ふろむ播州山麓

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21年後のノーベル平和賞受賞演説

2012-06-19 | Weblog
ビルマ(ミャンマー)のアウンサンスーチー氏がノーベル平和賞受賞演説を行った。受賞は1991年のこと。21年ぶりにノルウェーの首都オスロで晴れの舞台に立った。6月16日のことです。
 彼女は今月末まで訪欧中だが、国外に出たのは24年ぶり。自宅軟禁のため外出ができず、またもし一度国外に出ると再入国を軍政は認めなかった。

 ノルウェー訪問について「この日が来るのを信じていた。一度も疑ったことはなかった」と喜びを語った。
 ノーベル平和賞は、孤立させられていた彼女を世界に再び連れ戻し、現実感を回復させてくれた。「自宅軟禁のときは自分が現実の世界に生きていないような気がいつもしていた」。しかし受賞という励みで「自分の意志で選んだ道を1人で進むことが寂しくなくなった」「ノーベル賞委員会が私を選んでくれたことで、私が自ら選んだ道は孤独を感じないものになった」。また「ビルマの民主化や人権のための運動に、世界の関心を引き付けることができた」と振り返り、感謝の言葉を述べた。
 またミャンマーのテインセイン大統領が国家に新たな道を開く意向であることを確信している。大統領が進める「民主化に向けた努力がこの1年、実を結びつつある」が、民主化への完全な移行にはいまだ遠い所にあると指摘した。「民主主義と人権を重んじる人々による努力が実り始めているという兆し」が現れてきたとして、「前向きの変化」を強調した。同時に、手放しで喜べる状況ではないと述べ、「ビルマで民主主義のために闘い続けるのは、人権を保障するために欠かせないからだ」
 同国北部の民族紛争や、西部ラカイン州で悪化している仏教徒とイスラム系少数民族の対立がその試金石になるとした上で、対立激化の背景は法の支配の欠如にあると非難した。「国民民主連盟NLDとわたしは、国民和解のプロセスでどんな役割でも担う準備がある」。そして、平和に反する動きは今も世界各地で続いていると語った。
 スーチーは同国で依然拘束されている政治犯全員の早期、無条件釈放を呼び掛けた。著名な政治犯が解放される陰に隠れて「無名な政治犯が忘れ去られてしまう恐れがある」と懸念を示した。「いまだに釈放されていない政治犯がいることを警戒すべきだ」
 そして「亡命ビルマ人が母国に帰れるよう、皆さんに手助けしてほしい。彼らは母国に帰れるようになるべきです」
 「究極的に目指すべきは、どこで暮らす人々も<自由や平和を享受できる世界>をつくりあげることだ」「完全な世界平和の実現は到達できない目標だ。でも、私たちは救いの星に導かれる砂漠の旅人のように、平和をめざして旅を続けなければならない」。世界平和を実現するための努力が「個人や民族を信頼と友情で結びつけ、我々の社会をより安全で優しいものにする一助となる」

 彼女が語った「自由や平和を享受できる世界」にわたしは注目したい。日本人ならば、自由と平和はほとんどのひとが大切であると思いもしない。とっくに達成した当然過ぎる言葉であろう。
 しかしスーチーは演説に先立つCNNとのインタビューで「平和が意味するのは、暴力や戦争を終わらせることだけではない。平和を脅かす差別や不平等、貧困などの要因すべてを排除することだ」。自由のことはさて置いても、平和ボケの日本では彼女のいう「平和」はまだ達成されていない。
<2012年6月19日 南浦邦仁>
追記 2010年にノーベル平和賞を受章した中国の民主活動家、劉暁波氏もオスロを訪れることができなかった。ノーベル賞委員会のヤーグラン委員長は同じ16日に「劉氏の早いオスロ訪問を期待する」と語った。
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2 コメント

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Unknown (ナーガ)
2012-06-19 22:19:35
差別や不平等、貧困
まあ、きりはないけど
ミャンマーよりアメリカより
イギリスより中国より
イタリアよりインドより
日本がましな気がします
それでも
まだ達成されていないと言える
平和ボケの日本
万歳です
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平和ボケ (みなみうら)
2012-06-20 03:43:30
1776年のアメリカ独立宣言では「生命、自由および幸福の追求」
1946年日本国憲法第13条には「生命、自由及び幸福追求」とあります。
近ごろ「幸福ボケ」のわたしですが、スーチーのいう「平和」は、ふつう「幸福」という言葉に置きかえられがちです。しかし彼女はあえて「平和」といった。
あいまいなg語「幸福追求」はどうしても個々人に行きつきがちです。
彼女は「幸福」使用を避け、あえて連帯闘争(非暴力)の言葉「平和」を選んだのではないか。
それにしても憲法第13条は、米独立宣言のコピーでしょうね。
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