、多くの人が楽しそうに眺めている理由もわかった



「拝殿(茨城県指定文化財)」  時間をつぶしているうちに拝殿前が一瞬このような状態に



社殿は元禄3年(1690年)に徳川光圀により造営の起工がなされ、綱條の代で本殿・拝殿・随神門が完成した



桁行5間、梁間2間で向拝1間付きの入母屋造



車旅は何が起こるかわからない。無事カエルことができたらいいなとこの時は思っていた



「本殿(茨城県指定文化財)」  祭神は大己貴命 (おおなむちのみこと)
大国主命の別名。国造りを行うため、境内前方の岬の岩礁に降臨したとされる



一間社流造で茅葺。享保15年(1730年)に現在地に遷座した



「摂末社」  左から大杉神社、水神社、八幡宮



拝殿に戻る



「大麻(おおぬさ)」  神職が祭儀の際に「左・右・左」と振って罪穢れを祓う祭具



「二の鳥居」  海に向かって構える第2の鳥居。社殿から長い階段を下り海に向かう
「大洗磯前神社」は熾仁親王の書



「神磯の鳥居」  祭神(大己貴命)の降臨地



「あらいその岩にくだけて散る月を 一つになしてかへる月かな」(徳川光圀が参拝の際に詠む)



撮影 平成30年10月8日
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尸羅度山 西蓮寺(茨城県行方市西蓮寺)

2018年11月27日 | 神社・仏閣
尸羅度山 西蓮寺
西蓮寺という寺名も全国各地にあるが、ここは茨城県にある天台宗の寺院である

仁王門(重要文化財)
駐車場の横にある山門(仁王門)。近くにある施設から大音量で演歌が流れていて寺院の静寂な雰囲気を壊している



天文12年(1543)に建立したときは2階建・三間一戸の楼門であった



江戸時代の寛政年間(1789–1801年)に楼門の2階部分を取り壊し、1階建の山門となった



寺名「西蓮寺」の扁額



蟇股(写真)と蓑束の形に室町時代末期の地方的特徴がみられるという



「仁王像」  安政7年(1860年)に現在の位置に移築されて仁王門に改められた



仁王像を撮るのはいつも障害物があるので難しい



仁王門の後ろ姿



「手水舎」



左手にお堂が見えてくる



「常行堂」  お堂の名前は定かではないが、「常行三昧会」の案内板で判断した



お堂に近づくと見事な彫刻が












「水子地蔵尊」



「薬師堂」  



木造薬師如来坐像を安置。



「瑠璃殿」の扁額



最澄の残した言葉 「一隅を照らす、これ則ち国宝なり」
  


相輪橖(重要文化財)
高さ9.16m、基壇、橖身、頭部の3つの部分からなり、錫杖形をしている



頭部は五輪塔形で、頂部に火焔がつけられた宝珠、その下に大輪及び大輪に架けられた12個の小輪からなる
大輪には卍字が飾られている。元寇(弘安の役)の戦勝を記念し、弘安10年(1287年)に建立したものと伝えられる



比叡山延暦寺、日光輪王寺の相輪橖と並び称される



「聖徳太子像」






「千手観音像」









「鐘楼」










境内の面積は1万6000平方メートル。



「客殿」



「尸羅度観音」  山号の付いた観音様



「大イチョウ1号2号(県天然記念物)」  樹齢千年以上、樹高27m



最後に重文の仁王門



撮影 平成30年10月8日
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箱根山 宝塔寺 来迎院(茨城県龍ケ崎市馴馬町)

2018年11月25日 | 神社・仏閣
箱根山 宝塔寺 来迎院
「来迎院」で検索すると全国各地に同名の寺院が数カ所ある
ここは、茨城県龍ヶ崎市にある、天台宗寺院である

門柱には寺名の「来迎院」 
迎えの来る日が1日でも遅くなるようにと願うことにしよう



コンパクトな境内でお目当ての多宝塔が視界に入ってくる



多宝塔(重要文化財)
室町後期の建築物と思われ、関東以北唯一の古塔
当地の守護で江戸崎城主であった土岐治英の援助で弘治2年(1556年)に建立されたものとみられる



