雪と亮は再び並んで歩き出した。
先ほどの”変態”が隣人ということを受けて、本当に大丈夫なのかと亮は何度も雪に確認する。

雪ももう何度目かの「大丈夫ですってば」を繰り返したところだった。
この角を曲がれば雪の家が見える。

亮は辺りを見回しながら、近辺の安全を今一度確認した。
「何かあったときはオレに言えよな」と言って、隣のおっさんにも気をつけろと念を押した。
「だからあのおじさんは本当に誤解なんですってば‥」

俯きながら、雪がいい加減ゲンナリと言葉を返した時だった。
顔を上げて家の前を見た時、時が止まった。

淳の視線が、ゆっくりと雪と亮とを移動する。

三人は暫し固まった。顔を合わせるには、最悪なタイミングである。
一番先に口を開いたのは、顔面蒼白になった雪だった。
「先輩?!どうしてここに?!」

淳の視線は雪よりも亮に注がれた。
彼を凝視しながら、ここに居る理由を口にする。
「大学の近くで事件が起こったって聞いて‥来てみたんだけど‥」

そんな淳の視線を受けながら、亮が顔を顰める。
互いがどうしてここにいるのか、理解不能であるようだ。
「雪ちゃんは電話に出ないし」

淳はそう言って雪に視線を流す。少し非難めいた口調だった。
雪の携帯は鞄の中に入っていたため、その着信に気が付かなかった。塾に居る時は基本マナーにしているからだ。
雪はそのことを弁解しようとするも、今の状況にパニくってしまい言葉は尻すぼみになった。
前門の虎、後門の狼‥。

どんな勇者でも立ちすくんでしまう状況だ。
雪は顔を上げて今の状況を説明しようとすると、それよりも先に先輩が口を開いた。
「俺が確認した限りは、玄関と窓はしっかり施錠されてたよ。
けど部屋に貴重品とか置いてない?」

雪のことを待っていた間、先輩が色々と確認してくれたことに思わず雪がハッとなる。
しかし彼女が口を開く前に、今度は亮が淳に向かって皮肉を投げた。
「さっすが優しいね~!天下の青田淳サマが人の心配をしてる姿はこれまた新鮮だ」

そんな亮の嘲笑に対し、淳は直球で返した。
彼の切り札が、亮に向けられる。
「彼女なんだから当然だろ」

「ナッ?!」

亮は後ずさりをしながら、淳と雪の顔を交互に見た。
いきなり告げられた事実。
雪は否定することなく、引きつった表情で亮を窺う。
「は‥は‥」

亮はその事実を受けて、今までの出来事が頭の中で繋がった。
淳に向かって言葉を続ける。
「ハイハイ、そういうことね~!やっと分かったぜ。
その愛しの彼女の為に、姉貴の金のアテを切ったってワケか?!」

恐ろしい、と亮はじっと淳を見つめたまま言った。
なんて恐ろしい野郎だと続けながら、亮の怒りは沸点に達した。
「このクソガキ‥!」

突然の亮の怒りに、雪は驚きながらも黙りこむしかなかった。

先輩の方を窺うが、彼は亮ではなく雪の方に声を掛けた。
「雪ちゃん、先家に入ってて」

雪は「え? でも‥」と先輩の言葉に戸惑った。
しかし淳は雪の顔を見ながら、反論を許さぬ口調で繰り返した。
「入ってて」

威圧的な口調、高圧的な視線‥。
それ以上雪は何も言えず、彼の言葉に従って家への階段を上った。
未だ整理のつかない頭と、ついていけない状況に心をざわつかせたまま。


淳と亮は、雪の姿が見えなくなるまで黙り込みその場に佇んでいたが、
不意に亮がけたたましい声で笑い出した。
淳はそれを無表情でじっと見ている。
「ぶはははは!くははは!うははは!」

ひとしきり笑った亮は、ニヤニヤと嗤いを浮かべながら口を開いた。
「マジかよ?!信じらんねー。オレがテメーの彼女に接近してっから?」

父親の次は彼女まで奪われると思ってんのかと、亮はおかしそうに言った。
静香に対する仕打ちの原因が”嫉妬”だったと知って、亮は愉快で堪らないのだ。
淳はそんな亮を前にして、深く溜息を吐いた。面倒くさそうに口を開く。
「喧嘩腰なのもいいけど、相手にするのも面倒くさいからほどほどにしてくれ」

