Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

彼への不信(1)

2013-10-26 01:00:00 | 雪3年2部(再会~三者対面)
「わ~お!これはこれは!A大経営学科のニューカップルじゃ~あ~りませんか!」



柳楓は嬉しそうに、赤山雪と青田淳が並んでいるのを見て言った。

それもそのはず、青田淳から付き合うことを聞かされて以来、初めて二人揃っているところを柳は目にするのだ。

今日はボランティアとして障がい児童施設に学生たちが集まる日。

柳も他校の彼女を連れて、このボランティアに通っていた。

「ボランティアの場で公式初デートですか~?お似合いですな~」



柳は大きく手を広げて彼らに近寄った。

先輩が照れた仕草で頭を掻く。



そのまま柳は二人に覆いかぶさるように肩を組んだ。雪に向かって話しかける。

「学校が始まったら皆ビックリ仰天だろうな!誰が知ってんの?」「聡美と‥助手さん達です‥」

「くぅ~!ぶっちゃけてぇ~~!!」



柳は今にも学科の皆に喋って驚く顔が見たいが、サプライズのために黙ってるぜと言って、グフフフと笑った。

テンションの上がる柳に、彼女が「あんたうるさい」とたしなめる。



そのまま柳は彼女に連れられて、廊下を歩いて行った。

「今度メシおごれよ!絶対な!」と淳に向かって言う柳は、嬉しそうな顔をしていた。



雪はわざとらしく笑いながら、「照れるな~!」と頭を掻いた。

「言っちゃって大丈夫だった?」「はい。どうせいつかはバレることですから‥」



ふと、先輩が雪の目元を覗き込む。

「ん?雪ちゃん、目が赤いね。寝不足?」



不意に目元に触れられ、雪はビクッと身を固めた。

手で先輩の手元を遮るようにして、雪は身を離す。

「あ‥昨日遅くまで単語の暗記してたから‥」



すると教室から柳が顔を出して、もう始まるぞと二人に声を掛けた。

行きましょう、と雪が淳を促す。

淳は、どこかぎこちないこの雰囲気を察したが、原因が分からない。



彼女は、ぎくしゃくしたまま彼の先を行く。

その後姿は、しきりに何かを考えているように見えた。



事実、雪は悶々と様々なことを反芻していた。

昨夜は単語の暗記で夜更かしをしていたわけではなく、色々なことを考え過ぎて眠れなかったのだ。

布団に入って目を瞑る度、和美の言葉が蘇った。

先輩は行ってしまった。あなたを見捨ててね



先輩には関係ない話だと、何度も雪は気にしないようにしようと己に言い聞かせた。

そして今日を迎えたわけだが、実際に顔を合わせると先ほどのように身構えてしまう自分がいる‥。





学生たちはチームに分けられ、施設の担当者から受け持ちのボランティア内容を言い渡された。

先輩は掃除のチームに入り、雪は子供達の指導のチームに入った。

学生たちはガヤガヤと、三々五々移動する。



雪は柳の彼女と同じチームだ。

二人連れ立って移動しようとした時、不意に先輩と目が合った。



雪はぎこちない態度で、「が、頑張って下さいね!」と声をかける。

先輩が微笑みながら、「うん、そっちもね」と言葉を返す。

  

柳の彼女がその初々しいやりとりを見て、微笑ましく笑った。



淳は後ろ髪を引かれる思いで、雪の後ろ姿を見ていた。

柳の彼女と談笑する姿は、いたっていつも通りに見える。



やはりぎこちないのは淳の前でだけのようだ。

淳はモヤモヤしたものを抱えながら、柳と共に廊下を歩いて行った。


雪も心の中で、わだかまりが重くのしかかっているのを感じていた。

自分でも自分の態度があまりにもぎこちないって思う



自分で自分が思い通りにならない。

脳裏には、やはり先日の和美が言及した事件のことが浮かんできてしまう。



老女ホームレス事件‥。

苦い記憶は未だ消えないままだが、もう既に去年のことだ。

正直、和美への怒りがおさまったとはとてもじゃないが言えない。

だからといってこれ以上追及したり憤慨したり、彼女のことで悩むのもまっぴらだ。



しかし心の中のわだかまりは、どんどん色濃くなっていく。

それは和美に対してということではなく、先輩に対してのそれだった。



あの事件において、先輩に非があるわけではないのは当然のことだと雪は思っていた。

けれど、和美から聞いた先輩の言動は、彼に対しての不信を煽るのには十分だった。

お前も 赤山も



そう言って背を向けて去って行ったという彼の後ろ姿を、雪は想像出来る気がした。

去年の苦い記憶の断片が、脳裏を掠めゆく。

  

