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Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

手をつないで

2013-11-20 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


カフェを出てからも、先輩はまだご立腹だ。

老女ホームレス事件の翌日、彼なりに彼女を気遣ってした行動の意味が伝わっていなかった上に誤解されていたと、

先輩は雪に向かって愚痴るように言った。

「これからはもっと分かりやすく行動しなくちゃな。これじゃあ自分だけ損を見る」



「雪ちゃんは分かりやすい男が好きなんだね。よ~く分かったよ」

小さな子どものように拗ねる先輩に、雪は思わず白目だ。



フン、と口を尖らせて、彼が雪の方を見る。



ハハ、とその気まずさを紛らわすように、雪が彼に向かって笑いかける。



そして雪は、自分から彼に向かって手を伸ばした。

指先が触れて、手のひらが触れる。

  

手のひらと手のひらが重なったら、自然と互いにぎゅっと握り合った。

言葉は届かなくとも、体温が溶け合う。



彼が雪の方を見ると、

彼女は「ゴホン!」と咳払いをして上を向いた。



そのまま目を閉じてすましている彼女の横顔を見て、

先輩は思わず吹き出した。

「ぷははは!」



人目も気にせず大口を開けて笑う彼。

雪はそんな彼に、「どーぞ存分に笑って下さい」と若干やけっぱちで言った。

そんな彼女の姿に、先輩は目を細める。



「こんな可愛い面があったとはね」

「そう思うなら許して下さい」



「どうしようかな」

「またそうやってすぐ拗ねる」

「ええ?」


二人は手を繋ぎながら、あてもなく夜の街を歩調を合わせ歩いた。

途中、露店で売られているアクセサリを雪が手に取り、二人してふざけ合ったりした。



彼女が手に取ったマゼンタのカチューシャは、雪の柔らかく色素の薄い髪によく似合っていた。

先輩はそれをプレゼントし、彼女が嬉しそうに微笑む。



先輩はこういった露店を見るのは初めてなのか、終始物珍しそうに見て回っていた。

その中でとある腕時計が気に入ったのだが、店が現金のみの取り扱いだったため、彼はそれを買うことが出来なかった。







帰り道、二人はもう一度手を繋いで歩いた。

雪は先ほど露店で彼が興味深そうに腕時計を見て回っていたことを思い出して、質問した。

「時計集めが趣味なんですか?でもどうしていつも同じ物ばかり付けてるんですか?」



いつも彼の左腕に光る、ブルガリの腕時計。

先輩は時計を雪に見えるようにかざしながら、「母が初めて買ってくれた物なんだ」と言った。



先輩の話では、彼の母親は仕事で長く海外に滞在しているということだった。

だから尚の事よく身につけるようになった、という彼の言葉に、雪は納得して頷いた。

「大切な時計なんですね」   「まぁ、そうだね」

 

夏の夜の街を、二人は手を繋いで歩いた。

淳の左手には母親から贈られた大切な時計が、

そして彼の右手には、特別な存在の温かな手が握られていた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<手をつないで>でした。少し短い記事ですいません~~。


先輩の腕時計は、ブルガリ ソロテンポST35Sというモデルだそうです。



20万円くらいだとか。

雪ちゃんには手が届かない‥(T T)


次回は<彼、再び登場>です。

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解けていく誤解

2013-11-19 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
雪と淳は夕食を共にした後、カフェに移動した。