ヤダね、と亮は言った。
そして嗤いながら、今度は自虐的な皮肉をぶつける。
「なんだよ。もう片方の手もぶっ潰してやるってか?」

淳は苛立ちのあまり、彼の皮肉をかわすことなく傷をえぐってみせた。
ほどほどにしてくれという忠告を聞かない彼への、仕返しの意味も含んでいた。
「‥本当にそうしてやろうか?」

あの事件について、今までしらばっくれて来た彼の、攻撃的な一言。
亮はその一言で頭に血が上るのを感じ、手に力を込めた。血管が浮き出る。
そのまま淳に向かって、掴みかかろうと右手を伸ばした。

しかし、すんでのところで亮は手を止めた。
淳がその様子を、無表情のまま観察するように眺めていた。

亮は振り上げた手を下ろすと、淳を睨んだ。
やれるもんならやってみろ、と凄みながら。
「そん時はオレだって黙っちゃいねーぞ!もう失って怖ぇもんなんて何もねーんだ」

「そん時はてめーも道連れだ‥!」
心の中に、ドロドロと怨みや憎しみが滾る。血を吐くような亮の警告。
しかしその悲痛な叫びも、淳には届かない。
彼は小首を傾げながら、冷静に言った。
「なんでそんなことを言う?違うだろう」

静香が聞いたら寂しがるぞ、と言い残して淳は背を向けた。
そのまま雪の部屋へと続く階段を上る。

その場に残された亮は、しばし呆然としてその後姿の残像を追っていた。

じわじわと事態を把握出来てくると、思わず唇をギリリと噛んだ。
亮の悔しさが叫びとなって夜道に響く。
満月は頭を抱えた亮を、ひっそりと照らしていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<最悪なタイミング>でした。
初めて雪と亮と淳が揃いましたね!
しかしまぁなんというか‥タイミングは最悪です。今回は亮がキレ、次回は‥。
<背中越しの怒り>です。
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先ほどの”変態”が隣人ということを受けて、本当に大丈夫なのかと亮は何度も雪に確認する。

雪ももう何度目かの「大丈夫ですってば」を繰り返したところだった。
この角を曲がれば雪の家が見える。

亮は辺りを見回しながら、近辺の安全を今一度確認した。
「何かあったときはオレに言えよな」と言って、隣のおっさんにも気をつけろと念を押した。
「だからあのおじさんは本当に誤解なんですってば‥」

俯きながら、雪がいい加減ゲンナリと言葉を返した時だった。
顔を上げて家の前を見た時、時が止まった。

淳の視線が、ゆっくりと雪と亮とを移動する。

三人は暫し固まった。顔を合わせるには、最悪なタイミングである。
一番先に口を開いたのは、顔面蒼白になった雪だった。
「先輩?!どうしてここに?!」

淳の視線は雪よりも亮に注がれた。
彼を凝視しながら、ここに居る理由を口にする。
「大学の近くで事件が起こったって聞いて‥来てみたんだけど‥」

そんな淳の視線を受けながら、亮が顔を顰める。
互いがどうしてここにいるのか、理解不能であるようだ。
「雪ちゃんは電話に出ないし」

淳はそう言って雪に視線を流す。少し非難めいた口調だった。
雪の携帯は鞄の中に入っていたため、その着信に気が付かなかった。塾に居る時は基本マナーにしているからだ。
雪はそのことを弁解しようとするも、今の状況にパニくってしまい言葉は尻すぼみになった。
前門の虎、後門の狼‥。


どんな勇者でも立ちすくんでしまう状況だ。
雪は顔を上げて今の状況を説明しようとすると、それよりも先に先輩が口を開いた。
「俺が確認した限りは、玄関と窓はしっかり施錠されてたよ。
けど部屋に貴重品とか置いてない?」

雪のことを待っていた間、先輩が色々と確認してくれたことに思わず雪がハッとなる。
しかし彼女が口を開く前に、今度は亮が淳に向かって皮肉を投げた。
「さっすが優しいね~!天下の青田淳サマが人の心配をしてる姿はこれまた新鮮だ」