三間多宝塔で、屋根は杮葺き
初層内部は後方寄りに来迎柱を立て、須弥壇を設ける









「寝釈迦撫仏(帰命頂礼釈迦如来)」  ふたたび この世に 生まれ変わりて 罪深き 浮世の人を 救う尊さ 



「仁王門」



「金剛力士像」



金属の枠と金網でしっかり護られている



「本堂」  弘治2年(1556年)延暦寺の覚仙が当地に伽藍を建立



寺名「来迎院」の扁額



「身代わり洗い観音」



「とげ抜き 招福観音」



「一願成就 願かけ地蔵尊」






愛車と多宝塔



全国にある国宝・重要文化財の塔巡りの旅でもある



撮影 平成30年10月7日
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滑河山 龍正院<滑河観音>(千葉県成田市滑川)

2018年11月24日 | 神社・仏閣
滑河山 龍正院(滑河観音)
天台宗の寺院。通称は滑河観音



「宝篋印塔」  道路沿いに並んでいる宝篋印塔



仁王門(重要文化財)
八脚門で茅葺き寄棟造り、室町時代の文亀年間(1501~1504)の再建



桃山期の建築様式で、柱は六角になっている



大きな注連縄が低く垂れ下がっている。内陣には仁王像が安置されている



「仁王像」  今回の旅では仁王像専用の小さなカメラを忘れてきた



大口径のレンズを突っ込み適当にシャッターを切る



足腰に負担がかかるが、何とか通過



右手には、芭蕉句碑と夫婦松



「銅造宝篋印塔(千葉県指定文化財)」  享保3年(1718)の鋳造



三段の石基壇の上に、鋳造製の宝篋印塔が精巧に作られ、美術的価値の高いものである



「手水舎」



「本堂(千葉県指定文化財)」



銅板葺き、方五間の建物で、元禄9年(1696)の建立



山号「滑河山」の扁額



「観世音」の額。彫刻もすばらしい






堂内の天井の左右には天女が描かれている






堂内に飾られている額









本堂を斜めから



周囲を散策してみる



「ぼけ封じ道祖神」



仁王門(重文)の茅葺きの屋根は魅力がある






撮影 平成30年10月7日
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天応山 観音教寺 福聚院<芝山仁王尊>(千葉県山武郡芝山町芝山)

2018年11月23日 | 神社・仏閣
天応山 観音教寺 福聚院(芝山仁王尊)
「芝山はにわ博物館」と併設されている天台宗の寺院である
先に博物館で興味有る埴輪を見学した
子供を対象とした展示内容であったが、私の知識も同程度なので十分楽しむことができた

「大黒堂」  参道の階段を上がり最初にあるお堂
無人受付所のようになっていて、手作りの「参詣のしおり」を入手する
22ページある説明は十分すぎる内容で大変参考になった



熱心にお詣りするとすると、大国様がニッコリ笑い、願いが叶うという



「手水舎」



「仁王門」  明治15年に完成した総欅造りの建物



お堂形式の建物で、両側にある内陣(撮影禁止)の畳の敷かれた須弥壇に仁王堂が安置されている
この寺の別称「芝山仁王尊」はこの仁王像からきている



大きなわらじに目がいくが、その上にある彫刻もすばらしい



「仁王尊」の扁額



彫刻が好きなものでつい撮ってしまう






木菟(ミミズク)は古来より魔除けと幸福をもたらす鳥



「不動堂」  岐阜県の安田賢三氏が子息の菩提を弔うために再建されたお堂だという



安田家の守り本尊の不動明王を調べたところ「上総国芝山より出しもの 疾く疾く行きて元の座に安置せよ」とのお告げがあったという






「名馬吾妻号之塚」  吾妻号とは、フランスから贈られたアラブ種の名馬。その子孫は競走馬として活躍した



「黒龍大王神(己巳尊)」  



この寺に三重塔があることを知り、訪れるきっかけとなった



「三重塔(千葉県指定文化財)」



寛政9年(1797)、42世秀暁代に再建を発願し、文化11年(1814)44世龍淵代素建、天保7年(1836)46世湛定代に九輪完成と、実に五代の住職40年に亘る大事業だった



