あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

ナマケモノ教授のムダのてつがく

2023-04-28 12:50:23 | 

 仕事上、ムダを省くのは当たり前です。コストを考えると自明の理ですが、この考え方が自らにもインストールされていることを本書を読んで改めて考えさせられました。

 帰宅するのに時間的ロスを考えれば、真っすぐ戻ります。しかし、時間的に余裕があれば、寄り道、みちくさをして、新しい発見をして、その気づきが生活を彩ってくれます。この遊びの感覚を捨て去り、少しでも商いに結びつくこと、消費者になるように世の中は仕向けてきます。スマホの誕生から、手のひらにあるパソコンは人間をゆっくりさせません。他人とのコミュニケーションや買い物、投資にまで引きずり込みます。サイトで物品を購入したら、推奨商品をくまなく提案してきます。リアルの店頭での店員とのコミュニケーションややり取りなど、情をはさむことさえムダになってきています。

 読了後、ミヒャエル・エンデの『モモ』を思い出しました。時間貯蓄銀行の灰色の男たちの考え方に世の中はもう既に染まっており、新自由主義人からムダを楽しめ、愛せる人に変身していかねばなりません。

『ナマケモノ教授のムダのてつがく 「役に立つ」を超える生き方とは』(辻 信一著、さくら舎、本体価格1,600円、税込価格1,760円)

 

 
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彼女が言わなかったすべてのこと

2023-04-24 14:26:06 | 

 5月19日発売予定のゲラを読ませていただきました。桜庭一樹さんの小説は初めてでした。

 主人公の小林波間(なみま)は、お茶の水で起きた無差別な殺傷未遂事件で大学時代の友だちの中川君に8年ぶりに再会します。その時に交換したLINEで情報をやりとりすると、中川君とはパラレルワールドにいることが発覚。但し、LINEだけは繋がり、東京の同じ場所でLINEをして、相互の様子を受発信する、けったいな物語が続きます。

 中川君の世界では新型コロナウイルスが発生し、パンデミックに陥ります。大混乱な中川君の世界では東京オリンピックも延期になります。波間の世界では何事もなくオリンピックは開催されますが、2022年にロシアのウクライナ侵攻が勃発します。

 乳がんに罹患し治療中の身である波間に対し、周りの人たちから表面上は温かく受けいられているものの、本心はそうではない人も一定数存在し、現世界に生きながらパラレルワールドにいる気にもなってくる。どう生きたら幸せに暮らせるか?哲学的な問答を登場人物と語り、自問自答していきます。「わたしというちっぽけな存在が生存していること自体に、意味が、つまり、人間の尊厳をはかる目盛りの一つとしての存在意義ぐらいはあるかもしれない。」今を受け入れて精一杯生きるしかない、ただそれだけですね。

『彼女が言わなかったすべてのこと』(桜庭一樹著、河出書房新社、本体予定価格1,700円、税込予定価格1,870円)

 

 

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家康、江戸を建てる

2023-04-20 14:45:13 | 

 戦国時代はいくさばかりに興味がそそられますが、平和への道筋が整えば、がらっと様変わりします。家康が秀吉に北条家の旧領240万石の関八州への移封を命ぜられ、家康家臣団は断固として反対しますが、家康はあっさりとこれを承諾します。その理由は「可能性がある」から。しかし、水びたしの低湿地に建つ江戸の千代田城は廃屋然としており、また、飲料水にも窮す土地柄。すべてをやり直すには「有能な民政担当者」を配し、実行に移さなければなりません。

 利根川を東遷し、飲料水を現在の井之頭公園から引っ張ってきて、江戸城の改築、そして、小判の鋳造とさまざまなジャンルに適材をマッチングさせ、大プロジェクトを企画運営する。想像するだけでもくらくらしそうですが、平和な天下のためにはどうしても必要となります。

 家康は江戸城の天守を「白くせよ」と譲らない理由が、「黒」が土の色から戦争をイメージするのに対し、「白」が平和を表すだけでなく、死者の肌は蒼白であることから、「白」は死をイメージし、天守そのものが戦乱に命を落としたすべての人のための墓石としたい大御所の思いはフィクションと言えども極めて納得できます。戦国の終焉のモニュメントとしての建築物である天守はのちに振袖火事で焼失し、再興されませんでしたが。

『家康、江戸を建てる』(門井慶喜著、祥伝社文庫、本体価格860円、税込価格946円)

