ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 近藤和彦著 「イギリス史10講」 岩波新書(2013年)

2015年02月15日 | 書評
明治以来日本が師としたイギリスの覇権確立(パクス・ブリタニカ)の歴史 第1回

序(1)

 日本にとって、イギリスは先を行く文明国の先輩として憧憬の的であったし、政治経済システムの先生であった。福沢諭吉著 「学問のすすめ」、「文明論之概略」(岩波文庫)において、福沢諭吉は西欧文明を範とする文明の摂取を明治維新の目的としなければならないと説き、同時に19世紀西欧諸国の帝国主義・植民地主義を恐れ警戒を怠らなかった。福沢諭吉という大先達は、西欧のの文明を見るとき、フランスのギゾーの「ヨーロッパ文明史」、英国のバックルの「英国文明史」に依った。
福沢の思想的な論点は次の6つにまとめられる。
① 現在の西欧の文明と過去の日本の文明を歴史的に比較することで、軽薄な西欧崇拝や頑迷な西欧排斥(尊王攘夷と同じ構造)を排して、日本が西欧文明を学び取る際の注意点もきちんと心がけていた点である。
② 何事についても政治に関係させて考えていることである。とくに「権力偏重」が中国と日本の文明開化を妨げた最大の障碍であった点である。
③ 権力に服せず、人民が独自にその働きを示すべきという点である。独立不羈の精神もここにある。福沢の立場として学問も政府によって行われるのではなく、私立で行うべきだという主張である。
④ 協和を尊ぶ精神である。論が分かれるのは当然であるが、議論を尽くせという主張である。福沢は実力行使や反抗・怨みを嫌い、一命を賭けて議論を尽くせという。
⑤ 今日の憂は外国交際にあるとして、国民が協力して国家の独立を守る事を強く主張した。その際政府が独立を守るのは当然ながら、人民の智力を養わなければ独立を全うすることはできないという。植民地化を畏れ、不平等条約改正を喫緊の課題とした当時の国際情勢を反映している。
⑥ 西欧文明を学ぶことを主張しながら、宗教に重きを置かない態度を主張している。西欧文明を学んでもキリスト教に改宗する必要はないということである。

 福沢の文明の歴史観を見ると、次の4つの特徴が出てくる。
① 世の中は進歩する、そして進歩は無限であるという楽観論に支えられている。
② 文明を進める力は、君主・英雄の心理行動ではなく、まして気まぐれではなく、一般人民の智力の働きであるとする啓蒙思想に導かれている。
③ 文明の進め方に関する人々の態度について、暴力を否定した主義主張の平和共存主義を理想としていた。文明は古人の遺物の上に立って改良を加える(進歩)ことであり、毛沢東が言うような「鉄砲の先から国家が生まれる」のでは絶対ないとする。ある意味で伝統と保守主義が残ることをよしとする漸次的改良主義に通じる。
④ この書は歴史を吟味してその進化法則を探るものではない。歴史の進行を因果の連鎖(弁証法)とみるか、歴史を利に動く物質的欲望(経済学)から説明する唯物史観とみるか、福沢は富を尊重しているが人の生活は私利のみではないとするアダムススミスの「道徳感情論」に近いようだ。

(つづく)