佐渡の翼

佐渡の面白観光スポット紹介、島民に人気の飲食店や東京レストランの食べ歩記、島のスナックの飲み歩記、人気宿の実力評価など

利済庵(佐渡市椿)    投稿者:佐渡の翼

2012年06月04日 04時39分43秒 | 面白観光スポット

内海府道路を北上し、椿集落に入り、川を渡ってすぐの道へと左折し、上り坂を登り切った所に、この草庵がある。途中に日露戦争に出征し、椿集落初の戦死者となった兵士の墓があった。3月のお彼岸の中日にこのお寺を訪ねたが、境内には、1月2月に降り積もった雪が除雪されずに残っており、かろうじて本堂へと到る道だけが除雪され、その両側は雪の壁と化していた。山門脇には立派な鐘楼があった。山門の両脇には一対の地蔵像が鎮座しており、山門の扉には五輪で構成された紋章が刻まれていた。何故か、右側の山門扉の五輪は、一つが欠けていた。山門を入ってすぐの所に当山開基の碑があり、開基の主は、本間山城入道の妻である。妻は遺言状の如く、宮田と塩釜の土地を譲り受け、その後仏門に入り、「妙義」と改名し、この地で草庵を結んだのがこのお寺の開基である。

その後、利済庵は新田開発などで村人と深く関わりあいながら、近郷きっての曹洞宗の名刹となったそうだ。http://www.digibook.net/d/d3c5ab1ba05d8408a2e5a0f78a296e70/?viewerMode=fullWindow

 

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水替え無宿人の小屋       投稿者:佐渡の翼

2012年06月03日 04時30分59秒 | 面白観光スポット

無宿人とは、親から勘当されたりして戸籍を持てない人々の総称である。彼らは犯罪人ではないものの、根無し草ゆえ、犯罪予備軍と見られていたため、江戸幕府は江戸の治安維持のために、大量の無宿人達を捕らえ、佐渡金山へと送り込んだ。無宿人の仕事は24時間かけての坑道からの水の汲み出し作業である。一日おきに徹夜を繰り返すわけだから、いかに若いと言っても、すぐに体を壊してしまう。それにこんな単調な仕事は刑務所の労役よりも遥かに過酷であり、彼らは実に非人道的な扱いを受けていた。よく暴動が起きなかったものだが、もはや暴動を起こす体力や気力すらも無かったのだろう。ほとんどが若いみそらでこの世を去った。「佐渡の金山この世の地獄」とはよく言ったもので、彼らの犠牲の上に徳川300年の繁栄が築かれたのである。

この無宿人達の住んだ小屋跡が、佐渡金山へと到る道路の左手にある。この地に立つと、無宿人達の無数の魂の叫びが聞こえてくるようで、万感胸に迫る思いがする。遊びたい盛りの20代30代の若者が江戸から佐渡へと唐丸籠で運ばれてきた。その寂しさに加えて懲役のような過酷な労働を強いられた彼らの胸の内を思うと思わず涙せずにはいられない。片道燃料だけを積み込んで、ゼロ戦に乗り込み、敵艦に突撃して華々しく散り果てた予科練の特攻隊員の別れの水杯と重なって見えてくる。運良く、所定期間を勤め上げ、江戸に戻ったり、佐渡の地で暮らした無宿人達もいたようだが、その大半は金山の坑道での労働に耐え切れずに死に絶えたのだ。佐渡金山の繁栄と盛衰は無宿人達の魂の移ろいと共に展開されていったのである。佐渡で桜が満開に近づく4月の第三日曜日に、毎年無宿人の供養祭が営まれる。

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平泉寺(佐渡市丸山)    投稿者:佐渡の翼

2012年06月02日 03時55分32秒 | 面白観光スポット

西龍寺を出た後、県道を更に北上し、丸山集落の中ほどに到ると、道幅の広い県道に面する形で、このお寺があった。紅葉山公園や男神山、女神山まではもう目と鼻の先の距離である。670年頃に、土佐から三助が、能登からお菊が佐渡へ流され、多田の地で出会った二人がここで稲作を始めた伝説があり、それが佐渡米の発祥とされているが、その事が書かれた掛け軸がこのお寺に残っているそうだ。生憎ご住職はお留守らしく、雪かきをする人がいないため、弱弱しい名残雪が降り積もるに任せていた。本堂の隣には毘沙門堂があり、そこへと到る道の脇に「いぼ取り池」なるものがあるそうだが、雪のため、その池へは行けずじまいだった。