軒廻りは、初重・二重共並行垂木、三重は扇垂木で、屋根を大きく見せる工夫がされている






「忠魂碑」の奥に見えるのが本堂



「手水舎」



「洗應揖(洗って応に揖すべし)」



「香炉」



「本堂(観音堂)」  本尊 十一面観世音大菩薩を祀る
享保6年の建立、五間四方濡縁付きの密教建築



成田国際空港からの旅客機が本堂の上空を飛び立っていく



山号「天応山」の扁額。



「芝山天神」



「山王社」



再び大好きな三重塔へ






撮影 平成30年10月7日
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正東山 日本寺(千葉県香取郡多古町)

2018年11月22日 | 神社・仏閣
正東山 日本寺
千葉県には有名な鋸山 日本寺があるが、今回訪れたのは香取郡多古町にある本山 日本寺

「山門」  駐車場から山門付近にくると境内の落ち葉を取り除く作業をしている人を多く見かけた
しばらく待機し、きれいになった山門に足を踏み入れる



山号「正東山」の扁額は本阿弥光悦筆で日本三額の一つ
山門、鐘楼とともに多古町の文化財に指定されている



参道を歩き本堂に近づくと、集められた落ち葉が焚かれ凄い煙が境内を覆っていた
50cm先もこのように、はっきり見えない状況である



本堂付近も煙が立ち込め息苦しくなってきたので一時退散



「仏舎利塔」



「経蔵」



「伝水戸黄門お手植え紅葉」



本堂左手奥までくると匂いはあるが煙はこないのでしばらくこの場所で様子をみる



「岡田豊田稲荷大明神(夫婦稲荷)」






「妙見七面宮」



檀林時代には多くの学僧達に学業成就の守護神として崇められた



「波の井八作の彫刻」  



関東に行ったら波を彫るなと言わしめた人物。初代伊八こと、武志伊八郎信由



「本堂」  日祐上人が元応元年(1319)に開基した日蓮宗の古刹



仏教史上有名な檀林(学校)のある寺として知られ、全国から学僧たちが集まりこの地で学んだ。



木造の「狛犬」






「鐘楼(四恩の鐘)」



享和3年(1803)の建立



「身代わり観音」



体の悪いところをタワシで洗ってくださいと書いていた。顔以外タワシで擦った



まだ、午前中であったが全身が燻され匂いも残っていたので温泉に入ることにした

撮影 平成30年10月6日
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雲富山 大慈恩寺(千葉県成田市吉岡) 

2018年11月21日 | 神社・仏閣
雲富山 大慈恩寺
道路地図によって立ち寄った寺であり予備知識もない
洒落た案内板によりおおまかな内容を把握するが、近頃数十歩歩くと記憶から抜けていく



「観世音菩薩」と刻まれた石仏



「勅使門」  朝廷からの香取・鹿島神宮への例幣使だけが通行を許された門



勅使門に山号「雲富山」の扁額



これも珍しい、タイルに寺の由来が書かれている



左が勅使門、右が山門



その中央にある小屋に置かれている石仏



参道を進んでいく



「利生塔礎石群」  



参道左に残された礎石群が点在している



「本堂」  天平宝字5年(761年)鑑真によって創建されたと伝えられている



当初は慈恩寺と称していた
明徳2年(1391年)後小松天皇から「大」の一字を賜わり慈恩寺から大慈恩寺と改められた



本尊は釈迦如来



「大慈恩寺の板碑」















「空海 修行と布教の像」



これまで見てきた空海像とは少し違う感じがする



本堂の横に洞窟のようなものがある。入ってみようと思っていたが、前日までの雨で泥水が流れていたので止めた



さらに周辺を歩いてみる



石仏群






「梵鐘(千葉県指定文化財)」



鎌倉時代の古鐘



撮影 平成30年10月6日
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亀鶴山 長興院(千葉県成田市伊能)