去年の先輩は間違いなく私のことを嫌ってたはず。私が悪かった部分もあったし



けれども‥。

人の好き嫌いを抜きにして、あの状況を知ってたなら





いくらなんでも‥少なくとも警備員くらいは呼んでくれても良かったのに





人の命に関わる問題だったのに


ホームレス事件の翌日、自販機の前で話しかけてきた彼の姿を思い出す。


ワケを知りながら、あたかも知らないふりをして聞いてきたのは一体‥なぜ?




彼への不信が募り、頭をもたげていく。

しかしこう考えてみたところで、もう過ぎ去った去年のことだ。

しかも先輩が自分を見捨てたことについても、雪が抗議出来る事ではない。

なぜなら、人を助けるのは決して義務ではないからだ。


けれど‥。




どんなに好意的に考えてみようとしても、何度も「けれど」が思考を引き戻す。

去年までの関係ならこれで終わりかもしれないが、

今雪が不信を募らせている相手は、自分の彼氏なのだ。このままにしておけない。



しかしなぜ彼が自分に告白してきたのか、雪は今さらながら信じられなかった。

老女ホームレス事件で、瓶で殴られようがなかろうが気にも留めないくらいに雪のことを嫌っていたくせに、

一体なぜ真逆の感情ともいえる告白をしてきたのか。



去年彼は、雪のことを無視して、嘲笑って、侮辱して、助けてもくれなかったのだ。

あれから一年も経ってない。半年でこんなにも、人は変われるものなのだろうか。

一体この状況を、どうとらえればいいのだろうか‥。





考えても考えても、深みにはまるばかりで答えは出ない。

雪は教室へと向かう廊下を、憂鬱な気持ちのまま歩いて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<彼への不信(1)>でした。

久しぶりの柳先輩~(個人的に好き‥)!彼女つき!

やりとりから見ると結構長いつきあいっぽいですよね。きっと柳先輩のお母さんが亡くなった時も傍にいてあげて‥

とか勝手に妄想しています(笑)

次回は<彼への不信(2)>です。


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明かされる顛末(2)

2013-10-25 01:00:00 | 雪3年2部(再会~三者対面)


雪と和美は、カフェにて向かい合って座っていた。

苦いコーヒーがだんだんと冷めていく。

和美は昨年雪に対して行った嫌がらせの数々を、その重たい口から語った。




今口にしているのは、薬物混入事件のことが赤山雪にバレて、彼女から脅しに似た警告を受けた時のことだ。

青田先輩にそのことが知られてから、心なしか空いてしまった彼との距離。



やるせない日々を送っていた最中、ある秋の日に出くわした事件について和美は言及し始めた。

大学構内をうろついていた、老女ホームレスに絡まれた時の話だ。




その話を聞いた途端、雪の顔色が変わった。



脳裏に苦い記憶が染みのように広がっていく。

  

