あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

好奇心を“天職”に変える 空想教室

2015-11-19 17:59:05 | 

  北海道赤平市にある植松電機・植松努専務の、これまでの行き様を語った一冊。柔らかい文章にも強い思いは詰まっています。

 子どもの頃の自分の夢を学校の先生に話すと、必ず帰ってくる言葉は「どうせ無理だ!できもしないことを書くな。」でした。彼は潜水艦を作る夢を持っていましたが、お金、頭のできを理由に「無理」と決めつける大人に不信感を抱きました。

 しかし、彼の持てる可能性を引き出したのは祖父母と父でした。

 祖母は「お金はくだらないよ。一晩で価値が変わることがあるからね。だからお金があったら、貯金なんてしないで、本を買いなさい。知識を頭に入れなさい。それは誰にも取られないし、価値は変わらない。そして、新しい価値を生みだしてくれるから。」

 祖父はアポロの月面着陸のテレビを観て、「おまえも月にいけるぞー!」と全面的に後押ししてくれました。

 モノづくりの仕事をしている父も、「プラモデルなんてダメだ!男なら鉄で作れ!」と突き離し、彼は本屋で本を探し、子どもが手にしないであろう専門書を読む。「自分で考えて、自分でためす」、それが個性になり、「非属」の存在になれます。

 だからこそ、夢を持とう!実現に向けて努力して、無理だとしても、「だったらこうしたら」と問いかける大人になろう!というメッセージが次世代を育て、素敵な日本になるんだと確信しました。

『好奇心を“天職”に変える 空想教室』(植松 努著、サンクチュアリ出版、本体価格1,250円)

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生きるとはなぁ 羅漢さんの絵説法1―人生波羅蜜

2015-11-18 16:54:19 | 

 仏の話は難しいと思われる人に最適な本を紹介しましょう。

  戦後、ハワイの地に天台宗をゼロから広められた荒 了寛和尚が、ハワイのテレビ放送で反響を呼んだ「1分間法話」をもとにして、人生波羅蜜、つまり、いかにして生きてゆくかを羅漢の絵と共に語っています。しかし、難しい仏教用語は使用せず、誰にもわかりやすく、そして、じ~んと心に訴える語り口になっています。

 例えば、書名にもなっている、「生きるとはなぁ」は装丁の仏画に

 「生きるとはなぁ いのちを わけあって いくことなんだよ だから いたわりあって いくんだよ」

という言葉が書かれています。現実の世の中は奪い合って生きている人が多く、やるせない気持ちが生まれますが、和尚の肩の力の抜けた優しいささやきが癒してくれます。37の文と絵を辛い時に読めば、心が軽くなります。

(荒 了寛・絵と文、里文出版、本体価格1,800円)

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ぼくたちに、もうモノは必要ない。

2015-11-07 17:03:42 | 

  断捨離、廃棄や収納に関する本はコンスタントに売れていますが、「ミニマリスト」という言葉にはじめて出会いました。この主義はブームになる可能性を秘めています。

  出版社の編集に籍を置く著者の自室はモノが溢れかえり、誰も呼べない状態で、幸福感なんてまさにゼロ。ミニマリストに対してのマキシマリストでした。その彼が「必要なモノ以外はすべて廃棄する」ことによって、生活に余裕が生まれ、幸せを感じる身へ変身しました。なぜか?

  現代社会は消費社会。街でもテレビでもネットでも、「買いなさい」攻撃を受け続けています。究極は「買わないと不幸になるよ!」っていうぐらいで、消費者に「欲しい!」と思わせる戦術にまんまと引っかかっています。そして、購入すれば気持ちが晴れ、「欲しい」という願いは叶うが、すぐに「慣れ」、そして、「飽き」てしまい、不満や不幸を感じてしまう。次に、また消費へ走ってしまい、モノだらけの生活を送ることになります。「欲しい!」→「慣れ」→「飽き」の魔のスパイラルから抜け出すには

 「モノを持つことが自分の価値を上げる」、つまり、「モノが自分の価値を表現する」「他人に価値ある人として評価してもらうためにモノを持つ」

という思考を放棄し、「今、必要な、大事なモノだけを持つ」というOSをインストールし直すと、劇的にモノが減り、見違える人生を歩むことが出来ます。その効果のほどは本書に譲りますが、モノに振り回される生活から、自分の価値ある生活へ転身できます。

  京都・大徳寺511世住持だった立花大亀和尚が、「現代人は物の幽霊になって、自己を失っておる」(『なぜ、いま禅なのか 「足る」を知れ!』から引用)と言い、「執着を知ることが悟り」であり、「禅では、物はすなわち心であり、心はすなわち物である」と喝破していることから、現代人はミニマリストになることが生きる上での悟りを得る道だと確信しました。

『ぼくたちに、もうモノは必要ない。 ―断捨離からミニマリストへ―』(佐々木典士著、ワニブックス、本体価格1,000円)

 

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本を読む人だけが手にするもの

2015-11-01 16:00:17 | 

  成人の半数は1か月に1冊も本を読まないという統計を見た時にはとても衝撃を受けました。日本という国は資源がなく、日本人そのものが資源なのに・・・。「何を読んでいいのかわからない」という意見もありますが、読書習慣の欠如、デジタル情報の氾濫による時間の無さだけでなく、大前提である、「何のために本を読むのか?」「なぜ本を読むといいのか?」ということを教えられていないのが大きな問題ではないでしょうか?

 これに対して、藤原和博氏は現代日本の状況変化から読書の必要性を説いておられます。それは、

 20世紀型成長社会の、「みんな一緒」、「ジグソーパズル型思考」の時代から

 21世紀型成熟社会は「それぞれ一人一人」、「レゴ型思考」の時代へ

転換しています。電話が一家に一台から個人に一台、結婚披露宴の引出物をも誰もが同じものをいだだける様式から選択できるようになってきたように、ジグソーパズルのように用意されたものを処理するために考えてきたことが、レゴのように一人一人がどのようにことに対するかを考えないといけない環境に人間は置かれるようになりました。ここで必要になるのは

 「上手に疑う技術」「複眼思考(クリティカル・シンキング)」

です。流される情報や知識を鵜呑みにするのではなく、本当に正しいのかを多面的に思考しなければなりません。そのためには自身の経験・遊び・旅で得るものだけではなく、他人のそれを知るために読書は大切になります。自分が経験できないもの、または自分では持ちえない視点を得るためにインプットが欠かせません。

 藤原氏の次の言葉は的を得ていると思います。

 「これから先の日本では、身分や権力やお金による"階級社会”ではなく、『本を読む習慣のある人』と『本を読む習慣のない人』に二分される"階層社会”がやってくる」

 さあ、今日もページを繰りましょう!

『本を読む人だけが手にするもの』(藤原和博著、日本実業出版社、本体価格1,400円)

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