永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(417)

2009年06月16日 | Weblog
09.6/16   417回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(26)

女三宮のお文は、

「はかなくてうはのそらにぞ消えぬべき風にただよふ春のあは雪」
――頼りにできず風にただよう春の淡雪のように、私は中空で消えてしまいそうです――

 筆跡のなんと幼いことか。

 紫の上はちらっとご覧になって「この位のお歳になった方は、こんなに子供っぽくはないのに」と、思われたようでしたが、見なかった振りをしてお済ませになりました。源氏も他の人なら、「随分拙い」などと、こっそり言われるところでしょうが、何分姫宮の御文ですのでちょっと気まり悪げに、

「心安くを思ひなし給へ」
――まあ、あなたはご安心なさい――

とだけ、紫の上に言われます。

 この日は、昼になって宮の方へお渡りになります。源氏の念入りにお化粧なさった御有様を、今初めて拝見するあちらの女房たちは、一様に見る甲斐あるものと言いあっています。ただ、御乳母のようなしっかりした老女房たちの中には、

「いでや、この御有様一所こそめでたけれ、めざましき事はありなむかし」
――さあ、源氏お一方はご立派ですが、なにしろ女方が多いので、面倒なこともありそうですね――

 と、心配も織り交ぜて言っています。女三宮のご様子といえば、

「いとらうたげに幼きさまにて、御しつらひなどのことごとしく、よだけく麗しきに、自らは何心もなくものはかなき御程にて、いと御衣がちに、身もなくあえかなり。ことにはぢなどもし給はず、ただ児の面嫌ひせぬ心地して、心やすくうつくしき様し給へり。」
――大そう愛らしい幼さで、お部屋の御設備などは厳めしいまでにご立派で堂々としたものでいらっしゃいますのに、ご自分ははかなげにお召物に埋もれていて華奢で弱々しくおいでになります。特に源氏には恥ずかしがりもなさらず、まるで幼児が人見知りしないようにのんびりと愛らしいご様子です――

 源氏は、あれほど優れた朱雀院でいらっしゃるのに、なぜ女三宮をこのようにのんびりとお育てになったのだろう、あれほど勿体ぶった皇女だとお聞きしていたものを、と期待はずれで残念に思われますが、さりとて、可愛くないこともない。

◆よだけく=厳めしく

◆あえかなり=弱々しい、はかない、

◆絵:女三宮と源氏  wakogennjiより

ではまた。