漫画家アシスタント物語

漫画家アシスタントの馬鹿人生40年と、リタイア後のタイ移住生活。

漫画家アシスタント 第4章 その8

2006年07月08日 17時57分21秒 | 漫画
 ( このクロッキーは、20年以上前・・・自宅で「ポーズ写真集」などを見ながら勉強していた頃の
  一枚。《 1982年昭和57年 習作 》 )
    
 
【 はじめての方は、どうぞ 「第1章 改訂版」 よりご覧ください。 】 
 
 
  
                その8
 

J・Aプロに入って、最初に描いた漫画をJ先生に見てもらった時でした。

 「 おめィ~は何ンでィ筆使って描いてんだァ? 」

低い声で、取り調べ中の刑事の様な目をしながら私にそう聞きました。

私は以前勤めていたM先生( 『第2章その18』~『第2章その23』参照 )の絵
を意識して、背景だけではなくキャラクターも筆を使って描いていたのです。 
私はJ先生のこの質問にたいした考えもなく、気軽に( 軽薄に!)こう答えま
した。

 「 個性だァ? 個性は作るもんじゃねィ~だろォ! おめェの絵は
  『ウソ』なんだよォオオッ! 」

J先生の顔色が変わる・・・・。 当時、J先生は海へ行く事が多く( 数千万
円のクルーザーを買ったばかりの頃 )、真っ黒に日焼けしていた・・・。

一瞬、その黒い顔が赤黒くふくれた様に見えた・・・・・・・。

 「 個性だァ? おめェの絵は『ウソ』なんだよォオオッ! 」

その瞬間、私は凍りつく・・・・。そして世界中から音が消える。そして次に
色が消える。 音も色もない白黒の世界で、私は一人だけ小さなガラス
の箱に閉じ込められた様な心境だった・・・・。

一から出直さなくてはダメだ、本気でそう思いました・・・・・・。
                          ( 1979年、24歳 )


J先生がアシスタントたちにアドバイスする言葉はいつも決まっていて、そ
れを何度も繰り返し聞かされました。 その言葉とは・・・・・

一つは、よく本を読む事。そしてもう一つは、エッチする事でした。

つまり・・・・ 『 本とエッチ 』・・・・です。

 
1980年、25歳の秋。 私は引っ越した練馬区江古田の下宿で、はじめて朝
日がサンサンと射す部屋で寝起きしながら「 まんが道 」を一歩一歩進んで
いました。

この時期から本の量がどんどん増えていきました。J先生からは世界文学を
奨められていましたので、有名な作品を100作品ほど買い集め、片っ端から
読み漁っていました。

よく、「 描く気が起きない・・・ 」といって1年も2年も描かない人がいます
が、本をもっとたくさん乱読したり、毎日、映画を見たりしていると不思議
と『 自分も何か描きたい・・・・ 』( 創作意欲 )という欲求がわいてくるもの
です。

ぼんやりテレビを見ていたり、ヒマつぶしにパチンコ店でハンドルを握って
いると創作欲ではなく、物欲ばかりわいてきます。

私はこの江古田の下宿で最も多く本を読み、最も多く映画を見、そして最
も多くエッチを・・・・・・・・。 これらの事が後のデビューの大きな原
動力になったと思われます。
 
 
   漫画家アシスタント物語、血の教訓
   

  『 私はのん気にテレビをみながらスナック菓子を食べていたつもり

    だった・・・・・・ しかし、気が付くと《 怠惰 》が私 の人生

    をむさぼり食っていたのだ・・・・・ 』
 
    

          「 漫画家アシスタント 第4章 その9 」 へつづく・・・
   

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コメント (8)
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