狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

「集団自決」 伊吹大臣「教科書記述」で密約?

2007-08-26 06:35:05 | ★集団自決

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伊吹文科相「軍関与なら問題ない」/「集団自決」修正
 
伊吹文科相「軍関与なら問題ない」/「集団自決」修正
 【東京】高校歴史教科書の沖縄戦「集団自決(強制集団死)」の記述から日本軍の関与が削除された問題で、県選出、出身の自民党国会議員でつくる五ノ日の会(会長・仲村正治衆院議員)は二十四日、文部科学省に伊吹文明文科相を訪ね、検定の撤回を要請した。仲村会長らによると、伊吹文科相は、軍の関与を容認した上で「すべてで『軍命』があったわけではない。『軍の関与』という表現であれば、次回の検定で問題とならないだろう。出版会社にお願いしてはどうか」などと提案したという。
 伊吹文科相は今回問題となった検定意見の撤回については「大臣の立場としては言えない。大臣が一度検定に介入する例をつくってしまうと、別の検定にも影響が出てくる」などと困難視。

 しかしその一方で「私も近々大臣を辞めるのでどうこう言うわけにはいかないが、『軍の関与』という表現ならいいのではないか。教科書出版会社に『軍の関与』という表現を使用するようお願いしてはどうか」などと述べ、「軍の関与」という表記であれば次の教科書検定で合格できるとの見解を示したという。

 伊吹文科相は県議会が全会一致した「検定結果の撤回を求める意見書」の表記が「軍命」ではなく「軍の関与」となっていることに「知恵を出した表現だ。来年の教科書を書くならば、そういう形で書かせたほうがいいのではないか」と語ったという。

 仲村会長らはこの日、同省の布村幸彦審議官とも面談。今回の検定意見に「事実を明記すべきだ」と抗議し、教科書を審査する「教科用図書検定調査審議会」の会長との面会を強く求めたが、明確な回答はなかったという。

                      ◇

政治家は、どんなに高邁な考えを持っていても落選すれば唯の人。

その一方、どんな恐ろしい思想の持ち主でも国民の支持を受ければ途方もない権力を手中に出来る。 ヒットラーは民主的に権力を手中にした。

とかく民主主義とは厄介なシステムではある。

あれほど「政治家が教科書の記述に介入するのはいかがなものか」と「教科書検定意見書撤回」に批判的であった仲井真県知事はマスコミが煽る「民意」に押されて、結局「県民大会」に参加することになった。

同じことが伊吹文科大臣にも言える。

やはり大臣もマスコミの動向で考えが揺れ動く一人の政治家に過ぎない。

前稿での小渡自民党議員のインタビュー記事中の次のくだりが気になった。
   
 ≪先月末の議員総会で見解がまとまらず採択を見送ることを決定したが、今月14日の総会では、自民党県連代表が文科省に行き、今回の教科書検定の経過説明、回答を踏まえて協議した結果市町村が相次いで意見書を可決していることや採択されない場合の県民からの反発を懸念する意見が大勢を占めて、採択やむなしの方向になった」≫

>自民党県連代表が文科省に行き、今回の教科書検定の経過説明、回答を踏まえて協議した結果

このとき自民党県連代表は伊吹文科大臣と一体何を話したのか。

ここで当初の「教科書記述に政治家が介入すべきではない」と言う、高邁な理念をかなぐり捨てて世論におもねる「政治的妥協」の取引きをしたのではないか。

藤岡信勝拓大教授は次のようにその疑念を述べる。

 

【正論】拓殖大学教授・藤岡信勝 「政治的妥協」の愚を繰り返すな

(略)

≪「沖縄条項」制定の企み≫

 沖縄では検定撤回を求める激しい運動が起こっている。文科省はどんなに沖縄の反対運動が広がっても、検定を撤回することはないだろう。そんなことをすれば、検定制度の根幹が吹き飛んでしまうからである。

 しかし、それとは別の迂回した方法で「政治的妥協」が計られる危険性は十分にある。実は、悪しき前例がある。中韓の内政干渉に屈して「近隣諸国条項」が制定された昭和57(1982)年、高校日本史で「沖縄県民が日本軍の手で殺害された」という記述が検定によって削除されるということがあった。これに対し沖縄の地元紙2紙が2カ月にわたるキャンペーンを展開。県議会が意見書を採択し、国会質問に小川文相が「次の検定の機会に県民の方々のお気持ちに十分配慮して検定を行う」と答弁した。

 そして、昭和58年度の前倒し検定では、「日本軍により、戦闘のさまたげになるとして集団自決を強要されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりした県民も少なくなかった」という記述が合格し、その後の沖縄戦記述の原型となったのである。

 今進行している事態はそれと全く同じである。地元紙2紙が扇情的な記事を連日大々的に掲載し「県民感情」をあおっている。すでに6月中旬までに、沖縄の41市町村議会のうち半数を超える議会が検定撤回の意見書を採択した。

 問題は参議院選挙を控えた政府・自民党が、来年3月までにこっそり教科書会社に自主訂正を申告させて検定以前の記述を復活させるという密約をしかねないことだ。そうなれば、「沖縄」だけを検定の埒外に置く「沖縄条項」とでもいうべきものが事実上制定されることになる。日本人は沖縄の悲劇を心に刻むべきだ。しかし、今、検定撤回の動きを扇動している勢力の狙いは、「県民感情」を利用して歴史をゆがめ、反軍・反国家・反体制運動を展開することなのだ。政治家主導による目先の妥協で国益を損ねた「近隣諸国条項」の二の舞いを絶対に繰り返してはならない。

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