雪は話の続きを促した。

真っ直ぐに和美の瞳を見つめながら。



和美はおどおどと瞳を動かしながら、話の続きを口にした。



老女ホームレスに、雪が居残っているはずの校舎へ行くよう促したことを。







それを聞いて、雪は初めとてもじゃないが信じられなかった。

問い詰める声が、思わず掠れた。

「‥あんた、今自分が何言ってるか分かってる‥?」



和美はテーブルの下で、両の拳をぎゅっと握っている。

向かいに座る彼女とは、目を合わせられなかった。

「‥あの時は軽く思ってた‥たとえ行ったところで勉強の邪魔するくらいだろうって‥」



その後和美は、憂さ晴らしと友人と連れ立って行ったバーでもホームレスのことが気がかりでしょうがなかった。

バーのウエイターが手を怪我しているのを見て、思わず席を立って大学に引き返した。





そして道の途中で、青田先輩に会った話をした。

いつもとは違う彼の態度に愕然とした。身体中に冷たい血が巡るようだった。

あの時の驚愕と絶望を、未だに和美は忘れることが出来ない‥。






雪は、刺すような視線で和美を見ていた。

静かに、しかし烈しい炎が瞳の中に揺れる。



しかし雪は不思議なほど冷静だった。

例えば横山の時より‥いや生まれて初めてというほど取り留めのない怒りを感じているというのに、

去年のように不明瞭な点が無いせいか、クリアに怒りの感情だけが心の中にポンと置かれている感覚だった。

「それで‥言いたいことってなんなの?」



和美はあの時青田先輩があなたを助けなかった‥と続けようとするが、

雪はピシャリとその続きを遮った。

今問題は、先輩が自分を助ける助けないの問題ではないと。

「重要なのは、あんたが私にした行為でしょう」



和美はぐっと言い詰まったが、「そうね‥あんな事しちゃいけなかったのに‥」と何とか言葉を繋いだ。



しかし雪は怯まず、物事の本質を突く質問をした。

「あんな事って何?授業時間の変更をその都度知らせなかったこと?プリントすり替えたこと?

横山に変なこと吹き込んだこと?ジュースに薬物混入したこと?ホームレスに自分を襲わせたこと?」




後から後から、和美が雪にした陰湿な嫌がらせが思い出される。

雪は和美の「あんな事」が、これの内のどれに該当するのかと聞いた。言い返そうとする和美の言葉を遮り、

「本当に理解出来ない」と言い放った。尚も言葉を続ける。

「あんたが私を誤解してたことについて、事実じゃないって私は何度も言ったよね?

‥廊下であんたが泣いてる姿を見て以来、少し罪悪感もあった」




なのにあんたは最後まで‥と言って雪は目を伏せた。瞳の中には、怒りだけではない感情が渦巻いている。

そして先ほど和美から言及された「首席」問題が、もう一度雪の怒りに火を付けた。



見栄を張ったり先輩の横に並ぶために、雪は首席の座が欲しかったわけじゃない。

奨学金を貰うためだ。誰にも頼れない彼女は、自分一人で努力しなければいけなかったからだ。



歯を食いしばりそう主張する雪に、和美は焦れたように反論した。

「だから謝ってるじゃない!あたしに非があるってことも十分分かってるわ!

