神鳴り(アメジストネックレス)

難聴ゆえに家居の好きな主婦です。過去、心臓弁膜症、大腸がんの手術を受けました。趣味は短歌です

中山寺山頂から大阪平野がよく見える

2018年03月04日 17時31分42秒 | お出かけ
先ほどの記事で終わりにしようと思っていましたが、
頂上に上がると、東側から大阪平野が綺麗に見えたので、
追加の記事です。

梅は途中より、頂上のほうがよく咲いていました。

先ほどのは西面でしたから、西日は当たりますが、朝、昼の太陽はあまり当たりません。

頂上は一日中当たるから、早く咲くのでしょう。


少し離れたほうが花の咲いている感じがわかりやすいかもしれません。


また頂上の東側に戻ってきました。


東側からも降りられることを今日初めて知りました。

↓門前町です。


私はお昼を食べてなかったので、
おなかが空いていて、
以前来た時においしかったお好み焼き屋さんに来ました。


前は冬に来たから空いていましたが、満席ですと断られました。

が、お腹の空いていた私は待たせてもらいますと外で待ちました。

今日は暑いくらいの陽気なので、外で待たせてもらうほうが気持ちいいくらい。

やっと一人出たから、入れました。

そして、以前注文しておいしかった豚玉を注文。


期待していただきましたが、前ほどおいしいと思いませんでした。

今日が暑いくらいの気温だったのと、
キャベツ高騰のせいか、
細かく切ってはありましたが、キャベツの芯まで入っていたためだったと思います。

こうキャベツが高いと、お好み焼き屋さんのもうけも少ないかもしれません。

それで、お酒を注文しない女一人客を断ったかもしれません。


その後、阪急中山観音駅で電車に乗り、
川西能勢口で降りないで、そのまま池田駅まで行きました。

お気に入りの靴屋さんで春の普段履きの靴を買うために。

その後歩いて自宅まで戻ってきました。

今日は、よく歩いた一日でした。

*

・よく迷ふゆゑに余計に時間食ふいいの運動代わりになるから

・やすみつつ三時間ほど歩きたり迷はなければ三十分を

・満開になりても地味な梅のはな黙して匂ひを放つ花なり

中山寺の梅

2018年03月04日 15時31分21秒 | お出かけ
中山観音駅を出ると、
中山観音寺は、門前町を抜けて、すぐです。

私は、昨年はお彼岸に来ています。

↓お寺の地図の代わりに、航空写真が貼られてありました。


↓梅の花のシーズンなので、お寺の境内には露店がたくさん出ていました。


↓境内の略図もありました。

お堂もたくさんあって、立派なお寺です。

↓安産祈願のお寺で、妊婦さんも来るのでエスカレーターがつけられています。


本堂で拝んでから、左手の納骨堂に行きます。

わが家は、夫の両親も、子供の頃に亡くなった夫のお兄さん、弟さんも分骨して祀ってもらっています。

やっと梅林の入り口です。この入り口は、中山寺の奥の院の入り口も兼ねています。

中山寺の奥の院には、一昨年上りました。

私は、ここに来るまでに既に疲れていましたので、
手前にあった休憩所で、しばらく休ませてもらいました。↓

向こうに見えるのは、甲山や六甲山だと思います。

休憩してから、やおら梅林へ。

梅の花は咲いているのもありましたが、
まだ一部だったので、
来週あたりが見ごろになるのではないでしょうか。


↓全山梅の山ですから、満開になったら見事です。


(続く)

また川西バスターミナルから宝塚インターまで

2018年03月04日 15時02分33秒 | お出かけ
今日は、宝塚市の中山寺の梅が見ごろだと思うので、今から出かけます。

だけど、それだけじゃ物足りないから、また宝塚インターのある小浜まで行き、そこから歩こうと思います。

高知から帰ってきてから、家に閉じこもりになっていましたから、運動のために歩いてくるのです。

それと私は、一つのことが気になると、徹底的に知りつくしたい性分ですので、宝塚小浜地区を徹底的に把握したいのです。

宝塚インター停留所まで行くのは、2月5日2月15日、今日と3回目です。

幸いというか、不幸にもというか、夫は、昨日から、今は亡き義母の姪家族と高知に墓参帰省をしていますから。(^-^)

バスが来ました。(上の写真)

15分ほど乗れば、宝塚インター停留所です。↓


ここで降りて、またブラタモリで紹介された宝塚小浜(こはま)地区に行きます。

小浜地区からブラタモリとは逆バージョンで宝塚歌劇方面を撮影しました。

豊臣秀吉の時代には、この小浜地区が伊丹台地の西端で、見えている宝塚の町は瀬戸内海だったそう。

「小浜」という地名からも、周りが海だったことが窺えますね。

今回は地図で調べておいたので、
小浜地区から米谷(まいたに)地区にも橋を渡ってすんなり行けました。


橋に「大堀川」と書かれてありますが、豊臣秀吉は、川を掘り下げて堀にしたのですね。

それで「大堀川」という川名になったようです。

橋の名前は国府橋=こくふばし ですね。

昔は、この小浜地区が国府だったのでしょう。

左手に川に降りる道がありました。

こんなに深い堀です。

前回は橋が見つけられなかったので、
米谷地区から小浜地区に行くのに、いったん、この谷に降りたのでした。

ここまでは順調に来たのでしたが、もってきた地図がおおざっぱだったから、方向音痴の私は、迷いに迷いました。

だから、小浜地区から中山寺まで30分とあったのに、
3時間近くかかってしまいました。

↓この橋を渡ろうとしていると、
向こうから「中山寺行き」というバスが来たので逆方向に向かっていることに気づいて、
あわててUターンして、


やっと、右手に「中山寺」という文字を見つけました。↓


右折れして歩いて高架下をくぐると、

阪急「中山観音」駅でした。

お昼前に家を出て、3時間あまりかかって、やっと来れました。

方向音痴の私は、逆方向に歩いたりするから、とんでもなく時間がかかってしまいました。

(続く)

書くことが好きで毎日書いてアップしているけれども

2018年03月04日 06時17分18秒 | ブログについて
ときどき迷いが出る。

こんなことアップしていいのかなあと。

それで、昨日は一度アップしたものをひっこめた。

が、すでにブログのタイトルは流されているから、読みに来られた方に申し訳ないと再アップ。

別に誰に申し訳ないわけでもないのに?(笑)

だけど、一度アップしたものを取り下げるのって不誠実なような気もするの。

私は嘘は書きたくないし、書く以上は綺麗ごとばかり書きたくない。

そうすると傷つく人も出てくるし、生きている人のことを書けば問題も起こる。

昨日は、交流させていただいている某有名歌人のことを書いた。

彼女は筋ジストロフィーという難病で、寝た切りであられる。

私は、彼女の周辺の心無い人たちに対して立腹したから書いた。

それは正直な気持ちだった。

が、落ち着いて考えてみれば、その書かれた人たちが私のブログを読む可能性はある。

私は読まれても全然かまわないのだが、お世話されているその歌人の方に
塁が及ぶかもしれないことを懸念した。

夫の伯父さんのことを書いた記事も、ちょっとまずいかなと。

いったん取り下げたはしたのだが、
しかし、やっぱり読んでもらいたい気持ちと、読みに来られた方への申し訳なさで
再アップにいたった。

そもそも書くって何だろう?

さらにブログにアップするということは?