永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(422)

2009年06月21日 | Weblog
09.6/21   422回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(31)

 夜がいよいよ更けていきます。源氏は細ごまとお話を、いかにも落ち着いた風になさりながら、隔ての襖をそっと動かされる。源氏の歌、

「年月をなかにへだてて逢坂のさもせきがたくおつるなみだか」
――長の年月の末にお逢いするというのに、こんな隔てがあっては、涙の止めようもありません――

朧月夜は、歌、

「涙のみせきとめがたき清水にて行き逢ふ道ははやく絶えにき」
――私も涙が清水のように流れるのですが、お逢いすべき道はとうに絶えました――

 と、一旦は拒まれますが、あの須磨への侘しい思いをおさせしたのは、この私ではなかったかとお考えになりますと、源氏にもう一度お逢いしても良いように思っていかれたようでした。

「もとよりづしやかなる所はおはせざりし人の、年頃はさまざまに世の中を思ひ知り、来し方を悔しく、公私のことに触れつつ、数もなく思し集めて、いといたく過し給ひにたれど、見覚えたる御対面に、その世の事も遠からぬ心地して、え心強くももてなし給はず」
――元来、慎ましく重々しい所のなかった朧月夜は、これまでに様々な世間の事を知り、あれこれと沢山の過ちを悔しく思い集めてきておりましたので、身を慎んでおりましたのに、昔に似た今夜の御対面に、あの当時がつい昨日のことのように懐かしく、気強く拒む事もお出来にならない――

「なほらうらうじく若うなつかしくて、一方ならぬ世のつつましさをも、あはれをも思ひ乱れて、歎きがちにてものし給ふ気色など、今はじめたらむよりもめづらしくあはれにて、明けゆくもいと口惜しくて、出で給はむ空もなし」
――(朧月夜は)今もなお、昔ながらに冴え冴えとして若くものやさしいご様子で、世間への遠慮と源氏への思慕と、そのどちらにもつけぬ心の闘いに思い乱れて、歎きがちにおいでになるご様子が、源氏にとっては、今はじめて逢い初めた女よりも新鮮で可憐で、夜の明けてゆくのもただただ残り惜しく、お立ち出でになる気もなさらないのでした――

 久々の逢瀬で名残尽きないお二人でしたが、次第に日が昇ってゆきますので、女房の中納言にお帰りを促されます。源氏はご自分の行動を許し難い気もしないではないのですが、人目が厳しくないことに気を許してか、ぐずぐずしながらやっとお帰りになります。

「いみじく忍び入り給へる、御寝くたれのさまを待ちうけて、女君さばかりならむと心得給へれど、おぼめかしくもてなしておはす」
――(源氏は)ひどくこっそりとお邸に忍んで帰られました。その寝乱れた御有様に、お待ちになっていた紫の上は、大方そのあたりにお出でになっていらしたのでしょうと、気づいてはいられましたものの、何とも気づかぬふりをしていらっしゃるのでした。――

◆づしやかなる所=ずっしりとしている様、慎み深くて重々しく落ち着きがある様

◆絵:朧月夜と源氏  wakogenjiより。

ではまた。

源氏物語を読んできて(化粧・お歯黒)

2009年06月21日 | Weblog
◆化粧・お歯黒

「歯黒」とは、歯を黒く染めるのに用いられる液のことで、鉄くずなどを、茶、かゆなどを加えて発酵させて作ります。主成分は酢酸第一鉄で、酸化をうけてタンニン分と結合して、黒くなります。

 歯黒めの時期は、平安時代ではおよそ、女子が十二、三歳のころで、まだ形式ばったものではありませんでした。しかし、室町時代には礼式化されます。時期は九歳、十三才、十七歳、または結納、嫁入り、妊娠の折など、そして広く既婚者の標示となります。

◆写真:鏡を鏡箱に入れる  風俗博物館