「おいっ!止めろっ!!」
背後から掛かったその声に振り向くと、そこには意外な組み合わせの二名がこちらを向いて立っていた。
佐藤広隆と、河村亮である。
雪は未だ険しい顔のまま、こちらを向いている亮の方を見た。
亮は眉をひそめながら、臨戦態勢の女二人を無言で眺めている。
今にも雪に掴みかかろうとする静香を、佐藤が彼女の腕を取って引き止めた。
「どうしたんだよ?!魔が差したか?!」
「ちょっと!止めないでよ!今日こそはこの女っ‥!」
「もう!離してよっ!!」
声を荒げる静香の隣で、亮は地面に視線を落としていた。
散らばった本やプリントはどれも破れたりグチャグチャになったりした上に、
コーヒーの染みがべったりと付いている。
それを見た雪の心に、罪悪感がじわじわと積もる。
すると静香は地面に落ちた本を拾い上げると、大きな声でこう言った。
「見てよこれ!この本!広隆があたしにくれた本が!
あたしがこれをどんなに大切にしてたと思ってんの?!」
その静香の言葉に、佐藤は幾分動揺していた。
静香の主張は続く。
「見たでしょこれ!ねぇ見たでしょ?!プリントにコーヒー零したからって、
こいつは本をこんな風にしやがったのよ!わざとじゃないのに!」
佐藤はその静香の言葉を聞いた後、あからさまに眉を寄せた。
佐藤は静香から視線を外すと、地面に座ったままの雪に手を差し伸べる。
「大丈夫か?」「え?あ‥はい」
その光景を見て、思わず静香は「は?」と声を出した。
お前が助けるべきはその女じゃなくあたしだろう?と。
「な‥な‥何なの?!もう一度本見なよ!ほらこれ!」
「だからってこの子にコーヒーぶち撒けてどうするんだよ」
佐藤は静香の方を向き、彼女に向かってビシッと言った。
「危ないじゃないか!それに都度感情をすぐ表に出すのは良くないぞ」
「はぁ?」
まるで説教のような佐藤の言葉に、静香は怒りの形相で迫る。
「広隆‥アンタこの子の肩を持つつもり‥?あぁ?!」
「い‥いやそういうわけじゃ‥カムバック理性‥」
その形相に一瞬佐藤はたじろいだが、再び彼は顔を上げて声を張った。
「この子は俺の後輩なんだ。それに君はちょっとやり過ぎ‥」
「あー止め止め」
しかし最後まで言い切る前に、ストップが掛かった。
河村亮は佐藤の肩に手を置き、目を閉じたまま首を数回横に振る。
亮が目を開けて最初に視線を流した先は、静香でも佐藤でも無かった。
亮は静かに口を開く。
「ダメージ」
思わず目を見開く雪。亮は彼女を凝視しながら、淡々と言葉を続ける。
「コイツのこと刺激すんなって、似たようなこと言ったことあると思うんだけど」
「覚えてねぇか?」「え?」
突然自分に矛先が向けられたことに、雪は戸惑いを隠せなかった。
咄嗟に反論が口を突いて出る。
「や‥でもこの人が‥」
「だからってコイツと同じ土俵でヤバイことしてどーすんだよ」
亮の口調は冷静だ。
いや、それを通り越して、冷淡に近い。
「お前って賢かったんじゃなかったっけ」
「あ‥それは‥」
返す言葉が続かない。
口ごもっている雪を残して、亮は結論を下し、静香は大声でまくし立てる。
「もーいい。クリーニング代、社長に預けておくから」
「クリーニング代って何よクリーニング代って!
あたしの本弁償しなさいよ!そんで広隆!アンタには失望したわよっ!」
何度目かの”失望”発言で、地味にメンタルを削られている佐藤と、
徐々に苛立ちが募って行く雪。
「本代は?!本代!」としつこく食い下がる静香に、
とうとう雪の堪忍袋の緒が切れた。
「あーもう!弁償するってばっ!!」
雪は声を荒げながら、バッグから財布を取り出す。
「その本いくらよ?!払えば良いんでしょ?!」
そう言って雪は、札入れから札を取り出そうとした。
しかし財布を開いた瞬間、その手の動きがピタと止まる。
小さく「百円‥」と呟く雪と、彼女に注目する周りの三人。
その中で誰よりも目を丸くしているのは、雪本人であった。
‥お金が無い。
札が一枚も入っていない‥。
河村姉弟がじっと雪のことを見ている。
雪は頭の中で(☓日分の交通費や食費を引いて考えると‥)とすばやく算段をしながら、途切れ途切れに声を出した。
「口座‥にお金はあるから‥銀行に‥」
静香が訝しげな目つきで雪を見る。
「ホントでしょうね?」
雪はギクッと身を震わせたが、その後小さく頷いた。
すると静香はコロッと態度を変え、あまつさえ微笑みを浮かべて雪に話し掛ける。
「じゃ、いーわ。社長令嬢~オベンキョ頑張って下さいね~?