そこまでしてあたしだって平気なはずないでしょう?ずっと苦しかった。本当よ!」




苦しげに瞳を閉じ、声を張り上げる和美に対して、雪はやはり冷静だった。

「なのに、」と彼女の急所を最短で突く。

「今まで謝りに来もせずに、一体何してたの」



「今日偶然会ったついでに謝ったかと思えば、その次は留学?」

心の底から沸々と怒りが湧き上がり、雪は形相を変えて和美に凄んだ。

和美は雪から目を逸らすと、「だからこうして謝ってるじゃない」と反論した。



尚も先輩が雪を見捨てたことについて言及しようとする。

雪は和美の目の前で、バッと手のひらを広げて見せた。



思わぬ雪の行動に、和美が思わず息を呑む。

「この傷跡が見える?」



雪の手のひらには、老女ホームレスから受けた傷が未だに残っていた。

手のひらだったから良かったようなものの、これが頭だったら、ましてや顔だったらどうするつもりかと冷静に問い詰める。

「あんたがやったことは普通の人が出来る限度を超えてる。やっていいことと悪いことがあるでしょう」



苦虫を噛み潰したような表情の和美に、雪は切々と訴えた。

「なのに散々見て見ぬふりをした挙句、今日みたいに偶然会ったついでに謝って済ますつもりだったわけ?」



和美の顔に、だんだんと不満が現れてくる。

真に反省していない証拠だ。危機感や罪悪感だって、雪が認識している事態の重さとはまるで比例していない。

「本当に自分勝手な人間だね。首席にもなりたい、男にもがめつい、

嫌いな子はどうにかして痛めつけてやりたい、謝って楽になりたい、けど罪は認めたくない!」




そこまで言われて、和美はうんざりという風に溜息を吐いた。

「あ~もう分かったわよ。本当にすいませんでした!これ以上どうしろって言うの?」



和美は面倒くさそうに、このまま動かないでいてあげるから好きにすればと言った。

殴るなり侮辱するなり、雪の思うがままにと。



雪はそんな和美を見て、心が怒りの炎を燃やしたまま冷たい氷で包まれていくような、

言いようのない虚しさが募っていくのを感じた。

「あんた本当に、私に対して一つも悪いと思ってないんだね」



そう言うなり、雪は立ち上がった。和美が身構える。

しかし雪はそのまま席を立とうと椅子を正した。「なによ?好きにしていいってば」と言う和美に、そっけなく言い放つ。

「ううん、あんたに指一本触れたくない。これ以上相手にしてる時間が勿体無いわ」



言いたいことを全て言った和美は、さぞ清々しく留学に行けるのだろう。そう雪が言い捨てる。

「そんな言い方することないじゃない?! あたしがいつ‥」



反論する和美に、雪は侮蔑の視線を送った。

「なに? 違った?」






眉間にシワを寄せ、雪はフゥと長い息を吐いた。



そして最後の通告を、和美に向かって抑揚のない口調で行った。

「それじゃ、あんたとはもう関わりたくないから。二度と私の前に現れないで



そして雪は席を立った。

呆然とした和美を、一人残して。



和美の口から、思わず乾いた笑いが漏れる。

脳裏に浮かぶのは、重なる二人の姿だった。

      



和美はもう一度あの事件の後を反芻する。

助けてとすがったが来てくれなかった青田先輩との問答の後、一人で校舎に向かった時のことを。

先輩は言った。

二度と俺に近づくなと。



それは先ほどの赤山雪と、言葉も表情もやはり重なった。

二度と私の前に現れないで





和美は帰路を辿りながら、プライドを傷つけられた憤懣を抱えた。

人を馬鹿にするにもほどがあるわ。似たもの同士お似合いじゃないの



赤山雪のあの反応からすると、あのホームレス事件の詳細をまだ青田先輩から聞かされていないのだろう。

和美は意図的に言わなかった。

先輩が警備員を呼び、赤山雪を助けたという事実も、そして彼がパブリックイメージとは全くかけ離れた、

冷淡で狡猾な人間だということも。



あの事件の後、和美は一日として学校で心落ち着ける日なんて無かった。

時が経てば経つほど、この地獄のような日々が一体いつまで続くのかという恐怖に耐えられなくなった。


赤山は一人被害者ヅラしているが、精神的苦痛の被害を被ったのはむしろ自分だと、和美は今までの心労を思い返した。

犯した罪の軽重は置いておいて、依然として赤山雪のことが嫌いだ。

だから‥。




彼女のことも、彼のことも、和美は嫌悪感を持ってこの事件を終わらせると決めた。

青田先輩が卒業する一年後まで、和美はここから姿を消す。



振り返って見上げた大学の校舎は、あらゆる思い出を閉じ込めてこの場に聳え立っていた。

和美は様々な思いを抱えながら、校舎から背を向けた。

自分の意志で、ヒールの音を響かせながら‥。





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<明かされる顛末(2)>でした。

過去記事と交えて記事を書いてみました。

和美視点の3話はこちら↓

<和美>その真実(1)
<和美>その真実(2)
<和美>その真実(3)


次回は<彼への不信(1)>です。


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明かされる顛末(1)