毎年7月24日の男神山祭りでは、山頂で住職による大般若経の奉読が行われると言う。このお寺は、西龍寺同様真言宗豊山派のお寺である。http://www.digibook.net/d/0685c7f7b0588e01b2e028e7e2296f20/?viewerMode=fullWindow

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優遊(佐渡市赤泊)     投稿者:佐渡の翼

2012年06月01日 04時45分16秒 | 佐渡グルメ食べ歩記

3月中旬のとある日の夕方、筆者は、羽茂のイタリアンレストラン「ボアール」を訪ねてみた。ところが、さしものボアールさんも、慣れない佐渡での営業に息切れしたのか、昨年の12月14日から、夜は予約客だけの営業に縮小していた。その旨が記載された張り紙が掲示されており、本日は営業休止のようであった。それではと言う事で、筆者は赤泊の中華の名店「優遊」へ行く事にした。午後5時半頃にお店にお邪魔した。カウンター席にはつまみを食べながらビールをちびちび飲んでいるおばさんがいて、小上がりのテーブル席には、地元の女子高生3人組がいた。彼女らは就職や彼氏らの話で盛り上がり、エビチリと鶏のから揚げの小皿に加えて、メインに、海老チャーハン、担担麺、中華丼などを注文し、それらをぺろりと平らげていた。筆者はテーブル席に陣取り、今月の定食である「烏賊と野菜の辛子炒め」(950円)を注文した。10分ほどで出来上がった。辛子あんかけのお味は八幡の中華料理屋「洛陽」さんのそれに酷似していたが、優遊の方が醤油味がやや濃くて、島民好みの味に仕立ててあった。野菜の炒め具合がいまいちだったが、かえってしゃきっ感があり、これはこれで良かった。烏賊は、都会の中華料理屋ならば、厚切りの紋甲烏賊の白身が入っているところだが、このお店では小烏賊の剣先と足の部分をぶつ切りにしたものを入れていた。ま、その方が安上がりなのかもしれまい。ご飯の量は女性向けでほどよく、これに中華スープと漬物が付属していた。お味は大変によろしく、両津のスタミナ道場でえらい目にあったためか、夕食は殊の外美味しく感じられた。田舎の中華料理屋としてはよく出来ている方である。南佐渡では、小木の「や志満」と双璧を成すと言っていいくらいだ。

前回同様、ボタンダウンシャツ一枚姿のおやじさんと、その奥さんとがお店を切り盛りしていたが、メニューを絞り込み、中華料理だけに特化した営業形態に変化はなく、それが長く生きながらえる秘訣かと思われる「優遊」さんだった。

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西龍寺(佐渡市丸山)    投稿者:佐渡の翼

2012年05月31日 04時17分20秒 | 面白観光スポット

赤泊から海岸道路を東へと車を走らせると、筵場を経て、やがて多田に到る。ここから畑野の長谷寺へと向かう県道へと左折し、浜河内の集落を抜けてヘアピンカーブを登りきった所の右手に、「西龍寺」の案内看板が見えてくる。ここを右折し、しばらく山道を進むと左手にお寺の屋根が見えた。訪問当日は、お彼岸の中日だと言うのに、朝から名残雪が舞い散り、住職さんが季節はずれの雪かきに追われていた。筆者がこの住職さんに「このお寺は何で有名なのでしょう?」と尋ねたら、彼は「お大師さんで有名なんです」と答えた。お寺の右脇に大師堂があり、その隣に熊野神社があった。少し離れた丘の上には石動神社もあるそうだ。大師堂に安置された大日如来は椿尾の石工五兵衛の作である。