蒸し暑い夏の夜、アイスコーヒーの氷が溶けていく。



「だから、どちらかと言うと気まずい方なんで、河村氏のことはあまり気にしないで下さい‥」



雪は河村亮との関係について、先輩に報告しているところだった。

先輩は頷くと、その他に塾で何か困ったことはないかと続けて聞いた。



雪は少し考えた後、近藤みゆきのことを話し始めた。

「友達が一人出来たんですけど‥すごくいい子なんです。いい子なんですが、服装が独特というか‥」



「何を着ようと個人の自由なのに、周りの陰口が酷いんです‥」

その雪の話に、先輩が具体的にどういうことかと聞いた。

「例えば、」



そう言って、雪は一般論としての話を交えてみゆきのことを話した。

「露出の多い服装をしている女性=遊んでいる」という風に大抵の人が考えるように、

みゆきも塾の大多数の学生からそう思われている。それが雪は気になっているのだった。

「何も知らないのに見た目のせいであれこれ言われていて、

その子はもう慣れっこだって平然としているのも、どこかもどかしくて」




「実際に話してみたらすごくいい子なのに、皆が軽い気持ちで‥」

そう言って顔を上げた雪だが、目の前の先輩が何か含みのある表情をしているのが気になった。

ふぅん、と頬杖をつきながら相槌を打つ。



「どうかしましたか?」と雪が問うと、先輩は意味ありげに少し笑って言った。

「いやただ‥雪ちゃんとこういった話をするのって、少し不思議だなと思って」



ハハ、と笑う彼を前に、雪は頭に疑問符を浮かべた。

何だ? 何がおかしいんだろ?

