永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(365)

2009年04月23日 | Weblog
09.4/23   365回

三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(4)

「さらにいづれともなき中に、斎院の御黒方(くろぼう)、さいへども、心にくくしづやかなるにほひことなり。侍従は、大臣の御、すぐれてなまめかしうなつかしき香なりと定め給ふ」
――どれかと優劣が決められぬそんな中でも、朝顔の前斎院がお合わせになった、「黒方(くろぼう)」は、何といっても奥ゆかしく、しっとりとした匂いが格別です。「侍従」は源氏の大臣がお合わせになったもので、これが一番なまめかしく、心惹かれる薫りとお定めになりました――

「対の上の御(おほむ)は、三種ある中に、梅花はなやかに今めかしう、すこしはやき心しらひを添へて、めづらしき香加はれり」
――紫の上のは、三種(黒方、侍従、梅花)の中では、梅花が特に華やかで今風で、匂いに少し鋭いところがおありで、新しい趣が凝らされております――

 夏の御方(花散里)は、万事控え目になさるお心から、荷葉(かよう)を一種お合わせになり、それはそれなりに、しっとりと奥ゆかしいものでした。冬の御方(明石の御方)は、薫衣香(くのえこう)の合わせ方のすぐれていらっしゃるのは、宇多院の御法を学び取られて源公忠朝臣が特に精選して献上された百歩香の調合法など思ひついて、類もなく優雅な感じのするのを種々調合なさったものです。蛍兵部卿の宮は、「どれもみな欠点のないものと存じます」とおっしゃるので、源氏は、

「心ぎたなき判者なめり」
――どちらにも気の多いご判定ですね――

 と、おっしゃる。

「月さし出でぬれば、大神酒など参り給ひて、昔物語などし給ふ。霞める付きの影心にくきを、雨の名残の風すこし吹きて、花の香なつかしきに、大殿のあたりいひしらずにほひ満ちて、人の御心地いとえんなり」
――月がさし昇ったので、御酒を召し上がりながら、昔のお話などなさいます。おぼろに霞む月影もいっそう趣を添えて、雨上がりの風がそよそよと花の香をただよわせ、御殿のあたり一面に芳しさが満ち満ちて、人の心も誘われるような艶めかしい宵です――

 明日はいよいよ御裳著です。

◆心しらひ=心配り、配慮

◆写真:薫物合せ後の饗宴  風俗博物館

ではまた。


源氏物語を読んできて(和服の洗濯)

2009年04月23日 | Weblog
◆和服の洗たく

 衣装は絹織物でしたので、和服の洗濯は、洗い張りといって縫った糸を全部外して着物をバラバラにし、お湯で洗って、縮まないよう竹のピンで伸ばしながら乾燥させ、再度縫い上げます。

 木綿等は平安時代にはありませんでしたが、木の板に糊を効かせて貼り付けて乾燥させて再度縫い上げます。

 少し前の時代まで行われていました。

源氏物語を読んできて(364)

2009年04月22日 | Weblog
09.4/22   364回

三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(3)

源氏は蛍兵部卿の宮に、

 「まめやかにはすきずきしきやうなれど、またもなかめる人のうへにて、これこそは道理のいとなみなめれと、思ひ給へなしてなむ。(……)」
――実は香合わせなどを方々にお頼みして、大騒ぎしますのも物好きなようですが、何分一人しかいない娘のことですので、これくらいは当然と思いまして、(腰結の折には、秋好中宮に宮中からご退出頂いて、お願いしたいと思っております)――

蛍兵部卿の宮は、

「あえものも、げに必ず思しよるべき事なりけり」
――それは中宮の御幸におあやかりになります為にも、成るほどそうでなければならぬお思いつきですね――

 と、源氏のお考えに賛成なさる。

このついでに、他の女君たちにお使いをお出しになって、調合された薫物などを、「この夕暮れのしっとりした折に試みてみましょう」と言われますと、どなたも様々に趣向を凝らしてさし上げられます。源氏は、蛍兵部卿の宮に、