そんな亮の嘲笑に対し、淳は直球で返した。
彼の切り札が、亮に向けられる。
「彼女なんだから当然だろ」

「ナッ?!」

亮は後ずさりをしながら、淳と雪の顔を交互に見た。
いきなり告げられた事実。
雪は否定することなく、引きつった表情で亮を窺う。
「は‥は‥」

亮はその事実を受けて、今までの出来事が頭の中で繋がった。
淳に向かって言葉を続ける。
「ハイハイ、そういうことね~!やっと分かったぜ。
その愛しの彼女の為に、姉貴の金のアテを切ったってワケか?!」

恐ろしい、と亮はじっと淳を見つめたまま言った。
なんて恐ろしい野郎だと続けながら、亮の怒りは沸点に達した。
「このクソガキ‥!」

突然の亮の怒りに、雪は驚きながらも黙りこむしかなかった。

先輩の方を窺うが、彼は亮ではなく雪の方に声を掛けた。
「雪ちゃん、先家に入ってて」

雪は「え? でも‥」と先輩の言葉に戸惑った。
しかし淳は雪の顔を見ながら、反論を許さぬ口調で繰り返した。
「入ってて」

威圧的な口調、高圧的な視線‥。
それ以上雪は何も言えず、彼の言葉に従って家への階段を上った。
未だ整理のつかない頭と、ついていけない状況に心をざわつかせたまま。


淳と亮は、雪の姿が見えなくなるまで黙り込みその場に佇んでいたが、
不意に亮がけたたましい声で笑い出した。
淳はそれを無表情でじっと見ている。
「ぶはははは!くははは!うははは!」

ひとしきり笑った亮は、ニヤニヤと嗤いを浮かべながら口を開いた。
「マジかよ?!信じらんねー。オレがテメーの彼女に接近してっから?」

父親の次は彼女まで奪われると思ってんのかと、亮はおかしそうに言った。
静香に対する仕打ちの原因が”嫉妬”だったと知って、亮は愉快で堪らないのだ。
淳はそんな亮を前にして、深く溜息を吐いた。面倒くさそうに口を開く。
「喧嘩腰なのもいいけど、相手にするのも面倒くさいからほどほどにしてくれ」

ヤダね、と亮は言った。
そして嗤いながら、今度は自虐的な皮肉をぶつける。
「なんだよ。もう片方の手もぶっ潰してやるってか?」

淳は苛立ちのあまり、彼の皮肉をかわすことなく傷をえぐってみせた。
ほどほどにしてくれという忠告を聞かない彼への、仕返しの意味も含んでいた。
「‥本当にそうしてやろうか?」

あの事件について、今までしらばっくれて来た彼の、攻撃的な一言。
亮はその一言で頭に血が上るのを感じ、手に力を込めた。血管が浮き出る。
そのまま淳に向かって、掴みかかろうと右手を伸ばした。

しかし、すんでのところで亮は手を止めた。
淳がその様子を、無表情のまま観察するように眺めていた。

亮は振り上げた手を下ろすと、淳を睨んだ。
やれるもんならやってみろ、と凄みながら。
「そん時はオレだって黙っちゃいねーぞ!もう失って怖ぇもんなんて何もねーんだ」

「そん時はてめーも道連れだ‥!」
心の中に、ドロドロと怨みや憎しみが滾る。血を吐くような亮の警告。
しかしその悲痛な叫びも、淳には届かない。
彼は小首を傾げながら、冷静に言った。
「なんでそんなことを言う?違うだろう」

静香が聞いたら寂しがるぞ、と言い残して淳は背を向けた。
そのまま雪の部屋へと続く階段を上る。

その場に残された亮は、しばし呆然としてその後姿の残像を追っていた。

じわじわと事態を把握出来てくると、思わず唇をギリリと噛んだ。
亮の悔しさが叫びとなって夜道に響く。
満月は頭を抱えた亮を、ひっそりと照らしていた。

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初めて雪と亮と淳が揃いましたね!
しかしまぁなんというか‥タイミングは最悪です。今回は亮がキレ、次回は‥。
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