09.6/19 420回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(29)
朧月夜のお返事は、
「いでや、世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心をここら思ひつめつる年頃のはてに、あはれに悲しき御事をさし置きて、いかなる昔話をか聞こえむ。(……)」
――さあ、私も憂き世を分かって来るにつけ、昔から源氏の辛いお仕打ちをたくさん経験してきました末に、あわれにお心の深い朱雀院のご出家を差し置いて、どんな昔話を語り合おうと仰るのでしょうか。(人は漏れ聞かぬにしても、恥ずかしいではありませんか)――
と、うち歎きつつ、「あってはならないことです」とお答えになります。
源氏は、なるほど出家なされた朱雀院には申し訳ないが、もともと浮名を立てた者同士、今さら清らかにしたところで、何の言い訳があろう、と、お心を決めて、
「この信田の森を道のしるべにて参うで給ふ。」
――この和泉の守を手引きにして、お出でになることになりました――
紫の上には、
「東の院にものする常陸の君の、日頃わづらひて久しくなりにけるを、ものさわがしきまぎれにとぶらはねば、いとほしうてなむ。昼などけざやかに渡らむも便なきを、夜の間に忍びてとなむ思ひ侍る。人にもかくとも知らせじ」
――(二条院の東の院にいる)末摘花の君が、このところ患って久しくなりますが、多忙にまぎれて見舞わず、心苦しくおりました。昼間人目に立って行くのも具合が悪いので、夜の間にそっと覗いて来ようと思います。人にもそうとは知らせずにね――
とおっしゃって、ひどくそわそわなさって念入りにお化粧しておられるのを、紫の上は、いつもは大して気にもなさらない末摘花の所へなどおかしい、もしやとお気づきになりましたが、
「姫君の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす」
――女三宮ご降嫁の後は、何事にも以前のようではなく、源氏に対して打ち解けられぬ
お心が増してきていますので、気付かぬ振りをしておられます――
◆朧月夜の住まいも、二条にあり、方角が同じ。
◆写真:網代車 主に女性が使った。
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(29)
朧月夜のお返事は、
「いでや、世の中を思ひ知るにつけても、昔よりつらき御心をここら思ひつめつる年頃のはてに、あはれに悲しき御事をさし置きて、いかなる昔話をか聞こえむ。(……)」
――さあ、私も憂き世を分かって来るにつけ、昔から源氏の辛いお仕打ちをたくさん経験してきました末に、あわれにお心の深い朱雀院のご出家を差し置いて、どんな昔話を語り合おうと仰るのでしょうか。(人は漏れ聞かぬにしても、恥ずかしいではありませんか)――
と、うち歎きつつ、「あってはならないことです」とお答えになります。
源氏は、なるほど出家なされた朱雀院には申し訳ないが、もともと浮名を立てた者同士、今さら清らかにしたところで、何の言い訳があろう、と、お心を決めて、
「この信田の森を道のしるべにて参うで給ふ。」
――この和泉の守を手引きにして、お出でになることになりました――
紫の上には、
「東の院にものする常陸の君の、日頃わづらひて久しくなりにけるを、ものさわがしきまぎれにとぶらはねば、いとほしうてなむ。昼などけざやかに渡らむも便なきを、夜の間に忍びてとなむ思ひ侍る。人にもかくとも知らせじ」
――(二条院の東の院にいる)末摘花の君が、このところ患って久しくなりますが、多忙にまぎれて見舞わず、心苦しくおりました。昼間人目に立って行くのも具合が悪いので、夜の間にそっと覗いて来ようと思います。人にもそうとは知らせずにね――
とおっしゃって、ひどくそわそわなさって念入りにお化粧しておられるのを、紫の上は、いつもは大して気にもなさらない末摘花の所へなどおかしい、もしやとお気づきになりましたが、
「姫君の御事の後は、何事も、いと過ぎぬる方のやうにはあらず、すこし隔つる心添ひて、見知らぬやうにておはす」
――女三宮ご降嫁の後は、何事にも以前のようではなく、源氏に対して打ち解けられぬ
お心が増してきていますので、気付かぬ振りをしておられます――
◆朧月夜の住まいも、二条にあり、方角が同じ。
◆写真:網代車 主に女性が使った。
ではまた。