永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(994)

2011年08月27日 | Weblog
2011. 8/27      994

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(55)

 薫の悲嘆にくれたご様子に、いつぞやの夜のお二人のご様子を見知った侍女たちが、

「『げにいと見ぐるしく侍る』とて、母屋の御簾うちおろして、夜居の僧の座に入れ奉るを、女君、まことに心地もいと苦しけれど、人のかくいふに、けちえんならむも、またいかが、とつつましければ、もの憂ながらすこしゐざり出でて、対面したまへり」
――「なるほど薫の君の仰せのとおり、このような場所ではたいへん見ぐるしゅうございましょう」と、母屋の御簾を下ろして、廂の間の夜居の僧の座にお請じいれます。中の君は、本当にご気分がすぐれずお苦しいのですが、侍女たちがこのように言うのに、無愛想に断るのも気が負けますので、渋々ながら少しにじり出て対面なさいます――

「いとほのかに、時々物のたまふ御けはひの、昔の人のなやみそめ給へりし頃、先づ思ひ出でらるるも、ゆゆしく悲しくて、かきくらす心地し給へば、とみに物も言はれず、たまらひてぞきこえ給ふ」
――かすかなお声で、大儀そうにものをおっしゃるご様子に、薫は、亡き大君がご病気になられた頃の事が、まず思い出されて、不吉な予感がして悲しく、胸も塞がる心地がなさるので、急にはものも言えず、ややしばらくしてからお話をなさいます――

「こよなく奥まり給へるもいとつらくて、簾の下より几帳をすこしおし入れて、例の、馴ら馴れしげに近づき寄り給ふが、いと苦しければ、理なしとおぼして、少将の君といひし人を近く呼び寄せて、『胸なむ痛き。しばしおさへて』とのたまふを聞きて、『胸はおさへたるはいと苦しく侍るものを』とうち歎きて居直り給ふ程も、げにぞ下安からぬ」
――(薫は)中の君があまりにも奥の方に身を寄せていらっしゃるのが辛く情けないので、御簾の下から手を差し入れて、几帳を少し押しのけて、先夜のように親しげに近づいていかれますと、女君は困りきって、仕方なく、少将の君という者をお側にお呼びになって、「胸が痛んでなりません。しばらく押さえていて」とおっしゃっているのを、薫はお聞きになて、「胸は押さえるほど、なおお苦しくなるものですのに」と、溜息をついて、居ずまいをお直しになる間も、いっそう内心は不安でいっぱいです――

 薫が、

「いかなれば、かくしも常になやましくは思さるらむ。人に問ひ侍りしかば、しばしこそ心地はあしかなれ、さてまたよろしき折あり、などこそ教へ侍りしか。あまり若々しくもてなさせ給ふなめり」
――どういうわけで、こういつもご気分がお悪いのでしょう。人に聞きましたら、ご懐妊中の人はしばらくの間は気分が悪くても、そのうち又具合の良い時がある、などと教えてくれました。あなたはあまり子供っぽくご心配過ぎではありませんか――

 と、おっしゃるので、中の君は恥ずかしくなって、

「胸は何時ともなくかくこそは侍れ。昔の人もさこそはものし給ひしか。長かるまじき人のするわざとか、人も言ひ侍るめる」
――胸が痛みますのは、いつということなく、このとおりなのです。亡き姉君もその通りでした。胸の病気は長生きしそうにない人がかかるものだとか、人も言っているようです――

では8/29に。