ふろむ播州山麓

旧住居の京都山麓から、新居の播州山麓に、ブログ名を変更しました。タイトルだけはたびたび変化しています……

「幸」字考 4  <図書館と本屋と幸福>

2012-07-31 | Weblog
本屋の経営が苦しい。最近では京都大学前、百万遍のレブン書房が店を閉じられた。これまで40年近く本の業界で世話になってきたわたしですが、かつての同業仲間が閉店するのは無念でならない。
 惨状は町の本屋さんばかりではない。広大な売り場を誇る大手書店も決して安泰ではないのです。全国展開している超大型書店も売上減少が著しい。これからは大型店の撤退が増えるだろうといわれています。
 ところが相反して活況を呈しているのが古書店です。ブックオフなど、いつも混み合っています。わたしも同様ですが、アマゾンで古書をよく購入する。1円からの値付けには驚きます。
 そして満員御礼状態なのが公共図書館。自宅から徒歩5分余ほどに京都市立図書館洛西分館があります。週に2度ほどは訪れますが、閑散とした書店を尻目に、いつも混みあっています。職員のみなさんのオーバーワークは心配ですが、図書館ボランティアの方がかなり増え、業務を補助されているのはありがたいことだと感謝します。また近ごろは避暑地でもあるようです。

 新本書店の苦境は、決して電子書籍に蹴散らかされたのではありません。E bookはまだまだ発展途上で市場は小さく、紙本業界を圧迫するほどの力を持ってはいません。
 紙本屋を苦しませている原因はあれこれ考えられますが、大きなインパクトとして、古本と図書館のパワーだと思います。本のリサイクルです。
 まず書店で新本を買った読者が古本ルートに流す。それがときには何回転もし、複数の読者の間をクルクルと回って行く。彼らは愛読者ではあっても、所有にこだわる蔵書家ではないのです。
 自宅の書架に残す本と、売り払ってしまう本の見きわめが増えているようです。わたしもアマゾン・マーケットプレイスに何冊も出品しています。
 近所のスーパーマーケット・マツモトには月に2度ほど古本屋さんがやって来ます。駐車場横に急ごしらえのテント張り店を構え、すべて1冊100円均一で売っておられる。先日はじめて行き、1冊だけ入手しました。いただいたチラシには次の開催予定日と、「3冊持参されたら1冊プレゼント」。今度行くときには、読み終えたこの本と自宅の2冊、あわせて3冊を持って行くことにしました。

 さて図書館ですが、最近のテーマ「幸」を調べるために読んだ本は、近所の分館の参考図書『日本国語大辞典』日国、白川静先生の『字統』『字通』『字訓』、そして古語大辞典、方言辞典、諸橋大漢和……。幸関連語を何枚もコピーしました。
 日国の「幸福」には、日本で最初にこの語を用いたのは上田秋成『胆大小心録』のように記されています。
 図書館の本は自宅のパソコンやスマートフォンから予約できます。検索すると『胆大小心録』は、中央公論『上田秋成全集 第9巻』にある。わずか3日後には届き確認すると、「世にあらはれぬのは必幸福の人々なり」
 やはり日国の記載では、中国『新唐書』に「幸福」の記載があるが、意味は「福を願う」。幸は願なのです。それでまた図書館にPC予約しました。明徳出版社の中国古典新書『新唐書』です。着後すぐに眼を通しましたが、どこにも幸福がありません。理由は抄本だからです。
 しかたなく再度検索しますと、府立総合資料館に影印本『新唐書』上下卷(台湾商務印書館)が見つかりました。故吉田光邦先生の寄贈図書です。資料館は少し遠い。北山通に面した植物園の隣ですが、何よりありがたいのは広い駐車場が無料。時間を気にせずに本が読めます。この館は貸出不可ですので、どうしても時間がいります。それと広い休憩室があり食事ができます。この日、といっても昨日ですが、お弁当を持って訪れました。
 しかし吉田先生旧蔵のこの本は、当然ですがすべて漢文で総頁数は千数百。小さな漢字がぎっしり詰まっています。いくらか目を通しましたが、わずか1時間あまりでギブアップ。幸福は見つかりませんでした。

 上田秋成『胆大小心録』の題名は『唐書』の「膽(胆)欲大、而心欲小」からとっているそうです。字「幸福」を日本ではじめてか、あるいは初期に使用した人物の上田秋成です。新唐書も旧唐書も読んでいたのではないか?
 また図書館に自宅から予約しました。届いたのは影印本『唐書』全4巻、汲古書院刊。またまた漢文の大冊です。この本は吉田先生と同様に、たいへんな読書家だった西谷喜太郎氏の寄贈本です。この4冊と格闘してみようかと、いま思っています。新唐書はどこに「幸福」が載っているのか、さっぱり不明なのですが、秋成の「胆欲大而心欲小」は旧唐書「隠逸伝」にあるそうだからです。短い時間で辿りつけそうです。

 新本書店を利用せずとも、古書や図書館の世話になってテーマを追求することは可能です。特にITの目覚ましい進化が、インターネットで古書や図書館蔵書を探し、自宅や近所の図書館分館まで届けてくださる。なかでも市民サービスの図書館の進化は、おそろしいほどです。ひと昔前まではカード検索でした。
 わたしの払っている府市民税以上の恩恵を、図書館だけからでも十分に受けていると感謝しています。正直な気持ちです。
 現代人はインターネットで膨大な情報を収集するだけでなく、日本人の読むあるいは入手する本のひとり当たり冊数も毎年増加しています。決して減っていません。ただリサイクル、同じ物がくるくる回転する本の延べ冊数が極端に増加しているのです。1冊が何回転も回っています。古書でも図書館でも。
 渦のような流れのなかで、日本の本屋が生き残る方策はきっとあると、わたしは確信しています。流れに抗せずに大海を目指せばよい、というのがいまの心境です。
<2012年7月31日 南浦邦仁>
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする