売布神社を参拝したあと、
また阪急売布神社駅まで戻って、今度は駅の南側の小浜を目指すことにした。
この小浜地区は、昔は、現在賑わっている宝塚歌劇のある宝塚駅周辺よりもずっと賑わっていたらしい。
このことを知ったのは、先日のNHKの番組「ブラタモリ」の「宝塚」であった。
それで私も行ってみたくなったのである。
地図は持参してきたが、初めての場所なので、行き方がわからない。
↓阪急と平行して走っているJRの線路の下を潜って、
しばらく歩いてから、今度は右向け右して中国自動車道の高架下を潜って、
米谷(まいたに)というところに来た。
地図で見ると米谷と小浜はすぐなのだが、行き止まりが多くて、なかなか小浜に行けない。
お濠というか深い谷があって、すぐ近くの小浜に行けないのだ。
これは、ブラタモリでも説明があったが、昔、豊臣秀吉がこの小浜で茶会を開いたりしたお寺のあった地区を守るため、谷を深くして堀代わりにしたらしかった。
が、
米谷地区の一つの突き当りに次のような看板があったから、ここから小浜に行けると思った。
右手を見ると深い谷に降りる階段があった。
これを降りて、もしまた戻ってこないといけなくなったらと心配したが、ほかに行く道が見つからないので、降りた。
降りて正解だった。
降りたところは谷になって、水が流れていたが、その川には橋が架かっていたので、向こう側にわたることができた。
この橋が「たぬき橋」だったようだ。
その渡ったところが小浜地区だった。
やっと到着した小浜地区には、このような表示板があった。
↓案内の通りに行けば、昔の巡礼街道に。
「小浜宿」と書かれた家があった。
江戸時代は、この辺りは宿場町だったのだ。
阪神大震災までは、もっと建物がたくさん残っていて、現在よりずっと宿場町の面影が残されていたらしい。
↓その説明を書いた立て札もあった。
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