神戸が終わり、もう一ヶ月がたとうとしています。
そして、数日で次のレース 防府読売が始まる。
記事をアップしようと思いつつ、とんでもないアクシデントに見舞われる
11月29日(火曜)の昼過ぎの出来事。
テニス教室(自宅から6K程度)へ、初めてクロスバイクで行くことにした。
これがそもそも間違いやったか
機嫌よくテニスをして帰り道・・・自転車で走っていたはずなのに気がついたら
道端に座り込んでおりました
なんでここに座っているのだろうか?と考えている。
そして、ここはどこなんだ?どこへ向かおうとしているの?
頭が疑問符だらけで 思い出せない。
しばし脳内を疑問符がかけめぐり思い出してくる。
テニスコートから市内ジムまでお風呂入るために自転車で帰ってきたはず・・。
で、ここに座り込んでいるのは 自転車で転んだみたい。
で、右手の甲が痛い(手袋してるので痛みだけ感じている)
そして、左顔面、左奥歯、左耳も痛い。自転車はスタンドでちゃんと立っている。
どうもぶっ飛んで立ち上がり自転車でしばらく走っていた?のだがふらついて
自転車とめて座り込んだ・・のだろうか?
とにかく転んだ記憶がない。あれから2週間たつがいまだに記憶なし。
だんだん、今の場所がわかりはじめ、じゃジムへ行こうと自転車にのって走りはじめると
おなかがすいたからうどん屋によって食べてからジムへいくかと、うどん屋にたちよる。
うどん屋で支払いしようとして、手袋じゃまで外してその手をみたレジのおばちゃんが絶句。
あんた!!その手はどうしたん?すぐに病院にいかなと
言われて初めてそこで、あ!!病院にいったほうがええんやと気づく。
まだ、しっかり頭が回転してなかった模様。
で、病院へいき手当て耳からも血がでてたみたいです。手の甲はかなりだったが
ぬうほどでなく治療。
そして、翌日はものが食べれず歯に水がしみるので歯医者へ。
記憶がないから頭打ったかもしれず、歯医者で脳神経外科を紹介してもらい病院のはしご。
歯医者は、歯をうったときに歯がかけた模様で治療。
頭は、MRIとったが幸い大丈夫でしたが、念のため1週間後の問診チェック(このときに、運動の可否判断)
と26日再度のMRIチェック予定。
で、手と耳の治療は2週間毎日外科通い。ようやく、耳は回復し手の甲もかさぶたができはじめて痛みから
かゆみへと変化してきた。
もう今週末のレースくらいには、だいじょうぶかと。
と、こんな状態の日々で記事アップが送れてしまった。
さて、レース模様にはいらせてもらいます。
岡山からの脚を回復さすために 休足 そして 鍼治療を念入り実施。
なんとか痛みを感じないくらいに(坐骨神経痛は少々ありだが気にしない)
までもってこれたと思った金曜。
ならば、ここにきて 4連戦最後の戦い なので気合をいれて
ウェアーをランパン、ランシャツ(松山大学女子駅伝ユニフォーム版)をパッキングです。
19日(土)松山を10:38発のバス 到着 三ノ宮15:13着。
そのまんま、電車のりついで受付へいき
夕方ホテルへ到着。
うえぴょん師匠と毛與運本さん、たおちゃんも同じホテル。
夕飯はみんなで近くの定食屋さんへ行き、楽しくいただけました
ホテルの朝食は7時からなので、遅い
仕方なく、コンビニで仕込みです。
ちょっと余談
そして・・帰り道に 行列を発見。先日テレビでみたお店発見。
ローストビーフ丼の有名なお店「レッドロック」でした。
翌日、レース終了後みなさんと一緒に ここでランチいたしました。
おいしかった~
レース当日、うえぴょん師匠、毛與運本さんと3人でスタート会場へ。
と・・・途中でお2人がAブロックへ入ろうとする。
ここで初めて、スタート位置が違うと気づく
あれ?なんで Aじゃないの?とお2人から言われるも・・・
むむ やはり3時間10分台のタイムもってない悲しさでしょうか。
でも、このおかげで会えたラン友さんたちがいます
Bブロックはいり、ちょっとごめんなさいね~と端っこぬけて、少しだけ
前にいくと毎週朝ラン一緒に走っているラン友Mちょん夫妻を発見。
そして、そのすぐ近くから声かけてくれたBB師匠もいてはりました
これだけ大勢いる中で、なんという偶然。
スタートするまで、わいわいとお話して退屈しませんでした。
が、こうやって話していると何人もの女子さんが横を通過していく
割り込みかいなと思っていたらとんでもありません。
ゼッケンが違う、きらきら女子ランナーさんたち
AブロックとBブロックの中間に並ぶためにどんどん前にでていかはるんです。
いざスタートしたら・・・この方たちが立ちはだかり
なかなか大変でありました。
Mちょんさんには、スタートする前一緒に走ればサブ3.5は絶対ですよなんて
大口たたいたのですが・・・・まさかの、悲壮なことになろうとはこのとき知るよしも
なかった坊っちゃん
かなりの混雑で思うようにはしれない。だからと言って、ジクザグに走るとあとでつけがくるので
前に隙間ができたらかわして進む。
スタートロス約2分はかなり大きいが、ここはがまん。
いざ走りだし前もそこそこに空いてくるが、体が重く感じる。
キロ4分30~40くらいで前半は、通常ならいける軽い感じがまったくない。
おかしい・・・・気温は20度くらいなのでたいしたことはない。
湿度・・・がやはり体調に影響か?
