ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

五輪マラソンと英語の大学入試

2019-11-03 11:16:42 | 日記
きょうの朝食時、テレビのワイドショーで興味深い意見を聞いた。議論の話題は相も変わらぬ五輪のマラソン・ネタ。「アスリート目線」でしゃべっていた発言の主は、見かけない若い女性だった。彼女は、競技会場の札幌移転に反対の立場で、こんなことを話した。
「アスリートは、東京が会場ということで、何年もの間、じっくりと準備を重ねてきているのです。コースの隅から隅まで、その高低差がどうかというところまで、頭に入れてきているのです。(競技の途中で飲む)ドリンクの中身まで、会場の気温に合わせて、その成分調整を行ったりもしているのです。それをいきなり、東京を札幌に変えるだなんて、アスリートのことを考えない、ひどいやり方です。」

彼女の意見を聞きながら、私はこんなふうに考えた。アスリートの綿密な準備をひっくり返す競技会場の移転、これは良いことではなかろうか。有名な選手には、スポーツ用品メーカーなど、大手企業による丸抱えのサポート体制が組まれ、(特注シューズの製造にはじまる)その大掛かりな支援によって、有名選手と無名選手との間の格差はますます広がっていく。

競技会場の札幌への移転が、そうしたサポート体制をひっくり返すことになり、それによって有名選手も無名選手も同じスタートラインに立って競り合えるようになるのだとすれば、それはスポーツの平等原則に適うもので、とても良いことではないだろうか。

ワイドショーの話題は、このあと、大学入試の(英語科目への)民間試験導入が先送りされた話へと移った。やり玉に上がったのは、萩生田文科相の「身の丈」発言である。受験生の家庭環境や居住地にともなう格差が問題の根源にある。英語の民間試験が導入されれば、試験会場が少ない地方在住の受験生はかなりの程度、不利になる。

萩生田文科相の「身の丈」発言は、そうした地の利・不利を受けとめて、自分ができる範囲で頑張って欲しい、と受験生を励ます趣旨だったが、それが、「地の利・不利」という格差をそのまま是認・肯定するものと受け取られ、批判を浴びたのである。

けれども、どうなのだろう。英語の民間試験を導入延期にしたからといって、それで「地の利・不利」という格差が解消されるわけではない。受験生の間には、また、家庭環境にともなうもっと深刻な格差が存在する。裕福な家庭で育った子どもは有名進学塾に通い、受験技術を遺憾なく習得することができるが、貧乏な家庭に育った子どもにはそれができない、という貧富の格差の問題である。

家庭環境にともなうこうした格差を解消しようと思えば、アメリカでのようにアファーマティブ・アクション(「下駄履かせ」による積極的是正措置)も考えなければならないが、日本ではその議論すらなされていないのが現状である。

さてさて、ぽっちゃり顔の萩生田くんよ、あなたはこの格差の解消について、どうお考えですかな。受験会場を札幌に移転しても、マラソンとは違い、格差はひっくり返せませんからなあ。
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