永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(276)

2009年01月15日 | Weblog
09.1/15   276回

【常夏(とこなつ)】の巻】  その(2)

 源氏は、夕霧にむかって、

「朝臣や、さやうの落葉をだにひろへ。人わろき名の後の世に残らむよりも、同じかざしにてなぐさめむに、何でふ事かあらむ」
――夕霧や、あなたはせめてそういう落葉のような落とし胤の姫君でも貰いなさい。雲井の雁を断られて、みっともない評判が後世に残るよりは、同じ枝葉の末で心を慰めるのに何の悪いことがあろうか――

 と、からかい半分に言われます。

 こんなことで、内大臣とは、うわべは大そう睦まじい御仲のようでありながら、昔から何となく考え方にしっくり合わないことがありました。まして今は、

「中将をいたくはしたなめて、わびさせ給ふつらさを思しあまりて、なまねたしとも、漏り聞き給へかしと思すなりけり。(……)」
――夕霧をひどく辱しめて、苦しい思いをさせられた口惜しさを胸に納めかね、自分の言葉を内大臣が伝え聞いて、小癪に感じたら面白いと思われるのでした。(今度の姫君を内大臣があまりお気に入らぬ様子でもあり、あの玉鬘をお引き合わせしたら、どうお扱いになるであろう)――

源氏はお心の内で、内大臣と玉鬘について考えます。

「いと物きらきらしく、かひある所つき給へる人にて、よきあしきけぢめも、けざやかにもたはやし、またもて消ち軽むることも、人に異なる大臣なれば」
――内大臣というお方は、格別に派手好きな勝気なご性格で、物の善し悪しの区別もはっきりとさせ、褒めはやしたり、貶しつけたりなさるにも、人並みはずれて烈しい方で――

 玉鬘のことを知ったならば、どんなにか面白くなく思われるであろう。自分が玉鬘を隠しておいたことを、不快に思われようとも、知らぬ顔で差し出したならば、ゆめにも
軽々しくは思われまい。いっそう油断なくお世話しよう、と思われるのでした。

 ようやく夕方になるにつけ、風も涼しくなってきました。源氏は「もっと遠慮なく涼んでいらっしゃい。そろそろ私は若い人たちの中では、嫌われそうな年輩になりましたよ」とおっしゃって、西の対の玉鬘の方へお渡になりますのを、若い方々はお見送りなさいます。

◆はしたなめ(はしたなむ)=きまりの悪い思いをさせる。

ではまた。


源氏物語を読んできて(275)

2009年01月14日 | Weblog
09.1/14   275回

【常夏(とこなつ)】の巻】  その(1)

続いて、その夏。

 たいそう暑い六月のある日、六条院の南の御殿では、池に渡してある釣殿(つりどの)で源氏が涼んでおります。夕霧もお側に侍り、親しい殿上人も大勢伺候しておられます。
 桂川から献上された鮎や、賀茂川で捕れた石伏(いしぶし)という魚などを、お前で料理して差し上げます。
 風が少しは吹いているものの、雲ひとつない夏空で、西日になる頃には、蝉の声も暑苦しく、若い人はめいめい、氷水や水飯など食べております。源氏は、

「いとかかる頃は、遊びなどもすさまじく、さすがに暮らし難きこそ苦しけれ。(……)このごろ世にあらむことの、すこしめづらしく、ねぶたさ醒めぬべからむ、語りて聞かせ給へ。何となく翁びたる心地して、世間のこともおぼつかなしや」
――こうひどく暑い時節には、音楽も面白くなく、なんとも凌ぎがたいのが困る。(宮中に出仕する人々は帯も紐も解かずに伺候せねばならず、たいへんだろう。せめてここでは寛いで)、この頃世間で評判の、眠気も醒めるような話があったら聞かせてください。なんとも老いこんだ気持がして、世間の事情に疎くなってね。――

 とおっしゃいますが、皆かしこまった様子で、少しでも涼しくと高欄を背に座っております。源氏は弁の少将(柏木の弟君)に、

「いかで聞きしことぞや、大臣の外腹の女尋ね出でてかしづき給ふなる、とまねぶ人ありしは。まことにや」
――まあ、聞いた話ですが、内大臣が妾腹の娘を捜し出して、大切にされているそうだと語った人が居ましてね。ほんとうですか――

