ふぇみにすとの雑感

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高橋哲哉さん「犠牲のシステム」についてのご講演の英訳を出版

2014-05-13 12:45:00 | ノンジャンル
高橋哲哉さんによるシカゴ大学で2012年3月のご講演 What March 11 Means to Me: Nuclear Power and the Sacrificial System の英訳が出版されました。高橋さんが今月に書きおろされたPostscriptも加わり、末メであるノーマ・フィールドさん、宮本ゆきさんと私が書いたIntroductionも付随されています。

ノーマ・フィールドさんがシカゴ大学から退職される際の記念シンャWウム、What March 11 Means to Me でのご講演です。日本から5人の研究者や運動家の方々がいらっしゃってのシンメB2日間にわたり、とても深い議論が行われました。このシンモノついては、雨宮処凛さんも記事を書いていらっしゃいます。

このシンモナ、私は、デュメ[ル大学の宮本ゆきさんとともに、この高橋さんのご講演の通訳を勤めさせていただきました。ビビりながらの通訳でしたが、なんとか乗り切ったという感じ。観客の方々も含め、和気あいあいとした雰囲気で、つまったら誰かが助けてくれる、という心強い環境でもありました。こうした、通訳や末Aそしてそこでの「ことば」をものすごく重要視するシカゴ大学の日本研究のあり方は、ノーマさんの貢献がとても大きいように思います。

今、なぜこの文章の末oすことになったか。Introductionに書いたのですが、このブログの前回のエントリに書いた、私のオクラホマ行きがきっかけとなりました。そこで私のトークにいらしてくださった、ピーター・バーカーさんという科学史の教授が、私がトークの中で言及した高橋哲哉さんの「犠牲のシステム」概念についてもっと知りたい、ご自身も原子力に関するご研究をされておられ、またご自身の学生さんである、アシュリー・マクレーさんの研究との関連が深いように思うからだ、と仰って、末フ出版をご提案くださったことがあります。そして、ピーターさん、アシュリーさんとメール交換をする中で、アシュリーさんは、ラコタ族の方で、ラコタ族がウラン採掘により水など生活の場が汚染され、いかにアメリカという国、そして核兵器や原子力業界の犠牲に成り続けてきた、そうした中での闘いについて博士論文研究をされているとのこともわかりました。そうした状況を考えるのに「犠牲のシステム」というコンセプトは有用と思われる、と、ピーターさん、アシュリーさんともに考えられたようです。

こうした、日本のみならず、アメリカ、またそうした国境をこえた「犠牲のシステム」について広く考えていくために、英語読者にもぜひ読んでいただき、問題について多くの人たちと一緒に考えていくことができたら、、とそんな思いで末ウせていただき、イントロダクションを書かせていただきました。

それにしても、高橋さん、ノーマさん、ゆきさんと、こんなすごいメンバーの中で私がはいっているのは肩身が狭い…という面もあったりしますが、でも一緒に仕事をさせていただき、本当に様々なことを学ばせていただいた、貴重な機会でした。


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