あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

一本の木がありました。

2023-09-29 14:06:55 | 

 この絵本はえんぴつで書かれたモノクロの世界で、一本の木と一人の男の生涯がリンクされた物語になっています。活字は一切なく、絵を見る人の想像力でストーリーは紡がれていきます。

 山深くに佇む巨木。その木は桜の老木という設定です。嵐に遭遇し、木は倒れ、川を通じて、下流の岸や海に辿り着き、そこで生活を営む人々に役立っていく。自らのすべてを人々や動植物に資するように委ねます。ひょっとして思いを届けたりもするし、ある人にとってはかけがえのないものに変化していきます。そして、最終ページは1本の苗木が植えられています。流転する時間の中で、すべてのものは無為自然な存在でありながらも、多くのものと共有する存在でもあります。作・企画のくすのきしげのり先生は

 「ひとは、みな一本の木である。」

と締めくくられています。ひとが言葉を持ち、意識を発揮する以前の存在に立ち返ることを訴えているのではないでしょうか。

 シェル・シルヴァスタインの『おおきな木』の内容と同じように、与え続けることこそが生命の働きかも知れません。

『一本の木がありました。』(作・企画:くすのきしげのり 絵・原案:ふるやま たく、PIE International、本体価格1,500円、税込1,650円)

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銀の匙

2023-09-21 15:20:15 | 

 『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち 伝説の灘校国語教師・橋本武の流儀』を読み、やはり、手を伸ばしました、著者・中勘助の自伝的小説『銀の匙』。17歳に至るまでの明治時代の少年の成長を追っています。社会状況が明治と現代では大きく変わっていますが、少年の思い悩むことはほぼ同じで、同じ年齢の人間関係や、社会や大人への反発や憤りが描かれています。隣家のお惠ちゃんとのやり取りはほのぼのとしており、彼女が引っ越さなければどうなっていたのだろうと考えてしまいました。灘中学校へ通う子どもたちにも共感するところが多々あるのではないかなぁ~。

 蚕を飼っている主人公の言葉、「私は常にかような子供らしい驚嘆をもって自分の周囲を眺めたいと思う」という意識は本当に大切です。自然への尊敬の念が詰まった言葉であり、人間社会にいかに揉まれようと忘れてはならない思いです。

『銀の匙』(中勘助著、橋本武案内、小学館文庫、本体価格533円、税込価格586円)

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前頭葉バカ社会 自分がバカだと気づかない人たち

2023-09-11 16:12:33 | 

 社会が変容するスピードはとてつもなく速く、パラダイムシフトが続々と繰り広げられています。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻は予想さえつきませんでしたが、それに対しても臨機応変に対応していかなければなりません。明治維新や戦後の復興から高度経済成長までは、日本も変化への対応力が高かったが、失われた30年を経ても、大きな変革に至っていない。その原因を和田秀樹先生は、日本人が「前頭葉バカ」に陥っているのではないかと考えられています。

 「前頭葉バカ」とは、「前頭葉を正しく使えていない状態」を指します。前頭葉の主な働きは、「思考する」「創造性を発揮する」「やる気を出す」「変化に対応する」など、人だけの脳の機能であり、それが人間の進歩につながってきました。しかし、楽したければ、前例主義に留まればいいだけですが、常識を疑い、他の可能性を見いだしていかなければ未来はないでしょう。われわれ書店業界もまさにそうです。

 前頭葉バカはあかんと認識したら、その壁を越える方策は本書に譲るとして、ひとつ面白い点を紹介しておきます。和田先生自身が行っている「前頭葉を鍛錬する方法」として、「あえてムカつく本を読む」、つまり、「自分とは真逆の相容れない意見に触れて、新しい見識を見いだそう!」と提案されています。同じ著者の本を読んでいると安心はしますが、拡がりは出ないし、執着した状態の知識インプットとなります。知らない著者に挑戦してみることこそ、前頭葉は反応するでしょうね。

『前頭葉バカ社会 自分がバカだと気づかない人たち』(和田秀樹著、アチーブメント出版、本体価格1,200円、税込価格1,320円)

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論語物語

2023-09-08 13:23:07 | 

 『出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち。』(下村湖人原作、森久人著、Gakken)の元本、『論語物語』も続けて読みました。以前に読んでましたが、全く忘れていました。論語の難しい漢文を読むよりも、『論語物語』の方が論語の中身も深く知れますね。

 出世できないというよりも、政治家として仕えることができない孔先生の態度にやきもきしている弟子に対して、

「目先の利益のために、世間に迎合してはなるまい。修めなければならないのは道じゃ。」

と孔先生は述べています。国主の政治的ブレーンになれば、名も広まり、思想家としての地位も上ります。しかし、本筋を離れないことの方が生き方としては大事であり、そのために貧しくとも、道を貫くところに意義があります。「君子は何があっても紊(みだ)れない」を肝に銘じます。

『論語物語』(下村 湖人著、講談社学術文庫、本体価格1,150円、税込価格1,265円)

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出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち。

2023-09-04 14:47:08 | 

 論語やその解説書を読んでも、なかなか頭に入ってこないのですが、その上で下村湖人の『論語物語』を読むと、孔子の考えがすんなりと理解できます。仁、恕など、他者への「誠意を尽くして、人の心を思いやる」ことを明確にして、自分の周囲の人への幸福を高める行動を起こすことと、そのためにも自らの心を磨き、他者のことを理解する術として「自分を忘れる」ことが教えの根本です。知恵や知識は知っているだけではなく、行動に移行してこそ意味を持つことまで書かれています。

 本書は『論語物語』を小学生高学年から高校生までに向けてアレンジされたもの。孔子の教えを学び、仕官していく思いを持ち、孔子と共に苦楽を共にした、孔門十哲と呼ばれた10人の弟子とのやり取り、特に、10人ともにひと癖もふた癖もあり、生き方に悩む姿が描かれています。

 子どもだけに限定するにはもったいない。大人も読めば、よりよい生き方へのメッセージとなるでしょう。

 10月に文庫化される、宮城谷昌光さんの、孔子の伝記である『孔丘』を合わせて読まれたら良いかと思います。

『出世できない孔子と、悩める十人の弟子たち。』(下村湖人原作、森久人著、Gakken、本体価格1,100円、税込価格1,210円)

 

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君が手にするはずだった黄金について

2023-09-01 14:18:34 | 

 著者が自らを主人公にして、小説家とは何様か?世の中がどう見えているかを物語にしています。

 誰しも他者から認めてもらいたい、または他者とは違うだろうと上から目線になりたいという風潮があります。この連作短編にも、占い師、80億を運用するトレーダー、高級腕時計を付ける漫画家など胡散臭そうながら、堂々と生きているように見えるその姿に、偽物の匂いがすると小説家は自信ありです。

 小説家は、「他人の人生を材料に加え」、「虚構性」をいかに訴え、読者との関係性の中に、「なんらかの奇跡」を宿す特性の人間です。「偽」や「虚」を読者は楽しみにします。

 小川さんの作品にはなぜか惹かれます。

『君が手にするはずだった黄金について』(小川哲著、新潮社、本体価格1,600円、税込価格1,760円)10/18発売予定

 

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