永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(990)

2011年08月19日 | Weblog
2011. 8/19      990

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(51)

 薫は、

「人々のけはひなどの、なつかしき程に、萎えばみためりしを、と、思ひやり給ひて、母宮の御方に参り給ひて、『よろしき設けの物どもやさぶらふ。使ふべき事なむ』と申し給へば」
――中の君の侍女たちの衣裳が古くなっていて、糊けも落ちていたなあ、と思い出されて、母の三條の宮に参上なさって、「ちょっとした用意の衣裳がございますでしょうか。必要が生じまして」と申し上げます――

 母の女三宮が、

「例の、たたむ月の法事の料に、白きものどもやあらむ。染めたるなどは、今はわざともし置かぬを、いそぎてこそせさせめ」
――来月(九月)の法事に使うために白いものならありましょう。染めたものなどは、今のところ仕立ててもありませんが、急いで仕立てさせましょう――

 とおっしゃいますと、

「(薫は)『なにか、ことごとしき用にも侍らず。さぶらはむにしたがひて』とて、御匣殿などに問はせ給ひて、女の装束どもあまたくだりに、細長どもも、ただあるに従ひて、ただなる絹綾などとり具し給ふ」
――「いいえ、そんな大したことではないのです。有り合わせで結構です」とて、御匣殿(みくしげどの)などにお問い合せになって、女の衣裳を幾重ねも、それに小ざっぱりとした細長(ほそなが)や白い掻練(かいねり)、染めてない絹や綾なども取り添えて、あり合わせのままお贈りになりました――

「みづからの御料とおぼしきには、わが御料にありける、紅のうち目なべてならぬに、白き綾どもなど、あまたかさね給へるに、袴の具はなかりけるに、いかにしたりけるにか、腰のひとつあるを、引き結び加へて」
――中の君への御衣裳とおもわれるものには、ご自分のお召し物の中から、紅のうち目のすぐれた絹に、白の綾などをたくさん重ねて差し上げましたが、男の衣裳なので袴の付属品はありませんのに、どうしたわけでしょう、裳の引腰(ひきこし)が一つありましたのを、引き結んで装束に添えて――

(薫の歌)「むすびける契りことなる下紐をただひとすぢにうらみやはする」
――わたしとしては、他人と縁を結んでしまわれたあなたを、今更どうして一途に恨みなどいたしましょう――

 と、大輔の君という、年とった侍女で、中の君と親しそうな人にあてて、「とりあえず差し上げますので、見ぐるしいところはよろしいように、お取りはからいください」などとしたためて、お届になります。
中の君への御料は、目立たぬようにではありますが、箱に入れて包みも別にしてあります。

◆御匣殿(みくしげどの)=本来は内裏貞観殿内にある衣料調達の官。摂関、大臣家などの大貴族でも、そのような所を持っていた。

◆あまたくだり=数多の領(りょう)、襲(かさね)。=領(りょう)、襲(かさね)は、装束などの一そろいを数える語。

では8/21に。