あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

わたしの美しい庭

2022-02-25 16:52:16 | 

 別れた妻が再婚したが、夫ともども交通事故死したため、彼らの子どもである小学5年生の百音(もね)を引き取った統理(とうり)はマンション5階で暮らしています。隣の部屋の住人の路有(ろゆう)は自家用車の移動型のバーを営み、朝食を3人で取ります。そのマンションの屋上には、悪い縁を断ち切ってくれるというご利益のある小さな神社があり、統理が神官として管理運営しています。心に傷を負ったり、どうしても新しい道に進みたいと思う人々が形代に願いを書いていきます。

 同じマンションに住む39歳の桃子は結婚へのプレッシャーが強いながらも、高校時代の悲しい思い出が横たわっています。路有はゲイとしての熱愛も失い、次の歩みに苛立っています。桃子の高校時代の恋人の弟は仕事からのうつで悩んでいます。それぞれが世間の抱くステレオタイプから逸脱することで頭を抱えています。しかし、統理、路有、百音の生活の楽しいスタイルと縁切り神社の御蔭で、立ち直っていく人の姿はとても印象的です。

 「かけた情けは巡り巡って自らに返ってくる」「手を取り合ってはいけない人なんていないし、誰とでも助け合えばいい。それは世界を豊かにするひとつの手段だ」

 人は思い悩みながらも少しずつ進んで生きています。そばにいる人が思いをかけてやれるか、そこに答えがありそうです。

『わたしの美しい庭』(凪良ゆう著、ポプラ文庫、本体価格740円、税込価格814円)

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甘夏とオリオン

2022-02-24 16:45:03 | 

 文庫化したので、再々度のアップを。

 大学三年生の北野恵美はバイト手当を懐にして、『天満天神 南條亭』の夜席に誘われ、木戸へ向かいます。高座の「桂夏之助」の『宿替え』に魅入られ、夏之助への弟子入りを決意。入門し、「甘夏」という名を師匠からからいただきます。

 甘夏入門三年後の南條亭の高座に、出番でトリであった夏之助が来ないところからストーリーは展開します。甘夏のほか、小夏、若夏の、夏之助の弟子三人は師匠の帰りを待ちつつ、修行に励む。『師匠、しんじゃったかもしれない寄席』という名の寄席を弟子三人で立ち上げます。

 師匠からの落語についての教えが、素人落語を演る私にはとても参考になります。

「演るときには、自分なりの正解を持っとかな、あかん。」

「おまえらは、おまえらの色の落語をしたらええんや。」

「人と人がぶつかりあって、芸ができる。」「八方ふさがりに陥ったとき、もうどうしようもないと思った時も、必ず突破口はある。答えは、落語の中にある。」

 この物語は、上方落語を通して、いかに生きるかを問いかけてくれます。

『甘夏とオリオン』(増山 実著、角川文庫、本体価格七二〇円、税込価格七九二円)

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星を掬う

2022-02-21 15:11:15 | 

 ラジオ番組の企画の「夏休み」の思い出というテーマに、離婚する1か月前に母子で1カ月間の旅行したことで応募し、準優勝をもらった千鶴。母とはそれっきり会っていない。この放送を聞いた、母の知り合いが番組に連絡し、千鶴と会うことになったが、別れた夫・弥一から度々お金を要求され、断ると暴力を振るわれていた千鶴はそのまま母の住む「さざめきハイツ」に転がり込みます。母がなぜ自分を捨てたのかを知りたい、その思いと共に、自分の不幸は母の責任であると母を責め立てるものの、母は若年性認知症を患い、シェアハウスのように同居している他の二人の女性と母の世話を焼くことになります。母の当時の思いを訊き出せれるのか、母と娘のわだかまりは消えるのか、千鶴は自立できるのか…。

 「あなたの人生はあなたのものだ。誰かの悪意を引きずって人生を疎かにしちゃ、だめだよね。」

 真の親子関係を結べるには言葉が大切であり、それは思わぬ行動から結果を生みます。

 こちらも今年の本屋大賞ノミネート作品です。

『星を掬う』(町田そのこ著、中央公論新社、本体価格1,600円、税込価格1,760円)

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残月記

2022-02-14 16:23:10 | 

 月をテーマに3編の物語です。これを書いた著者の創造力、想像力の逞しさに驚きました。

 大学の教授に昇進し、著書も版を重ね、関東ローカルながらもコメンテーターも務める高志一家はファミリーレストランで夕食を楽しんでいました。高志がトイレの窓から満月を見上げた時から一気に奇妙な展開になります。トイレに入ってきた背後の男と高志が外見は一緒ながらも入れ代わる。そこからの顛末は本書の「そして月がふりかえる」で。

 石を収集していた叔母さんからもらった「風景石」。それは月の風景の石、月景石。この石を枕の下にして眠ると、とてつもない夢を見る。それ以降の夢の奇天烈な流れには、現実と月の世界とのインターフェースが介在し、最後には信じられない月の魔力を感じます。

 最後の「残月記」は近未来の小説ですが、その内容は今のコロナを想起させるし、全体主義国家政権下で描かれている市井はとても恐ろしい。月昂(げっこう)という感染に罹患すると徹底的な隔離が行われ、収容所に閉じ込められる。人権なんて全く存在しない中、月昂者の男女の愛の美しさに読者は悪政を忘れて、愛の行く末を心配するでしょう。

 本屋大賞にもノミネートされたSFの大作と言って良い本書。読むと月を見るのが怖くなるかもしれません。

『残月記』(小田雅久仁著、双葉社、本体価格1,650円、税込価格1,815円)

 

 

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幸村を討て

2022-02-07 16:15:48 | 

 『塞王の楯』で直木賞を受賞された今村翔吾さん。受賞後第1作目は3月22日発売予定の『幸村を討て』です。

 舞台は大阪冬の陣、そして夏の陣。豊臣を滅ぼし、徳川の世を安泰にすべく、家康は難癖付けて、戦国最後の戦いに臨みます。関ヶ原合戦で西軍に付いた諸将以下の武士は、豊臣方が負けると認識しながらも、大阪城に入城します。それは、功なり、名を挙げ、名を残したいという武士と、戦功を作り、その評価を徳川方への売り込み材料にしようとする強かなものたち。

 しかし、真田一族は独自の道を歩みます。父・真田昌幸の夢であった、悠久の歴史に名を残すだけでなく、真田家を現実に残す、つまりは大名家の一つとして徳川の世に生きる、二者両得に邁進します。兄・真田信之、弟・真田信繁(大阪城入城後は「幸村」と名を変える)は配下の草の者(いわゆる忍び)を駆使し、敵も味方も操りながら、戦いに挑みます。徳川家康、織田有楽斎、南条元忠、後藤又兵衛、伊達政宗、毛利勝永らは自らの思惑を持ちながらも、まんまと真田の術中にはまっていきます。

 戦後、家康は真田信之が背信の疑いを持っていたのでないかと尋問しますが、書名の『幸村を討て』というキーワードが、家康VS真田のバトルのファイナルアンサーになります。真田一族の強固な絆で結ばれた家族愛は盤石でした。

 真田の物語に色を添えるように、淀殿(茶々)と毛利勝永との、幼少からの約束を守るストーリーも美しい。

 戦国の歴史小説ながら、自分に振り返って、どう生きるのか、目指すものがあるのかを問われています。

『幸村を討て』(今村翔吾著、中央公論新社、本体価格2,000円、税込価格2,200円)

 

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