永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(983)

2011年08月05日 | Weblog
2011. 8/5      983

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(44)

「まだ宵と思ひつれど、暁近うなりにけるを、見とがむる人もやあらむ、と、わづらはしきも、女の御為のいとほしきぞかし」
――まだ宵の口と思っていましたが、いつの間にか暁ちかくになっていましたので、人に見咎められはすまいかと厄介な気がしますのも、中の君にご迷惑がかかってはとのお心遣い、なんともおいたわしい――

「なやましげに聞きわたる御心地はことわりなりけり、いとはづかしと思したりつる腰のしるしに、多くは心ぐるしく覚えてやみぬるかな、例のをこがましやの心や、と思へど」
――中の君が苦しそうにしておられると前から聞いていましたが、なるほど無理もないことであった。たいそう恥ずかしそうにしていらっしゃった御懐妊のしるしの帯を見て、自分ではすっかりお気の毒になって遠慮してしまったことよ。いつもの優柔不断な心癖よとは思うものの――

 と、つくづくお心のうちで、

「なさけなからむことは、なほいと本意なかるべし、また、たちまちのわが心の乱れに任せて、あながちなる心をつかひて後、心やすくしもはあらざらむものから、わりなく忍びありかむ程も、心づくしに、女の方々おぼしみだらむことよ」
――情熱のおもむくままに乱れた心で無体な振る舞いに及んでは、今後とも気安くお逢いすることも叶うまい。さりとて、無暗に忍び歩きをしたりするのも気苦労が多くて、女君(中の君も)もさぞかし何かと気遣われることであろう――

 などと、分別はなさるものの、この瞬間も切なさがこみ上げてきて、これからも到底逢わずにはいられないであろうと思われるのは、なかなか困ったお心ではあります。

 さらに薫の思いは、

「昔よりはすこし細やぎて、あてにらうたげなりつるけはひなどは、立ち離れたりとも覚えず、身に添ひたる心地して、さらに他事も覚えずなりにたり」
――(中の君は)昔にくらべていくらかほっそりとして、上品に愛らしくいらっしゃったご様子が、離れて居るようでなはなく、まるで目の前におられて、自分の身に寄り添っていらっしゃる心地がして、その他の事は何一つ考えられない程になってしまったのでした――

「宇治にいと渡らまほしげに思いためるを、さもや渡しきこえてまし、など思へど、まさに宮はゆるし給ひてむや、さりとて、忍びてはたいと便なからむ、いかさまにしてかは、人目見ぐるしからで、思ふ心のゆくべき、と、心もあくがれてながめ臥し給へり」
――中の君があれほど宇治に行きたいと思っていらっしゃるなら、望み通りお連れしてしまおう、などと思うものの、まさか匂宮がお許しになることがあろうか、そうかといって内緒では大変具合悪い事になろう、どのようにしたならば体裁悪くなく、思い通りにできるだろうか、と、魂も抜けてぼんやりと寝ころんでおいでになるのでした――

◆腰のしるし=妊娠中の腹帯

◆をこがましやの心や=なんと馬鹿げた心よ

◆忍びてはたいと便なからむ=忍びて・はた・いと・便なからむ=内緒では、また、ひどく不都合であろう

では8/7に。