「ゆるちょ・インサウスティ!」の「海の上の入道雲」

楽しいおしゃべりと、真実の追求をテーマに、楽しく歩いていきます。

ゆるちょの部屋!(庵主殿問題についてのコメント返し:少し真面目過ぎ?(笑))

2010年07月20日 | お昼間カフェ
どうも、ゆるちょです。

えー、いつもは、お昼間カフェや、ゆるちょラジオの時間なんですけど、

実は、ずーーっと気になっていたことがありまして。

えー、一塾生という方からもらった、コメント返しを、どうしようか、

ということが、ずーっと頭にあったんですね。

それで、今日は、そのコメント返しを中心に、いろいろ話してみようか、

ということで、まあ、軽くは書けないかな、ということで、形態を変えて、

「ゆるちょの部屋」

という形にしてみました。

いやー、ちょっとトーンも静かな感じで、ゆったりと、話していきましょうかね。

どうぞ、おつきあい、よろしくです!



さて、まずは、冷たいアイスティーなど、ぐびびと、飲んだりしちゃいましょうかね。

夏は、やっぱり冷たいものが、いいですねー。

やー、この間の海、楽しかったなー、なんて、言いながら。


さて、なぜ、ここまで、コメント返しをしなかったか、というと、

まあ、リアルライフを、楽しんでいたら、コメ返しする暇がなかった、というのが、

まあ、真実だったり、するわけですけど、

原因は、そればかりでも、ないんですね。


庵主殿が、執筆をやめた理由に、ピン!とくるものが、それまでなかったんですよね。

だから、それについて、考えつかないうちに、コメ返しするのも、片手落ちじゃね?

という意見が、僕の中にあったんですねー。

でも、昨日、ドラゴン通信を書いているうちに、自分なりの答えができたので、

「んじゃ、コメ返しできるな!」

と思えたので、ここで、コメ返しをするわけです。


さ、それじゃ、行ってみましょうか。ちょっと厳しいことも、書いちゃいそうですが、

まあ、それは、いつものことなんでねー。

昨日のドラゴン通信あたり、かなり厳しく指摘とか、しましたが、

いやあ、今朝は、ちょっとワクワクしたんですけどねー。

「炎上ひさしぶりに、してないかなー!」

と、思ってたわけですけど、平和状態だったので、

「うーん、おしい!」

とか、思っちゃったわけですけどね。

さて、んじゃ、コメ返し、いってみましょう!


一塾生さん、コメント、ありがとうございます!

>庵主さんとしては、外野でこんなふうにあれこれ言われるのは望んでおられないだろうと思って、ずっと黙っていたのですが、
>やはり私も遊人庵ブログは本当に楽しみにしていたので(今でも、日曜日の放送が終わった後、あ~庵主さんの感想が読めないなぁと思って毎週落胆しています)
>お二人のご意見をきっかけに出てきてしまいました。

さて。まず、僕の今の立場というものを説明しましょうかね。

僕は、このコメントを頂いた記事については、庵主殿への、お別れの言葉の意味合いが強いです。

つまり、執筆をやめた、という庵主殿の、選択に重きをおいている、というわけです。ですから、残念な気持ちを表明して、庵主殿についてコメントするのは、最後にしようと

考えていました。まあ、外野で、あれこれ言われることについては、もう、なんとも思わないんじゃないか、と思います。

別に悪口を言っているわけでもないし。ただ、もう、僕の中では、庵主殿の記事は、終わったものとして、とらえていますし、

今では、特に、庵主殿の記事が、読めないことに、何の感慨もありません。もう、それは、終わったこと、だと思っています。

ネットという空間は、声をあげなければ、存在価値はない!と僕は当初より思っていましたし、これからも、そうだと思います。

だから、終わったら、もう、終わり以外、何モノでもない、と、素直に思っていますね。


それより、庵主殿は、ブログをやることで、得られるリアルライフのしあわせ、より、別のしあわせをリアルライフで、得られるからこそ、

ブログをやめたのだろう、と思っています。だったら、そっちのほうが、はるかに、庵主殿にとって、しあわせなのですから

そっちの方が、むしろ、よかったことなんじゃないか、と最近は、思っています。まあ、卒業できてよかったじゃん、そんな感じかな。


>まず、「福山ファンのバッシング」が理由とは私は思っていません。
>庵主さんは、そんなことに負けるような方じゃないし、暴言レスなんかサクっと削除しちゃえばいいだけでしょ。

