あなたの本の世界を変えましょう!

板宿の書店主から見た、本・まち・環境を語ります!

スーツケースの半分は

2018-10-24 16:38:12 | 

 ニューヨークに行きたいと思っていた、30歳目前の真美は、夫の武文に一緒に行くことを提案するも、定年後にしようと切り返され、しぶしぶ納得する。大学時代の女友だちの、花恵が出店しているフリーマーケットで、気を使わない同級生たちと週末に再会した。彼女たちは海外旅行好きで、しょっちゅう渡航している。真美は、ニューヨーク行きの夫婦の会話を彼女たちに開陳すると、「ひとりで行けば!」と言われ、ひとりで行くのが心配な真美はフリーマーケット会場を見学する。ここで出くわしたのが、目の覚めるような革製の青色のスーツケース。一目惚れした真美は3千円で購入。もう何を言われようと、ニューヨーク行きを決心し、荷造りをし始めると、蓋裏側のポケットに、二つ折のメモ用紙があり、「あなたの旅に、幸多かれ」という一文が書かれていた。真美はツアーながらも、無事にニューヨークから帰国し、「ひとりで、自分の行きたいところに行ける自分になる」ことができた。

 その後、彼女の女友達は、このスーツケースを「幸福のスーツケース」と呼び、海外旅行の度に真美から借りる。各人の旅物語の主人公のスーツケースは彼女たちに幸せを提供する。

 「旅に出れば、日本にいるときの自分を脱ぎ捨てられる」

 「いろんな国の、いろんな出会い。いろんな笑顔と思い出。土地の名前と、その思い出が重なってかけがえのないものになっていく。」

 旅の良さもふんだんに書かれているだけでなく、この「幸福のスーツケース」の履歴も、メモの正体も明らかになっていく。それは人の生き様のように描かれ、スーツケースの心地良い誕生が幸福を生み出すの原点になっていると思った。

『スーツケースの半分は』(近藤史恵著、祥伝社文庫、本体価格620円)

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ホケツ!

2018-10-15 13:23:59 | 

 『ひと』が面白かったので、著者・小野寺史宜さんの作品のおっかけをします。なお、『ひと』のことはいかに書いています。

https://blog.goo.ne.jp/idomori28/e/cedb5000d17bb0675a9ce591dfb5aeda

 主人公の宮島大地はみつば高校3年生で、サッカー部員。彼が5歳の時に、両親は離婚、母親は夫に大地とは会わせない条件に、養育費を受けず、女手一人で息子を育てていました。大地が6年生の時に、子宮頸がんに罹り、卒業式はかろうじて出席したが、母はあの世に去り、中学1年生の大地は母の姉である伯母と生活を始めました。伯母は証券会社に勤める独身。朝は早く、帰宅は遅いげ、大地の母親役をしっかりと務めています。

 サッカー部での大地はレギュラ-の地位を奪えず、中学のサッカー部からずっと補欠、ベンチウォーマーが彼の居場所。「結果を求め」、「求められる」存在が多い中、彼は、部員から「仏様」だとか、マネージャーからも「人の心がわかる人」「人を思いやれる人」と評されるように、いい意味では余裕のある、悪く言えば、競争心が乏しい人です。しかし、大地には、レギュラーになりたい気持ちはあるものの、なかなか結果がでない。この状況を受け入れ、自分が部内でするべき使命を遂行している姿は美しく感じました。

 サッカー部員の人間関係、大地の家族関係、また、登場する個々人の立場が、サッカー部での大地の心象にリンクする形に描かれ、このように人間の心模様を描写した作品には、私自身、心惹かれます。

 最後になるかもしれないサッカーの試合で、後半残り10分で、大地がピッチに立ち、今までのサッカー人生のホケツに幕を下ろす活躍が出来るか否かでエンディングを迎えるところは憎いなぁと思いました。

『ホケツ!』(小野寺史宜著、祥伝社文庫、本体価格690円)

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人生の結論

2018-10-11 16:10:11 | 

 御年82歳、『子連れ狼』『オークション・ハウス』などの漫画原作者の大家・小池一夫先生による「人生の歩き方」は非常に奥深く、また生き方の手引き書としてはレベルの高さを感じました。人関関係の処し方、仕事論、自分自身へのまなざしの向け方など、自分の弱いところをズバリと指摘してくれる貴重本です。きらりと光る人生訓が散りばめられています。

 私の胸にグサリと刺さった言葉は

「いい言葉を使う人には、いい人生をつくる力がある
  ~ 言葉の選択力と人間力は正比例

「自分の師が目指していた、その先を目指せ」

「優しい人は信じる。優し過ぎる人は信じない。本当に優しい人は、ちゃんと厳しい。
  厳しい人は信じる。厳し過ぎる人は信じない。本当に厳しい人は、ちゃんと優しい。」

「笑って生きる大人の姿を、子どもをはじめ周りの人たちに示すことは大人の嗜み」

「顔は運命ですが、表情は運命を切り拓いた証」

「未来の自分の結果は若いときの自分の選択の集合体」

などでした。小池さんの生き方のベースには、余裕があること、焦らないことがあり、その状態を維持できると、自分が発する言葉や所作、表情が穏やかで良き毎日が続きます。心の余裕は良い人生を送る切符なのでしょう。現代社会は忙しく余裕を感じることができない状況を醸し出していますが、時間があれば、空を見上げ、季節を感じる気持ちを抱くことが大切なのかなぁと思います。

『人生の結論』(小池一夫著、朝日新書、本体価格810円)

 

 

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日本語が世界を平和にするこれだけの理由

2018-10-10 17:00:12 | 

 2014-07-12 にこのブログに書いた『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』が今般、文庫化されましたので、再度書き込みましょう!

