永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(986)

2011年08月11日 | Weblog
2011. 8/11      986

四十九帖 【宿木(やどりぎ)の巻】 その(47)

「いとどあはれにうれしく思されて、日頃のおこたりなど、かぎりなくのたまふ。御腹もすこしふくらかになりにたるに、かのはぢ給ふしるしの帯の引き結はれたる程など、いとあはれに、まだかかる人を、近くても見給はざりければ、めづらしくさへ思したり」
――(匂宮は)いよいよ可愛らしく嬉しくお思いになって、この程のご無沙汰などのお詫びをしきりに仰せになります。中の君の御腹もすこしふっくらとして、あの恥ずかしがられる懐妊のしるしの帯が結ばれているご様子なども、たいそう気懸りで、まだこういう身重の方をご覧になったことがありませんので、とてもめずらしくお思いになるのでした――

「うちとけぬところにならひ給ひて、よろづのこと心やすく、なつかしく思さるるままに、おろかならぬ事どもをつきせず契りのたまふを、聞くにつけても、かくのみ言よきわざにやあらむ、と、あながちなりつる人の御けしきも思ひ出でられて、年頃あはれなる心ばへとは思ひわたりつれど」
――(匂宮は)しばらく窮屈な夕霧邸に住み馴れておいでの後とて、こちらは万事が気楽で、なつかしい心地がなさって、並々の愛情などではないことをしきりにおっしゃいます。(中の君は)そのお言葉をお聞きになるにつけても、男というものはどうしてこうもお口が上手なのであろうかと、昨夜のしつこく無礼なお方のことなども思い出されて、全く長い年月、ご親切で思いやりのあるお方とばかり思いつづけていたものを――

 されに、

「かかる方ざまにては、あれをもあるまじき事と思ふにぞ、この御行く先の頼めは、いでや、と思ひながらも、すこし耳とまりける」
――こういう方面(恋)の浅ましい筋のことは、今更とんでもないことと思えばこそ、匂宮の将来への御約束など当てにはならないと思いながらも、すこしは心惹かれるのでした――

 中の君はお心の中で、

「さても、あさましくたゆめたゆめて、入り来りし程よ、昔の人にうとくて過ぎにしことなど語り給ひし心ばへは、げにありがたかりけりと、なほうちとくべく、はたあらざりけりかし、など、いよいよ心づかひせらるるにも」
――それにしても、すっかり人に油断をさせておいて、御簾の中に入って来られた時はなんとまあ。姉君とは結局は清いままに過ぎてしまったことなどをお話になったので、まったく殊勝なお心がけと思っていましたが、やはりそんなことでは、気を許してはいけなかったのだと、ますます用心なさるにつけても――

 匂宮がお出でにならないときは、何か恐ろしいことが起こりそうに思われますので、言葉には出さないまでも、匂宮のお心を惹きつける風に、少し甘えておられるのを、匂宮はますます愛しくお思いになります。
が、しかし、あの薫の移り香が中の君の御衣に染みついていて……

では8/13に。