あたしにも良心ってモンがあるからぁww」
そして静香はこの場から去るべく、皆に背を向け歩き出した。
姉の後を、亮が黙って付いて行く。
呆れたような、訝るような、壁を一枚も二枚も感じるその表情。
雪はそんな亮の顔から目が離せなかった。
「広隆!アンタ覚えときなさいよ!」
親しげな仕草も調子の良い言葉も、何も示さずに亮は雪から背を向けた。
雪はただその場に突っ立ったままで、彼らの足元をじっと見ている。
心の中に、乾いた風が吹き抜けて行くようだ。
雪はカサカサした感情を噛み締めながら、ただ俯いていた。
握り締めた財布は、薄くてペタンとしていた。
まるで擦り減らされて行く自分自身のように。
ふと視線を上げると、二人の背中が見えた。
亮が静香を小突きながら、並んで歩いて行く。
雪の脳裏に、ふと様々な場面が浮かんで来た。
「おい、もしウチの姉ちゃんと喧嘩することがあれば、まずは髪の毛を引っ掴めよ!」
そう言って静香撃退法を伝授しようとした亮。
お互い憎まれ口を叩きながら、一緒に地下鉄に乗って帰った。
「ったく!何言ってんだかマジで!いいからメシくらい食って来いっつーの!」
あの時、亮がああ振る舞ってくれたお陰で、家族は共に食事をすることが出来た。
彼が居なければ、未だ家族の間には亀裂が入ったままだったかもしれない。
最後に、図書館で共に勉強した時の場面が、記憶の中で再生される。
言い争うこともあったけれど、あの時確かに彼は、自分の味方だったー‥。
「おい‥」
俯きながら大きく息を吐く雪に、佐藤は心配そうに声を掛けた。
雪は息を吐き切ると、パッと笑顔を浮かべ、佐藤の方を向く。
「行きましょ」「あぁ‥」
「助けて下さってありがとうございました」「いや別に‥」
「でも大丈夫ですかね?」「‥‥」
そして雪は、佐藤と並んで歩いて行った。
髪の毛が揺れる度に臭う、コーヒーの匂いに辟易しながら‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誰の味方>でした。
雪ちゃん‥100円しか持ってないのか‥どうやってお金を工面するんでしょう‥。
そしてなんだか冷たい態度の亮さんが切ないですね。
佐藤先輩は変な情に流されず、物事を客観的に見ることが出来てステキです。
(でもちょっと世渡り下手?そのへんが雪ちゃんに似てるのかも‥)
次回は<彼女のグループ>です。
☆ご注意☆
コメント欄は、><←これを使った顔文字は化けてしまうor文章が途中で切れてしまうので、
極力使われないようお願いします!
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背後から掛かったその声に振り向くと、そこには意外な組み合わせの二名がこちらを向いて立っていた。
佐藤広隆と、河村亮である。
雪は未だ険しい顔のまま、こちらを向いている亮の方を見た。
亮は眉をひそめながら、臨戦態勢の女二人を無言で眺めている。
今にも雪に掴みかかろうとする静香を、佐藤が彼女の腕を取って引き止めた。
「どうしたんだよ?!魔が差したか?!」
「ちょっと!止めないでよ!今日こそはこの女っ‥!」
「もう!離してよっ!!」
声を荒げる静香の隣で、亮は地面に視線を落としていた。
散らばった本やプリントはどれも破れたりグチャグチャになったりした上に、
コーヒーの染みがべったりと付いている。
それを見た雪の心に、罪悪感がじわじわと積もる。
すると静香は地面に落ちた本を拾い上げると、大きな声でこう言った。
「見てよこれ!この本!広隆があたしにくれた本が!
あたしがこれをどんなに大切にしてたと思ってんの?!」
その静香の言葉に、佐藤は幾分動揺していた。
静香の主張は続く。
「見たでしょこれ!ねぇ見たでしょ?!プリントにコーヒー零したからって、
こいつは本をこんな風にしやがったのよ!わざとじゃないのに!」
佐藤はその静香の言葉を聞いた後、あからさまに眉を寄せた。
佐藤は静香から視線を外すと、地面に座ったままの雪に手を差し伸べる。
「大丈夫か?」「え?あ‥はい」
その光景を見て、思わず静香は「は?」と声を出した。
お前が助けるべきはその女じゃなくあたしだろう?と。
「な‥な‥何なの?!もう一度本見なよ!ほらこれ!」
「だからってこの子にコーヒーぶち撒けてどうするんだよ」
佐藤は静香の方を向き、彼女に向かってビシッと言った。
「危ないじゃないか!それに都度感情をすぐ表に出すのは良くないぞ」
「はぁ?」
まるで説教のような佐藤の言葉に、静香は怒りの形相で迫る。
「広隆‥アンタこの子の肩を持つつもり‥?あぁ?!」
「い‥いやそういうわけじゃ‥カムバック理性‥」
その形相に一瞬佐藤はたじろいだが、再び彼は顔を上げて声を張った。
「この子は俺の後輩なんだ。それに君はちょっとやり過ぎ‥」
「あー止め止め」
しかし最後まで言い切る前に、ストップが掛かった。
河村亮は佐藤の肩に手を置き、目を閉じたまま首を数回横に振る。
亮が目を開けて最初に視線を流した先は、静香でも佐藤でも無かった。
亮は静かに口を開く。
「ダメージ」
思わず目を見開く雪。亮は彼女を凝視しながら、淡々と言葉を続ける。
「コイツのこと刺激すんなって、似たようなこと言ったことあると思うんだけど」
「覚えてねぇか?」「え?」
突然自分に矛先が向けられたことに、雪は戸惑いを隠せなかった。
咄嗟に反論が口を突いて出る。
「や‥でもこの人が‥」
「だからってコイツと同じ土俵でヤバイことしてどーすんだよ」
亮の口調は冷静だ。
いや、それを通り越して、冷淡に近い。
「お前って賢かったんじゃなかったっけ」
「あ‥それは‥」
返す言葉が続かない。
口ごもっている雪を残して、亮は結論を下し、静香は大声でまくし立てる。
「もーいい。クリーニング代、社長に預けておくから」
「クリーニング代って何よクリーニング代って!