 カナダ・モントリオールで25年間、カナダ人に日本語を教えてきた金谷先生が日本語の特徴、そして、英仏語との差異を明確に示した書です。

 日本語で「好きです」という気持ちを表す言葉には、主語も目的語もなくとも、意味が通じます。これは「好きだ」という「状況」を伝える言語である日本語の特徴を表しています。もちろん、主語は「私」であり、目的語は「あなた」ですが、二つともその状況の中に溶け込んでいます。

 これが英語になると、「I love you」となり、文法は「S+V+O」で、主語と目的語は必ず必要となります。日本語と同じように、「love」とだけ言おうものなら、「誰が?誰を?」と訊かれることは必定です。つまり、「主語(私)と目的語(あなた)を切り離して対立する」、「自己主張」の言語こそが英語です。

 この観点から日本語を考察すると、「私」と「あなた」を同じ場所に立たせ、「好きです」という感情をお互いに抱かせ、同じ方向を見る、「共視」や「共感」を作り出す言語です。金谷先生の教え子で一度来日し、日本語を日常的に話す日本人に接してカナダに帰国すると、誰もが「心が変わる」、「静かに話をする」、「攻撃的な性格が姿を消す」ということを知っておられます。だからこそ、書名の通り、

 「日本語は世界を平和にする」

という信念を持って、正しい日本語を使える日本人になりたいと思いました。この本は多くの日本人、そして、日本語を学ぶ人類に読んでもらいたい!

『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』(金谷武洋著、飛鳥新社、本体価格602円)

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夏空白花

2018-10-07 14:11:28 | 

 敗戦で国土を焼き尽くされた日本。高校野球の夏の全国大会を主催してきた大阪朝日新聞は、日本人の復活のためには、娯楽としての野球の必要性に目覚め、終戦直後から動き出します。戦時中、文部省に奪われた主催権を取り戻し、GHQに大会開催を納得させ、全国の指導者にも大会への参加を呼びかけ、審判や野球の技術指導のために全国へ出向きます。甲子園を目指してきた野球部員は開催を期待するが、グローブ、ボール、バットなどの野球道具が焼失し、野球部員すら9人に満たない。実現したい気持ちはあっても、衣食住などの眼前の生活問題が横たわるため、指導者でさえ、乗り気ならない。

 そして、最大の難局はGHQの壁。アメリカではベースボールはプロが主宰すべきものであり、学生スポーツにあまり価値を認めないし、学生野球は道(どう)の意識が強く、楽しむための競技ではないと決めつけている。また、教育において、スポーツ活動よりも、戦前の教育をアメリカ流、民主主義なものすることに重きを置くのが先決とするため、なかなか腰を上げてくれない。

 大阪朝日新聞で交渉の中心人物であった神住(かすみ)は甲子園のマウンドに立った経験があり、東京六大学でも活躍した存在。アメリカ軍の中にいる、学生ベースボール経験者に何度も面談し、神宮球場で、アメリカ軍チームと日本学生野球経験者チームとの試合をする提案を受け、プレイボールとなる。

 継続してきたものが中断され、再興することの難しさ、また、占領されている立場でも物申すことの大切さを知りました。日米文化の差、ベースボールと野球の違いはあっても、同じグランドに立てば、勝負を決する雌雄であり、スポーツをする楽しさや相手に勝つために自分を磨く克己心を養うことは同じです。作中で、「記者なら、自分の書いたもんの代価を考えるんやったら、絶対にホンモノやないとあかん」とある通り、志のあるホンモノを示せば、文化の差異は乗り越えるのです。

『夏空白花』(須賀しのぶ著、ポプラ社、本体価格1,700円)

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奇跡のバナナ

2018-10-01 16:26:06 | 

 本書をかみさんに見せたら、「知ってる~なかなか手に入らない1本600円のバナナやろう~」と、さすがはグルメ、見識が高い。この田中さんの試みはノーベル賞クラスの農業革命です。21世紀は食糧難の時代を迎えると予想されていますが、これで解決するかもしれません。

 バナナを日本で、それも岡山でつくる

という夢の実現のために邁進し、現実にされました。バナナに着目したところ、バナナの起源はインドネシアにあり、1万2~3千年前に人類が食べたらしい。その時期は7万年前から続いてきた最後の氷河期の終わり。インドネシアにも氷河があり、その環境でバナナが誕生したということは、凍結していたものが解凍して発芽したという仮説から、奇跡のバナナは生まれています。バナナのなかにある、氷河期から甦った、今では眠っている力を呼び起こせばいいという発想には驚きます。これを「凍結解凍覚醒法」と呼び、バナナだけではなく、マンゴ、パパイヤなどへ応用しています。

  「ひらめきを得ると同時に、ひらめきを実行する。そして、実行しはじめたら途中でやめない、成功するまでやめない。
 もうひとつは、絶対にそうするのだ、そこへたどりつくのだと、自分の目的地を確定することがとても大切です。それを強く認識した瞬間から、あらゆる思考や行動をそこへ向けていく。
  絶対そうなると信じ続けると、必ず成功します。人間の思念のパワーはすごい。」

 夢実現への不退転の決意、その心、人間力が奇跡を生んだと思います。

 しかし、この方法により、氷河期以前に生きていた姿に戻る、つまり、古代の姿を甦らせることができるとは、人為の結果とはいえ、植物が「環境に順応して生きていく」力を秘め続けている事実に驚異の念を抱かざるを得ません。凄いことを考え、実行する人はいるものだし、常識から逸脱しないとだめだなぁと改めて思いました。

『奇跡のバナナ』(田中節三著、学研プラス、本体価格1,300円)

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