このコメントに、ちょっといいたいことがあるんですね。

まあ、僕とコバヤさんの見解を否定し、自分の意見を表明しているわけですけど、

まあ、これ、要は、

「わたしが尊敬する庵主殿は、そんな弱い人間じゃない。そういう庵主殿を尊敬できている私は、えらい」

という、自分アゲコメントの最たるものなんですね。まあ、それくらいは、わかるわけですけど、

やはり、こういう、自分を否定されるコメントをもらえば、やはり、最初は、ちょっとむっとします。

これは、仕方のないことでしょうね。誰だって感情は、ありますから。

ただ、僕は、そういう感情にすぐ反応することは、厳にいましめています。感情で、モノゴトに対処するなぞ、愚の骨頂ですからね。

だから、考えに考えてから、行動するわけです。


まず、僕は、このブログで、発言していく中で、根拠なく発言は、しません。

僕は、庵主殿が、ブログをやめた理由のひとつに、「福山ファンのバッシング」があった、としたことについては、

次のような根拠から、発言しています。


まず、第一にわかってほしいのは、僕は、自分の「ドラゴン通信」を開始した当初、まあ、1月、2月あたりですかね。

猛烈な福山ファンによるバッシングを経験した人間だ、ということです。

あの頃の「ドラゴン通信」の炎上の数々を見ればわかると思います。さらに、毎日、朝からいろんな女性から、怒られていました。

掲示板という掲示板に、僕を否定、非難する書き込みが、毎日のように、これでもか、これでもか、

と書き込まれていました。人生の中で、女性にこれだけ、否定されまくった日々は、もちろん初めてでしたね。

そりゃね、へこまない方が、おかしいですよ。

そういう状況を、突っ込んできた福山ファンを瞬殺しまくることで、乗り越えてきた経験を持つのが、僕なんです。

だから、その福山ファンによるバッシングのすごさや、自分のへこみ具合などを、経験から、わかっているんです。

僕は、もう、そんなもの、なんとも思わなくなりましたし、一塾生さんの言うとおり、

「削除すれば、いい」

程度の感情になれましたが、そこまで、なるのは、けっこうきついものがありますよ。

一塾生さんは、軽く

「削除すれば、いい」

と、言っていますが、自分がブログ運営者になり、日々、バッシングをうけた経験が、おありですか?

そんな簡単なものでは、ないですし、経験しないと、これは、わからないものだと、思いますね。


それに、僕は、その経験について、庵主殿から、コメントを頂いた経験もあるんです。

僕が、福山ファンバッシングに、

「もう、けっこう慣れました。今じゃ、炎上上等って、感じで、なにより、自分の意見が表明できますから。瞬殺が楽しいですよ」

的なコメント、庵主殿のコメント欄に書いたとき、庵主殿は、

「そう考えられると、強いですね。わたしなんて、雑草抜きに、ほとほと、疲れましたもの」

的なコメントをくれたのです。つまり、庵主殿は、雑草抜きに、疲れる方なんだ、とそのとき僕は思ったんです。


そして、庵主殿は、記事書きについて、美学をお持ちの方でした。

つまり、自分の陥っている境遇など、記事に載せる方ではなかったんです。それまでは。


しかし、最後の数週間の記事をみると、

「こういうことを言うから福山ファンが、怒るんだ」

とか、

「福山ファンが・・・」

という嘆きに近い言葉が、記事に載っていました。あきらかに、庵主殿の姿勢が、崩れていた。

そこを見てとって、僕は、

「福山バッシングが、庵主殿のこころを、苦しめているのでは?」

と、推測したわけです。

こういう根拠があって、そういう推測になったわけです。これについて、一塾生さんは、どう思いますか?



>私が思うに(見当はずれだったら本当にごめんなさい)庵主さんはこの何カ月か、自分のブログの方向性というものに
>悩んでこられて、その答えが最終的に「しばし閉鎖」ということになったのではないかと思います。
>庵主さんは人一倍、クオリティの高さを求める方ですし、単にWEBで自分の書きたいことが書ければ嬉しいだけで
>HPやブログを始めたのではないでしょうね。
>そして大河ドラマというのはブログのテーマとしては質量共に最高レベルを要求されるものですよね。