皆がみゆきちゃんのことを勝手に判断してる状況が嫌だってことだけなのに‥




ふと、記憶の断片にその思いが突き刺さった。

勝手に判断して



嘲笑って‥

陰口を囁くみゆきの周りの人達と、同じ表情をしている自分が記憶の中にいた。

そして記憶の中の自分が偏見を持って見つめた相手は、他でもない目の前に居る先輩なのだ‥。



雪はそれ以上何も言えず俯いた。

そんな彼女を見て、先輩は口元を緩める。



彼はテーブルに置かれた雪の手を握った。

大丈夫、と静かに言いながら。

「そんな気にすることないよ。何も心配しなくていい」



「何もね」



雑念の多い雪の頭の中を見透かすように、彼はそう言って幾分強く手を握る。

雪はその彼の言動に幾らか落ち着かない気分になったが、続けてされた質問の方が大きく心を揺らした。

「それより聞きたいことがあるんだ。

この前ボランティアに行った日、雪ちゃんの態度がどこかおかしかったように感じたんだけど‥何かあった?」




気になって、と続ける先輩に、雪は口を開きかける。

「あ‥」



雪は迷った。

過ぎ去ったことを言及するのは止めにしようと、もう全て忘れようと決めたものの、

やはり自覚した寂しさを消し去ることは出来ない。こんな気持ちを溜め込んでおくよりは、吐き出した方がいいのかもしれない‥。

「実は‥」



先輩から言い出してくれたのは、いいチャンスなのかもしれない。

雪は、先日事務室に平井和美が訪ねて来たことを口にした。






彼女の告白‥去年起こった老女ホームレス事件について、雪は恐る恐る口にした。

黙って話を聞いている先輩の顔を、怖怖と見つめながら。

「和美が‥先輩にホームレスが侵入したって知らせたのにも関わらず、

そのまま行っちゃったって‥聞いて‥」




雪は実際その場面を見たわけではない。

しかしその冷淡な横顔も、無下に背けられる背中も、容易に想像出来るような気がした。

雪は、思わず俯いてしまう‥。



先輩は冷静に、「平井がそう言ってたの?」と彼女に確認した。

雪は肯定する。



しかし彼女は顔を上げ、若干焦りながらの弁解を始めた。

勿論先輩を恨んでいるということではないし、結局は和美が引き起こした事件だから先輩は関係ないですから、と。



でも、と雪は言葉を続ける。

過去のことはしょうがないが、現在のことはやはり捨て置けない。

「でも‥今は付き合ってる仲だし、そういう話聞くと変に寂しくなっちゃって‥」



そう言って俯く雪を、淳は目を丸くして見つめていた。

そしてもう一度顔を上げて弁解しようとする彼女に、淳は真実を告げた。

 「俺が警備員を呼んだんだ」




へっ



今度は雪が目を丸くする番だった。

突然告白された真実に、口を開けたまま固まる。





先輩は一つ息を吐くと、彼が体験した事の顛末を詳細に話し始めた。

平井和美からホームレスをけしかけた旨を聞いた後、警備員を呼んで駆けつけるよう頼んだこと。

他の学生にも被害が及ばぬよう、自分は他の階も見て回ったこと‥。

「その次の日‥」




そして彼は、翌日の自販機の前で雪と会話した時の話も始めた。

「ひょっとしてあの事件のことで傷ついていないか心配になって声を掛けたけど、」



「雪ちゃんはツナ缶で切ったって答えた‥」

変な噂が流れても困るからわざと隠しているのだと思った、と彼は言った。

だから雪のその嘘に、騙されてやることにしたんだと。



彼の大きな手が、雪の傷ついた手のひらを撫でる。

雪は事の真相を知って、幾分戸惑っていた。脳裏に自販機の前での会話が蘇ってくる。


雪ちゃん‥転ぶわ手ぇ切るわ‥

 

あの時、雪は彼の表情を見てこう思ったはずだ。

あれのどこが心配してる顔なのよ‥。むしろ嬉しそうなんですけど



去年感じたあの感情と、今先輩が話した事の顛末。

それぞれが同じ絵を構成している、パズルのピースのようだった。

しかし二つのピースは噛み合わない。完成された一枚の絵にはならない‥。

その違和感が、雪の心に疑いの芽を息吹かせる。





しかし雪はそこで自らの頬を両手で叩いた。

疑心が不信に変わるその前に、自らの手でその芽を摘み取る。

ダメ!疑っちゃダメ!素直に受け止めろ‥!



すると先輩が、雪に向かって疑うような眼差しをし始めた。

「でも雪ちゃんさぁ、平井の言葉を鵜呑みにしたんだ?」



先輩はそう言って、大きな溜息を吐いた。握っていたその手を、大仰な仕草で放しながら。

「なんか‥却って俺の方が寂しいんだけど」  「あ‥」



雪の顔色が、みるみる青くなっていく。

にじり寄ってくる先輩とは反対に、雪は彼と目を合わせられず、キョロキョロと視線を漂わす。

「平井の言葉は素直に信じて、俺には事実確認もせずに責任を押し付けるわけだね、傷ついたあの時の‥」



ふ~~~ん‥。



えも言われぬプレッシャーに、雪は思わず「私が間違ってましたぁぁ!!」と叫んだ。

その叫びはカフェの壁も通り抜けて、夏の夜空に吸い込まれていく‥。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<解けていく誤解>でした。

少し胸に残るものはありますが、二人の間にあったしこりが少し解消されたような‥回でした。

記事に入れられなかったんですが、この先輩のアングルいいですね↓



実際見たらさぞイケメンだろうと思います。


次回は<手をつないで>です。


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共にディナーを

2013-11-18 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)


夏の夜の街は、どこか浮ついて落ち着かない。

雪は先輩との待ち合わせ場所へと向かいながら、最近の河村亮との関係について考えていた。



彼との関係がこじれ出したのは、やはりあの夜からだ。

雪の家の前で、先輩と鉢合わせしたあの夜。



雪は中座したので何を話していたのか、河村氏が先輩から何を言われたのかは分からなかったが、

その険しい表情から、何か気の悪いことをうんと言われたのだと推測出来た。



だからあんな風に嫌味や皮肉で雪に接して来たのだろう。

雪は、彼のそういった言動に幾らか納得いくような気がしていた。







けれど、彼の出した結論は予想以上に雪の心を揺るがした。

じゃあこれからはお互い知らん顔して過ごそうぜ



時に無遠慮に、時に強引に雪を振り回した河村氏は、あまりにも潔く身を引いた。

差し伸べていた手を急に引くようなその態度に、雪は動揺したのだ。

  