2013-10-24 01:00:00 | 雪3年2部(再会~三者対面)
カフェに移動した雪と和美は、ぎこちない雰囲気のまま向かい合って座った。

コーヒーが苦く感じられる。



最初に口を開いたのは和美の方だった。

皮肉に唇の端を歪め、嘲笑うかのような表情を浮かべながら。

「なによ、散々しらばっくれといて結局付き合ってるなんてね」



その和美の言葉に、雪は憤慨した。

そんな嫌味を言うためにこんな所までわざわざ呼び出したのかと。



それを受けて、和美はビクッと身を震わせて俯いた。

ただビックリして‥と口ごもる。



雪はその反応に違和感を感じた。

去年までの彼女なら、叩き返すかのように反論してくるところだ。



下を向いた和美を見て、いつもの覇気の無さを雪は意外に思った。



雪はそんな和美に、落ち着いた口調で話を続ける。

「‥あのとにかくそういうことだから、あまり落ち込んだり怒ったりしないでほしい」



雪の言葉に和美は下を向いたまま、「別にあたしが口出しすることじゃないから」と言った。

その表情は苦悶に歪んでいるようにも見える。



去年あれだけ雪に嫌がらせや口出しをした彼女が、今まるで反対の反応をすることに雪は疑問を持った。

和美は意を決したように目を瞑ると、重たい口を開き始めた。



「休学してから‥ずっと‥あなたに謝りたいと思ってたの」



雪の脳裏に、あの出来事が蘇ってくる。





「あぁ‥薬物混入したことなら、もうとっくに忘れたから‥」



しかし和美は、そのことを言っているのではないと言った。

あなたに言わなきゃならないことがあるの、と続ける。

「実は‥」



事の顛末は、青田淳との出会いの話から始まった。






容姿端麗、頭脳明晰な彼女は県内トップのA大学経営学科に、首席で入学した。

合格発表の直後、和美は休学直前の青田淳と会うことになる。

あ、どうぞよろしく



一目惚れだった。

同じく首席‥更に格上の全体首席だという彼を前に、和美は頬を染めた。



その後すぐ休学してしまった彼と、それ以来和美は会うこともなかったが、

彼の印象は心の中に強く残った。


二年の時を経てもなお、彼を忘れることは出来なかった。

去年の新歓飲みで再会した時、彼は和美の名前を覚えてくれていた。



本当に嬉しかった。

和美は大学の構内で彼を見かける度、惹かれていくのを自覚した。

先輩がすごい人だということも分かっていた。だから自分なりに彼に近づこうと努力した‥。



首席カップル、と周りからからかわれるのも内心鼻が高かった。

先輩もまんざらでもなさそうに見えたのも、また嬉しかった。




そんな折、和美のトップの座を揺るがす存在が現れた。

青田先輩と時を同じくして復学してきた、赤山雪である。



彼女は優秀だったが(和美はそれを認めようとはしなかったが)、その学期の全体首席も青田先輩の手に渡った。

赤山雪がそれを意識している場面を見たことがある。

闘争心を感じているような内容で、赤山雪とその友人は青田先輩についての話をしていた。



和美はいけ好かないものを感じ、舌打ちした。

‥何様のつもり? 笑わせないでよね。目障りな女‥







そこまで喋った所で、「それとこれも知ってたでしょうけど」と和美は前置きをして雪に言った。

「あたしあなたのことあまり好きじゃなかったわ」



雪は心の中で大きく頷いた。そんなこと、もうとっくに知っている。

和美は始めから雪に対して敵対心を持ち、何かと嫌味な態度で接して来たのだが、

なんのことはない、成績に対する嫉妬だったのだ。雪は白けた気分になった。



溜息を吐く雪を前に、俯いた和美は言葉を続ける。

「ただでさえ目障りだったのに、いつの日からか先輩があなたの話をよくするようになった。

それでもっと、嫌いになったわ‥」








また和美の記憶は、去年の先輩の姿を辿る。

先輩は赤山雪が次席だったということに感心し、彼女は礼儀正しく要領も良いと、あまつさえ雪を褒める言動さえあった。



おまけに他の学生達からの赤山雪の評判は、良いものが多かった。

彼女は難しい課題を学科で一番上手くこなし、教授に褒められることもあった。

ノートを嫌な顔一つせず人に貸し、他人に迷惑もかけなくて偉いと同期たちが話していることもあった。

  