周りは少しすきまできるくらいでずーと混雑したままの集団。
応援は沿道、大勢のみなさんがしてくれるが 応援に応えるような力が
いまひとつわいてこないし、視線が沿道のほうに向いていかない
申し訳ない気分だが、耐えるしかない。
ひたすら、ふんばって2分のタイムロスをどこかで稼ぐ予定で耐える。
10KあたりまできてなんとBB師匠の背中発見。
声をかけさせてもらい、前にでる。
15キロの計測地点には、この日計測してはるラン友女子 SPさんがいてはるので
さがしたが・・・見つけられず。
このあたりまだまだ、道がせまく前があかない
ちっとも気持ちよくはしれない。
(スピードの乗れない 言い訳ですが・・・)
その先、明石海峡大橋の折り返し地点がようやく目にはいり
折り返す。あいかわらず、しんどい。
折り返しできるだけ左端により向かってくるラン友さんがみえないかと
視線をかけるが、長くは続かない。やっぱり、前をみるのが精一杯。
と、大きな声で坊っちゃんを呼ぶ声が
視線を声の方向へ飛ばすと、神戸24Hでお世話になり、村岡、そして今回の奇跡の遭遇
派手なコスチュームでしたが、なぜかすぐにわかりました(笑)
やっちゃん登場です。
FBよりお借りしてしてきた写真ですが
やっちゃん体調不良 直前までDNSを覚悟してたのに
気持ちを建て直しゴールでした。お見事
しんどかったので、これで少し元気もらいました
そして20Kすぎ、びっくり スタート地点で着いておいで~なんてえらそうに言って
しまった Mちょんさんが 前にいた!!!
追いつくのに、20K地点まで先行してはったとは・・・。
一緒にいきましょと声かけたのですが、Mちょんさん あきません、脚が売り切れて無理!!
との回答。
ただ、坊っちゃんの走りもどうも危ない状態。サブ3.5さえも危ない状態。
(21Kで1時間44分ちょいですから、ぎりぎり)
でも、突っ込んだペースで走ってないから このまま最後まで
このペースは維持できるはず。あわよくば、35キロあたり最後の上り坂越えたら
我慢した分ペースがあげれるかも・・と
気持ちはつないでおりました。
ついでおいで~と言いながら、少し前にでていきました。
その夢をすぐこのあと、砕かれる攻撃がきた・・・
3時間半のペーサー、そしてその集団の足音がだんだん大きくなってくる。
ハーフすぎたころに、飲み込まれてしまった。
こんな早くにつかまるなんて・・・・
なんかおかしい・・・そして、この集団についていけない脚いや身体の状態
を感じる。
エイドで集団が給水するため少しペース落としたところで、追いついたが
徐々にまた離される。
それでも、このときはまだ ペーサは貯金をもって少し速めのペースで展開。
大丈夫、半切りはできると自信をもっていました。
まだ、坊っちゃんのペースは4分50を 保っておりました。
30Kあたり・・まだ周りは 集団で気持ちよく走れるようなスペースでない。
左側に救急車が停まっている。と、右端をみると女性のランナーが倒れている。
大丈夫かな?なんて思って視線を右から前に戻したとたん、左斜め前にいた
男性ランナーが目の前を横切りさきほどの女性ところへ戻ろうと
道路を端から端へ突っんだ
とんでもない暴挙です。転倒寸前で踏みとどまりました。
いくら、知り合いの女性だからと言って この行為はランナー失格
しばらくは心臓ばくばくでした。
だんだん、これ以降脚が重たくなってきて動きが鈍い。右股関節あたりに
痛みもでてくる。
ロキソニンを投与しなんとか持ちこたえてくれることを祈る。
最後の激坂まだかまだかとそこをひとつの目標に踏ん張る。
その坂の手前・・・ふと右側道端に転がっているランナーに目がいった。
毛與運本さんではないか
びっくりして声かけた。
もうあかん、お先にどうぞ!!と返ってきた。
両脚がつったらしい。
気温とこの湿度ではさもありなんです。
もう、毛與運本さんは ここでリタイアだろうなと思っていたのですが
とんでもありません。何かをやってくれるお方。
あきらめずに、最後はものすごい追い込みをかけて4時間以内にゴールしたそうな