「これわかせ給へ。誰にか見せむ」
――どうぞ、優劣を判定してください。あなた以外に見ていただく方はおりません――

と、おっしゃって早速火取などをご用意させます。宮は謙遜なさいますが、退出なさるのも冴えないことと思われます。

 源氏自ら調合なさた二種の香を今はじめてお取り出しになります。御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて、西の渡殿の下を流れる遣水の汀近くに埋められてありましたのを、惟光の宰相の子の兵衛の尉(ひょうえのじょう)が掘って参りました。それを宰相の中将(夕霧)が取り次いで、お前に差し出します。

「いと苦しき判者にもあたりて侍るかな。いとけぶたしや」
――これは何と辛い判者になってしまったことです。まことに煙たいこと――

 調合の方法はどこにも普及しているようですが、人々がそれぞれに工夫された薫物の優劣をかき合わせられるのは、たいそう面白いことが多いのでした。

◆わかせ給へ=優劣を判定してください

◆御所内で右近の御溝水のあたりにお埋めになるのに準えて=土中に香を埋めるのは匂いを良くするための言い伝え。

◆写真:香合わせ  風俗博物館

ではまた。


源氏物語を読んできて(薫物合せ)

2009年04月22日 | Weblog
◆薫物合せ(たきものあわせ)
 
 物合せ(ものあわせ)の一つで、平安時代の遊び、楽しみとして、後宮のような文化圏、貴族の間で盛んに行われました。植物では、草合せや前栽合せ。貝合わせ、物語合わせ、詩合せ、香合せなど。ここの薫物合せは、香合せで、調合した薫物の匂いの良さを、蛍兵部卿の宮が判者となって判定しています。

◆写真:WAKOGENJIより

源氏物語を読んできて(363)

2009年04月21日 | Weblog
09.4/21   363回

三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(2)

 お香の調合に、源氏は寝殿に一人籠られて、何やらの秘伝を試みておいでになり、紫の上は東の対の一所に御几帳をめぐらして、こちらも一心に試みていらっしゃる。御調度類も優雅の限りをつくして、香壺を入れる箱、壺の形、火取の意匠なども、立派にお作らせになって、女君たちの中で優れたものをお納めしようとのお考えです。

 二月十日頃、六条院のお庭は紅梅の花盛りで、大そう美しいところに蛍兵部卿の宮がふらりとお出でになって、源氏と花を愛でておいでになりますと、「前斎院からです」と散り過ぎた梅の枝につけたお文が届きました。早速に薫物を合わせて寄こされたのでした。

「沈の箱に、瑠璃の坏(つき)二つすゑて、おほきにまろがしつつ入れ給へり。心葉(こころは)、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、同じくひき結びたる糸のさまも、なよびかになまめかしうぞし給へる」
――沈香木で造りました箱に、瑠璃(硝子)の香壺を二つ置いて、薫物を大粒に丸めて入れてありました。心葉は、紺瑠璃(紺色の硝子)の方には五葉の松の枝、白瑠璃には、梅の枝を選んで、同じように引き結んだ糸の様子もしなやかになまめかしく見えます――

前斎院(朝顔の君)の添え文には、歌。

「花の香は散りにし枝にとまらねどうつらむ袖にあさくしまめや」
――花の散った枝のような私がお合わせしましたお香は、つまらないものですですが、薫きしめる姫君のお袖には深く匂うことでしょう――

 蛍兵部卿の宮は、この薄墨で書かれたお文に目を留められて、大げさに取り立ててお読みになります。宰相の中将(夕霧)は、

「御使い尋ねとどめさせ給ひて、いたう酔はし給ふ。紅梅襲の唐の細長そへたる女の装束かづけ給ふ」

――(夕霧は)朝顔の君の使者をお引き留めになって、たっぷりとお酒をお振る舞いになった上に、紅梅襲(こうばいがさね)の細長を添えた女の装束をお与えになりました。―-
源氏からのお返事も同じ紅梅色の紙に、お庭の梅の花を折らせて文にお結びになります。蛍兵部卿の宮は妬ましがって、ひどく読みたがっておいでですが、

