あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

逆境経営 山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法

2015-05-31 14:14:21 | 

 5/27に旭酒造さんの蔵見学をしてきました。今年10月27日に開催される、兵庫県中小企業家同友会の第28回全兵庫経営研究集会の基調講演を、旭酒造・桜井博志社長にお願いするため、基調講演担当者を指名されている私は一度実際に見させていただきたい思いで訪問しました。

  山口県岩国市と聞けば、錦帯橋、岩国基地を擁する14.4万の人口の街。市町村合併で、山間部にもエリアを深く広げ、旭酒造のある周東町は山の地。川沿いのわずかな平坦地に蔵は垂直に建っていました。

 「徹底的に『美味しい酒』を造ろう」

ということのみを考え、地域の地酒メーカーから純米大吟醸のみを製造する蔵へ変貌しました。

 「勇気を持って、『普通』を捨てることを決断」

し、「目の前にある常識をすべて疑い」、「自分たちの信じる酒を世に問う」ことで倒産の危機のどん底から、世界に市場開拓をするまでになりました。『美味しい酒』の製造のために、人手でなければ出来ない工程は人の力を十二分にかけ、酒造りの常識である杜氏の存在を捨て、社員による製造に切り替え、蔵内温度を常時5度にすることにより四季醸造を可能にしてきました。

 そして、日本酒業界全体に対して、「いろいろな蔵元が独自に戦いながら血と汗を流して、その結果、なんとなくいつのまにか、乗り越える何かができ上がっていく」という信念を綴られています。

 どんな時も常識を疑う姿勢を堅持していくこと、そして、独自色を積み重ね、変わるべきところを変えることは、長期に渡る下降局面を歩む、われわれの出版・書店業界でも必要不可欠ですね。

『逆境経営 山奥の地酒「獺祭」を世界に届ける逆転発想法』(桜井博志著、ダイヤモンド社、本体価格1,500円)

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代表的日本人

2015-05-28 18:06:03 | 

 明治になり、日本のなんたるかを世界、特に欧米キリスト社会へ紹介した三大名著の一冊です。書名の通り、日本人の代表的な素質の持ち主五名、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の伝記です。

 彼らは自分の信じた生き方を熱い思いで通したこと、そこには「有徳」がベースになり、自らは質素倹約をし、自分の周りの人達や自然には持てるものを分け与える「仁」に導かれています。

 この書は明治維新後40年を経て(1908年)書かれており、欧米の思想や経済が日本国家や日本人に影響を与え始めており、日本人が本来持っていた徳性が損なわれていることに内村鑑三先生は危惧を抱き、代表的日本人を海外に紹介することで、日本人に警告を発しているのでしょう。そして、100年後の現在、本書は、利他より利己を追い求め、徳を失う現代日本人に再度読まれ、われわれの生き方を再確認することを訴えているのでないかと感じます。

 井戸書店では、子ども向けの論語塾だけでなく、7月より、「板宿大人の人間学塾」を毎月第4日曜日午前9時より開催します。第1回目の7/26(日)は「代表的日本人」を題材にして行います。参加費無料、ご参加お待ちしております。

『代表的日本人』(内村鑑三著、齋藤慎子訳、致知出版社、本体価格1,400円)

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人生論としての読書論

2015-05-25 14:47:38 | 

 国民教育の師父・森信三氏の読書論は、月に3冊も読まない教師に向けて書かれていますが、「人生論」からの読書に関しての論考は教師以外でも当てはまります。

 森先生がまず訴えるのは、「この二度とない人生をどう生きるべきかという人生観」があっての読書論を展開されています。だから、まずは

 『読書は心の栄養』であり、 『一日不読、一日不喰』ということ。

 人間は生きるために食べるが、それと同じように生きるために読書しないと、心が栄養失調になると断じてられます。「読まんでも生きていけるよ」とおっしゃるかもしれませんが、自分の心に訊いてみましょう、栄養状態を。心の栄養状態とは、「心の感動」であり、「読書とは、われわれが心の感動を持続するための最もたやすい方法」との述べられています。

 次に、読書は「知的習得と人間的確立」に結びつき、「読書の習慣は、広義の徳の習得」とされています。これには読む本にもよりますが、読書の習慣そのものは人間の成長には必要不可欠かもしれません。

