おじさんの映画三昧

旧作を含めほぼ毎日映画を見ております。
それらの映画評(ほとんど感想文ですが)を掲載していきます。

タクシー運転手

2018-05-09 08:09:09 | 映画
タクシー運転手 ~約束は海を越えて~ (2017) 韓国


監督 チャン・フン
出演 ソン・ガンホ  トーマス・クレッチマン
   ユ・ヘジン   リュ・ジュンヨル
   パク・ヒョックォン  チェ・グィファ
   オム・テグ  チョン・ヘジン

ストーリー
1980年5月。妻に先立たれた陽気なタクシー運転手のキム・マンソプ(ソン・ガンホ)は、幼い娘を抱えて経済的に余裕のない毎日を送っていた。
その頃、光州では学生を中心に激しい民主化デモが発生していたが、戒厳令下で厳しい言論規制の中にいるマンソプには詳しい事情など知る由もなかった。
マンソプは、ドイツ・メディアの東京特派員ピーター(トーマス・クレッチマン)から「通行禁止時間までに光州に行ったら大金を払う」と言う話を聞きつけ、話をつけていた同業の運転手を出し抜いて彼を乗せ、英語もわからぬまま光州に向かった。
マンソプはタクシー代を受け取るために機転を利かせて検問を通り抜け、時間ぎりぎりで光州に入る。
「危険だからソウルに戻ろう」とマンソプは訴えるが、ピーターは大学生ジェシク(リュ・ジョンヨル)と光州のタクシー運転手ファン(ユ・ヘジン)の助けを借り、極秘取材の撮影を始める。
状況は徐々に悪化し、1人で留守番をさせている11歳の娘が気になるマンソプはますます焦るが……。

寸評
光州事件を当時の日本ではどのように報じていたのだろうか。
事件の報道は僕の記憶の中にはないのだが、僕の関心が薄く記憶の外に追いやられてしまっていたのかもしれない。
韓国映画では光州事件を時々取り上げており、僕の事件に対する認識は後年に知りえたものである。
この作品は事件を伝えたドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターとタクシー運転手の交流を描いている。
韓国の歴史に残る暗黒の事件だけに重たい映画なのかと思いきや、滑り出しは何ともおおらかな滑り出しである。
ソン・ガンホ主演の政治がらみ作品として「大統領の理髪師」(2004年)を思い出すが、ソン・ガンホが主演するとどこか滑稽な内容になり、それでいながらシリアスなものを感じさせるという作品になるようで、この作品も正にそんな感じだ。

マンソプは片言の英語が話せるが、ピーターは韓国語がわからないので、まともなコミュニケーションが成立せず、そのすれ違いが数々の笑いを生む。
前半はまるで喜劇映画の様相なのだが、中盤になってそのムードが一変する。
描かれるのは、市民や学生たちの抗議活動の現場。
彼らを軍は実力で押さえつけようとし、ピーターはその現場をカメラに収めようとする。
マンソプやピーターたちも追われることとなり、サスペンスとしてのスリルが加味されてくる。
陽気な滑り出しとはまったく違う映画になり、軍が市民に銃撃、暴行するシーンは迫力たっぷりで、自然と憤りが湧き上がってくる。
実写を思わせるこの演出はスゴイとしか言いようがない。

重いはずの映画に、地元のタクシー運転手の自宅に招かれて絆を深める何ともほほえましい心温まるシーンを挿入して観客を引き止めるが、逆に映画を軽くしている側面も併せ持っていた。
ソン・ガンホの前半における軽妙な演技から一転して、中盤以降はシリアスな様相を呈してくる。
冒頭の楽しい歌と対比するように、悲しい歌を歌いながら涙するシーンが観客の胸を打つ。
再び光州に入ったマンソプは、カメラを回すことをやめたピーターを叱咤激励してもう一度立ち上がらせ、さらに、最前線に立って命がけで傷ついた市民を救おうとする。
光州からの脱出シーンでは、スリリングなカーアクションや銃撃戦まで飛び出し韓国映画の面目躍如である。
市民や学生はやられっぱなしだが、実際は武器庫などを襲って武器を手に入れかなり応戦していたようで、映画では市民側の反撃は描かれていない。
光州事件は誰によって引き起こされたのか知らないが、半ば内戦状態だったのかもしれない。
笑いと涙、スリルと恐怖、そして感動などのさまざまな要素をバランスよく詰め込む韓国映画のエンターティメント性がいかんなく発揮されている。

全斗煥によるクーデター後の話で、やはり軍事政権は問題ありなのだ。
この様な作品が撮られているので韓国の民主化も進んだと思われるが、昨今の政治運営を見ているとまだまだ未熟なものを感じる。
では、日本は成熟しているのかと問われれば、「それもなあ・・・」という気持ちになってしまうのは情けない。