2018年11月20日 | 神社・仏閣
亀鶴山 長興院
国道沿いにある寺で幸運にも車の流れが少なくなり、比較的容易に右折することができ駐車場に着いた
昨日までの雨もあがり、久し振りに青空を見た



「不許葷酒入山門(くんしゅ さんもんに いるを ゆるさず)」の戒壇石
くさいにおいのする野菜と、酒は、修行の妨げになるので、寺の中に持ち込んではならないという意味



参道の先に見えるのは山門である



山門(登録有形文化財)
禅宗様の特徴をよくあらわした瓦葺の木造楼門



建築年代は不詳だが、その様式から江戸後期に建てられたものと推定される
主要部にはすべてケヤキ材が使われており、ほぼ建築当初のまま保存されている



上層部が高く、内部に十六羅漢を祀っていた(現在、十六羅漢は本堂内に移管)



周辺の様子



「観音堂」



このアンバランス感が何ともいえない



「本堂」



「開創 五百年報恩之碑」  



本尊は「十一面観音」



「おかげ観世音」



掃除が苦手な私もこれを見ると手を動かしたくなってしまう



本堂前に近づいてみる



「鐘楼」






撮影 平成30年10月6日
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妙光山 蓮華院 観福寺(千葉県香取市牧野)

2018年11月19日 | 神社・仏閣
妙光山 蓮華院 観福寺(かんぷくじ)
真言宗豊山派の寺院。日本地図で有名な伊能忠敬の墓所がある    



「山門」   朝食後に空模様と相談しながら、訪問地の候補を決めるのだが、時間的に無理があると諦めていた寺であった
ところが、宿泊先の道の駅に向かう途中、この寺の大きな案内板が目に入り立ち寄ることにした



山門には山号「妙光山」の扁額



「手水舎」  参道から境内にかけて、春は枝垂れ桜、初夏は新緑、秋は紅葉と季節感あふれる趣を味わうことができるという



「大師像」



拝観料のない寺はこのような案内板がとても参考になる



「本堂」  寺伝によれば、寛平2年(890年)尊海僧正の開基という。文化8年(1811年)鐘眞和尚再建



本尊は平将門の守護仏とされる聖観世音菩薩
元来、香取神宮の本地仏として安置されていた銅造懸仏4点が重要文化財に指定されている(拝観要予約)



「不動堂」  文化15年(1818年)快恵和尚再建



扁額には「護摩堂」。身丈5尺、総高8尺の不動明王像を安置



「観音堂」  元禄年間、春海和尚建立



本尊聖観世音菩薩像が安置されている



「大師堂」  文政12年(1829年)、秀珍和尚建立



弘法大師像が安置されている



川崎大師、西新井大師とともに日本厄除三大師のひとつと称される



「鐘楼堂」






「毘沙門堂」



「伊能忠敬」  晩年に全国を回り日本地図を作成した程度の知識しかなかった



「伊能忠敬の墓」  この寺を訪れた目的は伊能忠敬のお墓があるということを知ったからである



遺言により、このお墓には「遺髪と爪」が納められている



お墓から本堂を見る。



「本堂と玄関」



「薬師堂」



撮影 平成30年10月5日
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香取神宮(千葉県香取市香取)

2018年11月14日 | 神社・仏閣
香取神宮
伊勢神宮、鹿島神宮とともに日本三大神宮の一つに数えられている
茨城県の鹿島神宮、息栖神社とともに東国三社の一社、この旅で三社を巡拝したことになる

