「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「天邪鬼(あまのじゃく)」

2013年07月09日 | 季節の移ろい・出来事


                  
「五月雨は腹の中まで腐らせる」などと、ジワ~っと陰気に降る長雨を、昔の人は嫌ったようである。
さみだれに限らず、梅雨の長雨もまた同じように嫌われるのは昔に限らず、今でも似たような傾向にある。
本当は、一年の中でも、この時季にしっかり降って、水がめとなるダムを満杯にしてこそ、夏場の水不足を心配しなくていいし、農作物みな、この梅雨の恩恵を受けていることをわきまえるべきなのだが・・・。

カビが生えそうな鬱陶しさにうんざりして、兎に角早く梅雨が明けて、あのギラギラまばゆい太陽を拝みたい、などと単純に思ってしまう。これもまた人情。まさに同感である。
そんなところから、梅雨よ早く上がれ、早くどこかへ行ってくれ、と願う気持ちが「送り梅雨」という言葉を生んだのだという。

ただ最近の梅雨と言う名の雨には“頃あい” “手加減”という優しさが見られない。
降り始めたらとことん降る。しかも一局集中、大きな災害が出るまで降る。というか裏を返せば、生活の利便性を追い求めるゆえに、雨など自然災害にもろい国土整備がなされている、とも言えるのかもしれない。

7月に入ってうんざりするほどの雨が降り続き、挙げ句に大きな雷を伴う強い雨が降ると、それを境に梅雨は上がった・・・と昔の人は判断していた。その後2・3日の日照りが続き、さらにまた大雨を降らすのが「帰り梅雨」とか「戻り梅雨」と呼ばれる。
確かにいやな長雨ではあるが、農作物の成長を促す雨に感謝し、送り梅雨とか戻り梅雨、などという風雅な言葉を考えてみると、なんかしら全てが楽しく思えてくる気分無きにしもあらず・・・かな。

ところが、そのようにして一旦梅雨が上がった途端に、36度だ39度だと、お風呂に浸かっているような高温の到来。
今度は熱中症で大騒ぎをしなければならない。
雨が続けば晴れを待つ。晴れが続けばすぐに雨を恋しがる。
こんな人間の意地悪さを、天の邪鬼(あまのじゃく)という。昨夜の七夕様の夜空を彩るのは天の川という。カンケーないか。

最後にはやはり、『自分の身体は自分が守る』基本に立ち返るようである。気をつけましょう。お互いに。

コメント (4)    この記事についてブログを書く
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4 コメント

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「送り梅雨」「戻り梅雨」・・・ (matsu)
2013-07-10 00:38:51
昔の人は美しい言葉を作り出したものですね。この頃の気まぐれなとことん暴れぬく天気を知ったら、どんな言葉を作るでしょう。(そもそももっと手加減のあるものだったでしょからね。

新聞でこんな句を見つけました。
「いつまでも 黴らぬものを 捨てにけり」
これも怖いですね。
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あまんじゃく (takeko)
2013-07-10 02:12:25
と言うのではなかったんじゃね、あなはずかしや!そんなに日本もよく降ったりするんじゃね。そーよ、自分で気をつけんとね。
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matsu さん (yattaro-)
2013-07-10 21:41:46
クスッと笑うような、機知にとんだ言葉や、見たまんまを上手に表現する言葉など。
昔の人の豊かな感性やユーモアには驚かされることが多いですね。
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takekoさん (yattaro-)
2013-07-10 21:43:54
なかなかね、文字に書いてみないと分かりにくい言葉はまだまだいっぱいあるよ。
なーんも心配せんで、一つひとつですよ。
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