09.1/7 268回
【蛍(ほたる)】の巻】 その(1)
続いて同じ年の五月
源氏・太政大臣 36歳の5月
紫の上 28歳
明石の御方 27歳
玉鬘 22歳
夕霧(源氏の長男) 15歳
雲井の雁(内大臣・前頭の中将の外につくった姫君)
17歳
兵部卿の宮=蛍兵部卿の宮
柏木・右の中将(内大臣の長男・玉鬘とは姉弟)
20~21歳
「今はかく重々しき程に、よろづのどやかに思ししづめたる御有様なれば、(……)」
――源氏はいまはこうして、摂政という重職のお身で、(忍び歩きなどもおできになれず、万事のんびりと落ち着いたご生活を送っておられます)――
西の対の玉鬘だけは、
「いとほしく、思ひの外なる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。……何事をも思し知りにたる御齢なれば、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しく覚ゆ」
――お可哀そうにも、思いがけない御苦労がふえて、いったいどうしたら良いものかと思い乱れていらっしゃいます。……何事もわきまえのつくお歳なので、源氏とそんな関係になろうとは、人々が想像しそうにもないことですので、あれやこれやを思えば思うほど、こんな辛い目にあうということの原因は、自分を残して母の夕顔が亡くなられたからなのだと、そのことが残念で、今さらのように口惜しく悲しく思われるのでした。――
源氏も、一旦お心をお現わしになってからは、却って辛さも増されたようで、しきりに西の対へお出でになっては、女房達が遠くにいて人気がない時など、胸の内を訴えなさるのでした。玉鬘は、
「胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゆべきにはあらねば、ただ、見知らぬさまにもてなし聞こえ給ふ」
――そのたびに胸のつぶれる思いをなさいますが、きっぱりと源氏を気まり悪いようには拒絶もおできになれず、ただ気づかぬ振りをしていらっしゃる――
このようなことの中で、玉鬘は万事、注意深く振舞っておられますが、元来お人柄が快活で人懐っこく、愛嬌がおありになって、それが時折りお出になりますようで、その評判に、兵部卿の宮などは真面目に言いよられのでした。五月雨の季節に入れば婚姻を忌む時節なので、ぜひとも姫君の側近くに伺いたものと、気持ちをいらいらさせていらっしゃるのを、源氏は面白がって、玉鬘へ、
「なにかは、この君達の好き給はむは、見どころありなむかし。もて離れてな聞こえ給ひそ。御返り時々聞こえ給へ」
――なに、かまうことない。あの方達が言い寄られるのは、見る甲斐のあるというものだ。お返事はときどきは、しなさい。あまり素っ気なくなさいますなよ――
◆五月雨の季節=五月雨は縁組を忌んだ当時の風習。
ではまた。
【蛍(ほたる)】の巻】 その(1)
続いて同じ年の五月
源氏・太政大臣 36歳の5月
紫の上 28歳
明石の御方 27歳
玉鬘 22歳
夕霧(源氏の長男) 15歳
雲井の雁(内大臣・前頭の中将の外につくった姫君)
17歳
兵部卿の宮=蛍兵部卿の宮
柏木・右の中将(内大臣の長男・玉鬘とは姉弟)
20~21歳
「今はかく重々しき程に、よろづのどやかに思ししづめたる御有様なれば、(……)」
――源氏はいまはこうして、摂政という重職のお身で、(忍び歩きなどもおできになれず、万事のんびりと落ち着いたご生活を送っておられます)――
西の対の玉鬘だけは、
「いとほしく、思ひの外なる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ。……何事をも思し知りにたる御齢なれば、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しく覚ゆ」
――お可哀そうにも、思いがけない御苦労がふえて、いったいどうしたら良いものかと思い乱れていらっしゃいます。……何事もわきまえのつくお歳なので、源氏とそんな関係になろうとは、人々が想像しそうにもないことですので、あれやこれやを思えば思うほど、こんな辛い目にあうということの原因は、自分を残して母の夕顔が亡くなられたからなのだと、そのことが残念で、今さらのように口惜しく悲しく思われるのでした。――
源氏も、一旦お心をお現わしになってからは、却って辛さも増されたようで、しきりに西の対へお出でになっては、女房達が遠くにいて人気がない時など、胸の内を訴えなさるのでした。玉鬘は、
「胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞こゆべきにはあらねば、ただ、見知らぬさまにもてなし聞こえ給ふ」
――そのたびに胸のつぶれる思いをなさいますが、きっぱりと源氏を気まり悪いようには拒絶もおできになれず、ただ気づかぬ振りをしていらっしゃる――
このようなことの中で、玉鬘は万事、注意深く振舞っておられますが、元来お人柄が快活で人懐っこく、愛嬌がおありになって、それが時折りお出になりますようで、その評判に、兵部卿の宮などは真面目に言いよられのでした。五月雨の季節に入れば婚姻を忌む時節なので、ぜひとも姫君の側近くに伺いたものと、気持ちをいらいらさせていらっしゃるのを、源氏は面白がって、玉鬘へ、
「なにかは、この君達の好き給はむは、見どころありなむかし。もて離れてな聞こえ給ひそ。御返り時々聞こえ給へ」
――なに、かまうことない。あの方達が言い寄られるのは、見る甲斐のあるというものだ。お返事はときどきは、しなさい。あまり素っ気なくなさいますなよ――
◆五月雨の季節=五月雨は縁組を忌んだ当時の風習。
ではまた。