このお寺は、元々は多田の荒町にあり、多田城主の祈願所だったが、火災にあってからは、山の上のこの地に移動した。境内には滾々と清水が湧き出ているそうだが、生憎の雪に阻まれ、それを見ることは叶わなかった。お天気がよければ、男山、女神山、そして対岸の越後の山並みを見渡せる眺望のよい所である。是非共新緑の頃に訪ねて欲しいお寺の一つである。

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2012年3月20日の日記(しまった!新幹線に乗り遅れた)    投稿者:佐渡の翼

2012年05月30日 05時47分59秒 | 佐渡の翼の独り言

3月20日、筆者は、両津発16時5分のおおさど丸に乗船し、帰京の途に付いた。新潟港到着10分前の16時25分に、予め駅ネットで予約しておいた新幹線の乗車券を確認したら、新潟発15時48分の新幹線を「とくだ値切符」で予約していたのに気付いた。この切符は安いのだが、乗り遅れると、乗車券、グリーン券の両方が無効になってしまう。しまった、10,160円をドブに捨ててしまった!両津発12時40分のカーフェリーに乗る思い込みで、この船に接続する15時48分発の列車を予約していた事ををすっかり忘れていたのだ。だが、運がいい事に、飛び石連休のため、19時23分発の新幹線のグリーン席が空いていて事無きを得た。列車予約の不確認で1万円をみすみす捨てたのはこれで2回目である。3月18日にある事件が起こった。それが心の動揺を誘ったのであろうか?グリーン車は空き空きで、上野到着まで隣席には誰も乗り込んで来なかったのがせめてもの幸いだった。

例によって、改札前の駅弁屋で、一つだけ残っていた、加茂湖産の牡蠣を使用した牡蠣飯を購入した。これを食べたら、それ以後、腹具合が絶えずおかしかったので、お彼岸の中日に、なごり雪がぱらつくと言うふざけ過ぎた季節に加えて散々な目にあった一日だった。

16時5分両津発のカーフェリーに乗った

どぶに捨てた「とくだ値」切符

これが、同日の、新潟発15時48分(MAXとき334号)と19時23分(MAXとき348号)の新幹線切符を、同一人物が購入した決定的証拠だ。新潟在住のしがない薄給のレントゲン技師がこんな間抜けた事をやるだろうか?どう考えても金持ちにしかできないへまである。もう分かっただろう、佐渡の翼が東京在住の素封家だと言う事を。

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重泉寺(佐渡市相川)   投稿者:佐渡の翼

2012年05月29日 04時29分47秒 | 面白観光スポット

外海府の小田集落に至ると、右手に立派な門構えの邸宅が見えてくる。佐渡にしては珍しいくらいの豪邸である。このおうちの右隣に重泉寺がある。長い参道の向こうに本堂が見えた。左手は石垣のようで、境内には五輪塔が幾つかあった。本堂の背後は大佐渡の山並みが迫っており、新緑が目にまぶしい。ご本尊は阿弥陀如来のようであったが、筆者は仏像に関する造詣は深くはないので違っているかもしれない。宗派などは分からぬし、格別印象に残るようなお寺でもなかった。寺名や山号などが書かれた額の掲示がどこにもなかったが、「重泉寺歴代の墓」と彫られた墓石があったので、ここが重泉寺に間違いはなかった。本堂内はよく清掃されていたし、境内も割合綺麗であった。境内のどこかに泉でも湧いていれば格好のブログネタになったのだが、そんなものはどこにもなく、極普通の寺であった。http://www.digibook.net/d/f29581d7a19bae4037a128733838af24/?viewerMode=fullWindow