 そして、読むべき書籍は

①職業に関する書籍

②一般的教養並びに識見を培う書籍

③上記の根底にあって、人間の生き方そのものを求める宗教的哲学書

を挙げられています。

 人間は職業などにおける経験と、読書における不知の知識の習得で確立されるはずで、読書を怠ると、経験だけが基盤となる人生になり、非常に不安定なものになります。知を得ることは豊かな人生を歩めます。

『人生論としての読書論』(森信三著、致知出版社、本体価格1,600円)

 

 

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「あまのじゃく」に考える

2015-05-21 16:04:15 | Weblog

 書名は「あまのじゃく」だけど、考えることはどういうことか?論評しています。

 西洋の、特にグローバリゼーションの思考では「二者択一」のようにシンプルな選択で結論を出しがちです。特に「便利」というものさしは一挙に人の頭にインストールされ、「不便=悪」の図式が出来上がったかのようです。しかし、考え悩む、考えあぐね、結論を出しかねることは生きている証拠で、自分自身のものさしを選定できていない、あるいは選定している過程に立っているだけで、合理的か否かだけで判断するのでは、人間生きていて面白くありません。

 では、どのように考えればいいのか。この問いに対して、著者の平川さんは

 「ぼくたちが無理やり何か新しい生存戦略を作りだそうとしなくとも、自分たちの『強い現実』に軸足を持ち続けていれば、自然に社会は落ち着くべきところに落ち着いていく」

とし、「ご縁」を大切にすることを提唱しています。その一例として、銭湯について書かれています。「銭湯という生活の共有空間においては、よくわからない隣人と、施設を分け合うという形で共生することを自然に学ぶことができる」としています。つまり、よくわからない人と一緒に風呂を入る、そこには一定のルールがあり、エゴを少しは遠慮すれば、地縁が生まれ、幸せな生活環境は作られていくわけです。ここには合理性という指標はなく、何か起これば援け合う形が誕生するでしょう。

 「あまのじゃく」も正当かもしれません。

 『「あまのじゃく」に考える』(平川克美著、三笠書房、本体価格1,400円 )

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幸せの日本論 日本人という謎を解く

2015-05-18 17:21:03 | 

  脳科学・ロボット工学者で幸福学の第一人者・前野隆司先生が提示する、実用的日本人論。日本論や日本人論は様々あれど、「これぞ!決定版」という意気込みで書かれました。

 アメリカと日本を比較して、その中心に何があるかから紐解くと、

 アメリカの中心には「愛と自由」があり、
 日本の中心には、無常、無我、無私のように、 「何もない、強いて言えば無がある」
とし、中心が無であれば、あらゆるものに対して無邪気に好奇心を抱き、何でも受け入れて自分化できる のが日本です。

  すなわち、西洋では明確なお題目がある以上、「二者択一」になりますが、「どちらも生かせていく」とする日本はよくわからないと言われますが、論理的・合理的・二項対立的価値観では現代の世界の課題は解決できない、これらの価値観を超越したものが必要になります。それこそが、全体が調和し共生する社会モデル、日本型システムの待望される所以です。

 競争社会だった20世紀から、協創社会の21世紀には、「みんなの幸せに資することが、よりよい社会経済システムである」を目標に世界が進むように努力しなければなりません。

 『幸せの日本論 日本人という謎を解く』(前野隆司著、角川新書、本体価格840円)

 

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こころと体が軽くなる「ありがとう禅」

2015-05-11 18:37:32 | 

 著者の町田宗凰氏による「ありがとう禅」を、私は神戸で一度体験しました。

 この本を読んでみて、禅や仏教の手法と心理学や大脳生理学の知見を融合させた瞑想である「ありがとう禅」は、潜在意識の奥にある無意識をクリーニングする事を主眼に置いており、その結果、仏教での「仏性」あるいは「阿摩羅識」が顕在化することをゴールにしていることを理解しました。