いっそこれで良かったと、そう思ってもみた。

ただでさえ悩み事や考えるべき事は山積している。一つ面倒な関係が消えたと思えばそれでいいじゃないか‥。



そう思って彼との関係にピリオドを打とうとしても、何度も心のどこかでピリオドはコンマに変わる。

頭の中に、気安そうに笑う河村氏の姿が浮かんでくる。

それでも‥大学の外で新しく出会った数少ない知り合いだったのに‥。

それなりに上手くやってたのに‥。こんな風になっちゃうなんて、なんかちょっと残念だな‥




知らず知らずの内に、雪は彼のことを信頼していたし、無意識に頼ってもいた。

粗野なイメージとは裏腹に、誠実な面や温かな面が見える度、彼の印象は変わっていった。

  

だからこそ手のひらを返したようなその態度に、雪はショックを受けていた。

なんだか裏切られたような気分になり、鉛を飲んだように心がゆっくりと沈んでいく‥。














夜の海を回遊する魚のように、街は様々な人が色々な思いを抱えて往来する。

雪はその雑踏に溶けこむように、街の中を歩いた。

心の中が様々な思いで波立ち、頭の中は騒がしい。



意外な相手と突然親しくなったり、争うことなんて絶対に無いと思っていた人と大喧嘩したり、

ひょんな事から知り合って、またひょんな事で別れたり‥。


 
 


関係というものは、とうてい予測できないものだ。


そう雪は感じていた。

運命という大きなものに操られて、この小さな日常を暮らしている中で、

様々な人、それぞれの環境、色々な感情が行き来する。



明日何があるのかなんて、どんな出会いがあるのかなんて、誰にも分からないのだ。

だから今を一生懸命生きるしかない。

ゆらゆらと揺れる水面のように不安定で予測のつかない毎日を、ただがむしゃらに生きていくしか。







雪が顔を上げると、流れ行く人波の間に彼が立っているのが見えた。

彼は雪に気がつくと、ニッコリと笑って片手を上げる。

「あ、雪ちゃん。こっち」



二人は二言三言会話をした後、連れ立って歩いた。雪も先輩も、互いに笑顔で顔を見合わせる。

なんといっても今日は、ついに先輩と夕食を共にする日なのだ。


場所は結局、どこにでもあるファミリーレストラン



二人は中に入ると、テーブルに就いてメニュー表を広げた。雪はいつになく饒舌だ。

「とにかくコンビニや学食に比べたら100倍いいと思いません?涼しいし!座り心地も快適!」



そう言い訳のように語る雪に、先輩は「俺だってファミレスは来たことあるよ」と言葉を返す。

雪の脳裏に、あの夢の中の風景が浮かんだ。




「うぅ‥だって先輩って”美女と野獣”に出てくるああいう食卓じゃなきゃ‥」



そう呟く雪に、先輩は「‥それって完璧偏見だと思うけど?」と言って首を傾げる。

そして先輩は、雪の持っているメニュー表を手に取って言った。

「そんな負担に思わないでよ。一緒に食べるってことが大事なんだから」




その通りだ、と雪は思う。





負担や目的に囚われなければ、共に食事をするのはこんなにも容易いことだったんだ






あの夢の中の食卓とは違い、二人の距離は近かった。

それは物理的な距離の話でもあり、心の距離の話でもある。


あの夢の中で彼が浮かべた皮肉な笑みと、彼女が浮かべた強張った表情は、

 

今の二人には微塵も感じさせない。雪と淳は笑い合っていた。




コンビニも、学食も、互いの誤解も、偶然の不運も、口論も、そして和解も、

 
 
 


全てを乗り越えて今二人はここに居る。

誰が今の二人を想像出来ただろうか?


運命だけが知っている、この予測出来ない関係を。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<共にディナーを>でした。

今回は過去の画像オンパレードしてみました。思い出が蘇りますね~。

雪のモノローグはこの物語の核になりながらも、一般論としても心に染みるものがあります。

”予測出来ないもの”というのがチーズインザトラップの核‥?