 とお聞きになりますので、弁の少将が、

「ことごとしく、さまで言ひなすべき事にも侍らざりけるを。この春の頃ほひ、夢語りし給ひけるを、ほの聞き伝へ侍りける女の、われなむかこつべきことある、と、名のり
出で侍りけるを、(……)かやうのことこそ、人のため自ら、けそんなるわざに侍りけれ」
――大袈裟にそれほど言いたてる程もないことでございますが、この春頃、父上が夢占いをおさせになりましたところ、その話を伝え聞いた人がいまして、私こそ申し上げたいことがありますと、名乗り出てきましたのを、(兄の柏木が真かどうかを尋ねておりました。詳しくは存じません。まったく世間話の種と人々が噂し合っております。)父にとりましても、私どもにとりましても困ったことでございます。――

 源氏は、あの話は本当だったのだな、とお思いになって、

「いと多かめる列に離れたらむ後るる雁を、しひて尋ね給ふが、ふくつけきぞ。(……)底清くすまぬ水にやどる月は、曇りなきやうのいかでかあらむ」
――大勢おられる御子さんの仲間にもはづれた姫君を、無理に捜し出されるのが欲張りというものですよ。(私は子供が少ないので、そういう娘でもいたら名乗り出てほしいのに、私ごとき身分には面倒なのか、一向に言ってきません。それにしても、身に覚えがないということもないのでしょう。お若い頃はあちこちお遊びになっておいででしたからね。)濁り江に宿った月影でもありますまいが、どうかと思う御落胤もままあることでもありますがね。――

 と、微笑んでおっしゃる。夕霧はその事を、詳しく聞き知っておられますので、まじめに弁護もしてあげられず、弁の少将と藤侍従(弁の少将の弟君)は、御父君のことですので、なんとも辛い思いで聞いております。

◆釣殿(つりどの):池に臨んで建ててある南端の建物。離れで宴会や涼みに、月夜を愛でたりする。

◆水飯(すいはん):乾し飯(いい)や飯を冷や水につけて食べる。

◆けそんなる=家損=家の恥、家の名折れ

◆底清くすまぬ水にやどる月は:素性も知れぬ女の腹に生まれた娘が、立派である筈がない、という譬。

◆ふくつけき=欲深い、貪欲

ではまた。


源氏物語を読んできて(274)

2009年01月13日 | Weblog
09.1/13   274回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(7)

内大臣は、

 「かのなでしこを忘れ給はず、物の折にも語り出で給ひしことなれば、いかになりにけむ、物はかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること、(……)」
――あの撫子の歌を遺した常夏の女の娘(玉鬘のこと)のことを、お忘れにならず、折にふれ、人にもお話しになった(雨夜の品定め)ほどでしたので、今でも、あの子はどうしているのか、薄幸であった母親のために、可愛い娘を行方知れずにしてしまったことよ、とお思いになって、(まったく女というものは、少しも目を離してはいけないものだ)――

 と、内大臣は、もしかして、その子はみすぼらしい様子の落ちぶれ方をしているのではないか、いずれにしても、名乗り出てくれれば…とずっと思っておいでで、御子息たちにも、

「もしさやうなる名のりするひとあらば、耳とどめよ。」
――もし、私の娘だと名乗る者があるならば、気をつけて居てくれ――

 と、常に申し渡しておりました。ある時期はそのような娘のことなど忘れておられましたのに、先ごろ来、源氏が姫君を何人かお世話していらっしゃるのをお聞きになってからというもの、ふと思い出され、今となっては何もかもご自分の思い通りにならないことが、お辛いのでした。

 内大臣は、夢をご覧になって、夢占いの上手な者に判断をおさせになりますと、

「もし年頃御心に知られ給はぬ御子を、人のものになして、聞こし召し出づることや」
――(占者は)、もしや、今までご自分でもご存知ない御子を他人に取られて、そのことをなにかお耳になさったことがおありでしょうか――

 と、申し上げますので、内大臣は、

「女子の人の子になることは、をさをさ無しかし。いかなることにかあらむ」
――娘が他人の養女になるようなことは、めったにあるものではない。どういうことだろうか――

と、おっしゃって、この頃しきりにそのことを、話題になさっております。

◆【蛍(ほたる)】の巻】終わり。

ではまた。
 


源氏物語を読んできて(274)

