09.1/28 281回
【常夏(とこなつ)】の巻】 その(6)
内大臣はつづけて、「その姫君が人並みならば、いままで評判にならない筈はないではないか。源氏というお方は、今まで一点の非もなく、この世にはもったいないほどのご信望だったのに、本妻とも言われる紫の上に御子がなく、子運の薄い方だ」
「その今姫君は、ようせずば、実の御子にもあらじかし。さすがにいと気色ある所つき給へる人にて、もてない給ふならむ」
――その新しい姫君は、ひょっとすると実の御子でもないだろうよ。源氏というお方は、何といっても一癖ある方だから、何か訳があってなさっているのだろう――
と、貶めるようにおっしゃる。それにつけても、雲井の雁のことが、いまだに不満で残念でならないのでした。
「かやうに心にくくもてなして、いかにしなさむなど安からず、いぶかしがらせましものを、と妬ければ、位さばかりと見ざらむかぎりは、ゆるし難く思すなりけり。」
――雲井の雁も玉鬘のように勿体らしく扱って、将来どうするつもりかと、世間をやきもきさせたかったのに、と、癪に障ってしかたがない。夕霧の位が相当高くならない限りは、二人の結婚は許し難いと思うのでした――
「大臣などもねんごろに口入れかへさひ給はむにこそは、負くるやうにても靡かめ、と思すに、男方は、さらにいられ聞こえ給はず、心やましくなむ。」
――源氏の方で丁重に幾度も口添えなさるなら、根負けした形で従おうものを、夕霧の方では、一向焦ってもおられず、内大臣は、はなはだ面白くないのでした――
それはそうと、と内大臣は、引き取った今姫君(近江の君)を、どうしたものかと考えあぐんでいらっしゃいます。人がこれほど悪く言うからといって送り返すのも軽率で、かと言ってこの邸に置けば、本当に大切に育てるのかと、人が噂をするのも癪なのです。弘徽殿女御のもとにでも宮仕えさせて、そうした弄びものにしてしまおうか…と思うのでした。
◆写真:双六を打つて遊ぶ女房 風俗博物館
【常夏(とこなつ)】の巻】 その(6)
内大臣はつづけて、「その姫君が人並みならば、いままで評判にならない筈はないではないか。源氏というお方は、今まで一点の非もなく、この世にはもったいないほどのご信望だったのに、本妻とも言われる紫の上に御子がなく、子運の薄い方だ」
「その今姫君は、ようせずば、実の御子にもあらじかし。さすがにいと気色ある所つき給へる人にて、もてない給ふならむ」
――その新しい姫君は、ひょっとすると実の御子でもないだろうよ。源氏というお方は、何といっても一癖ある方だから、何か訳があってなさっているのだろう――
と、貶めるようにおっしゃる。それにつけても、雲井の雁のことが、いまだに不満で残念でならないのでした。
「かやうに心にくくもてなして、いかにしなさむなど安からず、いぶかしがらせましものを、と妬ければ、位さばかりと見ざらむかぎりは、ゆるし難く思すなりけり。」
――雲井の雁も玉鬘のように勿体らしく扱って、将来どうするつもりかと、世間をやきもきさせたかったのに、と、癪に障ってしかたがない。夕霧の位が相当高くならない限りは、二人の結婚は許し難いと思うのでした――
「大臣などもねんごろに口入れかへさひ給はむにこそは、負くるやうにても靡かめ、と思すに、男方は、さらにいられ聞こえ給はず、心やましくなむ。」
――源氏の方で丁重に幾度も口添えなさるなら、根負けした形で従おうものを、夕霧の方では、一向焦ってもおられず、内大臣は、はなはだ面白くないのでした――
それはそうと、と内大臣は、引き取った今姫君(近江の君)を、どうしたものかと考えあぐんでいらっしゃいます。人がこれほど悪く言うからといって送り返すのも軽率で、かと言ってこの邸に置けば、本当に大切に育てるのかと、人が噂をするのも癪なのです。弘徽殿女御のもとにでも宮仕えさせて、そうした弄びものにしてしまおうか…と思うのでした。
◆写真:双六を打つて遊ぶ女房 風俗博物館