とにかく”大学生のドキドキ・ラブコメ”でないことだけは確かです‥(^^;)


次回は<解けていく誤解>です。

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ピリオドの先

2013-11-17 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
雪は塾の廊下を歩きながら、先ほど亮から取られた態度について頭を悩ませていた。

すると後ろから声を掛けられ、振り返ると知らない男子学生が立っていた。



彼は隣のクラスの学生だという。

雪のことはジェームズ先生から聞いたと言って、「A大に通ってるんでしょ?」と話を続けてくる。



彼はB大生なのだと言った。A大とは学祭も合同だったり大学同士仲良いよね、と続ける彼に、雪は戸惑いながら頷いた。

すると彼はハハハと笑いながら、実は‥と切り出して来た。

「君のこと気になっててさ。もしかして彼氏とかいたりする?」



雪は突然の告白に、思わず目を丸くする。

しかし正気に返ると、彼氏がいる旨を男子学生に伝えた。男子学生は残念そうだ。



そのまま彼は去って行き、雪はまんざらでもない気分で頭を掻いた。

たまにはこんなのも悪くない‥。







雪が去ってから、男子学生は彼女の後姿をじっと見ていた。すると他の男が彼に声を掛ける。



どうだったかと聞く男に、先ほど雪に告白した男子学生は「まったくダメ」と言って首を横に振った。

「思った通りパツキン先生しか相手にしてくんねーなありゃ」  「ウゼー」



彼らはニヤニヤと笑いながら、雪と”トーマス”はやはり付き合っているのだろうと推測を口にし始めた。

雪がいつも”トーマス”と廊下でじゃれ合っているのは結局そういうことなんだろうと言って、彼らは嗤った。

そんな様子を、通りがかりの近藤みゆきは耳にしていた‥。





みゆきが教室に入ると、雪は既にノートとプリントを広げて一人自習を始めていた。

みゆきは雪に挨拶すると隣の席に腰掛けた。今日もいちだんと露出の多いその格好に、皆の好奇の視線が注がれる。



はっきり言って、雪も未だに真っ直ぐ彼女のことを見ることが出来ない。

どこか目を逸らして、そして深入りしないようにと自制をかけているところがある。

けれど、それは今周りでヒソヒソと悪口を言っているような、そんな気持ちでは決して無い。



雪は、悪く言われるみゆきをもどかしく思った。

そして周りの嘲笑にも反感を持った。どんな服を着ようと個人の自由だというのに。

いざ仲良くなったら本当にいい子なのに。ファッションのせいで周りに陰口ばかり叩かれて‥



何か言いたげに自分を見ている雪に、みゆきが気づいて声をかける。

今がどういう状況なのか、彼女はそれを全て理解して、そしてありのままに享受している。

「陰口なら慣れてるから。気にしないで」



そう言われた雪は、心がチクリと痛んだ。何か変な罪悪感を感じて、俯いてしまう。



みゆきは先ほど男子学生たちが話していた内容が気になって、雪に質問した。

「ねぇ、ゆっきーとトーマスって仲良いよね?」



雪は、それほどでも‥と言葉を濁した。

特に今はちょっと険悪な状況で、とてもじゃないが親しいと言い切れる間柄ではない‥。

「え? 違うの?」



みゆきが意外そうに言う。「いつも挨拶もし合って廊下でじゃれ合ってたのに?」と。

雪はみゆきに、河村氏は大学の先輩の友人で、だから前々から知り合いだったんだと事情を話した。

「じゃあその先輩も外国人なの?」 「はぁ?」



みゆきは男子学生達が噂していた内容を、どこか鵜呑みにしているところがあった。

そのため雪との会話のピントがズレる。「なんでそうなるの」と言う雪に、みゆきは不思議そうな顔をする。

