ふと、雪は目を開けた。
長く深い眠りの果てに、ようやく目覚めた気分だった。

しかし目の前には、信じられない光景が広がっていた。
落ち着いたボルドーのテーブルクロスの上に、揃えて置かれたカトラリーが光っている。
皿に盛られた高級な料理の数々、ワインにキャンドル‥。

雪は思わず辺りを見回した。
どうなってしまったのだろう。

しかし視線を先まで伸ばしていくと、この光景の全てが見渡せた。
長いテーブルの先に、彼が座っている。

彼は下を向いて食事をしていたが、雪の視線に気がつくとニヤリと笑った。
いつか見たことのあるような、あの奇妙な笑顔で。

「先輩?!」と雪が声を発すると、
彼は「お腹が空いただろう?」と話し掛けてきた。

「いくらそれどころでは無かったとはいえ、夕飯は食べないとね」と言って、
優雅な仕草でステーキを切る。
雪は彼に質問をした。私はいつの間にここへ来たんですか、と。
「俺が連れてきたんだよ」

雪はその答えに驚愕した。
一体どうやって連れて来たというのか、再び雪は彼にそう質問した。
「俺に不可能なことがあると思う?」

自信満々にそう答えた彼を前にして、雪はあんぐりと口を開けた。
未だこの状況が飲み込めないでいる。

雪はテーブルの上の高級料理の数々を見て、当惑し始めた。
雪が夕食をご馳走するという約束になっていたが、こんな高額はとても払えそうにない。

雪はそのことを彼に伝えると、彼は「俺が払うからいい」と素っ気なく言って、
そのままワインを手にとった。

高そうなそれに、美味しそうに口を付ける。
雪の心はそわそわとして落ち着かない。この光景に当惑してつい忘れていたが、今は深刻な状況の最中では無かったか。
「あの‥今はまだ聡美のお父さんの結果も出てないのに、こんなことしてる場合‥」

そこまで言ったところで、彼はワイングラスをタンッと大きな音を立て、テーブルに置いた。
遠く離れた席に座っていても、顔を顰めたのが見て取れた。
そして彼は口を開いた。呆れたような表情をしながら。
「君はここへ来てまでも、いちいちそんなことを聞かないと気が済まないの?」

彼が手を広げる。
この素晴らしい食事を、共にする夕食を見ろと言わんばかりに。
「ようやくここまでこぎつけたのに、このまま気楽に食事をするだけではいけないだろうか?」

彼は言葉を続ける。
それは雪が心に秘めながらも拘ってきた、彼への不信の数々についてだった。
「俺が君の挨拶も無視して書類も蹴って、恥をかかせて嘲笑って助けもしなかったから、
もう俺とは食事をするのも嫌だ、ということ?」

いきなりの彼の言葉の数々に、雪は口をあんぐりと開けて固まった。
その心を覗かれているような感覚に、当惑して雪は口を開いた。
「いや‥どうして話がそんな方向に‥」

しかし彼は彼女の言葉を遮るように話を続けた。
真っ直ぐ彼女を見つめながら、瞬きもせず。
「君だって最初から俺を観察し続けていたくせに、俺の事には一瞬たりとも目を瞑ってくれないということ?」

彼は眉根を寄せながら、淡々と雪が気にしていたことを口にした。
「なぜそんな風に人の行動をいちいち詳細に問い詰めて、弁明を聞きたがるの?
自分のことは棚に上げて、どうして俺にだけ完璧を求めるの?」

彼は大きく手を広げながら、幾分大仰な身振りを付けながら話を続ける。
「努力しているにもかかわらず、相変わらず君との距離は縮まらない。そうだろう?」

「事あるごとに余計な推測をするのは止めにして、そろそろ自ら手を差し伸べてみたらどうなんだ?」
淡々と痛いところを吐く彼の言葉だが、雪は突然のその言葉の数々を受け入れるので精一杯だった。
ただ口を開けながら、赤裸々なその話が続けられるのを聞いていた。

彼がテーブルに肘を突く。
鋭い眼光が、長いテーブルを挟んで雪に注がれる。
「告白を受け入れた以上、その選択が失敗だったとしてもその責任を負うべきだ。そうだろう?」

どうしたい?
そう言って彼は雪を見続けていた。

暗く、沈んだような色を帯びた瞳。
こんな瞳の色を、雪は去年何度も見たような気がした。
その目に映る自分の、怯えたようなその表情も。
そして彼は言葉を続けた。
「俺と、このままずっとこの距離を保ちたいの?」

遠い、彼との距離。
長いテーブルは心の距離そのものだった。
黒い服を着た彼は、奇妙な笑みを浮かべる彼は、雪の持つもう一つの青田淳の印象だった。
「それとも‥」

彼はその先の言葉は口にしなかった。
いや、出来なかった。
雪が目覚めたからだった。
黒い服を着た彼はそのまま、夢の中へ消えて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<夢の中で<黒い服>>でした。
暗い背景、黒い服、高級時計、高そうな靴、奇妙な笑み‥。
<夢の中で<白い服>>では対称の、
明るい背景、白い服、素足、温かな微笑み‥。
雪の中にある相反する彼のイメージが、端的に表れた二つの夢のお話でした。
こういった意味深な話をぶっこんでくるチートラ、本当止められません‥。
そして次回もまた、対称を持つお話です。
<<雪>彼女の中の喧噪>です。
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長く深い眠りの果てに、ようやく目覚めた気分だった。

