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【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(13)
雨が止んで風の音が竹の音をさやさやとさせる頃、はなやかにさし昇った月の光にもてはやされて、御殿は、なんとなくしめやかに女房達は源氏と玉鬘の情愛の濃やかなものがたりに、ご遠慮してお側に侍ってもおりません。源氏はこういう良い機会もめったにないと思われて、言葉に出されたついでの激情の一途なお心からか、
「なつかしい程なる御衣どものけはひは、いとやう紛らはしすべし給ひて、近やかに臥し給へば、いと心憂く、人の思はむ事もめづらかに、いみじう覚ゆ。」
――糊気がとれてしなやかになったお召物を、衣づれの音を上手に紛らわせてお脱ぎになり、姫君のすぐ側に御休みになりましたので、姫君はひどくお困りになって、女房達が何と思うことかと浅ましくお思いになります――
玉鬘は、本当の親のお側に居るのでしたら、いい加減に放っておかれても、こうした方面の辛いことなどあるまいと思うと悲しくて、涙がこぼれています。いかにもお可哀そうなご様子に、源氏は、
「かう思すこそつらけれ。もて離れ知らぬ人だに、世の道理にて、皆ゆるすわざなめるを、かく年経ぬる睦まじさに、かばかり見え奉るや、何のうとましかるべきぞ。これよりあながちなる心は、よも見せ奉らじ。おぼろげに忍ぶるにあまる程を、なぐさむるぞや」
――そんなにお嫌いになるとは、何と辛いことでしょう。世間一般の習わしで、全く赤の他人でも、女は誰にでも身をまかすのに、これ程長い間親しくしてきて、これくらいのことをなぜお厭なわけがあるでしょう。これ以上の無理は決して申しませんよ。耐えようにも耐えられない恋しさを、わずかに慰めるだけなのですよ――
と、心を込めて、あわれ深くなつかしそうにお話しになる言葉は限りもありません。傍でみる玉鬘は昔の夕顔にそっくりで、ひどくお心も騒ぐのでした。
が、こんな真似をするのは、われながら軽率だったと源氏はお気づきになって、「こんなことがあったからといって、私をお嫌いにならないでください。他の人にこんなに夢中になることはないのです。しかし人の咎めるような振る舞いは決してしませんよ。ただ昔なつかしい思いでいっぱいで、あなたも昔の人(夕顔)になったおつもりで、お返事をしてください。」と源氏は、おっしゃるのです。
ではまた。
【胡蝶(こてふ)】の巻】 その(13)
雨が止んで風の音が竹の音をさやさやとさせる頃、はなやかにさし昇った月の光にもてはやされて、御殿は、なんとなくしめやかに女房達は源氏と玉鬘の情愛の濃やかなものがたりに、ご遠慮してお側に侍ってもおりません。源氏はこういう良い機会もめったにないと思われて、言葉に出されたついでの激情の一途なお心からか、
「なつかしい程なる御衣どものけはひは、いとやう紛らはしすべし給ひて、近やかに臥し給へば、いと心憂く、人の思はむ事もめづらかに、いみじう覚ゆ。」
――糊気がとれてしなやかになったお召物を、衣づれの音を上手に紛らわせてお脱ぎになり、姫君のすぐ側に御休みになりましたので、姫君はひどくお困りになって、女房達が何と思うことかと浅ましくお思いになります――
玉鬘は、本当の親のお側に居るのでしたら、いい加減に放っておかれても、こうした方面の辛いことなどあるまいと思うと悲しくて、涙がこぼれています。いかにもお可哀そうなご様子に、源氏は、
「かう思すこそつらけれ。もて離れ知らぬ人だに、世の道理にて、皆ゆるすわざなめるを、かく年経ぬる睦まじさに、かばかり見え奉るや、何のうとましかるべきぞ。これよりあながちなる心は、よも見せ奉らじ。おぼろげに忍ぶるにあまる程を、なぐさむるぞや」
――そんなにお嫌いになるとは、何と辛いことでしょう。世間一般の習わしで、全く赤の他人でも、女は誰にでも身をまかすのに、これ程長い間親しくしてきて、これくらいのことをなぜお厭なわけがあるでしょう。これ以上の無理は決して申しませんよ。耐えようにも耐えられない恋しさを、わずかに慰めるだけなのですよ――
と、心を込めて、あわれ深くなつかしそうにお話しになる言葉は限りもありません。傍でみる玉鬘は昔の夕顔にそっくりで、ひどくお心も騒ぐのでした。
が、こんな真似をするのは、われながら軽率だったと源氏はお気づきになって、「こんなことがあったからといって、私をお嫌いにならないでください。他の人にこんなに夢中になることはないのです。しかし人の咎めるような振る舞いは決してしませんよ。ただ昔なつかしい思いでいっぱいで、あなたも昔の人(夕顔)になったおつもりで、お返事をしてください。」と源氏は、おっしゃるのです。
ではまた。