その後、その”大学の先輩”は自分の彼氏なんだと雪は打ち明けた。

みゆきは、意外そうな顔で頷いた。





塾も終わり、雪はどこかスッキリしない気分で一人帰路に着いていた。



街中の喧噪も、自分の心の中も、ざわざわとして落ち着かない。

雪はふと後方に気配を感じて振り返った。すると数歩後ろに、河村亮が佇んでいる。



彼の家も雪と同じ方向だと思い返し、雪は亮に声を掛けた。

すると亮は腕組みをしながら、わざとらしい微笑みを浮かべて口を開く。

「オレは別に構わねぇけど、お前に気ぃ遣われるのも面倒だから、先に行け。オレは後で行くからよ」



でも、と雪が戸惑っていると、亮はニヤニヤしながら言葉を続けた。

「お前の彼氏があんなに嫌がるとは、思ってもみなかったぜ」と。



それから亮は、どこか雪を馬鹿にした態度を取り始めた。

黙って聞いている雪の、表情が曇っていく。



「おいおいダメージヘアー、健全な恋愛しないとダメじゃね?あ!話してるのバレたらどうしよう?

不倫?それとも浮気?疑わしい芽は摘み取らなくっちゃな?そうだろ?」




その嫌味ったらしい態度と言動に、雪の顔が歪む。

亮は「なんだよ」と言って悪びれない。



「オレ何か間違ったこと言った?」と開き直る亮に、

雪も「いいえ。お気遣いどうもありがとうございます」と皮肉を返してその場から去った。

イヤミったらしい‥



ズンズンと早足で歩いて行く彼女の後ろ姿を見て、

亮はすぐさま後悔した。拳で自らの口をゴスゴスと殴る。



こんなはずじゃなかった。

けれど二人が付き合っていることに苛立ちを感じて、つい口が勝手に動いてしまったのだ。

「ああもうマジで‥!何やってんだよオレは!!」



人目も気にせず吠える亮を、通りすがりの人達が引き気味に振り返っていく。

亮は思い通りにならない様々なことに憤慨して、大きな声を上げた。

街中の喧噪に、その声は溶けていった‥。








雪と亮との関係は、この日を境に目に見えてこじれ始めた。

特に雪の方は亮の態度が気に入らなくて彼を無視しようと、顔を合わせてもプイとそっぽを向く。



すると亮は、思いもしない行動に出た。無視で返すどころか、大きな声で叫び始めたのだ。

「ぬぉ~!オレは傷ついたぁ~!ぬぉぉ~~!!もう挨拶もしねーってか?!」



「まだ借りもろくに返してもらってないのに~!あ~オレはこうして捨てられていくんだ~!可哀想な河村亮!」

廊下で大騒ぎする亮を、顔面蒼白の雪が人目の付かないところまで引っ張っていく。

二人きりになると、雪は亮の態度に苦言を呈した。

「一体何がそんなに不満なんですか?!言い掛かりばっか付けてないで、言いたいことがあるならハッキリ言って下さい!」



雪が真剣に訴えても、亮はふざけて泣く真似をするばかりで、ちっとも話は進まない。

「オレは傷ついた~傷ついたんだ~!うわぁ~ん」

「あーもう



感情的な雪と、どこか俯瞰した亮の口論が続く。

「先に皮肉って来たのは河村氏の方じゃないですか!」

「オレがいつ? オレはただお前らの幸せを思って自らを犠牲にして‥」

「河村氏、あんまりですよ!」

「何が?」

「いくら先輩との仲が良くないからって、どうして私を巻き込むんですか?!」

「はぁ?」



「私がそんなバカに見えますか?その皮肉に気づかないとでも思ってるんですか?」

「ああそうかよ。お前は優秀だよダメージヘアー。お前は賢くてオレは愚か、もうこれでいいだろ?」

「なんでそうなるんですか?!勝手に決めつけないで下さい!」

話は平行線だったが、一方的に怒鳴られ続けた亮が幾らか苛つき始めて反論に出た。

呆れたような表情で口を開く。

「普段はネコ被ってるくせに、いざとなったら自分の意見を押し通す。お前らやっぱお似合いだわ!