あたしの本弁償しなさいよ!そんで広隆!アンタには失望したわよっ!」
何度目かの”失望”発言で、地味にメンタルを削られている佐藤と、
徐々に苛立ちが募って行く雪。
「本代は?!本代!」としつこく食い下がる静香に、
とうとう雪の堪忍袋の緒が切れた。
「あーもう!弁償するってばっ!!」
雪は声を荒げながら、バッグから財布を取り出す。
「その本いくらよ?!払えば良いんでしょ?!」
そう言って雪は、札入れから札を取り出そうとした。
しかし財布を開いた瞬間、その手の動きがピタと止まる。
小さく「百円‥」と呟く雪と、彼女に注目する周りの三人。
その中で誰よりも目を丸くしているのは、雪本人であった。
‥お金が無い。
札が一枚も入っていない‥。
河村姉弟がじっと雪のことを見ている。
雪は頭の中で(☓日分の交通費や食費を引いて考えると‥)とすばやく算段をしながら、途切れ途切れに声を出した。
「口座‥にお金はあるから‥銀行に‥」
静香が訝しげな目つきで雪を見る。
「ホントでしょうね?」
雪はギクッと身を震わせたが、その後小さく頷いた。
すると静香はコロッと態度を変え、あまつさえ微笑みを浮かべて雪に話し掛ける。
「じゃ、いーわ。社長令嬢~オベンキョ頑張って下さいね~?
あたしにも良心ってモンがあるからぁww」
そして静香はこの場から去るべく、皆に背を向け歩き出した。
姉の後を、亮が黙って付いて行く。
呆れたような、訝るような、壁を一枚も二枚も感じるその表情。
雪はそんな亮の顔から目が離せなかった。
「広隆!アンタ覚えときなさいよ!」
親しげな仕草も調子の良い言葉も、何も示さずに亮は雪から背を向けた。
雪はただその場に突っ立ったままで、彼らの足元をじっと見ている。
心の中に、乾いた風が吹き抜けて行くようだ。
雪はカサカサした感情を噛み締めながら、ただ俯いていた。
握り締めた財布は、薄くてペタンとしていた。
まるで擦り減らされて行く自分自身のように。
ふと視線を上げると、二人の背中が見えた。
亮が静香を小突きながら、並んで歩いて行く。
雪の脳裏に、ふと様々な場面が浮かんで来た。
「おい、もしウチの姉ちゃんと喧嘩することがあれば、まずは髪の毛を引っ掴めよ!」
そう言って静香撃退法を伝授しようとした亮。
お互い憎まれ口を叩きながら、一緒に地下鉄に乗って帰った。
「ったく!何言ってんだかマジで!いいからメシくらい食って来いっつーの!」
あの時、亮がああ振る舞ってくれたお陰で、家族は共に食事をすることが出来た。
彼が居なければ、未だ家族の間には亀裂が入ったままだったかもしれない。
最後に、図書館で共に勉強した時の場面が、記憶の中で再生される。
言い争うこともあったけれど、あの時確かに彼は、自分の味方だったー‥。
「おい‥」
俯きながら大きく息を吐く雪に、佐藤は心配そうに声を掛けた。
雪は息を吐き切ると、パッと笑顔を浮かべ、佐藤の方を向く。
「行きましょ」「あぁ‥」
「助けて下さってありがとうございました」「いや別に‥」
「でも大丈夫ですかね?」「‥‥」
そして雪は、佐藤と並んで歩いて行った。
髪の毛が揺れる度に臭う、コーヒーの匂いに辟易しながら‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<誰の味方>でした。
雪ちゃん‥100円しか持ってないのか‥どうやってお金を工面するんでしょう‥。
そしてなんだか冷たい態度の亮さんが切ないですね。
佐藤先輩は変な情に流されず、物事を客観的に見ることが出来てステキです。
(でもちょっと世渡り下手?そのへんが雪ちゃんに似てるのかも‥)
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