最後まであきらめない!!! 強いランナーここにありです
このあたりから、半ぎりは無理みたいなペースだし
これ以上はペースはあげれるような体調でないと思いはじめた。
上り坂手前、このあたりでダンス応援をしてくれた。
辛いがこの瞬間、元気をもらえた。
手をなんとかあげて、お礼を
感謝感謝です。
ずるずると落ちるのは悔しい・・とにかく坂道をふんばって上る。
脚が動かないが、腕は振れる。 声はでないが、坂道途中で声援してくれる
ボランティアの方にも、声はだせないが手で応える
坂道あがると下がるものだと思っていたら、徐々に思い出してきた。
前回も同じことを思って、カン違い。
ず~と浜手バイパス道路はアップダウンしながら続いていたことを。
がまんしてがまんして、そこを下ってもゴールでなくぐる~と辛抱の道。
ゴールはまだみえない。あと数キロ。
横を、とんでもない体型の外国の方が抜いていく。
くそ!!と思うのだが、その背中に追っかけていく
脚が残っていない。
ゴール??と思ったら、陸橋
とにかく、ゴールが遠かった・・・
最後のほんの数十M だけ 必死でもがけたのは・・・・
前日の体調もさほど悪くなく、当日もアップこそできなかったが
スタートするまでは なんとかいけそうな気もしてた・・
終わってみれば・・・とにかく ペースがあがらない身体
知らないうちに、熱中症気味だったのだろうか?
言い訳しても始まらず・・・前に進むのみ。
そして、数日で次のレース 防府読売が始まる。
記事をアップしようと思いつつ、とんでもないアクシデントに見舞われる
11月29日(火曜)の昼過ぎの出来事。
テニス教室(自宅から6K程度)へ、初めてクロスバイクで行くことにした。
これがそもそも間違いやったか
機嫌よくテニスをして帰り道・・・自転車で走っていたはずなのに気がついたら
道端に座り込んでおりました
なんでここに座っているのだろうか?と考えている。
そして、ここはどこなんだ?どこへ向かおうとしているの?
頭が疑問符だらけで 思い出せない。
しばし脳内を疑問符がかけめぐり思い出してくる。
テニスコートから市内ジムまでお風呂入るために自転車で帰ってきたはず・・。
で、ここに座り込んでいるのは 自転車で転んだみたい。
で、右手の甲が痛い(手袋してるので痛みだけ感じている)
そして、左顔面、左奥歯、左耳も痛い。自転車はスタンドでちゃんと立っている。
どうもぶっ飛んで立ち上がり自転車でしばらく走っていた?のだがふらついて
自転車とめて座り込んだ・・のだろうか?
とにかく転んだ記憶がない。あれから2週間たつがいまだに記憶なし。
だんだん、今の場所がわかりはじめ、じゃジムへ行こうと自転車にのって走りはじめると
おなかがすいたからうどん屋によって食べてからジムへいくかと、うどん屋にたちよる。
うどん屋で支払いしようとして、手袋じゃまで外してその手をみたレジのおばちゃんが絶句。
あんた!!その手はどうしたん?すぐに病院にいかなと
言われて初めてそこで、あ!!病院にいったほうがええんやと気づく。
まだ、しっかり頭が回転してなかった模様。
で、病院へいき手当て耳からも血がでてたみたいです。手の甲はかなりだったが
ぬうほどでなく治療。
そして、翌日はものが食べれず歯に水がしみるので歯医者へ。
記憶がないから頭打ったかもしれず、歯医者で脳神経外科を紹介してもらい病院のはしご。
歯医者は、歯をうったときに歯がかけた模様で治療。
頭は、MRIとったが幸い大丈夫でしたが、念のため1週間後の問診チェック(このときに、運動の可否判断)
と26日再度のMRIチェック予定。
で、手と耳の治療は2週間毎日外科通い。ようやく、耳は回復し手の甲もかさぶたができはじめて痛みから
かゆみへと変化してきた。
もう今週末のレースくらいには、だいじょうぶかと。
と、こんな状態の日々で記事アップが送れてしまった。
さて、レース模様にはいらせてもらいます。
岡山からの脚を回復さすために 休足 そして 鍼治療を念入り実施。
なんとか痛みを感じないくらいに(坐骨神経痛は少々ありだが気にしない)
までもってこれたと思った金曜。
