このところドラマ『北の国から』にハマっている。
毎晩、ベッドに横になってから、スマホで「アマゾン・プライム」の動画サイトを開き、このドラマを見るのだが、なかなか見終わらない。
見終えたらこのドラマにおさらばしよう、と思っているのだが、なかなか見終わらない。
何しろ全体がシーズン1(1981年)からシーズン9(2002年)まで、9シーズンもある。シーズン1は全話が25話、1話あたり45分である。シーズン2は1話だけだが、1話あたり90分といった具合なのだ。
昨夜はやっとシーズン6まで見終えた。このドラマが始まった1981年、父(田中邦衛)に連れられ父の故郷である北海道・富良野に移住した純(吉岡秀隆)は、まだ小学低学年の児童だったが、シーズン6(1992年)になると、富良野から東京の夜間高校に進み、ガールフレンドを妊娠させるまでに「成長」した。
壮年だった「父」は年老いた爺さんになりながらも、自分の丸太小屋作りに執念を燃やしている。
このドラマは、父と息子、娘(中嶋朋子)の3人が紆余曲折を経ながら成長していく、その姿を描いた一種のビルドゥングスロマンといえるが、もう一つ、(建物としての)「家」の成長を描いたロマンでもある。
最初は掘っ建て小屋のような粗末な作りの廃屋だったが、しばらくすると「父」は(ほぼ独力で)そこそこの丸太小屋を建てる。それを火事で失い、息子、娘も巣立ってそれぞれ東京、帯広に移り住んでいる今、「父」は自分だけのために、もっと立派な丸太小屋を作ろうと奮闘している。
このドラマを見ながら、私は、20年ほど前の、自分が比較的若かった頃のことを思い出していた。その頃、私は小さなログハウスが欲しくて堪らなかった。明らかに友人の影響だった。
大学の寮で同部屋だったその友人とは、卒業後しばらくして、共通の趣味である釣り(フィッシング)を通して旧交を温めていた。その友人とはしばしば海釣りや渓流釣りに同行したが、その彼がある日突然、群馬の山奥(黒保根町)にログハウスを建てたというので、渓流釣りの折、招かれて泊めてもらったことがある。
そのとき以来、私は「大自然の中のログハウスで、独り暮らしというのも、悪くないなあ」と思いはじめた。
今考えると、友人はきっと少年時代の頃の生活に戻りたかったのでだろう。彼は北海道の開拓部落の出身だった。
彼の両親は、北海道にあこがれて開拓部落に移住したものの、開拓の生活が思うに任せず、再び「本土」に舞い戻ったという。
私はドラマ『北の国から』を見て、北海道の生活の、その厳しさの一端に触れることができたが、その厳しさが紡ぎだすロマンのようなものにも触れることができたと思う。
もしかするとその友人もこのドラマをテレビで見て、望郷の念を募らせたのかもしれない。
その後、友人の黒保根のログハウスがどうなったのか、私は知らない。その友人とはSNSの意見交換で仲違いをし、絶交をしたまま今に至っている。
ログハウスの消息について、何か聞いた気もするが、今は思い出せない。
私はといえば、近所に小さなログハウスを建てはしたが、しばらくして脳卒中に倒れ、ログハウスでの一人暮らしができなくなったために、土地、家屋とも売り払ってしまった。上物のログハウスは一文にもならなかった。
毎晩、ベッドに横になってから、スマホで「アマゾン・プライム」の動画サイトを開き、このドラマを見るのだが、なかなか見終わらない。
見終えたらこのドラマにおさらばしよう、と思っているのだが、なかなか見終わらない。
何しろ全体がシーズン1(1981年)からシーズン9(2002年)まで、9シーズンもある。シーズン1は全話が25話、1話あたり45分である。シーズン2は1話だけだが、1話あたり90分といった具合なのだ。
昨夜はやっとシーズン6まで見終えた。このドラマが始まった1981年、父(田中邦衛)に連れられ父の故郷である北海道・富良野に移住した純(吉岡秀隆)は、まだ小学低学年の児童だったが、シーズン6(1992年)になると、富良野から東京の夜間高校に進み、ガールフレンドを妊娠させるまでに「成長」した。
壮年だった「父」は年老いた爺さんになりながらも、自分の丸太小屋作りに執念を燃やしている。
このドラマは、父と息子、娘(中嶋朋子)の3人が紆余曲折を経ながら成長していく、その姿を描いた一種のビルドゥングスロマンといえるが、もう一つ、(建物としての)「家」の成長を描いたロマンでもある。
最初は掘っ建て小屋のような粗末な作りの廃屋だったが、しばらくすると「父」は(ほぼ独力で)そこそこの丸太小屋を建てる。それを火事で失い、息子、娘も巣立ってそれぞれ東京、帯広に移り住んでいる今、「父」は自分だけのために、もっと立派な丸太小屋を作ろうと奮闘している。
このドラマを見ながら、私は、20年ほど前の、自分が比較的若かった頃のことを思い出していた。その頃、私は小さなログハウスが欲しくて堪らなかった。明らかに友人の影響だった。
大学の寮で同部屋だったその友人とは、卒業後しばらくして、共通の趣味である釣り(フィッシング)を通して旧交を温めていた。その友人とはしばしば海釣りや渓流釣りに同行したが、その彼がある日突然、群馬の山奥(黒保根町)にログハウスを建てたというので、渓流釣りの折、招かれて泊めてもらったことがある。
そのとき以来、私は「大自然の中のログハウスで、独り暮らしというのも、悪くないなあ」と思いはじめた。
今考えると、友人はきっと少年時代の頃の生活に戻りたかったのでだろう。彼は北海道の開拓部落の出身だった。
彼の両親は、北海道にあこがれて開拓部落に移住したものの、開拓の生活が思うに任せず、再び「本土」に舞い戻ったという。
私はドラマ『北の国から』を見て、北海道の生活の、その厳しさの一端に触れることができたが、その厳しさが紡ぎだすロマンのようなものにも触れることができたと思う。
もしかするとその友人もこのドラマをテレビで見て、望郷の念を募らせたのかもしれない。
その後、友人の黒保根のログハウスがどうなったのか、私は知らない。その友人とはSNSの意見交換で仲違いをし、絶交をしたまま今に至っている。
ログハウスの消息について、何か聞いた気もするが、今は思い出せない。
私はといえば、近所に小さなログハウスを建てはしたが、しばらくして脳卒中に倒れ、ログハウスでの一人暮らしができなくなったために、土地、家屋とも売り払ってしまった。上物のログハウスは一文にもならなかった。
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