赤山雪に対する良い噂を聞く度に、心の中に毒が溜まっていくようだった。



和美はある日先輩の前で、思わず毒が口を吐いて出た。

皆口をそろえて褒めているが、自分にはとても理解できないと。



性格も謎だし、服装もダサい。

そして‥

「いつも疲れきった顔をして、見てるこっちが憂鬱になってくるじゃないですか」



平井和美も、そして実のところ青田淳本人も気がついてなかっただろうが、その言葉は彼の心に小さな敵意を与えた。

赤山雪の悪口を続ける和美に、青田淳の対応は結果雪を庇う形になった。

たしなめられた和美は「平井のことを思って」という言葉の前に、気をつけますと言う他なかった。



心の中に溜まっていく毒。

先輩が赤山雪を庇ったという事実は耐え難いものだったが、

それでも自分と先輩との仲は、格別なものだとその時まで和美は思っていた。



しかし和美が開いた英会話の自主ゼミに、青田先輩は来てくれなかった。

他の女子達に自分たちの仲は特別だと見せつけたかったのに、先輩は他の人のゼミに行ってしまったのだ。

そして先輩から直接、それについての注意を受けた。



そこで和美は、赤山雪が青田先輩の居るゼミに在籍しているという事実を知る。

わざとらしくヘラヘラと笑いながら、自分のゼミを抜けて彼のゼミに行く赤山雪の姿が思い浮かんだ。



後日ミスプリントをわざと彼女に寄越し、和美はそのことを問い詰めた。

誤解だと弁解する彼女を見て、ますます和美は赤山雪への不信を募らせていく。





青田先輩の前でへつらうような笑みを浮かべる彼女を見て、ハッキリとした敵意を感じた。



先輩に気に入られたくて、先輩と特別仲のいい自分を出し抜こうとしていると、和美は確信していた。


心の中に溜まった毒は、憎しみとなって彼女を燃やし始める。

そこから和美は、陰湿な嫌がらせをするようになった。

授業時間が変更になったと故意の間違いメールを送ったり、赤山が横山に好意を持っているとけしかけたりもした。

  

ホームレスと言い争った時も、偉そうに説教する雪が許せなくて、薬物混入まで仕組んだ。

  