そんなことも知らずにお前を馬鹿にしてたなんて、穴があったら入りてぇくらいだぜ」




その嫌味ったらしい態度に、雪は正面切って反抗した。

「もう止めて下さい!失礼にも程があります。いい加減にして下さい!」



すると亮はそんな雪に、一つの提案をした。

「分かったよ。じゃあこれからはお互い知らん顔して過ごそうぜ」



不意に出た結論に、雪は虚を突かれたように目を丸くした。

「!」



満足だろ? とニヤついた亮が雪に近づく。

「オレから先に言ってやったんだ。ありがてーだろ?」




そうして二人は、それを結論としてその関係に終止符を打った。

雪も反論するのも違う気がして、彼の提案にそのまま従った。

けれど‥。



彼との関係に打たれたピリオドは、雪の中ではまだコンマだった。

何か言葉に出来ないモヤモヤとした感情が、そのコンマの後に続いている‥。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<ピリオドの先>でした。

思ったことを大声で言い合える、それだけでも良い関係だと思いますけどね~。

雪と亮の口喧嘩は、どこか面白味があって笑えます。

先輩との口論はハラハラしっぱなしですが‥(^^;)


次回は<共にディナーを>です

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彼との関係

2013-11-16 01:00:00 | 雪3年2部(聡美父病院後~遠藤負傷)
雪は塾の廊下を機嫌よく歩いていた。

それまでの不運からようやく脱却出来たように、近頃は良いことが続いていたからだ。

最近は先輩とも仲良くなって、開店の準備もほぼ終わったし、英語の勉強も捗ってるし‥



雪は前向きな気持ちで教室へ向かう。

すると前方から、講師陣がぞろぞろと歩いて行くのに出くわした。



その中で一際目を引く河村亮。

雪は彼と目が合い、彼もまた雪に目を留める。

  

雪が遠慮がちに挨拶をすると、講師陣は揃って「Hi」と挨拶を返したが、

亮だけは意味ありげに笑いながら彼女に声を掛けた。

「よぉダメージヘアー。何かいいことでもあったのか?顔がニヤけてるぞ」



雪は困ったように頭を掻きながら、最近気がかりだったことを思い出した。

順調に進む物事の中で、彼との関係だけが雪の心に引っかかっていたのだ。



‥ということで、雪は人の意見を聞くことにした。

まずは雪の友人達に、一般論としての意見を求めてみることにしたのだった。



Q.彼氏と不仲の男Aがいる。しかしAとは事情上よく会う。

その場合、Aへの対処法は?


A,友人1(萌菜の場合)

「それ青田淳の話でしょ?」



さすがは鋭い萌菜。彼女は雪個人の相談事だということをすぐさま見抜き、自分の意見を述べた。

「どうするもこうするも!Aが悪い人間じゃなければ仲良くすればいい話でしょ!

じゃああんたは彼氏のために社会生活を投げ出すつもり?!」




萌菜は個人的にも忙しい最中らしく、機嫌が悪かった‥。

終始否定的な意見を述べ、青田淳はケチョンケチョンな言われようだ。

彼氏と婚約するならAとの関係も変わってくるけど、と萌菜は言った後、

「あの彼氏と、青田淳と?!」と尚も雪を責める。



雪はその勢いに気圧され、思わず電話を切った‥。

A,友人2(聡美の場合)

「そのA君ってイケメン?」



聡美は雪が質問をするやいなやそう口を開き、イケメンなら二股しちゃえばいいじゃんと軽く言った。

冗談だってwwwと笑う聡美は、明らかに真剣に考えてくれていない‥。

その後もAの顔面偏差値ばかり気にする聡美との電話を、雪はブツリと切った。

太一よファイト‥。君の想い人は一筋縄ではいかないぞ‥。



A,友人3(保守的な彼女の場合)

「絶対ダメ!Aとは目も合わせちゃダメよ!だって彼氏が嫌いな人なんでしょう?