 特に、「卵の哲学」が興味深かったですね。否定的と考えているものをクリーニングすることは大切ですが、「否定的なものと肯定的なもの、そのどちらも否定せず、結び付けていくことが大切」であることを、卵で説明しています。卵の黄身と白身は別々に分けず、混ぜるからおいしい卵焼きや卵かけごはんが出来るわけです。つまりは、「結びの思想」こそが、自己や環境さえも修復していきます。禅やタオにおける二元共立が瞑想においても大事な考え方になるのですね。

 解説もしっかりして、付録CDで簡単に実行できる 「ありがとう禅」を一度お試しください。

 『こころと体が軽くなる「ありがとう禅」 潜在意識をクリーニングする瞑想CD付』(町田宗凰著、KADOKAWA、本体価格1,600円)

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「三畳小屋」の伝言 陸軍大将 今村均の戦後

2015-05-06 13:22:19 | 

 戦時中の日本軍の行動について、内外を含め良く言わない言質が多い中、慈悲深い、ホンマものの陸軍大将がおられました。今村均氏です。

 裁判官の父の子である彼の幼少期の悩みは夜尿症でした。9歳まで症状は残っていたらしいのですが、小学校で宿泊遠足があった折、この悩みを担任の先生に打ち明けると、先生は横に寝てくれ、数時間おきに起こしてくれて、便所に連れて行ってくれました。先生の思いやりは信頼感に変わり、彼が軍で生きる上での大きな指標になったはずです。

 1941年12月に太平洋戦争が勃発し、彼はジャワ方面軍(第16軍)司令官として、オランダが支配していたインドネシアを解放し、現地人を大切にする融和政策やオランダ人の自由も認めました。この時、流刑にされていた、のちのインドネシア大統領のスカルノも自由になり、独立後に訪日した折には、今村氏に面会しています。

 これを甘い政策と断じ、大本営から圧制への転換を勧告されても、首を縦に振らず、1942年にラバウル方面軍(第8軍)司令官に左遷されました。南太平洋は米軍との激しい戦いが始まり、ガダルカナル島は「餓島」と呼ばれるほど、日本からの補給路も経たれた悪条件の戦地で、日本軍は破れました。この状況を鑑みた今村は、米軍の上陸や空襲に対して、高さ2メートル、長さ450キロ(東京・神戸間の距離)の地下要塞を構築、また軍事訓練もきびきびと行い、自ら鍬をもって、食糧自給生産も行いました。この様子を見たマッカーサーはラバウルを無視し、サイパン、グアム、沖縄へ攻撃の矛先を変えました。

 1945年終戦を迎え、ラバウルの北にあるマヌス島収容所に入れられた今村は巣鴨拘置所へ移送されるが、翌年、ラバウル戦犯収容所に移り、自決を図るも未遂に終わりました。最高指揮官の一人として職責を全うしなかった、また、連合軍に日本侵攻の防衛線を破られたことを悔いての行動でした。1947年、オーストラリア軍の軍事裁判で禁固10年の判決を、そして、1948年、オランダの軍事裁判では無実判決となり、1950年に巣鴨へ移送されるが、GHQマッカーサー元帥に三度の直訴の手紙を送り、マヌス島へ戻りました。マッカサーが「真の武士道の人」と称したらしい。

 マヌスでは自分の部下と共に、日本に戻ってからの生活を考えて、青空教室のラバウル大学を開設、みんなが自信のある教科を教え合い、また食料も自給しました。しかし、冤罪で死刑になる部下に対して、彼は深い悔恨を帯び、1954年に釈放されるも、自宅庭に三畳の小屋を作り、ほとんどをそこで暮らしました。自主幽閉です。彼は、戦争の実態、戦犯で死んでいった部下のこと、その最期の在り様を日本国民や後世に伝える、そして、残された遺族や部下たちの面倒を見るために、印税はすべて拠出しました。この二点が彼の戦後の使命になったわけです。

 『正しく生きる基準になっていたのがウソをつかないで生きる』

であり、

 『武将は戦術・戦略の研究と、将に将たる徳の修養のいずれも欠いてはならぬもの』

という生きる姿を我々も学ばなければなりません。文言を諳んじれるほど読み込んだ、彼の座右の書は「聖書」と「歎異抄」でした。

『「三畳小屋」の伝言 陸軍大将 今村均の戦後』(朝野富三著、新風書房、本体価格1,500円)

 

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