憎しみが燃えていく。

毒を吐き出しても吐き出しても、心の奥底から溢れてくるだけだというのに。




去年あった色々なことの顛末が、段々と明かされていく。

二人は向かい合いながら、長い時間を旅しているようだった。




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<明かされる顛末(1)>でした。

今回は時系列整理ブログとしては少し変えまして、和美目線の話を入れたかったので去年の話も書きました。

淳目線の記事はこちら→<淳>手のひらの上の災難

久しぶりのセピア感‥懐かしい感じしました^^


次回は<明かされる顛末(2)>です。

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再会

2013-10-23 01:00:00 | 雪3年2部(再会~三者対面)
長く降っていた雨も止み、雲は晴れ青空が広がった。



今日は事務補助の仕事も少なく、雪はノートを広げ勉強をしているところだった。

先日、河村亮が講師から借りてくれた講義案のコピーをノートに書き写している。



雪はそれを見ながら、先日の亮の姿を思い出していた。

媚びへつらいながら、ペコペコと頭を下げる彼の姿を。



コピー室でブチ切れていたのを見る限り、相当頭に来ていたはずだ。

けれどこの講義案を手に入れるために自分の感情を押し殺してまで、きちんと彼は責任を果たしてくれた。

ただの金食い虫だと思っていたのに‥。



意外と責任感あるんだなぁ‥

雪は亮の意外な一面に驚きつつも、もう一つ心に引っかかったものにそろそろ向き合わなければならないと感じていた。

青田先輩と、河村亮の関係性である。



出来ればお互いにこの話題は避けたいところだけど‥。先輩と付き合ってる仲なんだから、

そろそろ言うべきだよね?河村氏と同じ塾に通ってるってこと




雪は携帯電話に手を伸ばす。

先輩に貰った、ライオンの人形が揺れた。

仲の悪い人と私が絡んでるって知ったら良くは思わないだろうし‥



先輩からの着信もメールも無い。今日は連絡も無しに遅いな、と思った時だった。

雪の手の中の携帯がいきなり震えた。

青田先輩からの着信だった。



まるでエスパーのようなタイミングである。

雪は心臓をバクバクいわせながら電話に出ると、先輩は申し訳なさそうに言った。

「今日、友達と急な約束が出来て行けそうもないんだ」 



いつもは一緒にお昼を食べに行っているが、今日は行けないので助手さん達と食べて、と先輩は言った。

仕事もあまり無理しないように、とも。

「勉強も俺が言ったところまでちゃんとやっておくように。

それじゃ、外だからそろそろ切るよ。頑張ってな」




お父さんの言うセリフのようだが()、雪は素直に了承し、先輩も楽しんで来て下さいと笑顔で送り出した。



その後、雪は勉強も仕事も、先輩が居なくてもきちんと真面目にこなした。



お昼ご飯も食べ、仕事も一段落する頃少し睡魔が襲ってきて、雪は思わず大あくびをした。

ハッと、遠藤の方を窺う。



しかし遠藤は雪の方を見ることもなく、静かにPCに向かっていた。

いつもはガミガミと小うるさいのに、最近はヒステリーも起こさず大人しい。



雪は少し気になりつつも、そのまま机に向かった。

ふと隣を見ると、いつもは座っている先輩がいないから変な感じだ。



雪は頬杖をつきながら、気怠い退屈を感じた。



しかし次の瞬間事務所のドアが開き、

とある人物が入ってくることで彼女の退屈は消し飛ぶことになる。



その人物がドアを開けると、品川さんが驚いたような声を上げた。

「あら?!誰かと思えば!久しぶりねー!元気だった?」



ご無沙汰してます、とその人物は口を開いた。

少し落ち着いたその声に、雪は聞き覚えがあった。声の主を見ようと、PCから顔を出した。



どなたですか、と聞いた雪に、品川さんがその人物の名を明かす。

「平井さんよ!平井和美さん!覚えてるでしょ?去年二年生の学科代表だった」











  

かくして二人は再会した。

平井和美が休学して以来、二人は初めて顔を合わせた。


しかしお互いに苦い過去が脳裏を掠め、二人は互いの顔から目を逸らした。



品川さんは二人の気まずい空気には気が付かず、そのまま和美と話を続けた。

平井和美は必要な書類を取りに事務所に来たと言う。

「何の書類?」 「国際交流プログラムです」



雪は聞き耳を立てていた。留学でもするのだろうか‥。



品川さんがいつ頃戻ってくるのかと彼女に聞くと、

和美は「多分一年以上は帰らないと思います」と憂いを含んだ表情で答えた。



雪は和美のその顔を、何となく微妙な気持ちで眺めていたのだが、

次の瞬間品川さんが思いがけないことを口にした。

「それはそうと残念ねぇ、いつもなら淳くんに会えたのに!」



雪の背中がビクッと揺れる。

制止しようとする雪だが、品川さんは尚も言葉を続ける。

「雪ちゃん、さっきの電話淳くん来れないって連絡だったのよね?」



はい、としか雪は答えようが無かった。

そして品川さんに他意はなかった。ただ休み中は同じ学科の子同士で会うこともないだろうから、

せっかくだから会えたらよかったのにね、という意味に過ぎなかった。

しかし平井和美にとってそれは大きな意味を持った。率直な疑問が口を吐いて出る。

「あの、どうして青田先輩がここに‥」



それに対して、品川さんは何の躊躇いもなく笑顔を浮かべた。

「ん~? そりゃあ雪ちゃんと付き合ってるから~」



その答えに、平井和美の動きが止まった。

和美の「え?」という言葉を最後に、空気が重く沈んでいく。



さすがの品川さんもその尋常じゃない雰囲気に口を噤んだ。とんでもないサプライズだ。

雪は恐ろしいものを見るかのように和美の後ろ姿を見ていた。

怒るだろうか、それとも皮肉るのだろうか‥。




しかし窺い見えた横顔は、そのどちらとも違っていた。



驚きのようでもあり、落胆のようでもあった。

しかし雪はだんだんと、和美の口元が歪んで行くのを見ていた。



彼女の気持ちが変化していくのを、雪は見てみぬふりをして背を向けた。

知ったこっちゃない。別に悪いことしてるわけじゃないし



和美は雪のデスクまで来て、「ちょっといいかしら」と言った。

仕事中だから、と断った雪だが、和美は強い口調で「話があるの」と言う。



その瞳には、去年の嫉妬に歪んだ視線とはまた別の強い光があった。

雪は目の中に燃えるそれを見て取る。




そんな二人のやりとりを見て、品川さんが今日は仕事も少ないから行ってらっしゃいと気を利かせた。

マズイ事をしてしまったという罪滅ぼしも兼ねて。




雪は溜息を吐いて、和美をカフェに誘った。

二人は無言のまま、連れ立って歩いて行った。

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<再会>でした。

ついに平井和美カムバック!の回でした。

しかし日本語版の、雪が事務所を尋ねて来たのは誰かと聞くセリフ‥「どちらさん?」‥。

「ちょっくら」「おいとま」「どちらさん?」個人的には気になるセリフ御三家です(笑)

さて次回はThe修羅場!

