あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

風葬

2018-11-16 16:04:54 | 

 自分の生まれた状況は両親や祖父母、兄弟などの近親者しか知りません。そのことについて、誰も語らなければ、何も知らずのままです。本作の主人公の夏紀は母ひとり子ひとり、母は語らず、親戚いない。戸籍謄本を取り寄せても、不審な点が多い。父親の欄は空白、母には婚姻の事実もなし。本籍は文京区白山だが、住居は釧路。母は書道教室の先生で、夏紀もその後を継ぎます。何も語らない母は大きな地震を経験してから、若年性アルツハイマーと診断されます。母は夜更けに起きだして、「行かなくちゃ」と言い、場所を尋ねると、「涙香(るいか)岬」と答えるが、地図上には記載がない。

 地元新聞の日曜文芸欄に掲載された、根室在住の方が投稿された短歌に、「涙香岬」が記載されているのを発見し、新聞社に問い合わせて、投稿者の沢井徳一と根室で会います。中学校教諭を定年した沢井は夏紀を見て、自分の過去の生徒とよく似ていること、また、その生徒が中学校の入学式に登校せず、その後、死亡したことを、当時は触れてはいけないこととしていたが、その謎を調査し始めます。ここからはまさにミステリー、そして、夏紀の出生、徳一の教師としての過去の汚点もさっぱりと解明します。

 老人養護施設に入居している母は、

 「生まれたばかりの夏紀を抱っこした瞬間、私はこの子がいれば生きていけると思ったの。その通りだった。もっと時間が経って私がみんな忘れたら、ときどきそばにいてちょうだい。それだけでいいから。」

と娘に告げるほどの数奇な人生があったからこそ、今、最後の穏やかな生き様をしていきたいのでしょう。

『風葬』(桜木紫乃著、文春文庫、本体価格540円)

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138億年の人生論

2018-11-12 14:26:50 | 

 私にとっては、アストロバイオロジーで強く印象に残っている、松井孝典先生。物理学から、宇宙の歴史138億年を俯瞰してきたことからの学びで、自身の人生を振り返っている本書は、生き方への多くの示唆を与えてくれます。

 どう生きるかを考えるに早いことに越したことはなし。20代からしっかり考えることを奨めています。それは、「人生は『砂時計』である」という言葉からの見解です。「砂の量は皆、同じ量だけしか与えていません。(中略)減っていくペースも一緒なら、いつ残量を考えるか?」です。人生を歩むのなら、「自分の時間を100%満足して自由に使えること」をしよう!とおっしゃっています。会社勤めは、自分の時間を会社に売って、給金をもらうだけで、本当にいいのか?という問いです。

 さらには、「人生とは脳のなかの内部モデルの蓄積そのもの」は日々の生き方に大影響を与えてくれます。「情報、すなわち外界からのインプットを取り入れ、どのような情報を無視するか、取捨選択が大切」であることが、どう生きるかの指標になります。

 そして、最大の教えは

 「斉一説から逃れましょう!」

ということです。「現在は過去を解く鍵」というように、過去からの一連の流れで現在に至っていると考えるのではなく、惑星の衝突のために、恐竜が滅亡したような激変期を考えれば、「この世界は予期せぬ出来事によって成り立っている」、つまり想定外はあるという認識により、「大切なことは、瞬間瞬間の決断」であり、「人生は、瞬間ごとの決断の積み重ね」であるから、過去も悔やまず、未来も怖れず、「いま、ここ」に集中せよ!これは禅の教えそのものです。

『138億年の人生論』(松井孝典著、飛鳥新社、本体価格1,000円)

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あなたのことが だいすき

2018-11-12 14:03:54 | 

  神戸新聞ブッククラブ(KBC)の1万円選書を行った中で、30代の女性の人から、

「結婚し、かわいい子どももできて、幸福だけど、たまには子育てから逃れたい!」

というメッセージがありました。これに会う本は何かと探していたら、本書に出会いました。

 「あなたが 生まれた日のこと いまでも はっきり おぼえている」

から始まる絵本。乳児から幼児へと育ち、手のかかる一方、子どもはお母さんに愛を求めて、まとわりつく、言うことはきいてくれない~けれども、家事はこなしていかなければならない~あぁ、なんとかしてっと叫びたい!

