淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

光文社新書「人生相談『ニッポン人の悩み』幸せはどこにある?」池田知加著を読む。

2009年01月10日 | Weblog
 悩み事を相談する人間は、相談するに当たって、相談相手にその最良の選択肢を聞いてくる。そして、自分がどうすれば現在抱えている「不幸」から速やかに脱出出来るのかについて、何某かのアドヴァイスを求めようとする。

 なんかの本で読んだのだけど、大部分の人生相談者は、自らの悩みを相談するにあたって、本当は既にその答えを予め知っている場合が多いらしい。
 答えは出ているのだ、本当は。ただ、その答えを他者から決め付けてほしいだけなのだ。自分で判断する怖さと、自己責任が怖くて、選択肢を他人に委ねたいだけなのだ。

 勿論、本当にどちらの道を選ぶべきか悩みに悩む人間もいるだろうとは思う。
 生死に関わるくらいの重要問題に悩んで岐路に立たされ、必死の覚悟で相談に駆けつける人間だっているだろう。
 でも、新聞の人生相談をマメに読んでいる人間として(ほんと、よく読むんだよね)、これまで生きるべきか死ぬべきかにまで及んだ人生相談を読んだ記憶はない。

 この、光文社新書「人生相談『ニッポン人の悩み』幸せはどこにある?」は、著者の池田知加という人が、大学で社会意識論やメディア論を研究しているということも手伝ってか、示唆に富む分析と、人生相談欄に投書してくる人たちの悩みに対する処方箋にまで言及している点が目新しい。

 著者は、新聞の人生相談欄の歴史にまで及んでゆく。
 確かに戦後から高度成長期前後までの人生相談は、まだ「家長制度」的な社会が構築されており、女性、しかも家庭を切り盛りしている主婦層が大部分を占めているということもあったのか、圧倒的に、「夫の浮気」(まあ、この浮気という相談は今でもかなり多いらしいけれど)、それから「夫の消費癖」や「夫の暴力」が占めていたらしい。

 これも、この本を読んで初めて判ったことなのだが、悩み事相談者って、そのほとんどが女性なのだとか。男性はほとんどいない。10%台だという。
 ところが、自殺者の数となると、男性が圧倒的に多いという逆転状態になってしまうのだ。やはり、男性は独りでグジグジ悩み、最後には後戻り出来ない状況に陥り、自殺という最悪の手段にまで到るのだろう。

 そして、時代とともに回答者の対応も違って来る。
 昔は、女性からの、夫の浮気に関する相談に対し、回答者のほとんどは「耐えなさい」とか「自分を変えて男性に愛されるようにしなさい」だったらしい。
 それが現在は、「離婚して自立すべき」とか「自分も対等の立場で堂々と戦いなさい」という論旨の、女性に自立と開放を促すものが多いという。

 結局、みんな、辿るべき到達点はちゃんと知っているのである。
 そこに本気で行きたいかどうかはまた別として。
 だから、みんな悩み事の結論は分かっている。他人から、そっと肩を押して貰いたいのである。

 俺もだけど・・・。





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