「二の鳥居」  駐車場から参道商店街を通り過ぎると大きな赤い鳥居がある



「神池」  表参道を歩くと左手に神池が見えてくる
三脚を立てて写真を撮っている人がいたので、同じ場所から一枚



「三の鳥居」  二の鳥居からしばらく歩くと、正面に大きな石造りの鳥居が立っている



「狛犬」






「総門」  重要文化財の門が工事中だったら嫌だなと思っていたら、ここではなかったということが後にわかった



「手水舎」



「天皇陛下 皇后陛下御親拝記念植樹」 平成4年11月とある



楼門(重要文化財)
元禄13年(1700年)に徳川幕府5代将軍の綱吉の命により造営された
楼上の額は東郷平八郎の筆



「楼門の狛犬」



木造の狛犬は魅力がある



「天皇陛下御親拝記念碑と旧拝殿」  社殿に向かって右側に位置している



「旧拝殿(千葉県指定文化財)」 



拝殿内部の様子



「練習艦かとりの錨」  海上自衛隊練習艦かとり除籍祈念として「かとり」命名の由緒の深い香取神宮に奉献された



「神饌殿」



拝殿(登録有形文化財)
楼門から見える拝殿は美しく、参拝者が途切れるこの瞬間までしばらく待っていた
社殿の形式は、本殿・幣殿・拝殿が連なった権現造である



拝殿正面には千鳥破風が設けられている
旧拝殿は丹塗であったが、黒漆塗、組物・蟇股には極彩色が施され、本殿に釣り合った体裁に改められた



本殿(重要文化財)
元禄13年(1700年)の造営。三間社流造、檜皮葺。壁や柱は黒漆塗で、黒を基調としている



祭神は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)



「三本杉」 源頼義が参拝し「天下太平 社頭繁栄 子孫長久の三つの願 成就すれば此の杉自ら三岐に別れん」と祈願したところ一株の杉が三岐に別れたという



「末社 櫻大刀自神社」



題辞「大和心」は安倍晋三氏による



「寶物館」  雨も降っていたので休憩も兼ねて立ち寄る



「香取護国神社」 奥宮を探している途中にあった



昭和21年9月創建。明治以降の国難で殉じた香取郡出身者を祀る



「要石」  鹿島神宮の要石とも関連があるらしい



鹿島神宮は凹、香取神宮は凸の形状だという
要石はその大鯰を押さえつける地震からの守り神として現在にも伝わっている



「末社 押手神社」



「剣聖 飯篠長威斉之墓」 調べてみると、室町時代中期から後期にかけての武将、剣豪らしい



香取神宮や鹿島神宮につたわる武芸から,天真正伝新当(神道)流を創始したという



「奥宮」  道に迷い参拝者に場所を教えてもらいやっとたどり着いた



遠くに人がいたので少し安心。方向音痴なのでいつもとんでもない方へ行ってしまう



社殿は昭和48年(1973年)の伊勢神宮遷宮の際の古材を使用



撮影 平成30年10月5日
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息栖神社(茨城県神栖市息栖)

2018年11月12日 | 神社・仏閣
息栖(いきす)神社
二千年以上の歴史をもち,鹿島神宮,香取神宮とともに東国三社の一つとして数えられている

「二の鳥居」  駐車場横にあるのが二の鳥居



「稲荷神社」  二の鳥居を通るとすぐ左手に稲荷神社の鳥居がある



稲荷といえば朱色の鳥居と社殿を想像するが、ここはそうではない



しかも、この神社のすべての狐が赤い布で頬被りをしている



参道に戻る。時折、強い雨が落ちてくる



「神門」  社殿は昭和35年(1960年)に火災で焼失したが、神門は弘化4年(1847年)の造営時のもので、焼失を免れた



「拝殿」  修復中なのか屋根にはブルーシート
現在の社殿は、火災焼失3年後の昭和38年(1963年)の再建



江戸時代には、伊勢神宮参拝後に「下三宮参り」と称して関東以北の人々が東国三社を巡拝する慣習があったという



祭神は久那戸神 (くなどのかみ)
歴史は古いが、建物は鉄筋コンクリート造りで本殿・幣殿・拝殿からなる



「境内社」



「礎石」  息栖神社本殿の鳥居。数回立て替えをしているがいつの時代のものかは不明



「力石と芭蕉歌碑」



「力石」 



「芭蕉句碑」  この里は 気吹戸主の 風寒し
 


「一の鳥居」 「忍潮井(おしおい)」



「忍潮井(おしおい)」と呼ばれる二つの池(写真は「女瓶」)がある
「日本三霊泉」の一つという



井戸は「男瓶」「女瓶」という名の2つの土器から水が湧き出ている



舟だまり(坂東太郎 利根川)から見ると、一の鳥居から社殿まで真っ直ぐつながっているのがわかる



撮影 平成30年10月5日
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海雲山 長勝禅寺(茨城県潮来市潮来)