 しかし、子どもが成長して、自分の道を歩み始めると、人生にとっても「あっという間」だったこの短い時間、もっと抱きしめてあげれば良かったと感慨する。だからこそ、子育てに大変なお母さんにこの1冊はたまらない。毎朝、毎夜、自分の癒しのために、自分の子どものために読んでみてほしい。そして、子どもが大きくなったら、「この本を読んで、私はあなたを育ててきたのよ!」とこの本を子どもに贈ってほしい。そんな素敵な1冊です。

『あなたのことが だいすき』(文・絵 えがしら みちこ、原案 西原 理恵子、KADOKAWA,本体価格1,000円)

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さがしもの

2018-11-11 09:54:31 | 

 本をめぐる短篇9つの物語。ストーリーの面白さだけでなく、本の持つ性質、読書の意味、本がつなぐ人と人の関係など、人が思いを込めて書いた本というものを見つめ直す作品です。

  私が特に印象に残ったのは、「ミツザワ書店」。文学の新人賞を取った主人公は高校時代に地元の本屋のミツザワ書店で、気になっていた1万円近い本を万引きしました。しかし、その本を読むことで小説を書こうと思った気分だけは確認していました。受賞後、お正月に帰省した時に盗んだ本の代金と受賞した小説を渡しにミツザワ書店に訪れます。その後は本書でお読みください。
 同じようなこと井戸書店でもありました。もう20年近く前、早朝に店に来た若い女性が、「昔、ここで万引きしました。すみませんでした。許して下さい。」と5千円札を私に差しだしました。受賞作は持ってませんでしたが、心に刺さって抜けない棘を忘れ去るためにもお越しになったのでしょう。彼女の気持ちを「ミツザワ書店」を読んで、少しは理解できたような気がします。

 あとがきエッセイで、

 「本の一番のおもしろさというのは、その作品世界に入る、それに尽きると私は思っている。一回本の世界にひっぱりこまれる興奮を感じてしまった人間は、一生本を読み続けると思う。」

と書かれています。そういう意味でも、本との出会いの場である書店に並ぶ本をしっかりと選ばなければと心に誓いました。

『さがしもの』(角田光代著、新潮文庫、本体価格490円)

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ファイティング寿限無

2018-11-08 17:05:45 | 

 16歳、高校生2年生の小林博は落語家・橘屋龍太楼に弟子入りし、橘屋小龍と名乗り、デビューする。師匠は、

 ⌈こんな時代だ、落語がちょっと上手いだけで売れるわけがねえ。己に付加価値をつけろ、落語以外の何かでマスコミに斬り込むンだ、見事に売れてみせろ⌋

と告げ、小龍はボクシングジムにも入門。プロを目指し、生活も一変したが、元来の運動神経の素晴らしさが活かされ、ボクサー・ファイティング寿限無はプロ合格、ボクシング初戦で初勝利を挙げ、同時に落語家として二つ目にも昇進、落語もできるプロボクサーとしての二刀流人生がスタートした。そうなると、マスコミにも引っ張りダコになり、橘屋一門でも異色の存在になるものの、若いうちはボクサーに専念した方が良いという判断から、稽古よりも過酷なトレーニングに打ち込み、バンタム級日本チャンピオン、そして、世界挑戦にまで至る。

 「いいことは、二つねえぞ。悔しかったら二つともやってみろ。オレの概念を引っ繰り返せ。ま、無理だろうがな。」

 師匠の言葉は小龍を世界チャンピオンへ駆けあがらせる。しかし、試合中に、末期の肝臓がん患っていた師匠は天に召される。師匠の四十九日の法要も済み、小龍の祝勝会で大胆発言が…。