僕は、この部分について、自分なりの明確な答えが、出てこなかったので、コメ返しができなかったのですが、

ようやく、昨日、明確な自分なりの考えが、できあがったので、まあ、今日書いているわけです。


えー、それを言う前に(というか、ドラゴン通信にそれは、書いちゃったけどね)、このコメントに返す必要がありますね。


えー、僕は、庵主殿のあのおもしろさ、というのは、庵主殿が、「風林火山」から、毎週、感想書きを続けてきたからこそ、

あそこまで、達したのだという意見を持っています。何事も経験からしか、成長はない、と考える僕は、

庵主殿は最初軽いつもりで、単に感想が書ければうれしいだけで、書き始めたのではないか、と思っています。

そして、書き続けるうちに、どんどん成長し、ああいう進化した形になったのだと、思っています。

大河ドラマのブログが、質量共に最高レベルのモノが要求されるのか、どうか、それは、僕はわかりません。

僕は、楽しむために、そして、モノを見る目を養うために、その経験のために、毎週「ドラゴン通信」を書いているに過ぎません。

ただ、書くことで、見えてくるものは、ある。

それこそが、ブログを書く意味であり、経験が欲しいから、成長したいから、書いているに過ぎない、というのが、自分なりの考えです。


>私「妄想大河ドラマ」なんかもROMっていますが、ただただ凄いというか…
>ここのゆるちょさんのも、なんか闘争的ですが(笑)その熱さが理屈抜きに凄いな~と思っています。

僕は、議論したいだけなんです。別に瞬殺したい、とかではなく、会話してはじめて、深化するでしょう?

それだけなんですけどね。妄想さんは、それを拒否してますけどね。もったいないような、気がするなあ。

といいつつ、結局、僕のところも、コメントひとつ、か、ゼロ、というのが、ふつうですけどね。



>そんな中で、単なる「初心者のための解説ブログ」になっちゃっていいのかなぁという悩みが庵主さんに少しずつ出てきたのではないかという気がしています。
>私のように、自分でブログ運営なんて思いもよらない怠け者には、庵主さんのわかりやすい解説とメリハリのきいたドラマ評が素晴らしい、
>それ以上何をと思いますが、庵主さんとしては、それだけでは満足できなかったのではないでしょうか。

これは、要は、一塾生さんから見て、庵主殿のコミュニティの議論のレベルが、初心者レベルだ、と思ったということなのでしょうか。

庵主殿は、初心者にもわかりやすくすることで、門戸を広くし、コミュニティに気軽に参加できるようにしていたのだと、僕は思っています。

庵主殿は、ぼくを切ったとき、

「コミュニティを大切にしたいんだ」

ということを言っていましたし、コミュニティ至上主義であることは、間違いなかったと思います。そういうことから、コミュニティの発展のため、

門戸を広げていた、初心者にも、わかりやすく、解説するのが、本意だったと、僕は見ています。


>そういう意味では、ブログのクオリティを高めるコメント(単に歴史的知識という意味ではなく)が出来なかったことを私も悔しく申し訳なく思っています。
>ブログってブロガーだけでなくコメントの果たす役割も大きいですものね。

そうですね。僕のブログには、珍しくひとり、ちゃずさんというコメント者がいてくれますが、

彼女との会話が、どれだけ、僕を成長させてくれたか・・・と、ありがたい気持ちを持っています。コメント者って、それだけ大事だと、思いますね。


さて、僕は、昨日のドラゴン通信にも、書いたように、

「龍馬を演じる福山氏の演技力の低さを、嘆きたい、書きたいけれど、書くと、福山ファンからのバッシングがある」

というジレンマに陥り、

「いっそ、書くのを、やめてしまおう」

という判断につながったのでは?


という考えを持ちました。僕なんかは、あんぽんたんですから、やっと昨日、そのことに考えが及んだのですが、

庵主殿の最後の記事に、福山氏の演技が、他の大河の役者のそれに、遠く及ばないことを、珍しく、ひとを批判しない庵主殿にしては、

それこそ、珍しく、書き抜いているのです。それを書き抜き、それと引換に、ブログをやめたのでは、ないだろうか、と

まあ、推測しているわけなんですけどね。


まあ、これについては、答えは、庵主殿しか、知りませんし、これ以上詮索するつもりも毛頭ないので、

これに類する記事は、これを最後にしたいな(できれば)と思っています。


>でも閉鎖に心痛め、再開を心から願うファンが多いという事実は少しずつ伝わっているのではないかと思います。
>しばらくは静かに見守っていきませんか?


そうですね。ただ、僕は、再開を願っていません。それは、庵主殿の生き方の問題であるし、

同じブログ運営者として、静かに見守るだけです。


ふー、真面目に書いちゃったなー。

ま、今日のところは、こんな感じで、ゆるしてちょ!


ということで、長々と書きましたが、

ここまで、読んで頂いたみなさん、ありがとうございました。


いやあ、昼から、長すぎ、真面目すぎたかな。


ではでは。


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