五〇 虫は (63) 2018.6.23
虫は 鈴虫。松虫。はたおり。きりぎりす。蝶。われから。ひをむし。蛍。蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て、これもおそろしき心地ぞあらむとて、親のあしき衣をひき着せて、「いま秋風吹かむをりにぞ来むずる。待てよ」と言ひて、逃げていにけるも知らず、風の音聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く。いみじくあはれなり。
◆◆虫は 松虫。鈴虫。きりぎりす。こおろぎ。蝶。われから。蜻蛉。蛍。これらがおもしろい。蓑虫は、たいへんしみじみとした感じを思わせる。鬼が生んだのだったので親に似て、これも恐ろしい気持ちを持っているだろう、というので、女親が粗末な着物を引き着せて、「もうすぐ、秋風が吹く頃になったら、その時迎えに来よう。待ってておいで」と言って、逃げて行ったのも知らず、秋風の音を聞き知って、八月ごろになると「ちちよ、ちちよ」と頼りなさそうに鳴く。たいへんしみじみとした感じだ。◆◆
■鈴虫。松虫=鈴虫は今の松虫、松虫は今の鈴虫というが、確かでない。
■はたおり=今のきりぎりすをいうか。
■きりぎりす=今のこおろぎをいうか。
■われから=甲殻類の小さな節足動物。
■ひをむし=かげろう。朝生暮死の虫。
蜩。額づき虫、また、あはれなり。さる心に道心おこして、つきありくらむ。また、思ひかけず暗き所などにほとめきたる、聞きつけたるこそ、をかしけれ。
◆◆蜩もおもしろい。額突き虫は、また、しみじみとした感じがする。そんな小さな虫の心で道心をおこして、額をつけて拝みまわっているのだろう。また、思いがけず暗い所などで、ことことと音をたてているのを聞きつけた時は、おもしろいものだ。◆◆
蠅こそにくき物のうちに入れつべけれ。愛敬なくにくき物は、人々しく書き出づばき物のさまにはあらねど、よろづの物にゐ、顔などに濡れたる足してゐたるなどよ。人の名につきたるは、かならずかたし。
◆◆蠅こそは、憎らしい物の中に入れてしまうものだ。愛敬がなくにくらしい物は、一人前のものとして書きあげる物のありさまではないが、いろいろな物にとまり、顔などに濡れている足でとまっている有様などといったらもう。人の名前に「蠅」とついているのは、かならず人生行く末がむずかしい。◆◆
夏虫、いとをかしくらうたげなり。火近く取り寄せて物語など見るに、草子の上に飛びありく、いとをかし。蟻はにくけれど、かろびいみじうて、水の上などをただありくこそをかしけれ。
◆◆夏虫は、とてもおもしろく、可憐にみえる。ともし火を手に取って近づけて物語などを見るときに、綴じ本の上を飛びまわるのは、たいへんおもしろい。蟻はいやだけれど、身が軽いのはたいへんなもので、水の上などをすいーと歩き回るのなんて、とてもおもしろい。◆◆
虫は 鈴虫。松虫。はたおり。きりぎりす。蝶。われから。ひをむし。蛍。蓑虫、いとあはれなり。鬼の生みければ、親に似て、これもおそろしき心地ぞあらむとて、親のあしき衣をひき着せて、「いま秋風吹かむをりにぞ来むずる。待てよ」と言ひて、逃げていにけるも知らず、風の音聞き知りて、八月ばかりになれば、「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴く。いみじくあはれなり。
◆◆虫は 松虫。鈴虫。きりぎりす。こおろぎ。蝶。われから。蜻蛉。蛍。これらがおもしろい。蓑虫は、たいへんしみじみとした感じを思わせる。鬼が生んだのだったので親に似て、これも恐ろしい気持ちを持っているだろう、というので、女親が粗末な着物を引き着せて、「もうすぐ、秋風が吹く頃になったら、その時迎えに来よう。待ってておいで」と言って、逃げて行ったのも知らず、秋風の音を聞き知って、八月ごろになると「ちちよ、ちちよ」と頼りなさそうに鳴く。たいへんしみじみとした感じだ。◆◆
■鈴虫。松虫=鈴虫は今の松虫、松虫は今の鈴虫というが、確かでない。
■はたおり=今のきりぎりすをいうか。
■きりぎりす=今のこおろぎをいうか。
■われから=甲殻類の小さな節足動物。
■ひをむし=かげろう。朝生暮死の虫。
蜩。額づき虫、また、あはれなり。さる心に道心おこして、つきありくらむ。また、思ひかけず暗き所などにほとめきたる、聞きつけたるこそ、をかしけれ。
◆◆蜩もおもしろい。額突き虫は、また、しみじみとした感じがする。そんな小さな虫の心で道心をおこして、額をつけて拝みまわっているのだろう。また、思いがけず暗い所などで、ことことと音をたてているのを聞きつけた時は、おもしろいものだ。◆◆
蠅こそにくき物のうちに入れつべけれ。愛敬なくにくき物は、人々しく書き出づばき物のさまにはあらねど、よろづの物にゐ、顔などに濡れたる足してゐたるなどよ。人の名につきたるは、かならずかたし。
◆◆蠅こそは、憎らしい物の中に入れてしまうものだ。愛敬がなくにくらしい物は、一人前のものとして書きあげる物のありさまではないが、いろいろな物にとまり、顔などに濡れている足でとまっている有様などといったらもう。人の名前に「蠅」とついているのは、かならず人生行く末がむずかしい。◆◆
夏虫、いとをかしくらうたげなり。火近く取り寄せて物語など見るに、草子の上に飛びありく、いとをかし。蟻はにくけれど、かろびいみじうて、水の上などをただありくこそをかしけれ。
◆◆夏虫は、とてもおもしろく、可憐にみえる。ともし火を手に取って近づけて物語などを見るときに、綴じ本の上を飛びまわるのは、たいへんおもしろい。蟻はいやだけれど、身が軽いのはたいへんなもので、水の上などをすいーと歩き回るのなんて、とてもおもしろい。◆◆