2009年01月13日 | Weblog
09.1/13   274回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(7)

内大臣は、

 「かのなでしこを忘れ給はず、物の折にも語り出で給ひしことなれば、いかになりにけむ、物はかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人を、行方知らずなりにたること、(……)」
――あの撫子の歌を遺した常夏の女の娘(玉鬘のこと)のことを、お忘れにならず、折にふれ、人にもお話しになった(雨夜の品定め)ほどでしたので、今でも、あの子はどうしているのか、薄幸であった母親のために、可愛い娘を行方知れずにしてしまったことよ、とお思いになって、(まったく女というものは、少しも目を離してはいけないものだ)――

 と、内大臣は、もしかして、その子はみすぼらしい様子の落ちぶれ方をしているのではないか、いずれにしても、名乗り出てくれれば…とずっと思っておいでで、御子息たちにも、

「もしさやうなる名のりするひとあらば、耳とどめよ。」
――もし、私の娘だと名乗る者があるならば、気をつけて居てくれ――

 と、常に申し渡しておりました。ある時期はそのような娘のことなど忘れておられましたのに、先ごろ来、源氏が姫君を何人かお世話していらっしゃるのをお聞きになってからというもの、ふと思い出され、今となっては何もかもご自分の思い通りにならないことが、お辛いのでした。

 内大臣は、夢をご覧になって、夢占いの上手な者に判断をおさせになりますと、

「もし年頃御心に知られ給はぬ御子を、人のものになして、聞こし召し出づることや」
――(占者は)、もしや、今までご自分でもご存知ない御子を他人に取られて、そのことをなにかお耳になさったことがおありでしょうか――

 と、申し上げますので、内大臣は、

「女子の人の子になることは、をさをさ無しかし。いかなることにかあらむ」
――娘が他人の養女になるようなことは、めったにあるものではない。どういうことだろうか――

と、おっしゃって、この頃しきりにそのことを、話題になさっております。

◆【蛍(ほたる)】の巻】終わり。

ではまた。
 


源氏物語を読んできて(273)

2009年01月12日 | Weblog
09.1/12   273回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(6)

 夕霧は小さい姫君のお相手に雛遊びなどしては、雲井の雁と共に遊んで暮らした頃が思い出され、涙ぐむことも多いのでした。あの恥ずかしい六位の袍(緑色の下位の袍)を脱いだ今のご自分を見て頂きたいものとばかり思いつめていらっしゃる。

夕霧は内大臣に対して、

「あながちになどかかづらひ惑はば、倒るる方にゆるし給ひもしつべかめれど、つらしと思ひし折々、いかで人にも断わらせ奉らむ、と思ひ置きし、忘れ難くて、(……)」
――無理にしつこくお頼みすれば、内大臣も根負けして、雲井の雁との縁談をお許しなさったかも知れませんが、あの身にしみて口惜しい目を見たときに、どんなことがあっても、伯父君(内大臣は夕霧の亡き母の兄君)に折れていただかねばならないと、
あの時思い込んだことが、今も忘れられないので、(雲井の雁には、お文を差し上げながら、表面は少しもあせった風をお見せにならないのでした)――

 そのようなご様子を、内大臣方のご子息たちは、

「なまねたしなどのみ思ふこと多かり」
――こうした態度を、ちょっと小憎らしいと思うことも多かった――

右の中将(柏木)は、玉鬘を深くお思いになっていますが、お手紙を取り次いでもらうにも頼りないありさまですので、この夕霧に泣きついてこられますが、夕霧は、

「人の上にては、もどかしきわざなりけり」
――どうも人のこととなりますと、恋の取り持ちは非難を受けやすいものでしてね――

と、すげなく答えていらっしゃる。丁度、お二人の父君、すなわち昔の源氏と頭の中将の間柄に似ています。

 内大臣には、多くの女方の産んだ御子がたくさんいらっしゃって、母方のご威勢や御子の人柄次第で、何事も意の如くなるお立場ですので、みな相当な地位につかせられておりますが、

「女はあまたもおはせぬを、女御もかく思ししことの滞り給ひ、姫君もかく事違ふさまにてものし給へば、いと口惜しと思す。」
――女の御子は多くはおられません上に、弘徽殿女御もあのように中宮のご希望が停頓され、雲井の雁も夕霧のことから宮仕えの予定が狂ってしまわれましたので、内大臣はそれらを、今だにたいそう口惜しく思っておいでになります。――

