雪は塾の廊下を歩きながら、先ほど亮から取られた態度について頭を悩ませていた。
すると後ろから声を掛けられ、振り返ると知らない男子学生が立っていた。
彼は隣のクラスの学生だという。
雪のことはジェームズ先生から聞いたと言って、
「A大に通ってるんでしょ?」と話を続けてくる。
彼はB大生なのだと言った。A大とは学祭も合同だったり大学同士仲良いよね、と続ける彼に、雪は戸惑いながら頷いた。
すると彼はハハハと笑いながら、実は‥と切り出して来た。
「君のこと気になっててさ。もしかして彼氏とかいたりする?」
雪は突然の告白に、思わず目を丸くする。
しかし正気に返ると、彼氏がいる旨を男子学生に伝えた。男子学生は残念そうだ。
そのまま彼は去って行き、雪はまんざらでもない気分で頭を掻いた。
たまにはこんなのも悪くない‥。
雪が去ってから、男子学生は彼女の後姿をじっと見ていた。すると他の男が彼に声を掛ける。
どうだったかと聞く男に、先ほど雪に告白した男子学生は
「まったくダメ」と言って首を横に振った。
「思った通りパツキン先生しか相手にしてくんねーなありゃ」 「ウゼー」
彼らはニヤニヤと笑いながら、雪と”トーマス”はやはり付き合っているのだろうと推測を口にし始めた。
雪がいつも”トーマス”と廊下でじゃれ合っているのは結局そういうことなんだろうと言って、彼らは嗤った。
そんな様子を、通りがかりの近藤みゆきは耳にしていた‥。
みゆきが教室に入ると、雪は既にノートとプリントを広げて一人自習を始めていた。
みゆきは雪に挨拶すると隣の席に腰掛けた。今日もいちだんと露出の多いその格好に、皆の好奇の視線が注がれる。
はっきり言って、雪も未だに真っ直ぐ彼女のことを見ることが出来ない。
どこか目を逸らして、そして深入りしないようにと自制をかけているところがある。
けれど、それは今周りでヒソヒソと悪口を言っているような、そんな気持ちでは決して無い。
雪は、悪く言われるみゆきをもどかしく思った。
そして周りの嘲笑にも反感を持った。どんな服を着ようと個人の自由だというのに。
いざ仲良くなったら本当にいい子なのに。ファッションのせいで周りに陰口ばかり叩かれて‥
何か言いたげに自分を見ている雪に、みゆきが気づいて声をかける。
今がどういう状況なのか、彼女はそれを全て理解して、そしてありのままに享受している。
「陰口なら慣れてるから。気にしないで」
そう言われた雪は、心がチクリと痛んだ。何か変な罪悪感を感じて、俯いてしまう。
みゆきは先ほど男子学生たちが話していた内容が気になって、雪に質問した。
「ねぇ、ゆっきーとトーマスって仲良いよね?」
雪は、それほどでも‥と言葉を濁した。
特に今はちょっと険悪な状況で、とてもじゃないが親しいと言い切れる間柄ではない‥。
「え? 違うの?」
みゆきが意外そうに言う。
「いつも挨拶もし合って廊下でじゃれ合ってたのに?」と。
雪はみゆきに、河村氏は大学の先輩の友人で、だから前々から知り合いだったんだと事情を話した。
「じゃあその先輩も外国人なの?」 「はぁ?」
みゆきは男子学生達が噂していた内容を、どこか鵜呑みにしているところがあった。
そのため雪との会話のピントがズレる。
「なんでそうなるの」と言う雪に、みゆきは不思議そうな顔をする。
その後、その”大学の先輩”は自分の彼氏なんだと雪は打ち明けた。
みゆきは、意外そうな顔で頷いた。
塾も終わり、雪はどこかスッキリしない気分で一人帰路に着いていた。
街中の喧噪も、自分の心の中も、ざわざわとして落ち着かない。
雪はふと後方に気配を感じて振り返った。すると数歩後ろに、河村亮が佇んでいる。
彼の家も雪と同じ方向だと思い返し、雪は亮に声を掛けた。
すると亮は腕組みをしながら、わざとらしい微笑みを浮かべて口を開く。
「オレは別に構わねぇけど、お前に気ぃ遣われるのも面倒だから、先に行け。オレは後で行くからよ」
でも、と雪が戸惑っていると、亮はニヤニヤしながら言葉を続けた。
「お前の彼氏があんなに嫌がるとは、思ってもみなかったぜ」と。
それから亮は、どこか雪を馬鹿にした態度を取り始めた。
黙って聞いている雪の、表情が曇っていく。
「おいおいダメージヘアー、健全な恋愛しないとダメじゃね?あ!話してるのバレたらどうしよう?
