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夜の床屋 沢村浩輔

聞いたことのない作家の本書だが、色々なところで話題になっているので、読んでみることにした。予備知識はミステリー短編集ということだけで、最初に掲載された表題作を読むと、結構面白い。冷静に考えれば荒唐無稽な話のようにも思えるが、ミステリーの世界ではこうした面白さと引き換えの嘘臭さはありだなと思わせるものがある。登場人物の行動の不自然さもそれこそ「ミステリー」の世界なればこそという感じなのだ。続いていくつかそうした楽しい短編ミステリーが続くのだが、後半の3編で最初に読んでいた時の印象ががらりと変わる。自分はいったい何を読んでいるのか?ミステリーを楽しんでいたのではなかったか?と思っていると、最初の方の短編の印象までもが違う様相になっていく。この作者の作品はまだ本書以外にはほとんどないそうだが、これだけ話題になってしまうと、次の作品のハードルが高くなりすぎて、次が出しにくいだろうなぁと思う。それでも、最低もう1冊は読みたいと思わせる何かが本書にはある。(「夜の床屋」 沢村浩輔、創元推理文庫)



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高い城の男 フィリップ・K・ディック

著者の代表作にして歴史的名作という誉れ高い1冊だが、未読だったので読んでみることにした。ジャンルは「歴史改変SF」だが、SFの要素は少なく、時代も第二次世界大戦終結からあまり時間の経っていない時期ということで、過去の時代のSFということになる。もし、第二次世界大戦で枢軸国側が勝利していたらという設定で、何人かの登場人物の視点で話が進む。1つの「もし」からスタートして、どんどんその奇妙な世界が構築されていくが、思いつきで書かれていると感じるところは皆無で、全ての場面場面にその「もし」を前提とした必然性のようなものを感じさせる。これだけならば、色々書かれている「歴史改変もの」と大きな違いはないように思われるが、作中に「もし連合国側が勝っていたら」という小説が登場し、登場人物たちがそれを読み漁るという2重の仕掛けがなされていて、話は錯綜していく。特に読んでいて、読み手の心の中で曖昧になっていくのが、「どれが史実でどれがフィクションか」という問いかけである。1つのもしから出発して築きあげられた虚構の世界の大きさと、全てが相対化されてしまった世界の混沌に、心を激しく揺さぶられる。それにしても、こうした小説が書かれるというところに、戦争の勝者にも戦争の傷は大きく残るのだという事実の重さを感じる。(「高い城の男」 フィリップ・K・ディック、ハヤカワ文庫)

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