<明かされる顛末(1)>です。

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霧煙る関係

2013-10-22 01:00:00 | 雪3年2部(密会~再会)


未だ激しく降る雨が、古い家の屋根に当たって大きな音を立てる。

遠藤修は恋人の部屋で横たわりながら、一人その雨音を聴いていた。



時たま吹き荒ぶ風が、立て付けの悪い窓枠を揺らす。



遠藤は机の上に置かれた時計を見た。

8時14分。

ここでこうして横たわったまま、もう三時間が経つ。

傍に置かれた携帯には、”発信 秀紀”の履歴が並ぶ。



もうずっと秀紀とは、音信不通だ。


遠藤はこの部屋で、押入れに隠してあった重箱を見つけていた。



見たことのないYシャツを目にしていた。



自分の知らない彼が、分かち合えない時間が、彼の心を孤独にする。


遠藤は以前秀紀から言われた留守の理由、”急な同窓会”を思い出していた。

今回は一体どんな言い訳が出てくるのやら‥。




皮肉に似た気持ちが心を意地悪く揺らす。

遠藤はのっそりと起き上がり、秀紀にメールを打った。

まだ帰らないみたいだから、もう俺は帰るよ。これ見たら連絡‥




こんな文面を、もう何度打っただろう。


こんな気持ちを、もう何度味わっただろう。




遠藤は虚ろな気持ちのまま、一人空を見つめた。


身体が鉛のように重い。


心が錆びついた鎖のように、ギシギシと音を立てて軋む。



「は‥」




声にならない溜息が、口から漏れる。


彼は疲れていた。

ただ横になっていただけなのに。

それだけなのに。





否、と遠藤は思う。

この虚無を孕んだ疲弊は、今に始まったことではない。

この暮らしが始まってから、ずっとまとわりついていたものだ。



秀紀がここに住むようになってから、一日も疲れない日なんて無かった



一日も‥









街は、未だに激しく降る雨で煙る。

一人の部屋で聴く雨音に別れを告げて、遠藤は秀紀の部屋を出た。



するとアパートを出た所で、一人の男とすれ違った。

俯いていた遠藤は気が付かなかったが、男の方が遠藤に気づき、振り向いた。





「こんばんは」



またお会いしましたね、と男は遠藤の顔を見て言った。


目立たないように目深に帽子を被っていた遠藤だったが、すぐに顔が割れたことに抵抗を感じた。




男は尚も遠藤に話しかけてくる。

「お友達に会いに来たんですか? けどあいにく会えなかったのかな?」

「おじさんは留守みたいですねぇ?」



遠藤の表情に不審の色が浮かぶ。

全て把握しているようなこの男に、何か不穏なものを感じた。


男は更に秀紀の動向を言及する。

「近頃よく外出されてるみたいですよ?夜も遅いみたいだし。

浪人生って聞きましたけど、何をなさっているのやら。ご存知ですか?」




男の細い目が、何かを探るような視線で遠藤を射た。

しかし遠藤は男を睨み、「あんたに何の関係がある?」と言い捨てて背を向けた。



背後で男が謝罪の言葉を口にするが、遠藤はそれに構わず早足でその場から去った。

激しい雨の中を、一人帰っていく。



男はしばしその後姿を眉根を寄せて見ていたが、じきにまた元行く道を歩き出した。










暗い雨が、遠藤の心を濡らす。

疲弊した精神にその雨は、冷たく染み渡っていく‥。



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<霧煙る関係>でした。

切ない回でした。無気力な遠藤さんが、悲しいですね。。


さて次回は、久しぶりのあの人が!

<再会>です。

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