人間と犬のつながりは長い。羊飼いや牧牛の犬たちは訓練されて、飼い主の機微をよく感じて行動に示す存在です。本書に登場する「多聞」と名付けられた犬は天命を知った犬です。
仙台郊外に住む、東日本大震災で被災し、真っ当な職に就けない和正がシェパード似の犬とコンビニのドアの前で出会います。首輪に付いているタグには「多聞」と書かれています。飼い主もいないし、このままだと処分されるだけと思い、車に乗せます。彼の姉と一緒に暮らす母は若年性認知症の兆候が表れており、多聞を連れて行くと症状が回復し、元気を取り戻します。父の生命保険金だけで暮らす姉にも仕送りをしなければならない。和正は危ない仕事に手を染めるが、多聞が彼の気持ちを理解するようなしぐさを見せる。そして、どういう訳か多聞は常に南を向く。
多聞は南へ、西へ走っては悩める人に会い、その人に勇気づける。そして、とうとう会うべき人の元へ辿り着き、使命を果たす。生まれるべくして生まれた命。やるべきことを成し遂げる力。感動のエンディングです。
『少年と犬』(馳星周著、文春文庫、本体価格780円、税込価格858円)