永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(357)

2009年04月15日 | Weblog
09.4/15   357回

三十一帖【真木柱(まきばしら)の巻】 その(28)

 右近は源氏の御文を、髭黒のお出でにならないときにそっと、玉鬘にお見せしますと、

「うち泣きて、わが心にも、程経るままに思ひ出でられ給ふ御さまを、まほに「恋しや、いかで見たてまつらむ」などはえ宣はぬ親にて、げにいかでかは対面もあらむとあはれなり」
――(玉鬘は)お泣きになって、自分でも時が経つにつれて思い出されます源氏ですが、まともに「恋しゅうございます。どうにかしてお目にかかりたく」などとはおっしゃれない。名ばかりの親なのですから、なるほどどうして対面など出来ようかと悲しくあわれも深いのでした――

 源氏のご態度を玉鬘が気に入らないご様子の少しおありのようながら、右近は、源氏と玉鬘とは実際どのようなご関係だったのかと、今でも疑問をもっております。玉鬘は、返歌に、

「申し上げますのも恥ずかしいのですが、ご返事をいたしませんのもどうかと思いまして『ながめする軒のしづくに袖ぬれてうたかた人をしのばざらめや(春雨の雫に濡れ、涙にくれて、すこしのひまもあなたを偲ばずにいられましょうか)時がたつほど寂しさを覚えます。あなかしこ』――

 と、うやうやしくお書きになります。

源氏はこのお返事をご覧になって、涙のこぼれる思いで、胸がいっぱいになって、

「すいたる人は、心から安かるまじきわざなりけり、今は何につけてか心をも乱らまし、似げなき恋のつまなりや、と、さましわび給ひて、御琴掻き鳴らして」
――色好みはわれから求めて苦労するものだ、今さら何のために心を乱そう、身にそわぬ恋の相手ではないか…と諦めようとなさいますが、やはり容易には忘れかねて、お側の和琴を掻き鳴らしていらっしゃる――

ではまた。