ぜ~ったいにダメ!!」




男というものは、もともと自分の女が別の男と居ること自体を嫌がるものらしく、

彼女はAと仲良くなるなんて男たらしもいいとこだと憤慨した。

雪は切々と説かれる彼女の意見を聞いていたが、少し大袈裟な気がしてやがて電話を切った。

A,友人4(早熟な彼女の場合)

「A君をあたしに紹介するとか」



ブツッと雪はソッコーで電話を切った。彼氏がいたのではなかったか‥。

雪は広く客観的な意見も取り入れようと、ネットの掲示板にも同じ質問を書き込んでみた。

回答欄はみるみる埋まっていったが、どこか他人事の意見が羅列する‥。



Aと彼氏のスペックが気になります。 彼氏ちっちゃい男すぎ!今どきそんなのありえないし

二人を仲直りさせる  氏ね

彼氏にバレないように適当な距離を保てばいいと思う。浮気してるわけでもないんだし

Aが職場の同僚なら話は別だけど、じゃなければ避けるべき  Aに女を紹介してあげる。でもってWデート

みんな別れちゃえばいいのに  そんなん聞くなんてサイテーじゃね?男が可哀想

シングル天国カップル地獄  あんたみたいなバカがいるから国が‥

負担のない自宅バイト!彼氏もきっと気に入ってくれるはず




最後の方はもうよく分からないが‥。

世の中は広く、その考えは多種多様だ。

私が何をどうしたっての‥



雪は寄せられたアドバイスが様々すぎて、却って悩むことになった。

そして結局答えは出ないまま、河村氏との関係はうやむやなまま今日を迎えている。




雪は廊下で亮に話しかけられながら、自分はどうすべきかと一人思案していた。



すると亮はいきなり雪のことを褒め出した。

「ダメージは一日も休まず塾に通って、本当に真面目だな!」



それを受けて他の外国人講師が雪に話しかけ始めた。

Hey Yuki,did you look up books I requested? Oh,I'm sorry James not yet...



たどたどしくも、雪は勉強の成果を発揮してネイティブの講師陣とも英会話を続ける。

それを見た亮はニッコリと微笑むと、親指を立てて白い歯を見せた。

「頭もいいし!さっすが淳の彼女は違うな!!」



雪は豹変したとも取れる彼の態度に、目を丸くした。

そのまま講師陣と共に亮がその場を後にしても、雪はその場に固まったままだ。



‥彼のあの態度は何なのだろう?

雪はその後、教室に鞄を置き、その後水を飲みに廊下に出た。

その間中、わけが分からず放心状態だった。



そして、少なからずショックを受けている自分がいた。

河村氏とは色々あるけど‥それでもお互い仲も良くなってきたから

、挨拶くらいはしようと思ってたのに‥




明らかにおかしいその態度の裏に、皮肉と嫌味が見え隠れする。

ニヤリと嗤ったその口角に、窺い知れない魂胆が含まれている。



「‥‥‥‥」



雪はその意味を図りかねて、一人押し黙った。

苛立ちよりも落胆の方が、意外なほどに大きかった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼との関係(1)>でした。

今回はネット掲示板の後の数コマ、日本語版ではカットされていましたね。記事には盛り込んでみました。

さして重要でもないけれど、カットしたらちょっと繋がりが悪いような‥。うーん、なぜ編集したのか謎です。


そして今回の相談内容。

Q.彼氏と不仲の男Aがいる。しかしAとは事情上よく会う。
その場合、Aへの対処法は?



難しいところですよね。

自分に置き換えて考えてみたら‥。皆さんはどうですか(^^;)?


次回は<ピリオドの先>です。

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