「『花の枝にいとど心をしむるかな人のとがめむ香をばつつめど』とやあるつらむ」
――「人に咎められてはと隠してはいますが、あなたの御手紙にはひとしお、心惹かれます」とでもお書きになったのでしょうか――

ではまた。

源氏物語を読んできて(心葉)

2009年04月21日 | Weblog
◆写真:心葉(こころば)
 
「香壺筥と心葉(こうつぼばことこころば)」
練香に合わせられる沈香・丁子・麝香などの個々の原料の香は、それぞれ直径10センチほどの銀製の香壺に納められ、四種類づつ一つの香壺筥に入れられた。

 香壺筥は30センチ四方、深さ11.5センチの甲盛のある漆塗の箱で、蒔絵や螺鈿が施される。香壺筥に納められた四個の香壺の上に、それぞれ心葉とよばれる七・六センチ四方の袱紗状の布を掛け、さらにこの四枚の心葉の上から27センチ四方の大きい心葉で覆い、箱に蓋をする。

 心葉は、二枚重ねの綾に、銅に銀メッキをした梅花型の金具がついたもので、金具には組み紐が通され総角に結んである。これは、香壺が動かないようにするためと装飾を兼ねたものである。

  風俗博物館

源氏物語を読んできて(362)

2009年04月20日 | Weblog
09.4/20   362回

三十二帖【梅枝(うめがえ)の巻】 その(1)

 源氏・太政大臣   39歳正月~3月
 紫の上       31歳
 秋好中宮      30歳
 明石の御方     30歳
 明石の姫君     11歳
 夕霧(宰相の中将) 18歳
 雲井の雁      20歳
 内大臣
 柏木(頭の中将)  23~24歳
 東宮(朱雀院の皇子)13歳
 前斎院(朝顔の君)
 朧月夜(朱雀院の尚侍)
    この巻は、その他今までの人物総出

「御裳著のこと思しいそぐ御心おきて、世の常ならず。東宮もおなじ二月に、御かうぶりの事あるべければ、やがて御まゐりもうち続くべきにや」
――(源氏は)明石の姫君の御裳著のことを準備なさるのに余念がなく、そのご配慮は一通りではありません。東宮も、同じ二月に御元服の儀式も催される筈ですので、それに引き続いて、姫君の入内となるのでございましょう――

 源氏は、正月の晦日ごろともなりますと、公私共にお暇な頃ですので、裳著のお式に用います薫物(たきもの)を調合なさいます。二条の院の御蔵をお開けになって、

「錦綾なども、なほ古きものこそなつかしうこまやかにはありけれ」
――錦や綾などでも、やはり古い時代のものはしっとりとして、こまやかな心がこもっているものだ――

 と、おっしゃって、入内なさる姫君の御調度品の覆い、敷物の縁にも、それぞれに配合良く割り当てられて、作らせられます。さまざまな香は、昔のと今のとを取り揃えて、女君たちにお配りになって、「薫物を二種づつ調合してください」と言われます。源氏ご自身と、紫の上、明石の御方、前斎院(朝顔の君)、花散里の五人でいらっしゃいます。
 
「おくりもの、上達部の禄など、世になきさまに、内にも外にもこと繁くいとなみ給ふに添へて、方々にえり整へて、鐡臼(かなうす)の音耳かしがましき頃なり」
――裳著の折に人々に贈るお土産、儀式のお役を勤めた公卿への贈り物など、六条院の内でも外でも、盛んにご準備されますに加えて、女君たちはそれぞれ材料をお合わせになりますので、この頃は、鐡臼(かなうす)で香を挽く音があちらこちらで騒々しく聞こえるのでした――

◆御かうぶり=元服

ではまた。