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儚き君と 蛇杖院かけだし診療録 

2023-04-17 12:30:12 | 

 5/9発売予定のゲラを読ましていただきました。蛇杖院かけだし診療録シリーズの4作目です。

 江戸の診療所「蛇杖院」の医者見習いの瑞之助は医師の岩慶とともに、瑞之助の3歳年上の患者・おそよを多摩の石田村から蛇杖院に連れてきました。彼女の病は現在の筋萎縮性側索硬化症(ALS)なのでしょう、江戸時代では病名も治療方法もわからず、死ぬのを待つ状態です。彼女は元は呉服商の大店の一人娘でしたが、押し入り強盗に入られた店で一人助かった過去を持ちます。石田村へ移ってからは「人の役に立たなければ生きている価値がない」と思って、多くの人の手助けをしてきましたが、病になってからは助けられるばかりで大いにストレスを溜めていました。「蛇杖院」に出入りの奉行所の侍から押し入り強盗の下手人が江戸にいるという情報のもと、おそよは大舞台を打ちます。

 生きているだけで尊いとはわかっていても、悔いてばかりでは前に進めない。すべてに悔い尽くして、真っ正直に心に向かうと晴れてくる。おそよが亡くなってからの、彼女に付きっ切りで世話をしてきた瑞之助の日々は涙なしでは読めません。

『儚き君と 蛇杖院かけだし診療録』(馳月基矢著、祥伝社文庫、本体価格860円、税込価格946円)

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三河雑兵心得 11 百人組頭仁義

2023-04-13 14:55:52 | 

 百姓出身だから、いや、上田城攻めで真田の虜になったことで侍大将になれなかった植田茂兵衛は百人組頭として、この巻でも縦横無尽に活躍します。100名の鉄砲隊、それに弓、槍、荷駄と総勢300人の部隊長は徳川軍でも特徴ある戦闘チームです。

 大名間の諍いを禁止せよという秀吉の惣無事令の発布により、徳川は真田との和平を探っていきます。真田との強いパイプを持つ茂兵衛に策を提案するように言いつけられ、真田信之との婚儀をほのめかしたところ、真田を嫌う本多平八郎の娘の於稲姫を候補に挙げた家康。平八郎にそれを告げに行かされる茂兵衛。生きて帰れるのか?

 早く12巻を読みたい~

『三河雑兵心得 11 百人組頭仁義』(井原忠政著、双葉文庫、本体価格650円、税込価格715円)

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きのうの神さま

2023-04-13 14:27:38 | 

 映画監督西川美和さんの、すべて医師が登場する5つの物語。村や島の診療所、代診の医師、小児心臓外科医、そして老人病院で引継をする先生方を主人公に、その周りの家族、患者を添えて、ストーリーは展開します。医師も一人の人間であり、さまざまな思いを胸に仕事に取り組んでいます。

 映画にもなった「ディア・ドクター」では、医学部の准教授だった父を尊敬する長男と、父からは愛敬ある態度を取られてきた次男の、父が運び込まれた集中治療室でのやり取りがとてもおもしろい。「親たちが自分たちを見つめて、人生を豊かにしたように、ぼくも親の絶えるさまを、見つめて人生を肥やしていくんだ」という、老いていく両親を近くで受け止める息子の気持ちはなぜか胸に響きました。誰しもやってくる老いは恐ろしくもあり、自分でも未知の生き様ですが、親の姿を目に焼き付かせることで、自身の将来のイメージを膨らませていく、そういう意味では親の世話をすることは自分の生きる道を輝かせることでもありますね。

『きのうの神さま』(西川美和著、文春文庫、本体価格700円、税込価格770円)

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愛の自転車

2023-04-07 15:25:04 | 

 人を引き付ける国インドでの奇跡のような実話に驚きました。

 主人公PKは「不可触民」に属しています。「けがれの民」と言われ、インドのカースト制の最下層に位置します。大英帝国から独立し、法制度でも平等としながらも、歴史は動かず、学校ではイジメの範疇は超越し、同じ人と考えられないふるまいを受けます。子どもの頃からの絵描きの才を伸ばし、ニューデリーの美術学校で学び、町の中心部のコンノート・プレイスで肖像画を描くことで生活費に回していました。ここには西欧からヒッピーが旅に訪れ、PKは多くの友を作ります。その中の一人が、スウェーデンのロッタという女性。彼女と恋に落ち、スウェーデンに帰国した彼女に恋焦がれ、お金がないために自転車でスウェーデンまでの旅に出ます。

 この本の解説を読むと、インドからヨーロッパへ行ける、本当に極めて希少なタイミングでした。ソ連のアフガニスタン侵攻、イランのイスラム革命はその後に起きました。

 人との出会いの絶景さ、凄まじい犠牲を払える愛の力の素晴らしさに感動せずにはいられません。PKのおじいさんの言葉、「我々は愛から生まれ、愛に戻っていく。これが人生の意味なんだ」はまさに箴言です。

『愛の自転車 インドからスウェーデンまで最愛の人を追いかけた真実の物語』(ペール・J・アンデション 著、徳間書店)

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