 野球の大谷選手の二刀流はアメリカでも認められているものの、これは野球だけの二刀流。肌違いのボクシングの道は落語家としての階段の一つ。「落語以外の何かで」は「本屋以外の何かで」というささやきに聞こえ、その何かを成就するのも人生楽しい生き方なのだ。

『ファイティング寿限無』(立川談四楼著、祥伝社文庫、本体価格670円)

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なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか

2018-11-05 16:50:12 | 

 昨年、金沢市を訪れ、「鈴木大拙館」に赴きました。鈴木大拙は仏教哲学者で、特に禅を世界へ広められました。入館して驚いたのは外国人観光客の多さです。マインドフルネスなどに代表される、アメリカでの禅の人気は知っていましたが、その理由は今の時代にあるようです。

 まさに世の中は「転換期」を迎えています。インターネット、AIなどの情報革命により、「過去とはまったく異なる未来が訪れる」ことが誰にも薄々わかりつつあります。ではどのように変わっていくのか?本書では7つのパラダイムシフトが起こるとしていますが、その根本は

 「外側にある対象に向かう」西洋の思想から、「内側にある対象に向かう」東洋の思想へ

変換しています。つまりは、東洋思想が学ばれ、その見地が応用される時代にならんとしています。本書では、7つのパラダイムシフトは

①機械的数字論から人間的生命論へ
②結果主義からプロセス主義へ
③技術・能力編重から人間性重視
④見える世界、データ主義から見えない世界、直感主義へ
⑤外側志向から内側志向へ
⑥細分化・専門化型アプローチから包括的アプローチへ
⑦自他分離・主客分離から自他非分離・主客非分離へ

と詳述していますが、つまりは、

 「いま、ここ」「ワクワク、楽しく」「人間性(仁や恕)」「すべてを活かす」 

がキーワードになるでしょう。老子、論語、禅はその教科書。仏教や神道も含めて、大いに学ぶべしですね。

『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』(田口佳史著、文響社、本体価格1,380円)

 

 

  

 

  

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ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。

2018-11-02 14:56:47 | Weblog

 多発性骨髄腫のため、余命3年と宣告された、本業カメラマン、趣味が猟師の幡野広志氏が2才の息子へ伝えたいことを1冊にまとめました。

 「優しい子になってほしい」

 これが息子への最大の願い。そのためには、親も優しくならなければならない。では、どうすれば良いのか?

 「相手を慮ったうえで、自分のできる方法で手をさしのべることのできる人」と優しい人を定義し、優しいという言葉に惑わされることなく、強く、厳しいことも伝えることこそが優しさの裏側にあたるのでしょう。息子には、自由に選択でき、何事にも挑戦できる安心を家庭に築こうと努力されています。何事も利他心、失敗を恐れない挑戦心が育まれば、子どもはすくすくと成長するでしょう。

 本書でうれしい考え方、言葉がありました。

 一つは、一人旅のすすめ。~「人の目を気にせず、自分の経験をしたほうがいい。それがきっと、自身につながる。」若い間は一人で旅をすることは自由の発露です。

 二つめは、「面白い人は、自分がしっかりあって、人の目を気にしない人だ。」軸があって、ぶれない。同調圧力にも屈しない。

 三つめは、「どんなものでも、人がアウトプットしたものには、その人の人柄が反映される。」だからこそ、知恵をもって、自分で考えろという提案。アウトプットこそ、その人の人間力。

 私も二人の息子を育てましたが、著者みたいに息子に伝えたいと思うこともなく、息子たちは成人し、社会人として旅立ちました。子どもたちが幼少のころに、阪神淡路大震災があり、生活のベースである書店である店舗に集中していたため、今振り返れば、それに忙殺されていたのかもしれません。今なら、生きる自信もでき、余裕も持てたので、息子たちには伝えたいと思うことがあります。やはり、人は余裕がないとじっくり考えたいと思わないのでしょうか。

『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(幡野広志著、PHP研究所、本体価格1,400円)

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