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西方寺(佐渡市相川北田ノ浦)   投稿者:佐渡の翼

2012年05月28日 04時09分27秒 | 面白観光スポット

高千を過ぎると、北田ノ浦集落である。この集落に立ち寄り、西方寺を探してみた。お洒落な外観の御礼智神社は、この集落のはずれにあるが、このお寺は集落の真中付近にあった。地元のおばさんに場所を尋ね、ようやく辿り付いた。境内には有名な歌人ではなさそうな、一般人が作製した歌の歌碑があり、更に五輪塔の頂上部分を梵語を記載した石で置きかえたような物体が二体ほどあった。本堂の外観にはさして印象に残るような物はなく、文字通り、村の檀家寺のような趣である。本堂の屋根瓦のてっぺん部分に「西方寺」と書かれていた。本堂の中には御本尊が祀られ、みかんやリンゴなどのお供え物があった。西方寺の由来は何だろう?お寺だけで人物の登場はなく、いつもの面白さに欠けるお寺参りだった。なお、両津の河崎にも同名のお寺がある。

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2012年5月14日の日記(電気料金値上げ)  投稿者:佐渡の翼

2012年05月27日 03時14分51秒 | 佐渡の翼の独り言

東京電力が、この7月からの家庭向けの電気料金値上げを経産省に申請したとの報道があった。原発停止により火力発電への依存度が高まり、燃料費が高騰したためと説明されている。東電の思惑通りの値上げ額が認可されるとは限らないが、値上げは間違いないだろう。月額500程度の値上げで年額にしても6000円程度に過ぎないが、一般庶民は早くも大騒ぎで、やれ、この夏はより一層の節電に努めなきゃあとか、昼間は割高だが夜間は低料金になるプランに切り替えようだとか、あの手この手の節電策にやっきである。光熱費がただ同然の筆者にはほとんど影響はないものの、一般庶民にとっては重い負担なのだろう。既に所得税増税と言う形で復興増税が始まっているし、いずれ消費税は増税される。これらはどの党が政権についてもいずれ身に降りかかってくる事なのだが、一般庶民と言う者は身勝手で、「もらえるものはもらいたいが、取られるのは嫌」と言うのが大方なのである。暑い夏が終わればはや秋!そぞろ秋風が身に滲みようか。9月になると都心のホテルでは年末の宿泊プランのパンフレットがロビーに並ぶ。もう年末か!誠に光陰矢のごとしなのである。

本日のお弁当は、亀戸の升本の花手毬弁当。このお店は伊勢丹にも出店しているが、そのお弁当は、合成保存料を一切使用しておらず、魚と野菜だけの献立で実にヘルシーである。筆者は、このお店のお弁当が一番気に入っている。

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入川の地蔵寺(佐渡市相川)   投稿者:佐渡の翼

2012年05月26日 04時24分37秒 | 面白観光スポット

佐渡の地図を見ると、「高千」と言う集落名は無い。だが、高千漁港だとか高千小中学校、高千郵便局など、高千の名称が付いた施設は数多くある。何とも不思議でしょうがないのだが、どうやら「入川」「千本」「高下」の3集落付近を纏めて「高千」と称しているようである。「高下」と「千本」から一字ずつ取って「高千」と命名したのかもしれない。その「高千」地区の入り口に当たる入川集落に地蔵寺と言うのがある。入川と言えば、佐渡の知恵袋解答シリーズで入川観音を探し出したあの集落である。

訪問当日の3月19日は草木も芽吹く春爛漫とはほど遠く、最高気温が4度と真冬並みに冷え込んだ一日だった。「佐渡金銀山を世界遺産に」と書かれたステッカーを貼り付けた車を駐車していたおうちで、寺の場所を尋ねてみたら、おばさんがわざわざお寺まで案内してくれた。丁度高千小学校の隣付近にこのお寺があった。山門へと到る道路の起点の場所に地蔵と変形石灯籠が鎮座していたのが印象的だった。本堂の右手に地蔵堂があったが、鍵がかかっていたため、例によって、ガラス戸の破れ部分にカメラのレンズを差込んで内部を撮影してみたら、地蔵が一体写っていた。本堂の中を覗くと「延命山」の額があったので、延命地蔵なのだろうか?境内には地震の影響なのか、上部が崩壊した五輪塔があった。桜はおろか、梅さえもまだ咲かないこの気候だ、境内には寒々とした景色だけが広がっていた。http://www.digibook.net/d/4194c9f380dca449b2c1a86134232e74/?viewerMode=fullWindow

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