◆あながち=強いて

ではまた。

源氏物語を読んできて(272)

2009年01月11日 | Weblog
09.1/11   272回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(5)

 紫の上は、明石の姫君の御為にも、物語を捨てがたくお思いで、いろいろと選んでは、読んで差し上げますのを、源氏はご覧になって、

「姫君の御前にて、この世慣れたる物語など、な読み聞かせ給ひそ。みそか心つきたるものの女などは、をかしとにはあらねど、かかること世にはありけり、と見なれ給はむぞゆゆしきや」
――明石の姫君の御前では、このような色めいた話などお聞かせなさいますな。秘めた恋にあこがれる物語の中の娘などを、面白いとは思わぬまでも、こんなことが世の中にはあるものだと、見慣れてしまわれてはたいへんですからね。――

 とおっしゃる。

「こよなし、と対の御方聞き給はば、心置き給ひつべくなむ」
――よくもこのようなことを、と玉鬘がお聞きになったら、ご自分の方へいらっしゃった時の源氏のご様子とは大変な違いです事、と、恨めしくお思いでしょうに。――

 源氏と紫の上は、ただただこの幼い姫君が、非難をお受けにならないようにお育てせねばと、思われておいでです。

「継母の腹ぎたなき昔物語も多かるを、心見えに心づきなしと思せば、いみじく選りつつなむ、書き整へさせ、絵などにも書かせ給ひける」
――まま母の意地悪さを書いた昔物語も多いけれど、継母の心の奥がみなこうしたものだなどと、お思いになってはいけないと、源氏はひどく気をつけてお選びになり、幼き姫君に清書をおさせになったり、絵などもお描かせになります。――

 源氏は、夕霧を義母の紫の上からは引き離して、対面させておられませんが、明石の姫君とは、ご兄妹としてご一緒に遊ばれることを御赦しになっておりますので、姫君のお居間にては、雛遊びなどもなさいます。ただ、

「台盤所の女房の中はゆるし給はず。あまたおはせぬ御なからひにて、いとやむごとなく、かしづき聞こえ給へり」
――台盤所の女房達の居るところへはお許しになりません。源氏には多くないお子様たちですので、注意深く大切にお育てになっていらっしゃるのです――

◆みそか心=密か心=ひそかに恋する心

◆台盤所(だいばんどころ)=台盤をおくところ。宮中では清涼殿の一室で、女房の詰め所。六条院のような貴族の邸では、食物を調理する台所。(女房達が大勢いるので、間違いがおこらぬようにと夕霧を近づけない)

◆写真:紫の上に意見している源氏  風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(271)

2009年01月10日 | Weblog
09.1/10   271回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(4)

玉鬘は、

「げにいつはり慣れたる人や、さまざまにさも酌み侍らむ。ただいとまことの事とこそ
思う給へられけれ」
――なるほど嘘を付きなれたお方が、あれこれとそのようにお察しになるのでしょうか。私などはただただ本当の事と思われるばかりでございます――

 玉鬘は、ちょっと不機嫌に、今お使いになっていた硯を、わきに押しやられますので、源氏は、

「こちなくも聞こえおとしてけるかな。神代より世にかることを、記し置きけるななり。日本記などは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々しく、くわしきことはあらめ」
――おやおや、思わずおとしめてしまったことよ。物語というものは、神代からこの世にあることを書き残したものだそうな。正史とされている日本記などは、そのほんの一部分でしかないのでしょう。これらの物語にこそ、ちゃんとした詳しい、人の心得になるような一切があるのでしょう――

 と、おっしゃってお笑いになります。つづけて、

「その人の上とて、ありのままに言ひ出づることこそなけれ。(……)」
――だいたい物語というものは、誰それの身の上として、事実通りに書くことはないけれど、(良いことも悪いことも、この世に生きていく人の有様で、読者におもねって、良いことは良すぎ、悪いことはひどく悪く書いて、どうも現実のようではありませんよ……)――