不倫?それとも浮気?疑わしい芽は摘み取らなくっちゃな?そうだろ?」
その嫌味ったらしい態度と言動に、雪の顔が歪む。
亮は
「なんだよ」と言って悪びれない。
「オレ何か間違ったこと言った?」と開き直る亮に、
雪も
「いいえ。お気遣いどうもありがとうございます」と皮肉を返してその場から去った。
イヤミったらしい‥
ズンズンと早足で歩いて行く彼女の後ろ姿を見て、
亮はすぐさま後悔した。拳で自らの口をゴスゴスと殴る。
こんなはずじゃなかった。
けれど二人が付き合っていることに苛立ちを感じて、つい口が勝手に動いてしまったのだ。
「ああもうマジで‥!何やってんだよオレは!!」
人目も気にせず吠える亮を、通りすがりの人達が引き気味に振り返っていく。
亮は思い通りにならない様々なことに憤慨して、大きな声を上げた。
街中の喧噪に、その声は溶けていった‥。
雪と亮との関係は、この日を境に目に見えてこじれ始めた。
特に雪の方は亮の態度が気に入らなくて彼を無視しようと、顔を合わせてもプイとそっぽを向く。
すると亮は、思いもしない行動に出た。無視で返すどころか、大きな声で叫び始めたのだ。
「ぬぉ~!オレは傷ついたぁ~!ぬぉぉ~~!!もう挨拶もしねーってか?!」
「まだ借りもろくに返してもらってないのに~!あ~オレはこうして捨てられていくんだ~!可哀想な河村亮!」
廊下で大騒ぎする亮を、顔面蒼白の雪が人目の付かないところまで引っ張っていく。
二人きりになると、雪は亮の態度に苦言を呈した。
「一体何がそんなに不満なんですか?!言い掛かりばっか付けてないで、言いたいことがあるならハッキリ言って下さい!」
雪が真剣に訴えても、亮はふざけて泣く真似をするばかりで、ちっとも話は進まない。
「オレは傷ついた~傷ついたんだ~!うわぁ~ん」
「あーもう
」
感情的な雪と、どこか俯瞰した亮の口論が続く。
「先に皮肉って来たのは河村氏の方じゃないですか!」
「オレがいつ? オレはただお前らの幸せを思って自らを犠牲にして‥」
「河村氏、あんまりですよ!」
「何が?」
「いくら先輩との仲が良くないからって、どうして私を巻き込むんですか?!」
「はぁ?」
「私がそんなバカに見えますか?その皮肉に気づかないとでも思ってるんですか?」
「ああそうかよ。お前は優秀だよダメージヘアー。お前は賢くてオレは愚か、もうこれでいいだろ?」
「なんでそうなるんですか?!勝手に決めつけないで下さい!」
話は平行線だったが、一方的に怒鳴られ続けた亮が幾らか苛つき始めて反論に出た。
呆れたような表情で口を開く。
「普段はネコ被ってるくせに、いざとなったら自分の意見を押し通す。お前らやっぱお似合いだわ!
そんなことも知らずにお前を馬鹿にしてたなんて、穴があったら入りてぇくらいだぜ」
その嫌味ったらしい態度に、雪は正面切って反抗した。
「もう止めて下さい!失礼にも程があります。いい加減にして下さい!」
すると亮はそんな雪に、一つの提案をした。
「分かったよ。じゃあこれからはお互い知らん顔して過ごそうぜ」
不意に出た結論に、雪は虚を突かれたように目を丸くした。
「!」
満足だろ? とニヤついた亮が雪に近づく。
「オレから先に言ってやったんだ。ありがてーだろ?」
そうして二人は、それを結論としてその関係に終止符を打った。
雪も反論するのも違う気がして、彼の提案にそのまま従った。
けれど‥。
彼との関係に打たれたピリオドは、雪の中ではまだコンマだった。
何か言葉に出来ないモヤモヤとした感情が、そのコンマの後に続いている‥。
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<ピリオドの先>でした。
思ったことを大声で言い合える、それだけでも良い関係だと思いますけどね~。
雪と亮の口喧嘩は、どこか面白味があって笑えます。
先輩との口論はハラハラしっぱなしですが‥(^^;)
次回は<共にディナーを>です
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