しかし目の前には、信じられない光景が広がっていた。
落ち着いたボルドーのテーブルクロスの上に、揃えて置かれたカトラリーが光っている。
皿に盛られた高級な料理の数々、ワインにキャンドル‥。

雪は思わず辺りを見回した。
どうなってしまったのだろう。

しかし視線を先まで伸ばしていくと、この光景の全てが見渡せた。
長いテーブルの先に、彼が座っている。

彼は下を向いて食事をしていたが、雪の視線に気がつくとニヤリと笑った。
いつか見たことのあるような、あの奇妙な笑顔で。

「先輩?!」と雪が声を発すると、
彼は「お腹が空いただろう?」と話し掛けてきた。

「いくらそれどころでは無かったとはいえ、夕飯は食べないとね」と言って、
優雅な仕草でステーキを切る。
雪は彼に質問をした。私はいつの間にここへ来たんですか、と。
「俺が連れてきたんだよ」

雪はその答えに驚愕した。
一体どうやって連れて来たというのか、再び雪は彼にそう質問した。
「俺に不可能なことがあると思う?」

自信満々にそう答えた彼を前にして、雪はあんぐりと口を開けた。
未だこの状況が飲み込めないでいる。

雪はテーブルの上の高級料理の数々を見て、当惑し始めた。
雪が夕食をご馳走するという約束になっていたが、こんな高額はとても払えそうにない。

雪はそのことを彼に伝えると、彼は「俺が払うからいい」と素っ気なく言って、
そのままワインを手にとった。

高そうなそれに、美味しそうに口を付ける。
雪の心はそわそわとして落ち着かない。この光景に当惑してつい忘れていたが、今は深刻な状況の最中では無かったか。
「あの‥今はまだ聡美のお父さんの結果も出てないのに、こんなことしてる場合‥」

そこまで言ったところで、彼はワイングラスをタンッと大きな音を立て、テーブルに置いた。
遠く離れた席に座っていても、顔を顰めたのが見て取れた。
そして彼は口を開いた。呆れたような表情をしながら。
「君はここへ来てまでも、いちいちそんなことを聞かないと気が済まないの?」

彼が手を広げる。
この素晴らしい食事を、共にする夕食を見ろと言わんばかりに。
「ようやくここまでこぎつけたのに、このまま気楽に食事をするだけではいけないだろうか?」

彼は言葉を続ける。
それは雪が心に秘めながらも拘ってきた、彼への不信の数々についてだった。
「俺が君の挨拶も無視して書類も蹴って、恥をかかせて嘲笑って助けもしなかったから、
もう俺とは食事をするのも嫌だ、ということ?」

いきなりの彼の言葉の数々に、雪は口をあんぐりと開けて固まった。
その心を覗かれているような感覚に、当惑して雪は口を開いた。
「いや‥どうして話がそんな方向に‥」

しかし彼は彼女の言葉を遮るように話を続けた。
真っ直ぐ彼女を見つめながら、瞬きもせず。
「君だって最初から俺を観察し続けていたくせに、俺の事には一瞬たりとも目を瞑ってくれないということ?」

彼は眉根を寄せながら、淡々と雪が気にしていたことを口にした。
「なぜそんな風に人の行動をいちいち詳細に問い詰めて、弁明を聞きたがるの?
自分のことは棚に上げて、どうして俺にだけ完璧を求めるの?」

彼は大きく手を広げながら、幾分大仰な身振りを付けながら話を続ける。
「努力しているにもかかわらず、相変わらず君との距離は縮まらない。そうだろう?」

「事あるごとに余計な推測をするのは止めにして、そろそろ自ら手を差し伸べてみたらどうなんだ?」
淡々と痛いところを吐く彼の言葉だが、雪は突然のその言葉の数々を受け入れるので精一杯だった。
ただ口を開けながら、赤裸々なその話が続けられるのを聞いていた。

彼がテーブルに肘を突く。
鋭い眼光が、長いテーブルを挟んで雪に注がれる。
「告白を受け入れた以上、その選択が失敗だったとしてもその責任を負うべきだ。そうだろう?」

どうしたい?
そう言って彼は雪を見続けていた。

暗く、沈んだような色を帯びた瞳。
こんな瞳の色を、雪は去年何度も見たような気がした。
その目に映る自分の、怯えたようなその表情も。
そして彼は言葉を続けた。
「俺と、このままずっとこの距離を保ちたいの?」

遠い、彼との距離。
長いテーブルは心の距離そのものだった。
黒い服を着た彼は、奇妙な笑みを浮かべる彼は、雪の持つもう一つの青田淳の印象だった。
「それとも‥」

彼はその先の言葉は口にしなかった。
いや、出来なかった。
雪が目覚めたからだった。
黒い服を着た彼はそのまま、夢の中へ消えて行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<夢の中で<黒い服>>でした。
暗い背景、黒い服、高級時計、高そうな靴、奇妙な笑み‥。
<夢の中で<白い服>>では対称の、
明るい背景、白い服、素足、温かな微笑み‥。
雪の中にある相反する彼のイメージが、端的に表れた二つの夢のお話でした。
こういった意味深な話をぶっこんでくるチートラ、本当止められません‥。
そして次回もまた、対称を持つお話です。
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