などと、尤もらしい世間の話にもっていかれます。ところでと、お話を変えられて、

「さてかかる故言の中に、まろがやうに実法なるしれもののの物語はありや。いみじく気遠き、ものの姫君も、御こころのやうにつれなく、そらおぼめきしたるは世にあらじな。いざ類なき物語にして、世に伝へさせむ」
――さてと、こういう物語の中に、私ほど律儀な馬鹿者の物語がありますか。ごく世間知らずな物語の姫君でも、あなたほど無情で、とぼけた人はおりますまい。あなたと私の事は、世にも珍しい物語にして、世間に伝えさせたいものですね。――

と、源氏がにじり寄っておっしゃるので、姫君は袖でお顔を隠されて、

「さらずとも、かくめづらかなる事は、世語りにこそはなり侍りぬべかめれ」
――わざわざ物語になさらなくても、これほど珍しいことは、自然世間の噂になることでしょう――

 「あなたもそうお思いですか」と源氏はなお、玉鬘に寄って御髪を撫でてお上げになったり、恨み事を仰るご様子は、まったく屈託のないくだけかたでいらっしゃる。玉鬘はかろうじて、(歌)

「ふるき跡をたづぬれどげになかりけりこの世にかかる親の心は」
――昔のことを探してみても、こんな親の心は見たこともありません――

 源氏は、玉鬘のお歌に、はっと、わが身が恥ずかしくなられて、それ以上に乱れることはおできにならず、まあ、こうしてお二人の間柄はどうなっていくのでしょう。
◆かたそば=片側=一部分
◆実法=じほふ=まじめなさま、素直なさま

◆写真:玉鬘が兵部卿の宮をどうお思いなのかを、探りに
    きている源氏。衣装もくだけた着方で、優越感も見えます。 風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(270)

2009年01月09日 | Weblog
09.1/9   270回

【蛍(ほたる)】の巻】  その(3)

 玉鬘は、お心の内で、

「かくさすがなる御気色を、わがみづからの憂さぞかし、親などに知られ奉り、世の人めきたるさまにて、かやうなる御心ばへならましかば、などかはいと似げなくもあらまし、人に似ぬ有様こそ、つひに世語りにやならむ」
――源氏の君が内心は私に惹かれながら、表向きには他の人に縁づけようとなさる、ねじ曲ったご様子に、これも自分の不幸というもの。もしも、実の親とも対面し、人並みの様子で源氏のご寵愛をうけるならば、不釣り合いなことではないものを。それが表面は親子という、人とは異なる有様なのですから、きっと世間の噂の種になるに違いない恐ろしいこと――

 と、思い悩まれています。源氏は源氏で、

「さるは、まことにゆかしげなき様には、もてなしはてじ」
――実のところ、この姫君を隠し妻のような人聞きの悪い境遇におくようなことはするまい――

 と、お思いなのですが、やはり例のお心癖を抑え切れないご様子も時折混じって、間違いの起こりかねないような危ないご関係なのではあります。

 五月五日の御節句に、六条院では薬玉のことや、東の御殿の馬場では騎射が催され、舞楽、競馬、相撲、が、にぎやかに、勝ち負けの時の鐘や太鼓の囃子が続いていましたが、夜に入って何も見えなくなりましたので、禄などを頂いて人々は帰っていきました。

 それぞれの御殿の女童たち、女房達は、だれそれに劣るまじとの勢いに着飾って、東と南の御殿へと見物に大騒ぎの一日でした。

 五月雨がいつもの年よりひどく長く降って、晴れの日がなくつれづれなままに、六条院の女君たちは、絵物語などの遊びごとに日々を過ごしておいでです。
玉鬘は、いろいろな物語をご覧になりながらも、自分のような珍しい運命の者は他に無いと、筑紫での監(げん)や、今のご境遇を引き比べてお思いになっています。

 源氏は、あちらのお部屋にもこちらにも、このような絵物語が散らばっているのが、お目にとまって、玉鬘に、

「あなむつかし。女こそ物うるさがらず、人に欺かれむと生まれたるものなれ。(……)」
――ああ、うっとうしいことだ。女というものは性懲りもなくこんなものを夢中になって読んだり写したり、まるで人に騙されようとして世に生まれてきたようなものだね。(物語の中には、ありのままの事はごくわずかであろうに、つまらないことに心をとられ、たぶらかされて、髪の乱れも構わず書き写していることよ)――

 と、お笑いになって、あれこれつづけてお話しになって、
「…こういう物語は、嘘を言い慣れた人の口から出るのだろうと思うが、そうではないかな」などと、おっしゃる。

ではまた。