ならば、ここにきて 4連戦最後の戦い なので気合をいれて
ウェアーをランパン、ランシャツ(松山大学女子駅伝ユニフォーム版)をパッキングです。
19日(土)松山を10:38発のバス 到着 三ノ宮15:13着。
そのまんま、電車のりついで受付へいき
夕方ホテルへ到着。
うえぴょん師匠と毛與運本さん、たおちゃんも同じホテル。
夕飯はみんなで近くの定食屋さんへ行き、楽しくいただけました
ホテルの朝食は7時からなので、遅い
仕方なく、コンビニで仕込みです。
ちょっと余談
そして・・帰り道に 行列を発見。先日テレビでみたお店発見。
ローストビーフ丼の有名なお店「レッドロック」でした。
翌日、レース終了後みなさんと一緒に ここでランチいたしました。
おいしかった~
レース当日、うえぴょん師匠、毛與運本さんと3人でスタート会場へ。
と・・・途中でお2人がAブロックへ入ろうとする。
ここで初めて、スタート位置が違うと気づく
あれ?なんで Aじゃないの?とお2人から言われるも・・・
むむ やはり3時間10分台のタイムもってない悲しさでしょうか。
でも、このおかげで会えたラン友さんたちがいます
Bブロックはいり、ちょっとごめんなさいね~と端っこぬけて、少しだけ
前にいくと毎週朝ラン一緒に走っているラン友Mちょん夫妻を発見。
そして、そのすぐ近くから声かけてくれたBB師匠もいてはりました
これだけ大勢いる中で、なんという偶然。
スタートするまで、わいわいとお話して退屈しませんでした。
が、こうやって話していると何人もの女子さんが横を通過していく
割り込みかいなと思っていたらとんでもありません。
ゼッケンが違う、きらきら女子ランナーさんたち
AブロックとBブロックの中間に並ぶためにどんどん前にでていかはるんです。
いざスタートしたら・・・この方たちが立ちはだかり
なかなか大変でありました。
Mちょんさんには、スタートする前一緒に走ればサブ3.5は絶対ですよなんて
大口たたいたのですが・・・・まさかの、悲壮なことになろうとはこのとき知るよしも
なかった坊っちゃん
かなりの混雑で思うようにはしれない。だからと言って、ジクザグに走るとあとでつけがくるので
前に隙間ができたらかわして進む。
スタートロス約2分はかなり大きいが、ここはがまん。
いざ走りだし前もそこそこに空いてくるが、体が重く感じる。
キロ4分30~40くらいで前半は、通常ならいける軽い感じがまったくない。
おかしい・・・・気温は20度くらいなのでたいしたことはない。
湿度・・・がやはり体調に影響か?
周りは少しすきまできるくらいでずーと混雑したままの集団。
応援は沿道、大勢のみなさんがしてくれるが 応援に応えるような力が
いまひとつわいてこないし、視線が沿道のほうに向いていかない
申し訳ない気分だが、耐えるしかない。
ひたすら、ふんばって2分のタイムロスをどこかで稼ぐ予定で耐える。
10KあたりまできてなんとBB師匠の背中発見。
声をかけさせてもらい、前にでる。
15キロの計測地点には、この日計測してはるラン友女子 SPさんがいてはるので
さがしたが・・・見つけられず。
このあたりまだまだ、道がせまく前があかない
ちっとも気持ちよくはしれない。
(スピードの乗れない 言い訳ですが・・・)
その先、明石海峡大橋の折り返し地点がようやく目にはいり
折り返す。あいかわらず、しんどい。
折り返しできるだけ左端により向かってくるラン友さんがみえないかと
視線をかけるが、長くは続かない。やっぱり、前をみるのが精一杯。
と、大きな声で坊っちゃんを呼ぶ声が
視線を声の方向へ飛ばすと、神戸24Hでお世話になり、村岡、そして今回の奇跡の遭遇
派手なコスチュームでしたが、なぜかすぐにわかりました(笑)
やっちゃん登場です。
FBよりお借りしてしてきた写真ですが
やっちゃん体調不良 直前までDNSを覚悟してたのに
気持ちを建て直しゴールでした。お見事
しんどかったので、これで少し元気もらいました
そして20Kすぎ、びっくり スタート地点で着いておいで~なんてえらそうに言って
しまった Mちょんさんが 前にいた!!!
