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【帚木】の巻 (5)
源氏は、かなりの遊びなれた様子で、睦言のなんと巧みなこと。
「鶏も鳴きぬ」朝がきて鶏が鳴き出したので心あわただしく、うたを交します。
源氏のうた「つれなきをうらみもはてぬしののめにとりあへぬまでおどろかすらむ」
あなたの無情を恨み果てもしないうちに、夜明けになって、取るものも取り合えぬまで、なぜ鶏は私を起こすのだろう。
空蝉の返し「身の憂さをなげくにあかであくる夜はとり重ねてぞ音(ね)もなかれける」
身のつらさを充分嘆ききれないうちに明ける夜は、嘆きの上に夜が明けた嘆きまで取り重ねて、声をたてて泣かれたことでした。
一夜を共にした実事のあとを知らしめるとき、作者は「男」と「女」という書き方をします。ここでも
「女、身の有様を思ふに、いとつきなく眩き心地して」
おんなは、自分の身を思うと源氏とは不似合いで恥ずかしく
後朝(きぬぎぬ)=男女が共に寝た翌朝、各自の着物を着て別れること。(古語辞典)。朝の別れがたい切ない気持ちを「衣衣=きぬぎぬ」に託してうたった。通い婚であったことを頭において、この時代を考えます。男性は日が昇るまえに辞さなければなりません。
源氏はその後も、何とかしてもう一度逢いたいものだと、小君(空蝉の弟)を使って文を持たせたり、あの手この手を使いますが、拒まれます。苦し紛れに、行く先短いあんな爺い(空蝉の夫、伊豫介)より、私の方が先に親しくなった人だ、とか何とか、わめく姿は滑稽です。
この巻の、源氏が、相手の身分を低く見た言葉遣い、強引な行動は、私には少し興ざめで、「桐壺」の巻の「やむごとなき人々」への筆の運びと違って戸惑います。
空蝉は痩せて小柄であると書かれていますが、容貌の描写は次の巻で出てきます。
ここで【帚木】が終わっています。
【帚木】の巻 (5)
源氏は、かなりの遊びなれた様子で、睦言のなんと巧みなこと。
「鶏も鳴きぬ」朝がきて鶏が鳴き出したので心あわただしく、うたを交します。
源氏のうた「つれなきをうらみもはてぬしののめにとりあへぬまでおどろかすらむ」
あなたの無情を恨み果てもしないうちに、夜明けになって、取るものも取り合えぬまで、なぜ鶏は私を起こすのだろう。
空蝉の返し「身の憂さをなげくにあかであくる夜はとり重ねてぞ音(ね)もなかれける」
身のつらさを充分嘆ききれないうちに明ける夜は、嘆きの上に夜が明けた嘆きまで取り重ねて、声をたてて泣かれたことでした。
一夜を共にした実事のあとを知らしめるとき、作者は「男」と「女」という書き方をします。ここでも
「女、身の有様を思ふに、いとつきなく眩き心地して」
おんなは、自分の身を思うと源氏とは不似合いで恥ずかしく
後朝(きぬぎぬ)=男女が共に寝た翌朝、各自の着物を着て別れること。(古語辞典)。朝の別れがたい切ない気持ちを「衣衣=きぬぎぬ」に託してうたった。通い婚であったことを頭において、この時代を考えます。男性は日が昇るまえに辞さなければなりません。
源氏はその後も、何とかしてもう一度逢いたいものだと、小君(空蝉の弟)を使って文を持たせたり、あの手この手を使いますが、拒まれます。苦し紛れに、行く先短いあんな爺い(空蝉の夫、伊豫介)より、私の方が先に親しくなった人だ、とか何とか、わめく姿は滑稽です。
この巻の、源氏が、相手の身分を低く見た言葉遣い、強引な行動は、私には少し興ざめで、「桐壺」の巻の「やむごとなき人々」への筆の運びと違って戸惑います。
空蝉は痩せて小柄であると書かれていますが、容貌の描写は次の巻で出てきます。
ここで【帚木】が終わっています。