2018年11月10日 | 神社・仏閣
海雲山 長勝禅寺
文治元年(1185年)源頼朝の開基という
歴史上の人物が普通に出てくるという感覚は北海道にはない

「長勝禅寺」の石柱を見ると期待が膨らんでくる



春先には「桜のトンネル」になるという参道を歩く



私の旅はいつも桜の散った後や紅葉の始まる前といった季節になるので美しい景色を見ることができない



山門(茨城県指定文化財)
この山門は普門院において,元禄6年から13年(1693~1700年)までかかって建立され、完成間近の同13年徳川光圀の命令によって長勝寺に移築された



「山門」から真っ直ぐな参道が続く



視界に入ってくるのは参道の風景に見事に調和している茅葺きのお堂だ



本堂(茨城県指定文化財)
棟上には源氏の定紋「笹りんどう」が金色に光っている



茅葺きの屋根は趣があって実に良い



本堂正面の扉は固く閉ざされていたが……



本堂内部の様子。やはりご本尊を拝顔し合掌するのはいいものだ



銅鐘(重要文化財)
鐘楼に「国寶」と薄く記載されていたが、現在は重文である



この寺の創建者である源頼朝の菩提の為に寄進したといわれている



「勢至堂」






駐車場から鐘楼と本堂の屋根が見える



撮影 平成30年10月5日
コメント (4)
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鹿島神宮 その2(茨城県鹿嶋市宮中)

2018年11月09日 | 神社・仏閣
鹿島神宮 その2
日本三大神宮の一つである鹿島神宮。他の二つは伊勢神宮、香取神宮である



「楼門」から先が見えないほど真っ直ぐに延びる参道。これからは裏参道になる

「さざれ石」



「鹿園」 
春日大社の創建に際し、白い神鹿の背に分霊を乗せ、多くの鹿を引き連れて出発
1年かけて奈良まで行ったと伝えられており、奈良の鹿も鹿島神宮の発祥とされている



「末社 熱田社」



奥宮(重要文化財)
現在の社殿は、慶長10年(1605)に徳川家康が関ヶ原戦勝の御礼に現在の本殿の位置に本宮として奉納した



境内の社殿では最も古い






「奥宮」をこえると「要石」方向と「御手洗池」方向とに分かれる



「大鯰の碑」 神様が、暴れるナマズ(地震発生による被害)を押さえつけている
「どちらを選ぶんだ」と問われているような感じが…



「要石」 最初に選んだのは要石の方だ






説明書きを読み「いざっ」と意気込んで近くに寄ってみると「なんだこりゃ」と笑ってしまった
丸い小さな石が要石。なぜか「掘ってみたい」という気持ちに駆られた



「芭蕉句碑」 枯れ枝に 鴉のとまりけり 穐の暮



少し力が抜けたところで要石を後にした



参道を歩く人間が杉の中に入ると小さく見える。次は、「御手洗池」に向かう



「御手洗(みたらし)池」 昔は参拝する前にここで禊をした
それにしても、この横に伸びた木には圧倒される



1日に40万リットル以上の湧水がある



水深は1mほどで、この池に大人が入っても子供が入ってもその水深は乳を越えないといわれ、「鹿島七不思議」の一つに数えられている



御手洗池側入口。周辺に鹿島神宮園地御手洗公園がある



こんなに広い境内だとは思わず、歩き疲れてしまった



「宝物館」が休館中ということで残念ではあったが、約2時間十分堪能することができた



撮影 平成30年10月4日
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