追いつくのに、20K地点まで先行してはったとは・・・。
一緒にいきましょと声かけたのですが、Mちょんさん あきません、脚が売り切れて無理!!
との回答。
ただ、坊っちゃんの走りもどうも危ない状態。サブ3.5さえも危ない状態。
(21Kで1時間44分ちょいですから、ぎりぎり)
でも、突っ込んだペースで走ってないから このまま最後まで
このペースは維持できるはず。あわよくば、35キロあたり最後の上り坂越えたら
我慢した分ペースがあげれるかも・・と
気持ちはつないでおりました。
ついでおいで~と言いながら、少し前にでていきました。
その夢をすぐこのあと、砕かれる攻撃がきた・・・
3時間半のペーサー、そしてその集団の足音がだんだん大きくなってくる。
ハーフすぎたころに、飲み込まれてしまった。
こんな早くにつかまるなんて・・・・
なんかおかしい・・・そして、この集団についていけない脚いや身体の状態
を感じる。
エイドで集団が給水するため少しペース落としたところで、追いついたが
徐々にまた離される。
それでも、このときはまだ ペーサは貯金をもって少し速めのペースで展開。
大丈夫、半切りはできると自信をもっていました。
まだ、坊っちゃんのペースは4分50を 保っておりました。
30Kあたり・・まだ周りは 集団で気持ちよく走れるようなスペースでない。
左側に救急車が停まっている。と、右端をみると女性のランナーが倒れている。
大丈夫かな?なんて思って視線を右から前に戻したとたん、左斜め前にいた
男性ランナーが目の前を横切りさきほどの女性ところへ戻ろうと
道路を端から端へ突っんだ
とんでもない暴挙です。転倒寸前で踏みとどまりました。
いくら、知り合いの女性だからと言って この行為はランナー失格
しばらくは心臓ばくばくでした。
だんだん、これ以降脚が重たくなってきて動きが鈍い。右股関節あたりに
痛みもでてくる。
ロキソニンを投与しなんとか持ちこたえてくれることを祈る。
最後の激坂まだかまだかとそこをひとつの目標に踏ん張る。
その坂の手前・・・ふと右側道端に転がっているランナーに目がいった。
毛與運本さんではないか
びっくりして声かけた。
もうあかん、お先にどうぞ!!と返ってきた。
両脚がつったらしい。
気温とこの湿度ではさもありなんです。
もう、毛與運本さんは ここでリタイアだろうなと思っていたのですが
とんでもありません。何かをやってくれるお方。
あきらめずに、最後はものすごい追い込みをかけて4時間以内にゴールしたそうな
最後まであきらめない!!! 強いランナーここにありです
このあたりから、半ぎりは無理みたいなペースだし
これ以上はペースはあげれるような体調でないと思いはじめた。
上り坂手前、このあたりでダンス応援をしてくれた。
辛いがこの瞬間、元気をもらえた。
手をなんとかあげて、お礼を
感謝感謝です。
ずるずると落ちるのは悔しい・・とにかく坂道をふんばって上る。
脚が動かないが、腕は振れる。 声はでないが、坂道途中で声援してくれる
ボランティアの方にも、声はだせないが手で応える
坂道あがると下がるものだと思っていたら、徐々に思い出してきた。
前回も同じことを思って、カン違い。
ず~と浜手バイパス道路はアップダウンしながら続いていたことを。
がまんしてがまんして、そこを下ってもゴールでなくぐる~と辛抱の道。
ゴールはまだみえない。あと数キロ。
横を、とんでもない体型の外国の方が抜いていく。
くそ!!と思うのだが、その背中に追っかけていく
脚が残っていない。
ゴール??と思ったら、陸橋
とにかく、ゴールが遠かった・・・
最後のほんの数十M だけ 必死でもがけたのは・・・・
前日の体調もさほど悪くなく、当日もアップこそできなかったが
スタートするまでは なんとかいけそうな気もしてた・・
終わってみれば・・・とにかく ペースがあがらない身体
知らないうちに、熱中症気味だったのだろうか?
言い訳しても始まらず・・・前に進むのみ。
ずいぶんと更新がないと思ってたら、
大変なことがあったんですね。
ケガしたこともショックだったでしょうけど、
それよりも記憶が飛んでしまったことがショックだったんではないでしょうか?
これからも元気でランを続けられるように、
気を付けてお過ごしください。
こちらこそごぶさたしております
まだ記事にこそしておりませんが、
つい昨日最後のMRIとの思いで
病院へいったら・・・なんと脳内に
出血が
ラン、筋トレなどりきむ運動は一切だめ
来月の再検査まで おとなしくですわ。
いしきちさん来年こそ、サブ3.5 がんばりましょ